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第八十六話 ジュリアン救出 ③

「ちょっと、志保ッ! 勇猛と蛮勇を履き違えるんじゃないわよ!」

「そうですぜ、(あね)さんッ! 軍事施設じゃねえとはいえ、重要人物を拘禁している以上は警備も厳重な筈でさあ。たった20人で如何(どう)にかなるとは思えませんぜ」


 副官のデライラが血相を変えれば、豪勇でなるバルカまでもが語気を荒げて異議を唱えるのだが、志保は小揺(こゆ)るぎもしない。


「なぜ大学病院にジュリアンが捕らわれているのかは分からないけれど、あれだけの規模の施設ともなれば、医療従事者や患者、そして研究者らの人数は膨大なものになるはずよ……そんな場所の警備に大部隊を配備する意味はないわ。いざ戦闘になった時に一般人は邪魔でしかないもの。それに……人質の口封じをするだけならば、遠隔操作可能な高性能爆弾一発で済むわ。その方が安上がりでしょ?」


 その推測は理に(かな)ってはいるが、革命政府側の意図が見えない以上は迂闊(うかつ)に賛同できない、とデライラは慎重な姿勢を崩さなかった。

 事前調査が充分ではない場所での作戦行動には突発的なアクシデントが付き物であり、何があっても対処できるだけの戦力を(もっ)て望むのがセオリーだ。

 そうでなければ、可惜(あたら)優秀な団員らを無駄死にさせる事にもなりかねないのだから、副官である彼女が殊更に慎重になるのは道理だとも言える。

 しかし、無謀な決断を翻意(ほんい)させるべく意見具申しようとする副官を、志保は片手で制して黙らせた。


「デラ、アンタが何を言いたいかは分かるけれど、作戦目標の優先順位を間違えないで頂戴。我々梁山泊軍空間騎兵団は王城の制圧、ヴラーグ閣下率いる陸軍師団は王都主要施設の奪還が最優先目標と定められているわ。しかし、重要拠点であるだけに、それなりの戦力が配備されているのが道理よね……」


 そこで一旦言葉を切って、壁際に控えているユリアを切なげな眼差しで一瞥(いちべつ)した志保は、心に(わだかま)っている葛藤を振り払うかの様に再度口を開く。


「ならば、優先度の低い救出作戦の為にこれ以上の戦力を割く訳にはいかない……人質の奪還は私の部隊だけで行う。これは決定事項よ。変更はないわ!」


 それは作戦を統括する指揮官として当然の決断ではあるが、ジュリアンの無事を願うユリアの心中を(おもんばか)れば、後ろ髪を引かれる思いだった。

 しかし、今回の決戦を勝利するには、全ての参加将兵が己の職責を果たす以外に道はなく、指揮官といえども私情に流される訳にはいかない。

 だから、その苦しい想いを腹の底に呑み込んだ志保は、胸の中でユリアに詫びるしかなかったのである。


(ごめんね、ユリア。でも、私の命に代えても必ずジュリアンは助け出してみせるから……)


 だが、そんな志保の苦衷を理解できないユリアではなかった。

 正論を(もっ)(さと)されれば押し黙るしかない模範的な軍人のデライラとは違い、良くも悪くも己の感情を優先するバルカが、尚も言い募ろうとしたのだが……。


「きっと大丈夫です。志保さんが率いる部隊のメンバーは皆が一騎当千の強者だと聞いていますし、ヒルデガルド殿下やティグルも力を貸してくれます。私もさくらも足手纏いにはなりませんから、皆様は王都の攻略に専念なさって下さい」


 志保へ詰め寄ろうとする巨躯のバルカの前に身を投げ出して訴えたのは、他ならぬユリアだった。

 己の体躯の半分にも満たない少女が悲痛な表情で懇願する姿を前にすれば、如何(いか)に〝黒旋風″と恐れられる勇者でも、それ以上の強弁は不可能だ。

 小さく溜め息を零すバルカが、お手上げだと言わんばかりに軽く両手を上げながら引き下がるのを見たユリアも胸を撫で下ろす。


(私の我儘の所為で迷惑を掛けてしまっているのだから、せめて重荷にはなりたくはない……バルカさんが引き下がってくれて良かった)


 そんな少女の背中に片手を添えて謝意を伝えた志保は、昂る闘志に声を強め命令を下すのだった。


「王宮奪還作戦の指揮はデラに任せるわ。機動甲冑〝焔三式″は全て攻略隊に配備しなさい。それから、我々は大気圏突入後はシャトルで別降下するから、本艦は他の艦艇と共に王都へ急行するようにッ! さあっ! 出撃よッ!」


           ◇◆◇◆◇


 キャメロットとの会見以降、テベソウス王立病院の地下秘密施設で軟禁状態にあるジュリアンは、()したる目的も見いだせずに閑暇(かんか)を持て余していた。

 敵勢力の総帥であるキャメロットとの邂逅で得た情報は多い。

 その中でも特に看過できないのは、彼自身が亡父の研究が遺した唯一の成功体であり、彼とその信奉者らが目論む「AIによって統制された世界の実現」の中核を成す存在であるという点に尽きる。


(己が人間らしさを喪失しつつある現状は彼も自覚しているようだ。だからこそ、理想世界実現の為に人柱となる……そんな荒唐無稽な殉教伝説に人々は熱狂するのだろうが……余りにも危険すぎる)


 ジュリアンの危惧は、決して杞憂だとは言えないだろう。

 一見して美談だと称えられる自己犠牲的行動だが、それは古今東西いつの世でも語られて来た英雄譚で散見される虚構に過ぎない。

 それが、お伽噺の中で完結する分には一向に問題はないが、人々の肥大した妄想の産物として社会秩序の根底に根付きでもしたら一大事だ。

 信仰の中で神の奇跡を渇望するのと同じように、自らは積極的な行動も為さずに他者を殉教者と奉り、その犠牲の上に望むものを得んとする理念が肯定されれば、人種という存在が滅亡への坂道を転げ落ちて行くのは火を見るよりも明らかだ、とジュリアンは確信している。


(そんな愚かな世界を正当化してはならない……不遇な妹さんの存在も含め、提督には御知らせしなければならに事が沢山あるのに……)


 軟禁生活の中で焦慮(しょうりょ)は募るばかりだが、(あて)がわれた部屋から一歩も出られないのでは、得た情報を達也へ届けるなど夢物語でしかない。

 ()してや、昼日中は世話係と称するグロリア・ルフト大尉の監視下にある状況では、志の低い兵士を買収するなどの小細工もできず、無為に時が過ぎるのを甘受するしかない己の為体(ていたらく)歯痒(はがゆ)くて仕方がなかった。


 そんな不自由な生活を強いられる中、焦りから自暴自棄な行動を選択せずに済んだのは、(ひとえ)に監視役であるグロリア・ルフトの御蔭と言えるだろう。

 他の女性士官にはない一種独特な雰囲気を(まと)う彼女は、何処(どこ)か飄々とした態度でジョークも口にする不思議な女性だった。

 軍人に在りがちな偏狭な堅苦しさを微塵も感じさせないし、かといって年齢相応の女性らが見せる軽薄さとも無縁な存在だ。

 また、会話の端々(はしばし)からは相当の知性を内に秘めているのが容易に(うかが)えるだけに、彼女に対する興味は日増しに高まって行った。

 監視する側とされる側……そんな奇妙な間柄でもあったが、グロリアと会話する機会は日を重ねる毎に増え、今では実に気安い関係を構築するに至っている。


「一つ聞いても良いかい? さっきから手元の情報端末で何をしているのさ?」


 今日も今日とて早朝から部屋に居座って監視任務に就いているグロリアと世間話に興じていたジュリアンだったが、急に思い立ったかの様にタブレット端末を操作し始めた彼女の様子を(いぶか)しんだ。

 この殺風景な部屋で時間を共有する様になって随分と日が経つが、彼女が積極的に情報端末を(いじ)る姿を見た事がなかった(ゆえ)の素直な疑問だった。

 とは言え、ジュリアンとて真面(まとも)な答えが返って来ると期待していた訳ではない。

 短い付き合いだが、相手を揶揄(からか)って楽しむ悪質な趣味をグロリアが持っているのは、今日までの遣り取りで充分身に染みている。

 そして、案の定と言うべきか……。

 彼女の返答は、脱力と狼狽(ろうばい)という二本の刃で彼の精神を翻弄したのである。


「大切な想い人への伝言ですわ。貴方の接待という大役を仰せつかったとはいえ、こんな地下深い場所へ軟禁されて外出すら儘ならないのは私も同じ……事情は説明していますが、あれで私の彼は心配性な男性(ひと)でして、長い間帰宅すら許されないのは、女体(からだ)を使った夜の接待を強要されているのではないか……そんな埒もない妄想を(いだ)く気の弱いところがあるのです。ですから、弁明だけはしておこうかと……」


 何処(どこ)までが本気かはジュリアンには分からなかったが、不埒な好色漢の濡れ衣を着せられては黙っていられない。


「そ、そんな馬鹿なっ! 私には大切に想っている婚約者がいるんだ。他の女性に懸想するなど有り得ない」


 そう語気を強めて抗弁したが、それが無意味なのは二人とも分かっている。

 グロリアにしてみれば、ジュリアンなど人生経験が未熟なボウヤに過ぎない。

 手のひらの上で踊らされている事にさえ気付けないのだから、如何(いか)に銀河系屈指の大財閥総帥とはいえ、揶揄(からか)って遊ぶのに便利な存在でしかないのだ。

 (いわ)く想い人への弁明を送信し終えたグロリアは、情報端末のカバーを閉じるや、その美貌に艶然とした笑みを浮かべ、憮然とした顔でソファーに座すジュリアンの隣へと腰を下ろした。

 突然の事に顔色を変えたジュリアンは立ち上がろうとしたが、片腕を絡め捕られて身体を密着されてしまえば、逃げる事も儘ならなくなってしまう。


「なっ、なっ、何をする気なんだい? 誤解を招く様な真似は止めた方がいい」


 本人は強く否定したつもりだが、肝心の声が震えていては虚勢も台無しだ。


「あら、緊張なさっているのかしら? ふふっ、初心(うぶ)な御方ねぇ……揶揄(からか)うだけのつもりでしたけれど、私の方が本気になってしまいそうですわ。上役からの許可は取り付けていますから、御望みならば夜の御相手も務めて差し上げましょうか?」


 その瞳に妖しい色を宿したグロリアの顔が迫って来る。

 捉われた片腕に豊かな膨らみが押し付けられたかと思えば、微かだが甘い柑橘系の香水の芳香に鼻孔を(くすぐ)られ、頭がクラクラしてしまう。


「ば、馬鹿な事を言わないでくれ! 君だって大切な恋人がいるのだろう!?」

「あら、恋人がいるのはお互い様……そして、こんな寂しい場所で無聊(ぶりょう)を囲っている者同士ですわ……温もりを共にして慰め合っても(ばち)は当たらないはず……」


 その甘美な誘惑の言葉が強い媚薬の(ごと)くに脳内に染みていく。

 だが、グロリアの朱唇(くちびる)が己のそれに触れようとした瞬間、有りっ丈の理性を叱咤したジュリアンは、迫りくる彼女の身体を押し返すや、ソファーから立ち上がって部屋の隅まで後退って難を逃れた。

 〝据え膳食わぬは~″とは言うが、一時の欲望に溺れてユリアへの想いに自ら泥を塗るなどできる筈もない。

 そう自らに言い聞かせたジュリアンは、懸命に表情を取り繕ってグロリアを(たしな)めようとしたのだが……。


「貴方に思われている女性は幸せですわね。私の負けですわ」


 楽し気に笑うグロリアを見たジュリアンは、(ようや)揶揄(からか)われていた事に気付く。

 その途端にドッと冷汗が噴き出したのを自覚すれば、その場にへたり込んで恨みがましい眼差しを彼女へと向けるしかなかったのである。


「嫌味にしか聞こえないね……恋愛初心者を(もてあそ)んで楽しかったかい?」


 だが、そんな自虐的気分は、蠱惑的(こわくてき)なグロリアの朱唇(くちびる)から零れ落ちた台詞によって雲散霧消してしまうのだった。


「そんな意地の悪い真似はしませんわ……ただ、いよいよ梁山泊軍との最終決戦が始まったみたいですから、緊張しないようにとジョークを披露しただけです」


           ◇◆◇◆◇


 イ号潜に搭載されている小型シャトルは、大の大人が二十人も乗れば一杯一杯になる代物だが、そこへ子供サイズが四人加われば、まさに鮨詰め状態と形容するに相応(ふさわ)しい様相を呈してしまう。


「地上へ降下するまでの我慢だから、勝手に転移して先走るのは無しよ?」


 そう子供たちとヒルデガルドへ念を押した上で、機内に設置された情報掲示板に表示されている高度を確認した志保が、まさに出撃を命じようとした瞬間だった。

 イ号潜の通信担当士官から、驚くべき報告が(もたら)されたのである。


『秘匿通信をキャッチしました!『ジュリアン氏の身柄は王立病院地下10層にあり。地下7層最奥の救命車両駐車場の奥に秘密エレベーターあり』との内容です。発信者並びに発信源は不明ですが、信憑性は高いと判断されます!」


 その一報に機内の面々が表情を輝かせたのも当然だろう。

 何と言っても、ジュリアンの生存が確認できた意味は大きい。

 そして、さくらとティグルから祝福されて双眸に涙を滲ませるユリアの姿を見た突撃隊のメンバーは、志保以下誰一人の例外もなく、人質の無事奪還をこの少女へプレゼントしようと心に誓うのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です! ちょっと勝手な想像を浮かべてしまったのですが、キャメロットさん、色々託していたりするんじゃないかなぁと。 多分、全部知っいて彼女をここに任命していて、ジュリアンをここに置…
[一言] こ、このタイミングでラストのアレ(;゜Д゜) いやまさかあの人……なのか(;゜Д゜) 罠かそれとも……気になるぜ(;゜Д゜)
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