第八十一話 譲れない想い ①
銀河世界の改革を断行すると宣言した革命政府への諸国家の対応は緩慢なものであり、拒絶の意思を明確にしたのは、僅か三国のみだった。
銀河連邦大統領職を解任されたばかりか、現在も杳として消息が知れないカルロス・モナルキアが治めていた惑星国家シュレッケンと、彼の配下の中でも筆頭格と目されていた独立貴族らが統治していた星がふたつ。
最高権力者が失脚させられた上に生死さえ判然としないとあっては、革命政府が示した方針に対し、この三国が反発したのは至極当然の結果だった。
況してや、革命政府が目指す未来の在りようが〝AIに統治管理された社会″だという荒唐無稽なものである以上、今は旗幟を鮮明にしていない国々も早晩追随して決起する筈だとの期待が指導者らの中にあったのも確かだ。
しかし、それらの打算以上に彼らを抗争へと駆り立てたのは、支配者階級を自負して来た自らの存在意義を全否定された事への憤りに他ならない。
過去の遺物だとの烙印を押され、おめおめと凋落するに甘んじるなど到底耐えられるものではない……その思いが彼らの行動の根幹を成す最大の動機だった。
とは言うものの、保有戦力だけを比較しても、旧銀河連邦軍が有していた戦闘艦を収奪した革命政府軍には及ぶべくもなく、劣勢を強いられるのは自明の理だ。
しかし、三国の実権を引き継いだ者達も馬鹿ではないので、その程度の事は充分理解しており、軍事同盟を締結している周辺諸国家へ歩調を合わせる様にと檄文を送り、援軍を派遣しろと尻を叩いていたのだが、それは、遅きに失したと言う他はなかった。
迎撃準備が整わないうちに革命政府が派遣した討伐艦隊の急襲を受けた三国は、効果的な反撃体制も構築できない儘に防戦を余儀なくされてしまったのだ。
その結果、この三国が辿った末路を目の当たりにした全ての人々が、自らを待ち受けている未来に恐怖と絶望を懐くしかなかったのである。
◇◆◇◆◇
「こうまで一方的な展開になるなんてな……〝ナイトメア″への対処方法を再検証するべきじゃないか?」
「そんなの今更よ……迎撃フォーメーションの練度向上を目的とした訓練結果も芳しくない今の状況で、司令部まで動揺していると思われては将兵達が浮足立つだけよ。此処は、強がりでも良いから泰然としているべきだわ」
スクリーンに映し出されている映像を見て懸念を露にするラインハルトに対し、それは悪手だと切って捨てるエレオノーラ。
だが、二人の物言いには明らかに内心の苛立ちが滲んでおり、他の幕僚らも一様に気難しい顔で黙り込むしかなかったのである。
そんな重苦しい雰囲気を犇々と感じるクレアも、スクリーンの中で繰り広げられている一方的な虐殺には、激しい憤りを覚えずにはいられなかった。
大統領府地下の大会議室に政府関係者と梁山泊軍首脳陣が一堂に会しているのは、不眠不休で続けられていた出撃準備が完了する目途が立ったからだ。
その席で最終的な意見調整を行い、作戦発動を決議するつもりで主要メンバーが召集されたのだが、その最中に飛び込んで来た衝撃的映像の所為で、会議は中断を余儀なくされたのである。
スクリーンの中で繰り広げられているのは、惑星国家シュレッケンに於ける革命政府軍の一方的な蹂躙劇であり、その被害は国軍ばかりではなく、無垢な民間人へも波及している。
通常兵器の攻撃によるインフラへの損害などは皆無であるにも拘わらず、都市部の至る所には、横たわった儘ピクリとも動かない大勢の人々の姿が映し出されており、それは、定期的に切り替わる映像の全てに共通しているものだ。
陽光豊かな山河で……。
長閑な田舎の風景の中で……。
凡そ、人が暮らしていたであろう全ての場所が、民衆の亡骸で埋め尽くされてしまったかの様だった。
「間違いないね。B兵器……所謂バイオロジカル・ウェポン……細菌兵器を使用したんだよん。銀河連邦一千五百年の歴史の中で唯の一度も表舞台に登場する事はなかったのに……どうやら、革命政府の連中は効率を追求する余り、人の心までAIに売り渡してしまった様だね」
その解説を聞くまでもなく、軍籍を持つ者ならば、誰もがシュレッケンを襲った悲劇の正体に思い至っただろう。
通常兵器では迎撃が困難な人型無人兵器 ナイトメアを解き放ち、改良された細菌を大気圏内で散布する。
唯それだけの事であり、作戦とすら呼べない虐殺行為だった。
だからこそ、普段は飄々とした体を崩さないヒルデガルドまでもが、苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てたのだ。
「偶然でも何でも、難を逃れた人々が生存している可能性はないのでしょうか? それに、殿下の仰る通り、この惨事が細菌兵器によって引き起こされたものであるのならば、対処薬やワクチンの開発は可能なのですか?」
共生社会の実現を目指しているクレアにとって人間の命の重さに変わりはなく、他国の住人とはいえ、その死を目の当たりにするのは耐え難いものがあった。
ただ、アナスタシアからの薫陶を受けて為政者としての資質を開花させた彼女は、何よりも救済策の有無が大事だと思い、ヒルデガルドを問い質したのだ。
しかし……。
「外界から隔離されて完全に密閉された空間を有し、独自に酸素を循環供給できるシステムを持つシェルターに避難していれば、一定の日数は生存可能だろうけどねぇ……不意を突かれた挙句に攻撃手段が目には見えないとあっては、迅速な対応ができたかどうかは、甚だ疑問だと言わざるを得ないよん」
凄惨な光景がダイレクトに伝わっている以上、希望的な観測を口する事に意味はないと判断したヒルデガルドは、沈痛な面持ちのクレアから目を逸らさずに言葉を続ける。
「感染速度と致死率の高さが尋常ではない事を鑑みれば、かなり悪質で厄介な代物だとは推察できるけれど、現物を調査解析してみないと何とも言えないねぇ……」
「現状では対抗策を構築するのは難しいという事ですわね……」
その芳しくない返答にクレアは落胆するしかなかったが、バージョンアップされたマザー・ウィズダムの能力を使い、銀河系の隅々にまでライブ映像を流しているのは、この惨劇を引き起こした革命政府に他ならないのだ。
彼らの意図は明白であり、それが、余計にクレアを苛立たせる。
(これは明らかに悪質な懲戒だわ……隷属できぬのならば死を与えるという確固たるメッセージでしかない……何て無慈悲で傍若無人な真似を……)
その情け容赦ない残虐性に嫌悪感しか懐けないクレアは、悲劇に対して為す術を持ち得ない己の非力を嘆いて臍を噛むしかなかった。
今後この映像を見た多くの為政者らが、国家と国民の安全と革命政府が提唱する尊厳なき新世界を天秤に懸けて懊悩し、その末に苦渋の決断を迫られるのは必至だろう。
それは、反銀河連邦同盟フェアシュタントの旗の下に参集した国々も例外ではないし、万が一にも離脱する国家が続出する事態になれば、同盟そのものが瓦解する危険を孕んでいるのも確かだった。
この場に居る全員がそれを理解しているからこそ、後手を踏む状況を甘受するしかない現状に苛立ちを募らせているのだ。
自他共に認める百戦錬磨の勇将であるラインハルトやエレオノーラまでもがそうなのだから、必然的に室内の空気も重苦しいものにならざるを得なかった。
すると……。
「ふんっ。何を焦っているのだろうな、キャメロットは……」
沈黙が落ちた部屋に響いたのは他ならぬ達也の声だったが、その口調からは何の気負いも感じられず、何時もと変わらぬ落ち着き払った神将の言葉は、室内に垂れ込めていた鬱屈した雰囲気を一瞬で打ち払ってしまう。
「本来ならば、腰を据えて各方面の敵を各個撃破するのが戦略の常道だ。なのに、己の力を誇示するかの如くに強硬策を繰り返している……まるで、俺に早く出てこいと催促している様にも見えるな」
その物言いは何処か安閑とした心情が滲んでおり、呆れ顔のエレオノーラが溜め息交じりに愚痴を零した。
「何よ一人で納得しちゃってさ……然も、最後の台詞は惚気じゃないの? まあ、アンタらしいと言えばそうなんだけど、それじゃあ真面目に悩んでいる私らが馬鹿みたいじゃないのよ?」
だが、含み笑いを漏らす達也は飽くまでも平常運転だ。
「言うに事欠いて惚気とはなんだ? 誤解を招くような事を口にするんじゃない。それに、どんな状況であれ俺達が成すべき事に変わりはない。梁山泊軍の全戦力を以て敵本部を急襲し、敵の首魁であるキャメロットを倒す……それだけだよ」
困難極まる状況に在りながらも、成すべき事を見失わずに泰然としている指揮官など然う然ういるものではない。
その資質を持つ数少ない軍人の一人が達也であり、それを改めて実感した面々は何時もの表情を取り戻し、困難な戦局へ立ち向かう決意を新たにするのだった。
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本日、サカキショーゴ様(https://mypage.syosetu.com/202374/)から素敵 FAを頂戴いたしました。
タイトルは【銀河破戒伝タツヤ 第64話:金融惑星ファーレンの陰謀】との事。
投稿者様のコメント欄には壮大なストーリーが書き連ねられているのですが、これを私に書けと仰る?(ヘボ物書きの私に?)
番外編かぁ~~頑張ってみるのもアリなのですが、ヒルデガルドが相手だと勝てるビジョンが浮かばないなぁ~~。
よしっ! こうなったら、大魔神クレア一号に討伐して貰おう!
【必殺! ご飯もおやつもヌキヌキ・アタック】が炸裂……。
ごほん! ごほん! いやぁ~クレアさんは美しいですよ。えぇっ! 大魔神とかとんでもない。(どうやら、絢爛の背中にクレアの鋭い視線攻撃が突き刺さっている様だ)
まあ、番外編は機会があればということで!
サカキショーゴ様。この度は本当にありがとうございました!!




