第八十三話 オープニングセレモニー ④
「全艦転移完了しました。現在位置はグラシーザ星系内座標N-0339-RD77。周囲に敵影は認められません」
主任オペレーターを務めるクレアからの報告に達也は小さく頷いただけだったが、極度の緊張からか、他の面々は一様に表情を強張らせてしまう。
梁山泊軍艦隊が最終転移を経て到達したのは、敵本拠地がある惑星ダネルからは指呼の距離にある広大な暗礁宙域だ。
数多の微粒子が複雑に絡み合うこの宙域は、電探システムの効力が著しく制限されてしまうが故に、艦隊を展開させるには不都合な場所だと広く認知されている。
しかし、裏を返せば、寡兵の梁山泊艦隊にとっては絶好の隠れ蓑足りえる宙域でもあり、この場所を最終待機地点としたのは、転移終了時の不意打ちを防ぐという意味でも有益な選択だったと言えるだろう。
「目標までは第二戦闘速度で三十分……敵艦隊の有効射程距離到達まで二十四分。アスピディスケ・ベースの要塞砲がスペックデーター通りならば、我が艦隊は既に敵の射程圏に入っています。念の為に散開陣形を敷きますか?」
高火力要塞砲による先制攻撃を懸念した詩織の問いに、達也は問題ないとばかりに軽く左右に首を振る。
「本来ならば、それが一番確実な戦術だが、我々とアスピディスケ・ベースの間に十万隻の革命政府軍艦隊が所狭しと布陣している状況ではね……まさか、開戦早々に味方撃ちはしないだろう」
敬愛する司令官が暗に長距離砲撃はないと断言した事で、幾分か艦橋の雰囲気が和らいだ。
すると、今度は、やや困惑した風情のクレアが上申して来た。
「白銀提督。敵艦隊よりコールが入っていますが……如何いたしますか?」
この事態に当惑したのはクレアだけではない。
達也や他の者達も、大なり小なり同じ感覚を懐いたのは当然だろう。
双方の主張は隔絶しており、この期に及んで話し合いによる和解が成立する筈もないのは自明の理だ。
だが、決戦を目前に控えた今になって会談を求めて来た敵の意図には測りかねるものがあるとはいえ、無闇に忌避するのも大人げないと判断した達也は、不敵にも微笑んでみせた。
「こちらの位置は敵も把握している様だな。ならば、コソコソと隠れる必要はないだろう。雌雄を決する前に相手の顔を拝んでおくのも悪くはないさ」
緊迫した状況には似つかわしくない呑気な物言いだが、三十倍強の敵との決戦を目前に控えながらも、微塵の動揺も見せない司令官の態度は、他の面々には好意的に受け入れられたようだ。
それは、何時もの滑らかさを取り戻したクレアの声音からも明らかだった。
「敵旗艦と回線を繋ぎます」
メインスクリーンに映し出されたのは、達也にとっては見慣れた弩級戦艦の艦橋だったが、画面中央に居座っている高級将官には見覚えがなかった。
しかし、一歩引いた位置で畏まっている参謀格の将官らの中には面識がある者も交じっており、その表情が硬いのを見れば、この事態が彼らにとって本意でないのは容易に想像できてしまう。
だが、それも今更だ……。
そう達也が嘆息したのと同時に、厳めしい表情を更に険しいものにした敵司令官が口を開いた。
『私は、ローラン・キャメロット様からこの艦隊を託されたニクス・ランデル大将である。貴官が白銀達也大元帥閣下か?』
その慇懃な物言いからは、相手への敬意などは微塵も感じられず、ただ事務的な手続きを踏んでいるに過ぎないという心情が見て取れる。
思わず苦笑いしそうになったのを我慢した達也は、やや口元を歪めて皮肉交じりの言葉を返す。
「如何にも私が白銀達也だが……古巣の銀河連邦軍からは反逆者扱いされて名誉も階級も剥奪された身だよ……然も、貴君らとは敵対している勢力の首魁でもある。だから、敬称は不要に願いたい。ランデル閣下」
その言い種が癇に障ったからか、ランデルの表情に不快感が滲んだが、だからといって嚇怒して声を荒げるような無様な真似は晒さなかった。
外見を見る限り、自分と大差ない年齢の青年が、並み居る熟練将官らを従えているという事実は重い。
それ故にキャメロットからの信頼が、如何に厚いかが窺えるというものだ。
その点だけ見ても、これまで軍の上層部を牛耳ってきた貴族閥将官らとは一線を画した人材だと、達也は素直な賞賛を惜しまなかった。
とは言え、飽くまでも、己の胸の中だけに留めはしたのだが……。
『ならば、そうさせて貰おう。我々からの要求は唯一つである! 貴官らの行為は厳然たる反乱だ! 直ちに降伏して恭順の意を示すのならば、寛大な処置を約束するが……返答は如何に?』
ある意味で想定内の勧告ではあるが、達也にしてみれば違和感しかない代物だ。
「確かに我が軍に籍を置く大半の将兵は嘗て銀河連邦軍に所属していたが、貴軍が連邦の理念や意志を継承した存在ではない以上、反乱行為だとの誹りは承服しかねる。況してや、敵である貴軍の命令に従う義務はなかろう? 寧ろ、今更の寛大な申し出には困惑させられるばかりだよ?」
揶揄するかのような達也の物言いに思わず苛立ちを滲ませたランデルだったが、今度はその内面の荒々しい心情を隠そうともせずに吐き捨てた。
『キャメロット様の意志だッ! だが、これで儀式は終わった。貴様たちの様にモノの道理も弁えない愚か者共などひと息に葬り去ってくれる。精々後悔しながら地獄へ堕ちるがいいッ!』
そう言い放ち通信回線を切る様に指示するランデルだったが、それを達也の言葉が引き止める。
「随分な物言いをしてくれるじゃないか? モノの道理とは一体全体なにを指しての言葉だ? 戦う術すら持たない民間人を兵器の部品へと変え、生体ユニットして無人機動兵器に組み込む……あの、ナイトメアやユニコーンの如くに大層な名前を冠した下劣なものを世に送り出す事が、道理だとでも言うつもりなのか?」
その言葉には明らかな怒りが含まれており、纏う雰囲気も剣呑なものへと様相を一変させていた。
だが、その程度で怯むほど柔ではないランデルも、一歩も引かずに反論する。
『滅亡に瀕した世界を救うには、綺麗事ばかり言ってはいられないのが現実だ! 古い社会構造を破壊して新しいものを生み出すのに犠牲は付きものではないか! それは、数多の歴史的事実が証明しているぞ!』
「巫山戯るなっ! 何様のつもりだ!? 見間違えでなければ、その身に纏っているのは歴とした軍服だろう? 弱者の盾となって戦うからこそ、軍人はその存在を許されているのだ! その弱者を体よく切り捨てて恥じ入る事もないのならばッ、貴官らに軍人たる資格はないッ! 恥を知れッ、この馬鹿者共がッ!」
大元帥という位階を極め、神将とまで称せられたのは伊達ではない。
未だに三十歳を超えたばかりだとはいえ、数多の戦場を渡り歩いてきた達也は、経験と実績という点では並ぶべき者がない知勇兼備の軍人なのだ。
当然だが、その大喝には有無を言わさないものがあり、然しものランデルも口を噤むしかなかった。
だが、詰問は終わった訳ではなく、怒りの矛先は旧知の者へと向けられる。
「フーバー提督……軍内部の勢力バランスを保つためとはいえ、頑なに中立的立場を崩さなかった良識派の貴方までもが、得体の知れないAIに人類の未来を委ねる決断を為さるとは……何が愚直な貴方を変えたのですか?」
慎重に選んだであろう言葉の羅列からは達也なりの気遣いが窺えるが、その根底にあるのは紛れもない失望感だ。
そして、その想いを投げ掛けられた者として、ジャスティーン・フーバー大将は過たずに達也の真意を理解したが、事ここに至っては全てが遅きに失した……。
そんな諦念を、彼は払拭する事ができなかった。
(この期に及んで語るべき事など何もないが……キャメロット様から託された願いだけは、白銀提督へ伝えなければなるまい。ランデル大将や近習達が忖度して黙している以上、それは、私の役目だろうな……)
現在展開している艦隊にキャメロットの姿はない。
何故ならば、彼こそが、銀河の新たなる秩序たるマザーコンピューターのコアを形成する唯一無二の存在であり、そのシステムとキャメロットが融合することで、新しい銀河系世界の歴史が幕を開けるからだ。
だから、至高の神の御座に座るべく、キャメロットは、とある場所にて最終起動シークエンスの最中にあった。
そして、その儀式へ赴く前、高級将官のみを集めた場でキャメロットは、一つの命令を彼らへ託したのである。
『開戦前には形式的で構わないから、白銀提督に対して必ず降伏勧告を行う事……そして、私が待っている、そう伝えて欲しい。いいかい? 必ずだよ』
だが、敬愛するキャメロットの意志よりも、その御身と大望を優先させたランデルらが口を噤んだ以上、その役目は自分が果たすしかないとフーバーは思い定めるのだった。
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素敵なFAを頂戴いたしました!!
何時も大変お世話になっております、サカキショーゴ様(https://mypage.syosetu.com/202374/)より、2枚のFAを頂戴しました。
タイトルは『白銀四義姉妹・サマーヴァケーション』です。
左から、ラケシス(人魚姫の守護竜様参照)、さくら、マーヤ、ユリアですね。
夏だ! 海だ! 水着回がないぞ、日雇い提督! はい、私の責任です。(笑)
そして、
なんと! タイトルは『ヒルデガルド変形水着』との事!
「あのヒーちゃんが、身体を張って番宣に精を出すとはのぅ~」byエリザベート女王
まさに地獄の窯がその蓋を開ける瞬間が近づいているのかもしれません!(笑)
サカキショーゴ様!! 本当にありがとうございましたッ!!
【桜華絢爛】




