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第八十三話 オープニングセレモニー ①

『エスペランサ星系を監視中の第一〇五哨戒艦隊とのコンタクト途絶ッ!』


 梁山泊軍の本拠地アルカディーナ星系を監視していた艦隊との交信が途絶えたとの一報は、それなりの動揺を革命政府軍へ(もたら)した。

 それは、取りも直さず白銀達也率いる梁山泊軍がグラシーザ星系へ向けて進発した証であり、数日中には銀河世界の命運を懸けた最終決戦の幕が切って落とされる事を意味しているからだ。

 勿論(もちろん)、迎え撃つ革命政府軍も万全の体制を敷いてはいるが、圧倒的多勢の戦力を有しているにも(かか)わらず、その内情はひどく不安定だった。


 梁山泊軍の来襲は当初から予測されていた事だから、今更慌てる必要はない。

 しかし、自軍の戦略構想に大きな齟齬(そご)が生じているとなれば話は別だ。

 現在革命政府軍の陣容は盤石とは言い難い状況を呈しており、特に南部方面域で勃発した想定外の騒乱が(もたら)した影響は、首脳陣だけではなく艦隊将兵を動揺させるには充分なものだった。


「南部全域に(わた)る混乱状況を(かんが)みれば、増援艦隊の規模が大幅に縮小する可能性は極めて高いと思われます」


 キャメロット最側近の一人であるレクト・オルドー准将の報告に、統幕作戦会議に集った面々は渋い顔をせざるを得ない。

 本来ならば、フェアシュタント同盟軍と対峙している北部攻略艦隊と南部方面域艦隊を合わせて十万隻以上の増援を見込んでいたにも(かか)わらず、相次ぐアクシデントにより大幅な戦力減を余儀なくされた彼らの心情は、察するに余りあるだろう。

 だが、数多(あまた)の指揮官の中には停滞感漂う現状に苛立ちを(あらわ)にする者も少なくはなく、消極的な参謀部の姿勢を批判する声も多かった。

 その代表格といえば、やはり、キャメロットの最側近の片割れであるニクス・ランデル大将を()いて他にはいなく、その勇猛果敢な性格の儘に語気を荒げて相棒のオルドーへ食って掛かる。


「この期に及んで他方面からの増援を当てにする必要が一体全体どこにあるというのだ? アスピディスケ・ベース駐留艦隊だけでも十万隻の戦力を有しているのだぞ! 先のエスペランサ星系への侵攻作戦とは違い、地の利は此方(こちら)にあるのだ! 油断さえしなければ、高が三千隻にも満たない弱敵など鎧袖一触ではないか!」


 ランデルと主張を同じくする将兵は多く、それは(おおむ)ね間違ってはいない。

 そもそもが、主戦力であるフェアシュタント同盟艦隊が北部方面で釘付けになっているのだから、援軍が期待できない梁山泊軍に勝ち目がない事は、子供でも容易に想像できるだろう。

 (しか)も、三千隻程度でしかない敵艦隊の陣容を(かんが)みれば、ランデルの言い分が正しいのは明らかだった。

 だが、それでもなのだ。


「単純な戦力比で結果が決まると言うのならば、とっくの昔に白銀達也も梁山泊軍も銀河世界から消え去っているのではないか?」


 階級的には上官であるランデルへの配慮もせず、仲間内の会話の体で苦言を呈したオルドーの懸念は、決して大袈裟なものではなかった。

 事実、彼の意見に頷いている将兵は意外なほどに多い。

 それは、彼らが白銀達也という(かつ)ての同僚へ対する畏敬の念を強く(いだ)いているからに他ならず、実際に“神将”と称されるに至った神懸かりとしか言い様のない戦いぶりを目の当たりにした経験を持つ者ほど、その傾向は顕著(けんちょ)だった。


()の神将提督の実績を知らぬ者はいないだろう……()く言う私も白銀提督が立案した海賊ギルド殲滅戦に参加した経験があるが、私の様な凡夫では到底及ばぬ次元に居る知勇兼備の指揮官だと思い知らされたよ。オルドー准将の言を杞憂だと軽んじれば、我々もエスペランサ星系派遣艦隊と同じ憂き目に遭うのは確実だと思った方がいい」


 そう進言したのは、平民出ながらも部下将兵からの信任が厚い古参の司令官だ。

 そして、彼の言葉に頷く指揮官達の顔ぶれを見れば、その主張が正鵠を射ているのは疑い様もなく、ランデルも不承不承ながら口を閉じるしかなかった。

 しかし、ベテラン組の慎重さが歯痒(はがゆ)くて仕方がない若手士官にしてみれば、銀河世界の未来を決する戦いを前にしておきながら、今更なにをという思いが強い。

 だから、相手が上官であるにも(かか)わらず、無礼を承知の上で想いの丈をぶちまけたのだ。


「この期に及んで敵を賛美するなど言語道断! 臆病風に吹かれたのかッ!」

「その通りだ! 不測の事態に見舞われたとはいえ、我が方は三十倍の戦力を有しているのですッ! 何を恐れるものがありましょうやッ!」

「何よりも! 銀河世界に生きる人類の栄えある未来の為に御身を犠牲に為されるキャメロット様の献身をお忘れかッ!?」

「キャメロット様の御心に応える為にも、そして、人類の未来の為にも我々は勝たねばならないのですッ!」


 その言は若者に在りがちな感情優先の稚拙なものだったかもしれないが、古老の将官らも大なり小なり同様の想いは(いだ)いている。

 だから、不快な顔をしたものの、反論して(たしな)める者は皆無だった。

 そして、そんな先達らを代表して先程の古老の将官が口を開く。


「勘違いしないで欲しい。戦うなと言っているのではない……相手は()の神将なのだ。数の優位があるとはいえ、慢心は油断に繋がる……そう言いたいだけだよ」


 その言は至極真っ当なものであり、異論を()(はさ)む余地はなかった。

 だから、憤懣を並べ立てた若手士官らが反論に(きゅう)して沈黙したのを幸いとばかりに老将は言葉を重ねる。


「この場に集った面々は、エンペラドルやモナルキアの支配体制下では冷や飯食いに甘んじるしかなかった者達ばかりだ。だからこそ、キャメロット様が提唱された未来世界構想に賛同したし、その想いは君達若い者にも劣ってはいないと自負しているよ。それ(ゆえ)に負ける訳にはいかないのだ……(たと)え、相手が白銀達也であっても勝たねばならない。その為にも軽挙妄動は慎むべきだと申し上げている」


 その言葉は数多の戦場を渡り歩いてきた者が持つ威厳に満ちており、血気盛んなだけの若い士官らでは太刀打ちできる筈もなかった。

 しかし、何処(どこ)か空回り気味だった雰囲気が雲散霧消し、張り詰めた緊張感と共に一体感が芽生えたのは事実だ。

 それは、ずっと黙した儘だったキャメロットが欲していた最後のピースに他ならず、思わず口元を(ほころ)ばせた彼は、対白銀の妙策がないか老将へ訊ねた。


「経験豊富な先達の至言に勝るものはない。各艦隊指揮官は元より、一般兵に至るまで油断なきようにと念を押しておく……重ね重ねで恐縮ですが、梁山泊軍を迎え撃つに際しての注意点はありますか?」


 (しば)し思案を巡らせた古参の将官だったが、思いのほか強い口調で答えを返す。


「正攻法を貫く……それに尽きます。我が軍の方が戦力的に有利なのは揺るぎない事実です。万全の陣容で迎え撃つ。その際に唯一注意するべきは、白銀提督がどの様な策を弄そうとも泰然(たいぜん)として受け止める事でしょう。焦って取り乱せば思う壺です。そうならない為にも、戦局に一喜一憂せずに目の前の事態に冷静に対処する。それしかないと思います」


 それは至極当然の事であり殊更に目新しいものではないが、だからこそ、混沌とした戦場に於いて遵守(じゅんしゅ)するのが難しい心構えでもあるのだ。

 その点を指揮官らに徹底し、共有できた事でキャメロットは満足していた。

 だから、胸を熱くする高揚感に当てられ、珍しくも強い激励の言葉が口を衝いてでたのかもしれない。


「今の言葉を決して忘れない様に……そして、我らの悲願成就の為に全力を尽くして欲しい。アスピディスケ・ベースの前面に全艦隊を配置して梁山泊軍を迎え撃つプランに変更はない。敵を発見次第 ナイトメア部隊で先制攻撃を仕掛ける。そして艦隊の総力を(もっ)て不穏分子を掃討する! 各員の奮戦を期待する!!」


 信奉する総司令官の檄を受けた面々が、一糸乱れぬ敬礼を(もっ)て必勝の決意を(あらわ)にしたのは、(たと)え当初見込んでいた援軍が期待できないとしても、総戦力で勝る自分達が成すべき事を成せば勝利は確実だ……そう全員が胸に刻んだからだ。

 その事を理解したキャメロットは、視界を埋め尽くす戦意に満ちた仲間達の顔を目で追いながら思わず胸の中で呟くのだった。


(これで舞台は整いましたよ、白銀達也……初めてお会いした時からこうなる事は定められていたのでしょうねぇ。私と貴方が願う未来の形は違う……ならば、私は貴方を打ち倒して欲する世界を手に入れる……そう決めたのです)


 それは、人間としての感情を喪失しつつある彼が、高まる戦乱の予兆に(あお)られて(いだ)いた最後の歓喜だったのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言] とうとう始まってしまうのですね。 全てを諦観しているようなキャメロットさんが何だか悲しいですね。人間のキャメロットさん、さようなら、な感じです。まぁ、人間の感情を持っていると潰れてしまう事も…
[一言] 敵に達也センセの、戦場における理解者が……こいつぁ強敵ですね!! これは絶対、予想以上に被害が出る予感(;゜Д゜)
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