第八十四話 御魂安らかなれ ②
本作は基本的に漢数字を使用しておりますが、最終戦闘では数字の羅列が増えますので、読む際の違和感を軽減させるために、今話から各キャラクターのセリフ内に限ってアラビア数字を採用いたします。
漢数字との併用で読み難いと感じる読者様もおられましょうが、私の我儘として御寛恕頂けたら幸いです。
「一体全体、なにがどうなっているのだッ!?」
艦隊旗艦戦闘艦橋の大型スクリーンに映しだされている光景を目の当たりにしたランデルは、語気を荒げてそう問うしかなかった。
最大望遠でも敵艦隊の遠映すら捉える事はできないが、飛び交うビーム兵器と、それに伴う数多の閃光からも、ナイトメア部隊と白銀艦隊の間で激しい攻防が繰り広げられているのは分かる。
しかし、齎される報告は、己の耳を疑うのに充分すぎるものだった。
「第7戦隊アクセス途絶! あっ! 第12戦隊も……第1次攻撃隊のうち半数が撃破された模様ですッ!」
管制オペレーターの悲鳴にも似た絶叫に、ランデルや幕僚達は動揺を隠せないでいるが、圧倒的な戦力で有利に戦いを主導できると信じていたにも拘わらず、その予想が大きく裏切られたのだから、彼らが取り乱すのも無理はないだろう。
だが、艦隊司令部以上に悩乱の極みにあったのは、他ならぬオルドー旗下の航宙母艦群だった。
※※※
「第3戦隊に続いて第9戦隊もアクセス途絶ッ!」
「敵艦隊外周部艦艇へ攻撃を仕掛けた部隊は全滅した模様ですッ!」
管制を担当しているオペレーターからの報告が信じられないオルドーは、日頃の冷静沈着な仮面を脱ぎ捨てて声を荒げてしまった。
「なぜだ!? 高機動を誇るナイトメアが、開戦して早々に半数以上が撃破されてしまうなんて……各機体から集めた運動データーと敵艦隊の迎撃パターンデーターを解析した情報はアップデートされているのかッ!?」
「も、勿論です! 全てのデーターを解析して得られた最適な行動パターンは随時更新され続けています……ですがっ!」
オペレーターらが混乱するのも無理はなかった。
ナイトメアに内蔵されたAIは戦闘中のあらゆるデーターを一元化して共有し、そこから導き出された最も効率の良い攻撃方法を選択する能力を有している。
当然だが、共有された情報による連携行動も可能であり、現存する護衛艦の対空火器では迎撃は困難を極める、との太鼓判を開発部からも得ていた。
しかし、目の前で繰り広げられている現実は、そんな事前の検証が楽観に過ぎた希望的観測でしかなかった……。
そう言わざるを得ない無残なものであり、想定外の事態に直面したオルドーは、茫然自失の体で立ち尽くすしかなかったのである。
(そ、そんな馬鹿な……変幻自在の機動が可能なナイトメアが、こうも容易く撃墜されるなんて……こんな事が現実に起こり得るというのか?)
新型機を生み出した開発部の技術者達は、これまでの有人機動兵器と比較しても機体性能は数段上であり、既存の兵器での迎撃は極めて困難だと自信ありげな口調で語ったし、実際に彼らの自信を裏付けるだけの結果が、実戦配備前の検証試験でも示されていた。
だが、それは、余りにも手前味噌な判断ではなかったか……。
オルドーには、そう思えて仕方がなかったのである。
(一体全体、なにが起こっているのだ?)
この様な事態に陥った原因を懸命に思案するも、手元にあるデーターは余りにも脆弱であり、形ある結論を得るには至っていない。
なぜならば、開戦から僅かな時間しか経過していないにも拘わらず、第一攻次撃部隊から齎される情報は、荒唐無稽すぎると判断せざるを得ないものばかりだったからだ。
敵艦隊の総戦力は三千隻を若干下回る程度とはいえ、白銀達也の能力を鑑みれば、決して侮って良いものではないとオルドーら機動部隊司令部は判断していた。
だからこそ、初撃で勝敗を決する覚悟で第一次攻撃へ一千五百機のナイトメアを投入したのだ。
有人機とは比べものにならない高機動と、主兵装である高出力ビーム・ライフルの破壊力を以てすれば、然しもの白銀艦隊も手も足も出ずに沈黙するしかないだろう……。
そう嘯く幕僚たちの意見を楽観的だと思いながらも、オルドー自身も作戦の成功を信じて疑ってはいなかったのである。
だが、目の前に突き付けられた現実は、予想だにもしない残酷なものだった。
暗礁宙域に居座ったまま動かない白銀艦隊の目論見は、有利な状況下で迎撃戦を行いたいという一点に尽きるとオルドーらは考えており、だからこそ、先制攻撃で主導権を握った上で第二次、第三次攻撃隊による波状攻撃を敢行し、一気に梁山泊軍を殲滅するという青写真を描いたのだ。
しかし、その必勝を期した作戦計画は、敵前衛艦隊に配備された弩級戦艦の砲撃によって木っ端微塵に打ち砕かれたのである。
昨今の護衛艦に装備されている主砲の主流は、専らレーザー兵器ばかりだ。
実弾兵装と比較しても、破壊力、命中力、汎用性、コストパフォーマンス等々、その利点は数え上げれば切りがないし、特殊シールドによる威力の減衰という泣き所はあるものの、艦の主動力が稼働している限りは、エネルギー不足による弾切れを心配する必要がないという強みは無視できないものがある。
しかし、それらの事実を加味したシミュレーションでもナイトメアの優勢は実証されており、最新鋭のレーザー兵器を以てしても迎撃は不可能との検証結果が出ていた。
だからこそ、オルドーと機動艦隊総司令部の幕僚らは、先制攻撃の成功を信じて疑ってはいなかったのだが……。
※※※
その圧倒的な高機動を駆使して白銀艦隊へ襲い掛かったナイトメア部隊だったが、前衛艦隊に配備されていた大和型弩級戦艦 長門、陸奥、扶桑、山城からの主砲の一斉射という手荒い歓迎によって出鼻を挫かれてしまった。
超高速エネルギー弾と高い命中精度を誇るレーザー兵器は、レーダー連動による点の迎撃を可能にし、それまでの航空戦力優勢という常識をも駆逐せしめた実績があり、その後の戦闘艦搭載の各種兵装がレーザー兵器一辺倒へと雪崩を打ったのは、至極当然の結果だったと言っても過言ではないだろう。
しかし、ナイトメア第一攻撃部隊へ放たれた大和級の艦砲射撃はレールカノンによる実砲弾であり、使用されたのは対空迎撃戦の基本たる〝面による制圧″を主目的とした榴弾搭載の特殊砲弾だった。
大口径五百五十ミリ主砲から放たれた対空榴弾の威力は凄まじく、然しもの高機動を誇るナイトメアも、その回避能力を発揮する間もなく、全体の一割程度が宇宙の藻屑と成り果てたのである。
実弾兵器による対空迎撃、そして、特殊榴弾による広範囲攻撃など一体全体誰が想定しただろうか。
だが、そんな奇策も、結果のみを分析して自らをアップデートしていくAIにとっては、ただの戦闘による結果に過ぎないのだ。
時代遅れとの烙印を押された骨董品が亡霊の如くに蘇ったのだから、従来の有人機で構成された部隊ならば大いに混乱しただろうが、優秀なAIによって制御されたナイトメアには不測の事態への対応力にも並々ならぬものがあり、直ちに部隊を散開させるや、多方面からの同時攻撃へと戦術を切り替える柔軟性と強かさを発揮したのである。
戦闘経験を重ねる毎に無限に進化していくAI搭載兵器は無敵であり、それは、キャメロットや彼を妄信する者達の信念の拠り所だ。
しかし、その期待を裏切らない戦闘能力を発揮して見せたナイトメアは、確かに彼らの想いが間違ってはいなかったと証明して見せたが、それで窮地を切り抜けたと安堵するには、まだまだ早すぎたのである。
敵艦隊外周部に展開する艦船からの対空弾幕を掻い潜って肉薄したナイトメアは、主兵装たる高出力ビーム・ライフルの一撃を白銀艦隊の護衛艦へ浴びせた。
主力護衛艦搭載の艦砲と比較すれば威力では劣るとはいえ、人型機動兵器が有する火器としては破格の二百ミリビーム・ライフルは脅威以外の何ものでもない。
高速機動を生かしたヒット&アウェー戦法と、高火力の一撃を有したナイトメアから逃れられる艦艇はなく、この戦いを境にして大仰な戦艦などという兵種は衰退の道を辿るしかないと開発者らに言わしめたのだが……。
結果として白銀艦隊の艦艇は、その強力な攻撃を悉く跳ね返して見せたのだ。
「そんな馬鹿なっ!? ゼロ距離からの高火力レーザー砲が無力化された?」
信じられない現実を目の当たりにしたオルドーの叫喚は、艦橋に居並ぶ幕僚ら全員に共通するものだ。
梁山泊軍艦艇の性能諸元については明らかにされてはいないが、銀河連邦軍主力艦艇ならば一撃で中破以上の損害は免れないであろう攻撃が通用しないという現実は、少なからぬ動揺を機動部隊司令部へ齎す。
そして、その混乱が収まらぬうちに更なる悲劇がナイトメアを襲ったのだ。
作戦遂行に於いて負の要因でしかない〝混乱″や〝停滞″という概念をAIは持ち得ず、得た情報を瞬時に分析して最善手を選択する様に設計されている。
だから、ナイトメアは迷わず外周艦隊の隙間から密集陣形内部へと侵入するや、ターゲットを装甲が脆弱な汎用艦に絞り、戦果を重ねる事で敵を攪乱させる戦法へと切り替えた。
しかし、その瞬間から加速度的に損害が増え始めたものだから、主力艦隊は元より、機動部隊司令部も動揺する事態になっているのだ。
攻撃を続行しているナイトメア部隊は、時間の経過とともに数を激減させているのだが、集積され続けているデーターからは原因らしきものは判別できず、遠距離映像で見る限り白銀艦隊にも目立った動きは見られないだけに、革命政府軍司令部の混乱は並大抵のものではなかった。
だが、だからといって引き下がる訳にはいかないのだ。
想定外の損害に見舞われたからといって此処で尻込みしては〝優秀なAIによる統治された世界″という大義への疑問を民衆が懐くのは確実だし、それは、キャメロットが目指す理想世界の実現を頓挫させかねない危うさをも内包していた。
だからこそ……。
「各母艦は第2次攻撃隊を発艦させよ! この世に無敵艦隊などありはしない! 波状攻撃を以て敵を殲滅するぞ!」
オルドーは更なる攻撃続行を選択せざるを得なかったし、ランデルら艦隊総司令部も、その決断を追認するしかなかったのである。
それが、最悪の結果を齎すと気付かぬままに……。
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先日サカキショーゴ様(https://mypage.syosetu.com/202374/より、『人魚姫の守護竜様』(https://book1.adouzi.eu.org/n3878if/)へ素敵FAを頂戴いたしました。
御存じティグルの20歳ごろの勇姿であります。
詳しくは作品にて御堪能下さいませ。
サカキショーゴ様。いつもお気遣い頂き心から感謝申し上げます。
本当に、ありがとうございました。(桜華絢爛)




