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第九十話 デッドライン ②

 達也とテミストリアの最終決戦が幕を開けた丁度同じ頃、宇宙での熾烈な艦隊戦の様相も、その天秤を大きく傾けつつあった。


 戦いの趨勢(すうせい)を左右する要因は(いく)つもある。

 純然たる戦力の量と質、戦場の状況や天候などの時の運、そして、指揮官を含む兵士らの練度や士気の高さ云々(うんぬん)と、数え上げれば際限(きり)がない。

 だが、それらの中で最も感覚的で不確かなものが『流れ』というものだ。

 開戦前から敗北は確実と言われていた軍が、敵の虚を突いた奇襲や卓越した戦術で勝利を掴んだ例は枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 そんな奇跡を成した軍隊に共通するのは、この『流れ』というものを引き寄せるや、その手に掴んで放さなかったという一点に尽きるのではないだろうか。

 そして、この決戦の場で『流れ』を掴んだのは梁山泊軍艦隊の方だった。


            ※※※


 革命政府軍艦隊を率いているニクス・ランデルが、現在自軍が置かれている状況に茫然自失となるのも無理はなかった。

 如何(いか)に相手が知勇兼備の名将とはいえ、所詮(しょせん)は数千隻の戦力に過ぎないのだ。

 (たと)え、戦前に立案した作戦計画に(ほころ)びが生じたとしても、直卒する十万隻の本隊だけでも一蹴できると確信していた。

 それがどうだ……。

 必勝を期して緒戦に投入した虎の子の最新鋭無人機動兵器〝ナイトメア″が、その真価を発揮できぬ儘に一方的に損害を被るという不測の事態に直面し、早くも思惑に(ほころ)びが生じてしまう。

 それがケチのつきはじめで、レーダーや通信機器全般が使用不能に(おちい)って混乱に拍車が掛かり、指揮系統が分断された中で苛烈な攻撃に晒されて味方の損害ばかりが増えていく始末。

 挙句の果てに、危地の最中に来訪したのは南部方面域からの救援艦隊ではなく、有ろう事か、梁山泊軍援護の為に駆けつけて来たグランローデン帝国軍艦隊だったのだから、自軍に拡がった動揺は生半可なものではなかった。

 電子機器が使えない中で物量的優勢を頼りに攻勢に転じようと試みたが時すでに遅く、自軍の主兵装がその威力を発揮できない事も相俟(あいま)って混乱から立ち直る切っ掛けすら掴めないでいる。

 それもこれも全てが敵将 白銀達也の手のひらの上で踊らされた結果だと気付いても、有効な対応策など有る筈もなく、ランデルは己の無能さを嘆いて(ほぞ)()むしかなかった。


(敵艦隊が宙域に散布した物質が、電子機器を使用不能にし艦砲等のレーザー兵器にも影響を及ぼしているのは間違いないだろう……(すで)に散布から一時間以上が経過して影響は解消しつつあるとはいえ、崩れた艦隊将兵らの士気は如何(いかん)ともし難い。それもこれも……)


 味方へ不利を(もたら)している(いく)つかの悪条件は時間の経過と共にその効力を失いつつあるが、それ以上に厄介でランデルを歯噛みさせているのは、一方的に艦隊を席巻する言葉による波状攻撃だった。


『機械に生殺与奪権を握られた世界が本当に人類にとって幸せな世界だと言えるのでしょうか? 愛しい子供達へ遺す未来が、自らの夢をも選択し得ない馬鹿げたものであってはならない筈です』


『そして、それは皆さんも充分理解されているのでしょう? そうではないと仰るのならば、なぜ貴方がたは此の場で戦っているのです? 機械に命令されたからですか? 仕方がないからですか? そうではないでしょう! 全ては貴方がた一人一人が、自ら戦うことを選んだからではないのですか!?』


『己の意志を貫き通す……それは人間に与えられた尊い権利です。ですが、それを放棄して機械へ盲従するという事は人としての死を意味するに等しい……貴方がた自身の未来がそんなもので良いのですか? 未来の子供たちの意志すら奪う世界が本当に正しいものだと信じているのですか?』


『これ以上の戦闘の継続は無意味ですっ! 諸悪の根源たる無知蒙昧(むちもうまい)な選民思想を掲げる者達が排除された今、共に正しい人類社会の在り方を構築せんとする我々が争う理由など何処(どこ)にもないではありませんか?』


『それぞれが目指す理想の未来像に埋めがたい齟齬(そご)があると言うのならば、双方で充分な議論を尽くし、共に手を(たずさ)え、より良いものを創造していけばいいのです』


『人間は過ちを犯しますわ……しかし、それを悔い改める事も知っているのです。だから何度でもやり直せばいい……絶望するには早すぎます! もう一度考え直して下さい! 戦い撃ち合うばかりの世界の先には、真の融和など有り得ないのですからッ!!』


 説得を続けているのは他ならぬクレアであり、弁を重ねる毎に鋭さを増す舌鋒は、革命政府軍艦隊将兵の戦意を(くじ)きつつあった。

 一旦はキャメロットの自己犠牲の精神に感銘して戦いに身を投じたものの『子供らの意志と未来を』との真理を突き付けられれば、己の決断が正しかったのか否か迷う者が出るのも当然だろう。

 その効果は既に現れ始めており、戦闘を放棄する艦艇が麾下の艦隊でも続出しているとの報告からも明らかだった。


(このまま総崩れになる事態だけは避けなければ……間もなくテミストリアが覚醒する。キャメロット様の宿願が成就するまでは何としても……)


 未だに戦力的優位にあるとはいえ、将兵の士気が崩壊した軍隊の末路が如何(いか)なるものかは想像するに容易(たやす)い。

 そして、その最悪の結末は、確実にその足音を大きくしている。

 だからこそ、何としてもキャメロットが渇望して止まない未来を実現するまでは敗北は許されない、そんな焦燥にランデルは我を失いかけてしまう。


「気を確かに持たれよッ! 艦隊司令官が狼狽(うろた)えては敗北は必至ですぞ!」


 だが、無謀な玉砕命令が口を衝いて出る直前で一喝された彼は、辛うじて正気を取り戻して声の主を見た。

 その目に飛び込んで来たのは、険しい表情をしているフーバー参謀長だ。


「グランローデン帝国艦隊が参入したとはいえ、まだ帰趨(きすう)が決した訳ではありませんぞ! 最悪でもあと少しの時間を耐え抜けば、少なくともキャメロット様が望まれた未来の扉は開くでしょう。それまで現状を死守すれば我々の勝ちです! 敵の戯言(ざれごと)に惑わされて逡巡(しゅんじゅん)している暇など有りませんぞ!」


 その叱咤激励は歴戦の勇将のものだけあって流石(さすが)に重みが違う。

 自暴自棄になりかけていたランデルは我に返るや、その言葉に何度も頷いた。


「あ、あぁ……その通りだ。あとほんの少しだけ耐え抜けばいいのだ。そうすれば誰もが心穏やかに暮らせる世界が実現する。その為にも今を全力で凌ぐしかない」


 (ようや)く〝らしさ″を取り戻した司令官の言にフーバーも一息つく。

 しかし、彼らは(いま)だ知らなかった。

 キャメロットの真意を託されたテミストリアが、その宿願を果たす為に如何(いか)なる手段を画策しているのかを。

 その結果として、一般人を含む多くの人々が、理不尽な死の運命を余儀なくされるという恐ろしい事実を……。


          ◇◆◇◆◇


 その一方で梁山泊軍はといえば……。


『政治家が気持ち良さげに()べてんじゃないわよ! 最前線に陣取って説教()ますだけのアンタは気分が良いでしょうが、こっちには迷惑でしかないの! 護衛する方の身にもなりなさいよね!』


 と、打撃艦隊司令官エレオノーラが柳眉を吊り上げて吠えれば。


「高度な政治判断に軍人が(くちばし)を差し挟むのは感心しないわよ、エレンっ! 無用な流血を可能な限り阻止するのは政治家でもある私の使命だわ。貴女の方こそ自らの越権行為を自覚しなさい!」


 と、応酬するクレアとの舌戦が繰り広げられていた。

 (もっと)も詩織にしてみれば、クレアが反論する度に苛立ちを募らせるエレオノーラの怒りの矛先が、いつ何時(なんどき)自分へと向けられるかと思えば、気が気ではないというのが正直なところだ。


(とばっちりは勘弁して欲しいわ。大体エレオノーラ司令も本気で止める気なんかないくせに……恨みますよ、白銀提督ぅ~~)


 口論の発端はグランローデン帝国艦隊が援軍として参戦した事に起因しており、それによって戦局の『流れ』が梁山泊軍へと傾いたからに他ならない。

 だから、元々クレアが大和に残留するのに否定的だったエレオノーラが、此処(ここ)が潮時だと判断して後方の別動隊へ退避する様に指示したのだが、『(いま)趨勢(すうせい)は定かではないわ』と反発したクレアが、その勧告を蹴ったのが始まりだ。


 確かに二万隻以上の戦力の介入は、大きな変化を戦場へ(もたら)した。

 それでも物量的劣勢が解消された訳ではないが、両軍の艦隊将兵へ与えた心理的衝撃は計り知れないものがあったのは確かだ。

 その結果、戦意を喪失した敵艦の離脱が発生し、その数は時間を追う毎に確実に増えているのだから、戦場経験が豊富ではない詩織にも、戦場の『流れ』が味方へ有利に働いているのは理解できた。


(明らかに敵の反撃に陰りが見え始めたわ。でもそれは援軍の効果というよりは、クレア大統領の説得が功を奏していると考える方が妥当ね……)


 そう判断すれば、艦長として成すべき事はひとつしかない。

 今やクレアもエレオノーラも引くに引けなくなっており、誰かが仲裁しなければ収まりがつかない有り様だ。

 本来ならば、それは彼女らよりも上級者である達也やラインハルトの役目だが、愚図愚図していたら折角掴んだ『流れ』を手放す事にもなりかねない以上は、詩織も決断せざるを得なかった。

 (たと)え、貧乏くじを引く事になってもである。


「グラディス司令! 御指示の正当性は充分理解しておりますが、この激戦の最中での他艦への移乗はかなりの危険を伴います。また、周囲への敵艦隊の進攻が確認できていないとはいえ、防御力に不安がある中型航宙母艦では、大統領閣下の御身を託すには不適切だと小官は考える次第であります」


 クレアとの舌戦に乱入されたエレオノーラから、怒りを隠そうともしない剣呑な視線を向けられて内心冷や汗ものの詩織だったが、意外にもお叱りはなかった。

 (むし)ろ〝ふんっ″と鼻を鳴らしたエレオノーラは、まるで何事もなかったかのように冷静な表情を取り繕うや、勝手にしなさいとばかりに()台詞(ゼリフ)を残して実りのない口論に終止符を打ったのである。


『まあいいわ……今回は詩織の顔を立ててあげましょう。但し貴方たち大和将兵の責任は重大よ……(たと)え勝利してもクレアを喪えば負けと同じだと肝に命じなさい。この私に楯突いた以上は、相応の働きを(もっ)て償う事……期待しているわ』


 その言葉の意味を詩織や大和クルーは(あやま)たずに理解した。

 この戦いに勝利したからといって全ての問題が解決する訳ではないし、()してや血で血を洗う戦場が、政治家であるクレアに相応(ふさわ)しい場でないのは論ずるまでもないだろう。

 新たな人類の未来を構築する上で重要な案件は戦後にこそ山積しており、彼女が必要とされるのは、魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する戦後政治の修羅場以外には有り得ない。

 だから、クレアの安全を最優先させたエレオノーラは退避を(うなが)したのである。


(司令官の御配慮に感謝いたします……(もっと)も、振り上げた拳の下ろし場所に困っていたのは確かだと思いますがね)


 そんな意地の悪い思いが頭の片隅を(よぎ)ったが、詩織は口元を(ほころ)ばせて含み笑いを漏らすに止めた。

 それは経験が浅い新米艦長の意見を受け入れる事で、エレオノーラが自分の面子(めんつ)を立ててくれた事が堪らなく嬉しかったからだ。

 まだまだ未熟なのは分かってはいるが、(たと)えお世辞でも一人前だと認められたと思えば悪い気はしない。


「庇ってくれてありがとうね、如月艦長。でも、エレンにしては粋な計らいだったわね。口では厳しい事を言っても思いやりも忘れない……貴女を一人前だと認めているからこそだと思って良いわよ。遠慮なく喜びなさい」


 そして、そう感じたのはクレアも同じだったらしく、笑顔で礼を言われた詩織は照れ臭くて仕方がなかった。

 しかし、それでも忠告を忘れないのは、如何(いか)にもクレアらしいと言えるだろう。


「でも、くれぐれも油断はしないで頂戴。戦いに勝利する以上に大切なのは、一人でも多くの仲間をセレーネへ生還させる事なのだからね」


 その言に詩織は実に晴れ晴れとした微笑みを浮かべてクレアを驚かせた。


「御心配は無用です。私は……いえ、我々〝伏龍″卒業生は、誰一人として欠ける事なく軍人としての人生を全うしなければならないのです。提督こそが最高の教官であり、その教えが間違っていなかったと証明するには、それしかないのです」


そして、胸に秘めた誓いを吐露した上で、国家の最高指導者からの要請にも力強く頷いて見せた。


「だから、最高の仲間たちと共に全力を尽くして無事に生還を果たす……それが我々の使命だと理解しています」


 その想いはブリッジに配属された他の白銀組の面々も同じだったらしく、ヨハンや神鷹を筆頭に全員が当然だとばかりに相好を崩している。

 そんな彼らに意表を突かれたクレアは、(かつ)て達也が地球統合軍の士官養成学校〝伏龍″を去る際に教え子らに残した懇願を思い出した。


『誰一人欠けず全員が軍人生活を全うして退役すること……それが叶ったならば、俺は君達を心から誇りに思うだろう。素晴らしい教え子達だったとね。それが俺の願いだ』


(あの時の言葉を今も大切に胸に秘めて頑張っているなんてね……私としては少々()けてしまうわ。ねぇ、達也さん?)


 羨ましいとは断じて口にできないクレアは、この程度の皮肉なら許される筈だとほくそ笑み、詩織は同じ戦場で奮戦しているであろうパートナーへと想いを馳せるのだった。


(蓮……死んじゃ駄目よ。私達の誓いを……私の想いを無駄にはしないで!)

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― 新着の感想 ―
[一言] 大統領のお言葉、とても胸に響きました。 私もこれくらいの台詞を作品の中で出したいです。 でもって蓮……いやもうホント生きてほしいけどどうなっちゃうのよさ(;゜Д゜)
[一言] クレアさんの言葉がとても響きました。 子どもたちという存在は大きいでしょうね。軍人の皆様もご家族を持って、そのために戦われているのでしょうから。 (絆されればよかったのに……と臍をかんでしま…
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