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第八十二話 とあるエゴイストの切望 ①

「アンタねぇ……自分が何を言っているのか、ちゃんと理解してる?」


 開いた口が塞がらないといった心の声が駄々洩れの志保は、目の前で涼しい顔をしてニコニコと微笑んでいる腐れ縁の親友……いや、悪友からの突拍子もない懇願に毒気を抜かれてしまい、そう訊ねるのがやっとだった。


 出撃を目前に控えている中での来訪に、気の利いた激励の言葉のひとつでも貰えるのかと思ったのだが、開口一番に飛び出したクレアの台詞は、とてもではないが正気の沙汰とは思えない代物だった。


『申し訳ないけど、この子達を〝ダネル王都強襲作戦″に混ぜてやって頂戴』


 今や一国の大統領にまで出世した自慢の親友の申し出に我が耳を疑ったものの、取り繕った笑顔の中に強い意志を滲ませている双眸を見れば、生真面目(きまじめ)な腐れ縁が冗談を言っている訳ではないのは、長い経験上一目瞭然だ。

 (しか)も、彼女の背後には神妙な面持ちで居並ぶ子供たちが整然と立っており、そのやや上目遣いの瞳からは、強烈な〝お願いビーム″が、これでもかと言わんばかりに発せられているから始末に悪い。


 本来ならば『巫山戯(ふざけ)るな!』の一言で切って捨てるのだが、恋人を想うユリアの気持ちを考えれば、それも躊躇(ためら)われてしまう。

 何よりも、我が子を危険な戦場へ送り出すという暴挙を常識人でもあるクレアが決断したのだから、その裏には重大な思惑があるに違いない筈だ……。

 彼女の性格を(かんが)みれば、そんな穿(うが)った見方が志保の脳裏を過ったのは仕方がない事だったのかもしれない。

 すると、(いぶか)しむかの様な顔で困惑を(あらわ)にする親友の疑問を晴らすべく、クレアが口を開いた。


勿論(もちろん)、自分が何を言っているのか理解はしているし、動転して気がふれた訳でもないわ……厳しい状況下で作戦を強いられるのはどの部隊も同じだけれど、あなたが指揮する部隊の難易度が高いのは言わずもがなでしょ?」


 淡々とした口調で指摘される内容は志保も重々承知している事だ。


「言われるまでもないわ……潜入工作員との連絡が途絶えてジュリアンの居場所が分からないのだから、初手からババ札を引かされた様なものよ」


 そう(なげ)いて両肩を(すく)める志保だったが、口元に意味深な笑みを浮かべるクレアから耳を疑う様な提案をされて呆気に取られてしまった。


「大丈夫よ、心配ないわ。ユリアとさくらなら、衛星軌道上からでもジュリアンの居場所を感知できる。正確な攻略対象を確定できるならば、作戦の難易度も多少は下がる筈よ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そんな話は初耳よ? アンタ、私を(かつ)いでいるんじゃないでしょうね?」


 猜疑心に満ちた視線が痛いが、志保に(へそ)を曲げられては全てが水の泡になる。

 だから、クレアとしては正直に事情を話すしかなかった。


「仕方がないでしょう……お母様から受け継いだ巫女としての力がユリアにはあるし、さくらにはセレーネ様から託された力があるわ。こんな事を吹聴すれば厄介な事に巻き込まれるのは目に見えているし、この子達の人生にも影を落とすかもしれない……だから、達也さんと相談して秘密にしておく事にしたのよ。ユリアの力を知っているのは、セレーネで暮らし始めてから参加した作戦で行動を共にした一部の人達だけよ」


 その荒唐無稽な話には困惑するしかないが、親友の真剣な表情を見れば(あなが)ち冗談を言っているようにも見えないし、子供らの後ろに控えているヒルデガルドが口を差し挟まない事からも真実である可能性は高いだろう……そう志保は判断せざるを得なかった。


「変な所で強引なのは相変わらずだけど、結婚してから益々(こじ)らせちゃったわね。旦那の教育の賜物かしら?」


 せめてもの仕返しにと嫌味を返すと、それを了承の証だと正確に察したクレアが満面の笑みを浮かべる。


「あら、お褒めに(あずか)り光栄だわ」

「褒めてないわよッ! 呆れているの! 非常識で能天気な母親にねッ!」


 非難を込めて言い放った志保はクレアを押し退けて子供達へと歩み寄るや、三人の目をじっと見つめた。

 その探る様な視線を真っ正面から受け止めた子供らは、秘めた想いの強さを示すかの様に志保の瞳を見つめ返して微動だにしない。

 (しば)し無言の睨み合いが続いたが、先に折れたのは志保だった。


「思い込んだら梃子(てこ)でも動かない頑固さは誰に似たのやら? さくらちゃんだけじゃなくて白銀家の子供ら全員がそうなのだから呆れるわ……クレア、アンタの罪は重いからね!? 帰ったら美味しいもの御馳走しなさいよ!」


 その要望を軽く微笑んで了承するクレアに志保も笑みを返す。

 そして表情を引き締めた彼女は、同行できると分かって(はしゃ)ぐ子供達へ強い調子で言い聞かせた。


「私達に同行する以上は勝手な真似は許さないからね。作戦中は私の指示に従うのが絶対条件よ。誰かが一人でも規律を乱せば部隊全体が危機に陥る事もあるわ……だから、どんなに気持ちが(はや)っても先走った行動をしないで頂戴」

「はいっ! 必ず……必ず! ありがとうございます、志保さん!」


 込み上げてくる歓喜に顔をクシャクシャにしたユリアが深々と頭を垂れて謝意を口にすると、さくらとティグルも満面に笑みを浮かべてお辞儀をする。


「OK。それじゃあ、乗艦を許可するわ。間もなく出撃時刻だから愚図愚図してられないわよ。それに、万が一にも親分に見つかったら全てがパーだからね」


 志保が言う通り、子供達が戦場に向かうという暴挙を達也が許す筈もない。

 力尽くでも阻止しようとするのはユリア達も理解しているからか、急にソワソワして周囲に視線を巡らせてしまう。

 そんな愛しい子供らの様子を見て含み笑いを漏らしたクレアは、その細腕で三人を抱き締めて心からの切望を(ささや)くのだった。


「これから向かう場所は人の悪意とエゴが満ち満ちている場所よ。でもね、どうか憎まないであげて……誰も()(この)んで血を流している訳じゃない。それはお父さんもお母さんも同じだから……だから、大切なものを見失わないで。そして皆で笑顔で帰って来てね」


             ◇◆◇◆◇


 定刻 〇三:〇〇を以て梁山泊軍艦隊は粛々と作戦行動へと移行した。

 アルカディーナ星系唯一の出入り口がある周辺宙域には、敵の監視網が敷かれている可能性が極めて高い。

 それらを排除する為の先遣艦隊を皮切りに、以降はイ号潜艦隊群から航宙母艦を核とした機動部隊が続く。

 それらは、まるで申し合わせたかの様に艦隊旗艦である大和の舷側を通過してから、星系出口へ通じる異次元通路へと艦首を向けるのだった。


「アンタの仲間達は律義ねぇ~~。ひょっとして、別れの挨拶なのかしら?」


 艦橋最上部の司令官公室から、敬礼を(もっ)て出撃していく艦艇を見送っている達也を揶揄(やゆ)したのは、他ならぬ精霊のポピーだ。

 何時(いつ)もの指定席でもある左肩にチョコンと腰を下ろす彼女は、至近距離を通過していく戦船から放たれる乗員の戦意と哀切の情を感じ取っていた。


 誰もが口では勇ましい軽口を叩いてはいても、圧倒的な戦力を有する優勢な敵へ挑むのは事実だ。

 だから、奮戦空しく『衆寡敵せず』の(たと)えにもある通り悲惨な結果に終わるかもしれない事は、作戦に参加する将兵全員が覚悟している。

 だからこそ勝利への執着心を鼓舞する為にも、敬愛する艦隊司令官への決意表明を兼ねて旗艦である大和の傍を通過していくのだ。

 そんな仲間達の想いが分かるからこそ、直立不動の姿勢で敬礼したまま微動だにしない達也も、次々と目の前を通り過ぎていく艦艇の無事を祈らずにはいられないのである。


「別れの挨拶じゃないよ……もう一度この場で会おうという決意表明さ」


 出撃していく艦船から目を離さずに返答する達也に、ポピーは軽く鼻を鳴らす。


「ふんっ! 根拠のない強がりも、そこまで堂々言い切れば立派なものよ。でもねアンタが言うと、本当にそうなるんじゃないかって思えるから不思議だわ」

「誉め言葉だと受け取っておくよ……それにしても、ポピー。本当に良かったのかい? 君ら精霊が助力してくれるのは有難いが……」


 姿勢を崩さず外へ向けた視線を固定した儘の達也は、どこか()(たま)れない表情を浮かべて口籠(くちごも)ってしまう。


 精霊というものは争い事とは無縁の存在だ。

 永遠の時間の中で世界を見守り、世界に息づく生命に寄り添うべきものだ。

 だから、彼らから見れば矮小な存在でしかない生命体へ、過度ともいえる干渉を行うなど本来ならば有り得る事ではなく、実際に長い銀河系の歴史の中でも稀有(けう)な事例なのである。

 ()してや、そんな精霊が人間同士の闘争へ直接関与しようというのだから、その結果が(もたら)すであろう変化を懸念するのは至極当然だった。


 しかし、そんな達也の心底をお見通しのポピーは、相棒認定した男の頬を(つつ)きながら溜め息交じりに不満を漏らす。


「それ、前にも聞いたからぁ。アルカディーナ星系での戦いの前……あの時に私が何て言ったか覚えてる? 変わる事ができない私達精霊は共に在りたいと願う存在が必要なのよ……だから、私はアンタを選んだ。そして、それは他の仲間も同じ。たぶんユスティーツ様もね。それにしても、何回言わせれば理解できるかなぁ? この役立たずの頑固頭は」


 そう呆れた口調で告げる精霊にペシペシと軍帽を叩かれれば、達也としては彼女の純粋な好意に感謝するしかなかった。


「分かったよ。二度とは聞かないさ……君らが協力してくれるお陰でアルカディーナ星系戦域での戦いを再現できる。(たと)え短時間であっても、敵の出端(でばな)(くじ)く事ができるのは大きい……心から礼を言うよ」

「何よ改まっちゃってさ、らしくないよ達也? それとも何か私に言いたい事でもあるのかしら? 多少の無理だったら聞いて上げなくもないわよ?」


 感謝されて舞い上がるのは精霊らしからぬ悪い癖だが、この局面では頼もしくもあり達也は好意的に受け入れた。

 だから、遠慮なくポピーの言葉に甘えたのである。


「だったら、俺からのたった一つの願いだ……」


 その懇願に大精霊は是とも否とも取れる微妙な表情を浮かべるのみだった。

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[一言] いよいよ最終決戦。 戦場でもしも家族の互いの状況を知ったら……なんて状況になりそうで怖くもあります(;゜Д゜)
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