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第八十三話 オープニングセレモニー ⑤

『形式的で構わないから、白銀提督に対して必ず降伏勧告を行う事。そして、私が待っている……そう、伝えて欲しい』


 その命令がキャメロットから伝えられたのは、出撃を直前に控えた最後の面談時であり、一部の側近と主要参謀のみが拝受したものだった。

 それは、キャメロットが、人間として最後に(いだ)いた切望なのだとフーバーは確信したのだが、最側近であるランデルやオルドーには、また別の感情に(さいな)まれる結果になったのかもしれない……。

 軍という組織に長く携わって来た老将には、そう思えてならなかったのである。


 理想世界実現の為に自らが殉教者となり、新たな世界構築の礎になるというキャメロットの行為は、まさに崇高なものだと言っても過言ではないだろう。

 (たと)え、その手法が〝人類の未来をAIへ委ねる″という荒唐無稽なものだったとしても、今日まで積み重ねて来た歴史が明らかにした人類の愚昧(ぐまい)さを(かんが)みれば、その方が遥かにマシだ……。

 そう、彼や彼の崇拝者たちが結論付けたのは当然の帰結だったのではないかと、フーバー自身も素直に納得できたものだった。

 だからこそ、システムと一体化してしまえば、人間としての存在意義を消失するキャメロットへの崇敬の念には並々ならぬものがあり、それが、側近らの狂信的ともいえる忠節を形成しているのだとも看破していたのである。


 だが、行き過ぎた想いは、必ずと言っていいほど身勝手な忖度(そんたく)を生むものだ。

 この途方もない計画の実現の為に苦楽を共にして来たランデルら側近にとって、人として他者と接する最後の機会にキャメロットが自分達を選んだのは、(まさ)に至上の幸福だった筈だ。

 しかし、そんな彼らの自尊心は領袖からの一言で打ち砕かれてしまった。

 キャメロットが最後の刻に逢瀬を願ったのは、最大の敵である白銀達也に他ならなかったのだから。


 それ(ゆえ)にランデルは、降伏勧告こそ口にしたものの、キャメロットの切望を達也へ伝えようとはしなかったのである。

 それが、白銀達也との邂逅を危ぶんだ末の決断なのか、彼自身の嫉妬によるものかは判然としないが、この儘では、この戦いの意義までもが失われてしまうのではないかとフーバーは危惧せざるを得なかった。

 だから、今では立場を異にしている敵将から名指しで問い掛けられたのは、(むし)ろ幸運だったのではないか……そう、苦笑いせずにはいられなかったのである。


『長く軍に居座って来ただけの私を高く評価して頂き恐縮極まりないが……貴方が仰る〝良識派″と言われる者達は、所詮(しょせん)は臆病者の成れの果てではないかな?』


 そのシニカルなフーバーの台詞には明らかに徒労感が滲んでおり、長年同じ境遇にあった達也も、同様の感傷を(いだ)かずにはいられなかった。


「時の権力者と体制の意向に逆らえず、唯々諾々(いいだくだく)と理不尽な命令に従わなければならなかったのは私も同じですよ。その所為(せい)で大勢死なせてしまった……いや、殺してしまったと言った方が正しいでしょう……敵も味方もね」


 達也の口調にも苦みが混じるが、銀河連邦軍隆盛時に〝日雇い提督″と(さげす)まれた将官の多くが同じ悲哀を噛み締めてきた事実を(かんが)みれば、その胸中が如何(いか)ばかりかは察して余りあるだろう。

 〝神将″と称賛された達也ですらそうなのだから、名前すら(かえり)みられる事のない一般の将官にとって、その境遇は正に地獄だと言っても過言ではなかった筈だ。

 そして、そんな地獄を味わったからこそ、フーバーは達也と敵対する立場を選択せざるを得なかったのである。


『多大な戦功を挙げた貴方ですら、そうなのだ……我々の様な凡夫は、(ろく)な戦果も挙げられなかったばかりか、多くの将兵に犠牲を強いるのみだった……』

「…………」

『だというのに、上で踏ん反り返っている連中ときたら……後方の安全な場所から高みの見物を決め込み、戦場の実相も、死に物狂いで戦う将兵たちの想いすら理解しようとはしない……我々だって人間だ。盤上の駒ではないのだ……そんな連中からの命令に従って命を投げ売りする事が、本当に馬鹿々々しくなったのさ』


 老練な指揮官の表情に、(かす)かだが痛惜の念が浮かぶ。

 フーバーの憤りは個人の情として至極真っ当な言い分なのかもしれないが、(およ)そ軍人が口にして良いものではないだろう。

 残念ながら、戦場では如何(いか)なる理不尽も(まか)り通ってしまうし、紙屑よりも軽いと評せられる兵士の命など、誰からも(かえり)みられないのが当たり前の世界なのだ。

 だが、フーバーの言を弱者の言い訳だと断ずる事は、達也にもできなかった。


「確かにね……私も何度も思ったものですよ……戦場で命を賭して戦う部下将兵らを唯の数字でしか認識できない……そんな、頭の悪い馬鹿な連中を皆殺しにできたならば、どんなに気分が良いかとね」


 冗談めかした達也の物言いに思わず頬を緩めたフーバーだったが、事ここに至っては、和解の余地がないのも充分に理解している。

 目指す未来が異なる以上、相手を叩き伏せて己が理想を貫き通すしかないのだ。

 だから、背筋を伸ばして姿勢を正したフーバーは、達也に対して最大限の敬意を払いながらも、断固たる決意を口にしたのである。


『銀河連邦が誕生して一千五百年。結局、人間は何も変わらなかった。形ある物は必ず腐敗する……それは人間も例外ではない。現在の価値観から脱却しない限り、第二、第三のモナルキアが誕生して悲劇が繰り返されるだろう。だからこそ、キャメロット様が提唱した未来図は間違ってはいないと信じているし、その実現の為に全力を尽くす所存だ』


 片や、己が信念を曲げる気など毛頭ない達也も、フーバーの決意には理解を示しながらも、それを()とする事はなかった。


「確かに人間は堕落する生き物だ……あらゆる欲望や誘惑に満ち溢れた世界の中では楽な生き方に流されがちだし、他人を(おとし)めて恥じない馬鹿が大勢いるのも事実だろうさ。不遇な世界を呪い、己が境遇に絶望して涙する……貴方の気持ちは俺にも理解できる……だがな」


 一旦言葉を切った上で一切の感情を消し去った達也は、スクリーンに映っている敵の将官らを睥睨(へいげい)して言い放った。


「そんな些細な事に絶望する必要が何処(どこ)にあるのだ? 人が生きていく上で不都合な事があれば頑張って変えていけばいい。何度も失敗して構わないさ、失敗しなきゃ学べない事だってあるのだから。自分の非力さが歯痒ければ大いに泣けばいい。それを恥だと(わら)う奴らには(わら)わせておけばいいさ……そんな矮小(わいしょう)な連中の戯言(たわごと)に構っていられるほど、人の一生は長くはないぜ」 


 滔々と語る達也を阻もうとする者は誰もいない。

 いや、口を差し挟めない何かが、その言葉の中には確かに存在していたのだ。


「貴方達が思っているほどに人間は脆弱(ぜいじゃく)な生き物ではないよ。どんなに傷ついたとしても、自らの意志で立ち上がる強さも持っている……過去は何度も繰り返されるだろうが、それを正そうとするのも、また、人間なのだ。だから、俺は絶望したりはしない。自分の人生をAIなんかに(ゆだ)ねる気はないし、愛する子供達に不自由な未来を残すのも真っ平御免だ」


 そう、達也が言い切った瞬間に両軍の緊張が高まる。

 それは、取りも直さずこの最終決戦が不可避になったと全員が理解したからだが、達也と話せた事でフーバーは肩の荷が下りた気がした。

 だから、何の躊躇(ためら)いもなく、最後に残された責務を果たしたのである。


『白銀提督……貴方と話せて良かった。最後になりますが、キャメロット閣下から御預かりしている御言葉があります』

『お、おいッ! 貴様ッ!』


 フーバーが何を言おうとしたのか察したランデルが気色ばむが、老将は委細構わずにキャメロットから託された言葉を達也へと伝えた。


『惑星ダネル極北上空……成層圏界面にて貴方を待つとの事……何を思われての事かは分かりませんが、恐らくは最後の切望なのでしょう』

「最後の切望?」


 訝し気な表情の達也の問いに銀河連邦軍式の敬礼で応えたフーバーの映像を最後に、交信は途絶してしまう。


「ふん……勿体(もったい)ぶった言い種だが、敵首魁からの御招待とあれば応じるのが礼儀だろうな。いいだろう。どんな戯言(たわごと)が聞けるか楽しみにさせて貰おうじゃないか」


 不敵な面構えで(うそぶ)いた達也は表情を一変させるや、声を張って檄を飛ばした。


「全艦隊へ通達。迎撃フォーメーション・ラビリンスへ移行! 死に物狂いで研鑽を積んだ訓練の成果を存分に見せてくれ! まずは敵の人型無人兵器を始末する。各員の奮戦に期待するッ!!」


           ◇◆◇◆◇


「貴様ッ! 一体全体どういうつもりだッ!?」


 通信が途絶した途端、怒り心頭に発したランデルはフーバーに詰め寄った。

 如何(いか)に敬愛する領袖からの命令とはいえ、計画の根幹を揺るがすリスクを(かんが)みれば到底容認できるものではなく、側近らで協議した末に()えて黙殺すると決めたという経緯がある。


「大望を叶える為にも、可能な限りリスクは避けるべきじゃないのか!? キャメロット様の真意は不明だが、今更、白銀達也と相対する意味など何もない筈だ!」


 ランデルの言い分は間違ってはおらず、フーバーも大いに賛同できるものだ。

 万が一にもキャメロットが討たれる様な事があれば、全ての計画が水泡に帰してしまうのだから、無用なリスクは避けるべきだとの彼の意見は至極真っ当なものだと言えるだろう。

 だが、それでも、軍人たる者が最後の瞬間に口にした言葉を軽々と無視する事が正しいとは、どうしても思えなかったのだ。

 だから、鼻息荒く捲し立てるランデルをひと睨みしたフーバーは、殊更(ことさら)に語気を荒げる事なく粛々(しゅくしゅく)諫言(かんげん)したのである。


「己が身を犠牲にする事も(いと)わず、大望を成さんとしておられる閣下の最後の切望ですぞ? 配下の我々が勝手に忖度してよいものではありますまい? 恐らく一人の軍人として……いや、人間として白銀提督と語らいたい事がおありなのでしょう……死を覚悟した男の矜持に泥を塗るなど野暮の極みですぞ? 総司令官閣下」


 それは、青臭い絵空事なのかもしれなかったが、それを否定する事はランデルにも、他の幕僚達にもできなかった。

 そんな苦虫を嚙み潰したかの様な表情の彼らを見たフーバーは、思わず含み笑いを漏らしてしまう。

 それは、見た目よりも純朴な彼らの素直さが羨ましかったからかもしれない。

 だから、わざと冗談めかした物言いで若者達へ奮起を促したのだ。


「さあっ! 御託を並べるのは此処(ここ)まで……我が軍の総力を(もっ)て、白銀達也共々に敵艦隊を殲滅しましょう。()すれば、キャメロット閣下も文句は言いますまい」


 その言を受けたランデルの表情が険しさを増すや、艦橋に大喝が響き渡る。


「言われるまでもない! 今日こそ〝神将″白銀達也を葬ってみせる! そして銀河世界に新しき繁栄の歴史を(もたら)すのだ! ナイトメア隊出撃を開始せよ! 全艦隊は第一級戦闘配置にて待機! 身の程も弁えぬ反乱者共へ死の鉄槌を与えてやれ!」


 時を同じくして双方の司令官が発した号令により、銀河系の未来を懸けた決戦の幕は切って落とされたのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] この時点でここまで感動できるんだ。 キャメロットとの対談ではどんだけ感動してしまうんだ……ティッシュ三箱は用意しないと(ぇ
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