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第七十九話 盛者必衰 ②

 ナイトメアから回収された円柱状の金属体は解体並びに解析作業が行われる事になり、耐爆処理が(ほどこ)された実験室へと移された。

 爆発の懸念はないとヒルデガルドは断言したが、調査対象の内部構造が判然としない現状では最悪の事態も想定せざるを得ず、強固で完璧な気密性を有する部屋が選ばれたのである。


「ユニットの表面には何処(どこ)にもハッチの存在は確認できないねぇ……各種センサーにも何の反応もない。やはり、外殻部分を切開するしかないよん」


 複数のモニター画面に映し出されている金属体は、最新調査機器による外部からの詮索を一切受け付けず、(かたく)なに(おの)が正体を隠し通している。

 大凡(おおよそ)の見当は付いているとはいえ、正確な情報は必要不可欠であり、その為にも内部構造の調査は(おろそ)かにはできない。

 だから、ヒルデガルドの嘆息交じりの台詞に達也も同意するしかなかった。


「新型機の性能諸元を解析する為にも解体調査は必須です。これがコアユニットだとしたら、心情的に手荒な真似はしたくありませんが、避けて通る訳にもいかないでしょう」

「確かに気は進まないね……しかし、君やボクの推測が正しければ、逡巡するだけ時間の無駄だよん。さっさと解体してしまおう」


 同じ見解を共有しているヒルデガルドの提案に達也は無言で頷くだけだったが、得体の知れない物に対し、余りにも軽率な対応ではないかと懸念したラインハルトが、表情を険しくして二人を(いさ)めた。


「内部構造が見通せないのならば、性急な手法での解体作業は控え、もっと慎重に調査を進めてからの方が良いのではありませんか?」


 彼の懸念は(もっぱ)らヒルデガルドへの忠言にも聞こえるが、それだけではない。

 珍しくも事を()いている達也に自制を(うなが)すのが本意であり、()いては入念な調査を行い、可能な限り情報を取得したいとの思惑もある。

 しかし、その諫言(かんげん)を退けた達也は、意味深な言葉を親友へと投げ掛けた。


「調査機器では中身を見通せなくても、殿下はコイツの正体を看破しておられるのさ。無人機でありながら対AI無力化プログラムを作成できない理由はひとつしか考えられない。まあ、見ていろ。お前も直ぐに分かる筈だ」


 奥歯に物が挟まった様な物言いに戸惑うしかないラインハルトは、己の不見識を指摘されたかの様な後ろめたさ覚えてしまい、口を(つぐ)まざるを得なかった。

 しかし、だからと言って、彼を無知だと断ずるのは余りにも早計だろう。

 悪魔の御業(みわざ)と忌避された〝フォーリン・エンジェル・プロジェクト″の詳細を知る人間は限られており、偶然とはいえ直接関りを持った達也や、GPOの調査報告書に目を通す機会があったヒルデガルドとは違い、軍の高級参謀としての職務に忙殺されていたラインハルトに、彼らと同等の理解を求めるのは無茶な話だ。

 勿論(もちろん)、順を追って説明すれば済む話なのだが、今は何よりも時間が惜しいと判断したヒルデガルドは、〝百聞は一見に()かず″だと割り切ったのである。


「さっきも言ったけれど自分の目で見た方が早いよん! それじゃあ、解体作業を始めておくれ。レーザーカッターの出力は最小に抑え、中心部分は外して内壁部分ギリギリをなぞる様に切断してくれたまえ!」


 取り敢えず静観の姿勢を取ったラインハルトの様子に満足したヒルデガルドは、自らが開発した万能マニュピレーターシステムへ指示を伝える。

 自立型AIに制御された自慢のシステムは完全音声入力型であり、彼女から与えられた命令を完遂するべく動き出す。

 極細に絞られたレーザー光が金属体の中心部分を避ける様に表面をカットしていくと、その切断跡から何かしらゼリー状の物体が漏れ出した。

 室内の異常を知らせるセンサーが沈黙しているのだから、危険物もしくは有毒性の物質でないのは明らかだが、だからといって、その正体を確認しない理由にはならない。


「固形物に近いが……解析を急いでくれたまえ! 同時に物質を吸引して排除したら、内部を洗浄するんだよん!」


 そう命じるや、間を置かずに成分解析の詳細がメインパネルに表示される。


「これは……南部方面域の各惑星に多く見られる、ラフナシオンという鉱物を加工して製造される強粘性の合成樹脂だね。通電させる事で飛躍的に粘性と硬度が増す代物(しろもの)さ。防弾装備用の緩衝材として軍艦の装甲などに用いられているのは、君らも知っているだろう?」


 その程度の事は達也とラインハルトも熟知していたが、特殊素材に分類されている軍需物資が用いられている理由については意見が分かれた。


「コアユニットの内部を護る為の防弾仕様って事かな?」


 漠然とした疑念から答えを導き出したラインハルトの言葉を達也は否定する。


「無人機特有の高機動による負荷や衝撃を吸収する目的の方が本命だろう」

「衝撃を吸収って……つまり、あのユニットの中身は……」


 (およ)そ、想定しうる中で最悪の事実に思い至ったラインハルトが、その端麗な顔に驚愕の色を滲ませた時だった。


『緩衝材の吸引と金属体表面部分の切断を終了』


 自立型AIの機械的音声による報告が室内に響くや、切断された金属板が複数のマニュピレーターによって取り外される。

 すると、その内部には無数のコードや極細のパイプで本体と接続されている別のカプセルが据え付けられており、その(ただ)ならぬ様子を目の当たりにした達也とヒルデガルドは、悪い予測が正鵠を射ていたと確信せざるを得なかった。


「それじゃあ覚悟は良いかい? 中を確認するよん」


 まるで、自分自身に言い聞かせるかの様に(つぶや)かれたヒルデガルドの言葉が、部屋の空気を一層重いものへと変えていく。

 コアユニットに内包されていたカプセルは厳重に封印されているが、電子ロックの解除作業など、彼女にとっては赤子の手をひねる様なものだ。

 最後のセキュリティが効力を失うまで(わず)か二十秒。

 全ての作業を終えた次の瞬間、まるで不可視の呪縛から解き放たれたかの様に、カプセルの正面部分が左右に開いた。


 その刹那に目に飛び込んで来た光景を達也は一生忘れないだろう。

 内部を満たしていたゼリー状のラフナシオンが排出されたあとに残されたのは、数多(あまた)のコードやパイプでユニットに繋がれた、一糸纏わぬ獣人男性の変わり果てた姿だった。


「うっ……こ、これは? 何て(むご)い事を……」


 (すで)に息絶えているのは明らかであり、まだ少年と呼んでも()(つか)えのない若者の悲惨な末路を目の当たりにしたラインハルトは、耐え難い悲憤に表情を強張らせて絶句する。

 その痛ましい想いは達也やヒルデガルドも同じであり、残虐非道なプロジェクトを再び始動させた者達への怒りで胸は張り裂けんばかりだった。


「対AIウィルスを開発する意味がない理由が()れなんだよん。特殊な薬物や強い暗示によって一種のファイヤーウォール化した脳が、AIに害を及ぼす全てのものを強制的に排除する……生体ユニットが相手では、既存のウィルスなど何の役にも立たないのさ」


 そうヒルデガルドが吐き捨てるや、達也も表情を険しくして声を震わせる。


「尊い命を(もてあそ)んでおいて恥じ入りもしないのだろうな。こんな残酷な行為に手を染めた連中を俺は絶対に許さないッ! 落し前は必ずつけてやるから……安らかに眠ってくれ」


 何の感情も(うかが)えない亡骸(なきがら)に哀悼の意を示した達也は、胸の中で渦まく怒りを押し殺しながらラインハルトへ告げた。


「緊急会議を行うから各部署の担当幕僚を至急集めてくれ。それから、大統領府にも連絡し、大統領と主要閣僚にも参加を要請して欲しい」

「分かった……政府関係者も召集するのならば、大統領府に会議の場を(しつら)えた方が都合が良いだろう。開始は一時間後で構わないかい?」

「それで良いよ。それから殿下には、解析作業を進めて貰いながらリモートで会議に参加して戴きます。我が国の理念を(かんが)みれば、この悲惨な事実を隠した儘にはしておけません……御不快かとは思いますが宜しく御願い致します」

「構わないよん。しかし、解析に手間は掛からないからね。ボクも大統領府に顔を出すよ。モニター越しでは伝わらない事もあるだろうからね」


 もはや猶予はない。

 憤怒の情に突き動かされる三人は、弾かれたかの様に動き出すのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] クソ外道がぁ(# ゜Д゜) ユリアの時は脳味噌だけだった(そうだよね(゜Д゜;))がこっちはこっちで惨いぜぇ(# ゜Д゜)
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