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第八十六話 ジュリアン救出 ②

 詩織が自席へ戻ったのを見計らったかの様に、今度は蓮から通信が入った。


「白銀提督。疾風(ハヤテ)二番機出撃しますッ!」


 その声音からは特に緊張している様子は感じられなかったが、スクリーン越しとはいえ、専用ヘルメットから覗く表情には、(わず)かばかりの硬さが見て取れた。

 これだけの大規模戦闘の真っ只中へと斬り込むのだから、力むなと言う方が無理なのは分かるが、必要以上に張り詰めていては、実力を発揮できない儘に不本意な結末を迎える恐れがある。

 そう案じた達也は意地の悪い笑みを浮かべるや、緊張感の欠片(かけら)もない下品な軽口を叩いて(かつ)ての教え子を揶揄(からか)った。


「何をこの世の終わりみたいな顔をしているんだ? 疾風(ハヤテ)の性能を(もっ)てすれば敵艦の対空砲火を()(くぐ)るなど造作もないさ。如月をベッドに押し倒すよりは簡単だから気楽にやれ!」

「ちょ! て、提督ぅ~~~~~!!」


 顔を引き攣らせて情けない声を上げる蓮とは対照的に……。


「場の空気を読まないセクハラ発言……セレーネに帰ったら、速攻で監察局へ訴えますからね」


 達也の真意を看破した詩織は()えて怒りはしなかったが、不穏なオーラを隠そうともせずに物騒なセリフを(のたま)う。

 司令官の下世話なジョークは兎も角、対照的な反応を見せた蓮と詩織の物言いには、ブリッジの彼方此方(あちらこちら)から含み笑いが漏れ聞こえて来た。

 だが、思わず口から飛び出た己の素っ頓狂な声を聞いて緊張が解れたのか、蓮の表情にも余裕が生まれたのは、達也にとっては目論見通りだ。

 だから、詩織から向けられる剣呑な視線は無視し、出撃する愛弟子へ激励の言葉を贈ったのである。


「それで良い……お前は今日まで全力で研鑽を積んで来たじゃないか。自らが積み重ねて来たものを疑うな……己の力量を信じて持てる力を十全に発揮すれば、必ず勝機はある。だから、俺よりも先に死ぬんじゃないぞ」


 尊敬して已まない上官から掛けられた言葉には万金の重みがある、だからこそ、良く言えば純粋、悪く言えば単細胞の蓮が発奮したのは当然の成り行きだった。

 勿論(もちろん)、その程度の腹芸は、達也にとっては朝飯前でしかないのだが……。


「ありがとうございます! 任務完遂に全力を尽くします! その代わりと言っては不遜ですが、提督も御無事で……御武運を祈っていますッ!」


 俄然ヤル気を出した愛弟子の様子に多少の罪悪感を(いだ)きながらも、そんな風情は微塵も見せない達也は、蓮の右肩に腰かけてニヤニヤと意味深な笑みを浮かべている精霊へと視線を向けるや、一転して頭を下げた。


「君達の協力には心から感謝しているよ、ポピー。しかし、厚かましいのは承知の上でお願いしたい……真宮寺のサポートを頼む」


 人型機動兵器 疾風(ハヤテ)を、体力面でも技量の面でも達也に劣る蓮が乗りこなすには、ポピーのアシストは必要不可欠だ。

 コンビを組んでからの激しい訓練の賜物か、(ようや)く実戦に耐えられるレベルになってきたとは言え、今回の様な圧倒的に不利な状況下での戦闘に不安が残るのは仕方がないだろう。

 達也の懇願は、その様な切羽詰まった事情があってのものであり、それはポピーも充分に理解していた。

 だが、精霊というものは大多数が好奇心旺盛で悪戯好(いたずらず)きであり、人間にとっては〝生きるか死ぬかの瀬戸際″という崖っ縁の状況ですら、無邪気に楽しんでいる節がある厄介な存在でもある。

 当然だが、今回もポピーはノリノリだった。


「はん! 何だかんだ言っても頼りにされるのは気分が良いものね。(しか)も、相手がアンタ(達也)とくれば、多少は無茶なお願いでも聞いて上げようかなと思うから不思議よねぇ~~。あっ、ほら、()が高いわよ? 不出来な弟子を死なせたくなかったら、もっと私を(うやま)いなさぁ~~い!」


 高笑いしながらご機嫌モードに突入する精霊様に周囲は苦笑いするしかないが、それはポピーの真意ではなかったようで……。


(他人の心配ばかりするのはアンタの悪い癖よ。望む未来を掴む為に戦うと決めたのでしょう? だったら迷わないで……大丈夫だから……()()()()()()()()()()()()()


 頭の中に響いたポピーの声は、目の前で軽口を叩いている者が発したとは思えない真摯なものだったが、日頃の彼女の言動を(かんが)みれば、それは余りにも不自然だと言わざるを得ず、得体の知れない違和感を覚えずにはいられなかった。

 その真意を測りかねた達也は、胸に芽生えた一抹の不安に急かされる儘に、彼女の言葉が意味するものを問い質そうとしたのだが……。


「あぁッ! もうッ! 提督に失礼だろう! 時間がないんだから出撃するぞ!」


 相棒の無礼な物言いに憤慨した蓮が早々に通信を打ち切った事で、ポピーの胸の中を確かめる機会は失われてしまったのである。


(何だ? この違和感は? 何かを隠しているのは確実だが……)


 そう(いぶか)しんではみても、(すで)に後の祭りだ。

 超常たる存在の思惑など、些末(さまつ)な存在の人間に分かろう筈もなく、それは神将と称えられた男も例外ではなかった。

 ならば、彼女の助言に従い己が為すべき事を成す……。

 そう誓いを新たにした達也は敢然と席を立つや、疾風(ハヤテ)の発艦シークエンスを見守る詩織へ声を掛けるのだった。


「如月艦長、俺も出る。大和の指揮は君に任せるが、エレオノーラからの指示には遅れるなよ。訓練で培った連携こそが我々の命綱だからな」

「御任せくださいッ! 提督こそ御武運を……敵の首魁に勝利した上での無事生還を信じていますからね……絶対ですよ!」


 その願いに微笑みで応えて足早に出口へと向かった達也は、席を立ったクレアと擦れ違う刹那に視線を交わし合う。

 互いの無事と健闘を祈るのに言葉はいらない。

 その事実こそが、達也とクレアにとっては信頼の証に他ならないのだから。


            ※※※


「さて、達也さんも出撃したし、私も御役御免ね……」


 そんな言葉を漏らすクレアからは達成感など微塵も感じられず、(むし)ろ、己が使命を果たすのはこれからだとの意気込みが有り有りと見て取れる。

 しかし、それは彼女の保護を達也から厳命されている詩織にとっては、頭の痛い問題以外の何ものでもなかった。

 力尽くでも……そう達也には言ったものの、それが容易な事でないのを誰よりも詩織自身が熟知しているからだ。

 だが、それでも、艦長として説得を放棄する訳にもいかず、努めて厳しい表情を取り繕って大和からの退去を進言したのだが、その意見具申が受け入れられる事はなかった。


「あ、あの……大統領閣下。これ以上本艦に留まるのは危険です。どうか、後方で航空戦の指揮を執っている第3航空戦隊へ御移り下さい。また万が一にも航宙母艦群が攻撃を受けた場合には、随伴しているイ号潜にて戦場から退避なさいますよう伏してお願い申し上げます」

「詩織さん。軍人としての私の仕事は終わりましたが、いち政治家としての仕事は()れからが本番なの。最低限度の責任も果たさずに逃げ出す訳にはいかないわ」


 クレアの言い分は詩織にも理解できる。

 敵は革命政府を標榜しているが、その実相は()くまでも軍人を主体とした組織でしかなく、政治的機能を有してはいない。

 その結果なにが起こるかというと、理性的な会話による停戦交渉などは望むべくもなくなり、何方(どちら)か片方が滅びるまで不毛な殺し合いが続く事になる。

 そんな悲劇を避ける為には、冷静な第三者の存在が必要不可欠なのだ。

 また、国家元首の口から出た言葉は重く、停戦後の諸条件の実効性を相手に信用させられるのは、クレアを()いて他にはいないと詩織も分かっていた。

 だが、此処(ここ)は大統領府のオフィスではなく、血で血を洗う戦場に他ならない。

 命を喪う可能性は極めて高く、そんな場所へクレアを同行させるのが正しいとは、どうしても思えなかったのである。


「大統領の御気持ちは崇高だと思いますが、停戦、もしくは降伏勧告ならば後方の艦艇からでも可能です。必要以上に危険を冒す事はないじゃありませんか」


 しかし、詩織の諫言をクレアは左右に小さく首を振る事で否定した。


「前線で命を懸けて戦う兵士をしり目に、後方の安全地帯から綺麗事を(のたま)うだけの臆病者の言など誰も本気で信じてはくれないわ……そうではなくて?」

「そ、それは……」


 クレアからの問いを否定できずに口籠るしかない詩織。


「それにね……子供達が戦場へ行く事を許した私が、我が身可愛さに後方へ下がるなんて有り得ないわ。だから……私も連れて行ってね、詩織さん」


 最後は名前を呼んで懇願するクレアの顔は微笑みで彩られている。

 そして、その中に滲む決意の固さを察した詩織も口元を(ほころ)ばせるしかなかった。

 これ以上の説得は時間の無駄だと判断するしかないし、何時(いつ)までも艦隊の主戦力である大和を遊ばせておく余裕がないのも事実だ。

 だから、自分が折れるしかないと詩織は腹を(くく)ったのである。


「本当にもうっ……夫婦揃って我儘なんだから! これ以上の議論は不毛ですから同行を許可しますが、私が提督から叱責される時は庇ってくださいよ? でないとまたぞろ便所掃除だとか言い出しますからね、貴女の旦那様はッ!」


 成長した教え子の何処(どこ)か拗ねた表情を好ましく思ったクレアは、その寛容な配慮に感謝し満面の笑みを返す。

 そして、達也が出撃して空席となったシートへ彼女が腰を下ろしたのを確認した詩織は、その表情に必勝の決意を滲ませて命令を下すのだった。


「両舷前進強速! これより本艦は戦場へと突入し敵艦隊を殲滅するッ! 各員は一層奮励努力せよッ!!」


           ◇◆◇◆◇


 さて、雌雄を決すべく双方の主力艦隊が激突する中、本作戦の中核を成す別動隊は何をしていたかというと……。


「う~~~ん……やっぱり此処(ここ)だよぉ。間違いないよね? ユリア姉」


 ダネル星の衛星軌道上近辺に形成した次元の狭間に潜伏しているイ号潜の艦橋。

 次元潜望鏡で収集したデーターから構成された惑星表面図の一点をさくらが指差せば、不安げな表情のユリアも同意して頷く。


「そうね……確かにこの病院らしき施設の地下からジュリアンの精神波を感じるわね……でも、一体全体なにがあったのかしら」


 さくらの力をユリアがブーストさせた結果、ジュリアンが拘束されていると思われる場所は簡単に特定できたのだが、その場所が問題だった。

 当初の作戦案では、ジュリアンが軟禁されている場所は王都近辺の施設か、王城の可能性が高いと予想されていたのだが、実際には辺鄙な場所に在る王立病院だと判明したものだから、王都制圧部隊は抜本的な作戦の見直しを余儀なくされたのである。

 だが、呑気に作戦の再検討を行う時間はない。

 だから、地上降下部隊の責任者である志保は、己の責任に()いて独断で作戦変更を決断したのだ。


「ジュリアン氏の救出作戦は、私の指揮下のチームだけで敢行するわ。他の部隊の作戦に変更はなしよ。攻略隊搭載のイ号潜は全艦惑星ダネルへ降下を開始せよ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] ポピーの言葉がとても意味深ですね。 全て……って? これって、いわゆるフラグ?? ポピーが危ないのかしら? と深読みしてしまいました。 それぞれが、それぞれの任務に就くという感じですね。クレ…
[一言] >場の空気を読まないセクハラ発言……セレーネに帰ったら、速攻で監察局へ訴えますからね 達也センセ……詩織くんの言うようにみんなが聞いている前でさっきのは酷い (´¬_¬)ジトーーーー ポピ…
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