表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

267/320

第八十話 その視線の先にある未来 ①

「我欲に固執して世に腐敗を撒き散らした為政者らは全て粛清された。これにより本日只今を(もっ)て銀河連邦政府はその歴史に幕を下ろし、新しき秩序の下に銀河世界の再構築を目指すと宣言する!」


 ローラン・キャメロットが発した宣言は、連邦に加盟する諸国家のみならず数多(あまた)の非加盟国をも混乱の坩堝(るつぼ)へと突き落とした。

 現職大統領のモナルキアを筆頭に配下の高位貴族らを排除した彼は、その断罪の刃を容赦なく振るい、世間の耳目に(さら)す形で苛烈な粛清を断行したのである。


 筆頭補佐官として大統領から絶大な信任を得ていたキャメロットは、軍内の重要ポストは元より、各方面司令部の幕僚人事までをも左右できるだけの権限を与えられていた。

 しかし、だからといって自分に利する人事を強行する様な愚は冒さず、各部署の司令官クラスには率先して貴族閥のメンバーを抜擢したのである。

 それによって彼らの虚栄心を満たして油断を誘い、その隙に各重要セクションや方面司令部内で実権を握るポストに配下の者達を送り込んだのだ。

 キャメロットの反乱に直面して狼狽した軍幹部らは、自らが指揮権を有している部隊を動かそうとしたが、現場単位での隊長クラスが軒並み反乱軍のメンバーでは〝笛吹けども踊らず″の体を成すのは当然であり、何も出来ない儘に捕縛された高位士官らは、その身分も権限をも剥奪されたのである。

 そして、彼らは領袖と仰いだモナルキアと同様の末路を辿るのだった。


 この段階で軍最高司令官に就任し、アスピディスケ・ベースを掌握したキャメロットは、七聖国筆頭テベソウス王国が支配するグラシーザ星系全域と母星ダネルに戒厳令を布告。

 同時に複数の機甲師団が王都に雪崩れ込むや、王宮と王族や高級貴族らの身柄を確保するのと同時に各省庁や関連機関を含む政治中枢、GPO(銀河警察機構)本部や各種メディアの拠点を占拠した。

 これにより、キャメロットを首魁とする臨時革命政府が樹立。

 千五百年にも及ぶ長き栄光を誇った銀河連邦は、政治的役割と平和の(にな)い手としての軍事力を新政権へと委譲し、その歴史に幕を降ろしたのである。


 これらの変革に費やされた時間は(わず)か一日のみ。

 政治中枢である評議会や軍の重要ポストを占めていた貴族閥の面々が一斉に粛清された影響は大きく、残された平民出身の少数派議員達や中堅処の軍士官らでは、強権を振りかざすキャメロット派に抗するのは不可能だった。

 そして、戒厳令下での混乱も収まらぬ中、革命政府の代表者であるキャメロットの所信表明演説が行われ、全ての独立国家の存続に(かか)わる重要な選択を突き付けたのである。


「昨日まで拠り所としていた世界の仕組みが崩壊した中、新しき秩序、銀河世界の再構築と言われても、その意味を測りかねて戸惑う気持ちは承知している。だが、財貨の収奪という我欲に固執するばかりで民衆の生活を顧みようともしない愚物共が一掃された今こそが、人類社会が変わる絶好の機会なのだと理解して貰いたい」


 その淡々とした物言いからは、革命を標榜する者に在りがちな高慢さは感じられず、その理知的な顔立ちもあってか、唐突に表舞台に登場したローラン・キャメロットという人物に対する民衆の反応は決して悪いものではなかった。

 革命時の経緯が明確にされていない点には疑問を差し挟む余地があるとはいえ、公開処刑などの残酷な手法が見られなかった事もあり、表向きは穏便な権力交代を実現させた革命政府に対する評価は非常に高かったと言える。

 何よりも、排斥された貴族閥への不満は強く、度重なる増税と貴族偏重の政策に辟易(へきえき)していた民衆には、キャメロットが主導する革命政府が救国の志士に見えたとしても、何ら不思議な事ではなかっただろう。


「人類は数多の戦火を重ね、多くの同胞を喪い、故郷である星々すら愚かな欲望の犠牲にしてきた……しかし、『こんな悲劇はもう沢山だ』と言いながら無益な戦乱が絶える事はなかった……」


 キャメロットの言葉は演説を聴く者の心を揺さぶるに足るものであり、もしも、この後に彼が人類の団結による銀河世界の再生を訴えていたならば、圧倒的支持を得ていたのは間違いなかった筈だ。

 しかし、次に彼が口にした台詞は、そんな人々の期待に冷や水を掛けるに等しいものだった。


「だが、その原因となったのも、過ちの根源となったのも、所詮(しょせん)は人間という種に他ならない……人は痛みを忘れる生き物だ。そして、苦難の歴史から得た教訓すら、己の私利私欲を満たす為ならば平然と見ないフリが出来る愚かな存在なのだ」


 突然非難の矛先を人間に定めたキャメロットの言葉を聞いた多くの民衆が、彼の真意を(はか)りかねたのも当然だろう。

 長きに(わた)る騒乱の連鎖の原因が、他でもない人類にあるのだと糾弾されたのだから、心穏やかでいられないのも理解できる。

 多くの民衆にとって社会悪だと断じるのは一部の悪辣(あくらつ)な為政者たちの事であり、自分を含む一般大衆が該当するとは思ってもいない。

 それにも(かか)わらず〝十把一絡(じっぱひとから)げ″の(ごと)くに〝愚かな存在″だと切って捨てられたのだから、キャメロットに対する不信感と得体の知れない不安が芽生え、人々の胸に仄暗(ほのぐら)い影を落としたのは当然の帰結だったのかもしれない。

 悪政を強いた貴族らが粛清された事で、より良い未来を手に出来る……。

 そんな楽観的な思い込みが幻想に過ぎなかった事を、人類は新しい支配者の言で思い知らされるのだった。


「己の価値観ですら利己的な都合で左右して恥じない人間に、これ以上銀河系世界の秩序を委ねるなど論外だと断じざるを得ない。よって我が革命政府は、現在稼働中のスーパーコンピューター〝マザー・ウィズダム″に新たな機能を拡充して銀河系の調停者と成し、その統治下で人類の新しき未来を築くと宣言する!」


 人間ではなくAiが統治支配する世界。

 その荒唐無稽ともいえる幻想に賛否両論があるのは、健全な社会基盤を有していると評価するべきなのかもしれない。

 しかし、それが革命者を名乗る者の口から出た言葉であったが(ゆえ)に、大衆が(いだ)いた忌避感は強く、そして根が深いものだった。

 だが、そんな反応など織り込み済みのキャメロットは、この演説で初めて口角を上げるや、反駁(はんばく)する人類へ最後通牒を突き付けたのである。


「これは今後の議論を重ねた上での実現目標ではない。この銀河系に住まう全ての人類が等しく甘受せねばならない現実であるっ! AIによる統治を受け入れるか(いな)か……()くまでも拒むというのであれば、その先にあるのは破滅以外にはないと覚悟して貰おう」


 奇しくもこの宣言が、後に〝混沌(こんとん)たる変革期″と呼ばれる、激動の二週間の幕開けになるのだった。


            ◇◆◇◆◇


 さて、世界が混迷を深める中、その騒動とは無縁の人間も存在している。

 (もっと)も、その境遇を本人が望んだか(いな)かに係わりなく、(なか)ば強制的に世間から隔離された人間も含まれていた。


 改めて語るまでもないが、ジュリアン・ロックモンドも、その範疇に分類される人間の一人であり、今では旧という文字が頭に付随する〝銀河連邦評議会司法局″から騒乱幇助(そうらんほうじょ)の嫌疑で身柄を拘束された後も、快適だとは言い難い日々を余儀なくされている最中だ。

 当初は任意捜査を標榜していたものの、連行先はGPO(銀河警察機構)ではなく、王都中心部にある銀河連邦評議会総務省内の情報統括局だった。

 その真意は明確で、白銀達也率いる梁山泊軍に対する資金援助の全貌を(つまび)らかにするのと同時に、謎のベールに包まれているアルカディーナ星系の実像や、連邦軍派遣艦隊とグランローデン帝国艦隊に勝利した軍の戦力を探るのが目的なのは言うまでもない。


『意地を張らずに正直に供述に応じた方が、貴方にとっても幸いだと思うぞ』

『身の程知らずの賊に加担した挙句に、銀河系最大の企業体を破滅させたのでは、君の企業人としての評価にも差し障りが出るのではないかね?』


 最初は柔らかい物言いで自白を(うなが)していた取調官達も、頑ななまでに証言を拒否して黙秘を貫くジュリアンの強情さに苛立ちを募らせた挙句(あげく)、語気を荒げて口汚い罵声を浴びせるのも屡々(しばしば)という状況になっていた。

 彼らにしてみれば、相手は(いま)だ少年と呼んでも違和感のない一般人だ。

 如何(いか)に大企業の総帥だとはいえ、少々痛めつけてやれば簡単に自白するはずだと(たか)(くく)っていたのは間違いないだろう。

 それが、強硬な尋問にも()を上げず、一切の証言を拒否したばかりではなく罪状すら認めない日々が続いているのだから、思惑を外された彼らが狼狽するのは当然だった。

 (しか)も、ヒルデガルドから与えられたナノマシンの効果により、自白剤や幻覚剤はその全てが体内に入った瞬間に無毒化されるものだから、万策尽きた彼らとしては乱暴な取り調べ手法に頼らざるを得ず、双方が我慢比べの様相を呈している。


(まぁ、彼らの立場とすれば、為す術がなくて困り果てていると言うのが本音だろうが……さてさて、一体全体いつになったら此方(こちら)の要望が通るのか……)


 それなりに清潔だが、ベッドとトイレ以外には窓すらない独房の中、彼方此方(あちこち)が痛む身体を休めながら、ジュリアンはつらつらと考えを巡らせていた。

 薬物投与に効果が見られないとなれば、単純な暴力と長時間に及ぶ尋問で疲弊させるという陰湿な手法が採られるのが常だし、それは覚悟していた。

 しかし、今の所は何とか耐えているが、このまま黙秘を通せば命に係わる事態も考慮しなければならない。

 そう考えたジュリアンは、妥協案として一つの要望を提示していた。


『銀河連邦軍のローラン・キャメロット氏にならば、話をしても良い』と。


 白銀達也ほどの男がその存在を危惧する人物ならば、是非とも言葉を交わしてみたいと思ったのは、彼の偽らざる渇望だった。

 提案してから早くも一週間が過ぎ去っており、一向に音沙汰がない状況に苛立つジュリアンだったが、(ようや)く要望が受け入れられる時が来たのである。


「ジュリアン・ロックモンド……出ろ! キャメロット閣下が面会を許可された。会談場所まで移動するので付いて来なさい。(ただ)し、抵抗したり逃亡の素振りを見せれば射殺も已む無しと覚悟して下さい」


 取調担当官の一人である女性官僚の冷然とした声に、ジュリアンは秘かに笑みを(こぼ)すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いやー!!(゜Д゜;) 作中世界が管理国家ラビ〇ンスみたいになっちゃう(゜Д゜;) 達也センセ、急げ(゜Д゜;) でもってローラン……果たしてジュリアン君に何を語るのか(゜Д゜;)
[良い点] とうとう大きな山場になる気配が。 [一言] とうとうキャメロットが動き出しましたね。 主要部だけでなく実働部隊の要所に迄自派の人間を配置したという人脈の広さにまず驚きました。 国家の規…
[一言] ブレイン企む大破壊とか(大鉄人17)地球を止めろのとか(メタルダー)ロクなことなさそうね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ