第八十五話 大混戦 ②
【第一航空戦隊旗艦 赤城】
「全ての航宙母艦は攻撃部隊の発艦を急がせろ。敵艦隊の混乱に乗じてナイトメア運用母艦を完膚なきまでに叩くぞ!」
機動部隊の指揮を任されているラインハルトは、その端正な顔に不退転の決意を滲ませて大喝した。
直卒する一航戦とは別に正規空母のみで編成された二航戦と、中型の高速空母の寄せ集めである三航戦が戦力の全てあり、搭載している最新鋭艦載機 烈風五四型に至っては、パイロットの不足もあって七百機が精々という有り様だ。
しかし、革命政府軍の航空戦力と比して脆弱感は否めないものの、パイロットは元より艦隊将兵の士気は極めて高い。
それは、ラインハルトの言葉にある通り、敵艦隊への一番槍の栄誉を彼らが担っているからに他ならなかった。
航空戦力の真価は、その航続距離を生かした〝アウトレンジ戦法″にある。
艦砲の射程外に配備された空母機動部隊から放たれる航空戦力による波状攻撃こそが真骨頂であり、今回の作戦もその例に漏れない。
しかし、無防備で重量の嵩む甲板を背負い、脆弱な対艦兵装しか持ち得なかった過去の空母とは違い、最新鋭航宙母艦は戦闘艦としての能力も汎用型護衛艦に劣らぬものを与えられている。
その様な戦力を遊ばせておく余裕は今の梁山泊軍にはなく、当然ながら指揮官のラインハルトも、その事は作戦立案時から考慮していた。
「鹵獲して改装を施された無人艦隊が突撃を開始すれば、イ号潜艦隊も作戦要綱に沿って動き出す。だが、我々が得られるアドバンテージは僅かばかりの時間でしかない。戦力の出し惜しみは無しだっ! 艦隊所属の攻撃隊は全機出撃し、その後は第3航空戦隊の各母艦のみにて修理と補給を担ってもらう!」
保有している艦載機の規模ならば、中型母艦の寄せ集めである三航戦でも対処は可能と判断した彼は、一航戦と二航戦の全艦艇を殴り込み部隊へと投入すると決断を下したのだ。
それは、冷静で慎重な普段のラインハルトからは考えられない果敢なものだったが、戦力的劣勢を強いられている状況で贅沢を言っていられないのも事実だ。
だから、達也も幕僚部も、彼の作戦案を呑むしかなかったのである。
「第1航空戦隊と第2航空戦隊所属の全航宙母艦と護衛艦群は、攻撃隊発艦終了と同時に全速で主力艦隊を追うぞ! 但し、迂回進路を取りつつ敵艦隊の右翼へ突撃を敢行する!」
劣勢にありながらも、総司令官の檄に応える将兵らは意気軒高だ。
彼らの表情には悲壮感など微塵もなく、まるでピクニックに出かける子供の様に活気に満ちた部下達の様子には、ラインハルトも苦笑いするしかない。
(誰も自軍の勝利を疑っていないのだから、呆れたものだと言わざるを得ないね。だが、私自身も彼らと同じなのだから文句も言えないな……やはり、お前は大したペテン師だよ。願わくば、その大法螺が最後まで効果を失わない様にと願うばかりだ……こいつらの為にもね)
楽観できる状況ではないが、殊更に深刻なものではないとの思いに心を軽くするラインハルトは、次々に発艦していく攻撃隊を見送りながら、最後の戦いへの決意を新たにするのだった。
◇◆◇◆◇
【革命政府軍旗艦 ガイスト・ノーヴァ】
士気上がる梁山泊軍とは裏腹に、革命政府軍艦隊は混乱の只中にあった。
オルグイユ艦隊がヴァッヘン要塞へと侵攻した際に初陣を飾って以降、向かう所敵なしだったナイトメアが、陸な戦果を挙げる事もできずに一掃されたのだから、ランデルを始め艦隊幕僚部の面々が取り乱したのも無理はないだろう。
「ば、馬鹿なッ! なぜ、ああも容易くナイトメアが撃破されるのだ!?」
「AIに何かしらの異常が発生したのではないのか?」
「機動部隊司令官のオルドー准将の判断はッ!? 第3次攻撃隊はッ!?」
「敵が何をしたのか判然とせぬ儘に攻撃を繰り返しても意味はない!」
「ならば、指を咥えて傍観していろと言うのか、貴様はッ!?」
想定外の事態に直面して狼狽する参謀らは言を荒げるが、それで事態が好転する筈もなく、却って周囲の士官らの不安を煽る結果になってしまう。
そして、総司令官のランデルも、その愚者の輪の中に身を置く一人だった。
勿論、無敵と信じていた無人機動兵器の敗退が信じられずに悩乱するのは理解できるが、言葉を失して立ち尽くした儘というのは、責任ある指揮官として褒められたものではないのは確かだ。
そんな不甲斐ない幕僚達の状況を目の当たりにしたジャスティーン・フーバーは、参謀長として大いに歯噛みするしかなかった。
(開戦劈頭から司令部の経験値の低さを突いて来るとはな……容赦なく敵の弱点を攻め立てる抜け目のなさ……相変わらず厭らしい戦い方をするものだ)
その思いが、不甲斐ない味方への苛立ちなのか、白銀達也に対する嫌味だったのかは判然としないが、主導権を喪失して窮地へ追いやられてしまったという事実は変わらないのだ。
このまま無策の状態を放置すれば、数で勝る自軍の優位性が根本から揺らぎかねないと危惧したフーバーは、厳しい声音でランデルと幕僚達を一喝した。
「多少目算が狂った程度で取り乱しては、勝てる戦も勝てなくなりますぞ!」
その叱責には、数多の戦場を渡り歩いてきた者のみが持つ重みがあり、無意味な喧騒を撒き散らすだけの参謀らを黙らせるや、ランデルを正気の縁へと引き戻す。
「お、おうっ! そんな事は言われるまでもない! ナイトメア部隊による攻撃は中止し、母艦機動部隊は直ちにアスピディスケ・ベースまで後退せよ!」
狼狽しながらも正常な判断力を失ってはいない総司令官に胸の中で及第点を与えるフーバーたったが、変転する戦況は、それを言葉にする暇さえ許さない。
「て、敵艦隊に動きありッ! 我が艦隊目がけて進撃を開始した模様ッ!」
「艦隊行動に連動性はなく、再編を終えた艦隊が各個に突撃を敢行してきます!」
「あっ! 待ってくださいッ! 敵軍の前衛艦隊を構成する艦艇のデーターが判明しました! 銀河連邦軍主力護衛艦 シュトゥルムヴィント級です!」
「総数500以上! 10隻単位で単縦陣を構成し、全力で突っ込んできます!」
思い掛けない事態に参謀らは騒めくが、敵艦隊が交戦可能域に達するには、まだ幾許かの時間はある。
そう判断したランデルは、無謀な行為を嘲笑うかの様に声を荒げた。
「おのれ! 図に乗りおってッ! 寡兵の分際で攻撃を仕掛けて来るなどお笑い種だ! ならば、御望み通りに蜂の巣にしてくれる! 全艦隊は迎撃体制を整えよ。他艦の射撃軸線を阻害せぬ様に散開陣形へ移行せよ!」
総司令官の号令が下るや否や、高揚した将兵らの戦意が艦隊に満ちていく。
そんな中にあって、フーバーら古参の将官らは至って冷静だった。
「傑作艦の呼び声が高いシュトゥルムヴィント級ですが、現在では防御力に優れただけの老朽艦でしかありません。そんな艦艇を前面に押し立てて来るなんて……」
内心の不安を隠せないのか、小声で問い掛けて来た副官の言葉にフーバーも頷くしかない。
「確かにな……どんなに防御力に優れていようとも、正面戦力2万隻以上の艦艇による砲撃の前では無意味だ……死を覚悟しての特攻とも思えないが……」
戦慣れしたフーバーにも達也の真意は看破できないが、続けて発せられた副官の声に怯えが滲んでいるのは容易に察する事ができた。
勿論、決して愉快な事ではなかったが……。
「でしたら、何かしらの秘策があると?」
「それは分からない。唯のブラフかもしれないし、何かしらの思惑があるのかもしれない……だが、相手を思考の迷路へと誘う効果はある様だな。君の様にね」
「も、申し訳ありません。考えすぎて徒に不安を煽っていた様です」
だからこそ、敢えて叱責せずに穏やかな対応をする事で、フーバーは部下の緊張を解きほぐしたのである。
しかし、強がってはいても、彼自身の懸念は膨らむばかりだ。
(あの白銀提督に限って無策など有り得ない……その証拠に北部方面域へ派遣した艦隊は、フェアシュタント同盟の艦隊と交戦に入って身動きが取れず、南部方面域での騒乱も拡大の一途を辿っており、実質的に援軍は期待できない状況だ。これは偶然ではない……周到に練られた計略の成果だろう)
それらの混乱を画策した首謀者が白銀達也であるのは明白だ、とフーバーは確信していたが、今になっては遅きに失したと言う他はなかった。
(せめてもの救いは、我が方が戦力的優位を保っている事だが、それは白銀提督も百も承知の筈。ならば、先陣を務める鹵獲艦隊には何かあると考えた方が賢明だ。しかし……)
フーバーが至った結論は正に正鵠を射ていたのだが、策略の中身まで見抜くなど神ならぬ人間の身では不可能でしかない。
また彼が看破した内容は全て憶測に過ぎず、艦隊司令官であるランデルの判断を覆すほどの説得力がないのも事実だ。
おまけに思案の間にも敵艦隊は接近を続けており、両艦隊が正面から激突するのは不可避の状況だった。
しかし、その切迫した状況で、革命政府軍は更なる脅威に襲われたのである。
もはや迷っている暇はない……そう、フーバーが覚悟を決めた次の瞬間!
「か、艦隊後方で次元境界線の乱れを多数確認ッ!」
「ミ、ミサイル現出ぅ──ッ! 数は計測不能ッ!」
「次元間雷撃ですッ! は、速いッ! 回避不能ぉぉ──ッ!!」
複数のオペレーターらの悲鳴が重なり、誰とも知れぬ怒号が飛び交うブリッジは、一瞬で狂気乱舞の様相を呈すのだった。




