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第七十八話 大虐殺 ①

「まだ返答はないのかぁッ!? まさか、この期に及んで怖気づいたと言うのではないだろうなッ!!」


 オルグイユ連邦共和国本星 マティスの衛星軌道上にある軍司令部要塞。

 その作戦会議室に集った幕僚らを前に、ナーメ・アハトゥングは苛立(いらだ)ちを隠そうともせずに語気を荒げていた。


            ※※※


 この国の実質的トップであるナーメは軍事と政治双方の人事権を完全掌握しており、統合幕僚本部長以下、全ての高級将官は彼の盲目的信奉者で固められている。

 それは国政の分野に()いても全く同じであり、全権代行者に実弟のホドスを据えて議会を掌握し、彼ら兄弟に盲従する議員を各省庁のトップに送り込んで官僚らを支配していた。

 銀河連邦を始め、周辺他国からの『独裁軍事政権』との批判を(かわ)す為に国政選挙と大きな地方選挙は実施しているが、その選挙管理体制には極めて不透明なものがあり、当選する者の大半がナーメを党首とする政権与党の公認候補で占められているのが現実だった。

 それ故に彼の恣意的(しいてき)な思惑に異を唱える者はおらず、オルグイユは長く独裁政権によって牛耳(ぎゅうじ)られてきたのである。


 そして、今回の新同盟への参加を決めた経緯(いきさつ)は達也が推察した通りであり、屈辱に(まみ)れた銀河連邦大統領選挙敗北の無念を晴らさんとする、アハトゥング一族の私怨(しえん)でしかなかった。

 ナーメとて伊達や酔狂で独裁者として君臨し得た訳ではない。

 奸計を駆使しての謀略を得意とする彼は、その手法で多くのライバルを蹴落としオルグイユ大統領の地位に上り詰めるや、瞬く間に周辺諸国を併呑(へいどん)して連邦共和国を築き上げた実績を持つ、優れた策略家でもある。

 だからこそ己の力量に絶対的な自負を(いだ)くナーメは、貴族閥の領袖として権力を掌握しつつあったモナルキアが相手でも負ける道理はない、そう確信しての立候補だった。

 だが、銀河連邦大統領選挙の結果は、大差をつけられての惨敗。

 (しか)も、事前工作で自分への投票を確約した国々の大半が約束を反故(ほご)にしたが(ゆえ)の敗北であり、裏切られたナーメの憤懣が如何(いか)ばかりだったかは、想像するに容易(たやす)いだろう。


(おのれえぇ──ッ! 儂を虚仮にした連中だけは絶対に許さんぞッ!)


 雪辱を誓い、()えて表立った行動を控えたナーメは、慎重に時流を見極めながら、モナルキア率いる貴族閥を(おとし)める機を(うかが)っていた。

 そんな折、自他共に最強と認める銀河連邦軍主力艦隊が、名も知れぬ弱小勢力の反乱軍相手に惨敗したとの未確認情報が飛び込んで来たのだ。

 更に銀河連邦評議会の支配下にあった元ファーレン王国が独立を回復し、モナルキア派寄りの新皇王を擁して代替わりしたランズベルグ皇国までもが、クーデターの果てに前皇王家が全権を取り戻したとの知らせが(もたら)されたのである。

 それらの情報に触れたナーメやアハトゥング一族が欣喜雀躍(きんきじゃくやく)したのは言うまでもなく、マッシーモの様に『復讐の時は来たれり』と(はや)る者が続出したのは、ある意味では当然の帰結だったのかもしれない。

 しかし、それが真実ならば(まさ)に千載一遇のチャンスに他ならないが、情報が錯綜(さくそう)して真偽が判明しないのでは、迂闊(うかつ)に行動を起こす訳にもいかない。

 そんな逡巡を抱えて身動きできずにいた時に(もたら)されたのが、反銀河連邦同盟への参加の打診というランズベルグ皇国からの極秘要請だった。

 その瞬間にナーメの脳裏に天啓の(ごと)くに浮かんだ計略。


(現状では劣勢を(まぬが)れない反銀河連邦同盟に加担し、我がオルグイユの力で勝利を(もたら)す。その功を(もっ)てランズベルグやファーレンを抑え、同盟内での主導権を手中にした上で銀河連邦と対等の交渉を行う……)


 そう考えたナーメだったが、ホドスや幕僚本部の重鎮らは揃って難色を示した。

 (たと)え、銀河連邦軍が一敗地に塗れたとの報が真実であったとしても、それは()の巨大組織の表層に毛ほどの傷をつけたに過ぎないのだ……と。

 (しか)も、北部並びに北西部方面域の銀河連邦軍が中央に反旗を翻すなど眉唾(まゆつば)ものであり、軽々とランズベルグの甘言に乗るのは余りにも危険だと(いさ)めたのだが……。


『ふんっ! 前皇王であるレイモンドの背後には、海千山千の曲者(くせもの)……アナスタシア・ランズベルグが暗躍しているのは必定。何の成算や確信もなく、こんな与太話(よたばなし)を吹聴する愚者ではないぞ! あの婆さんの仕掛けならば乗る価値はある! 直ちに使者を出せッ! (ただ)し内密にだッ!』


 ホドスらの諫言(かんげん)を一蹴したナーメは、己の野心の全てを一世一代の博打(ばくち)へと投げ打ったのである。

 実際に反同盟の絵図面を描いたのはソフィア皇后だった訳だが、他の国々が事の真偽を危ぶんで逡巡する中、いち早く賛意を表明してセーラへ駆けつけたオルグイユは大いに面目を施し、強い発言権を得るに至ったのだ。


 しかし、全て思惑通りに運んだとほくそ笑むナーメだったが、彼の目論見は意外な伏兵の登場で軌道修正を余儀なくされたのである。

 強大な戦力を有する銀河連邦軍を撃破した白銀達也率いる梁山泊軍。

 そして、産声を上げたばかりのアマテラス共生共和国という新興国家。

 セーラに集った国々の耳目を()(さら)ったのが彼らであり、その鮮烈なデビューによって、オルグイユ連邦共和国の存在など(はな)から無かったかの様な扱いをされたのだから、大いに当てが外れたと言っても過言ではないだろう。

 しかし、面目を潰されて激昂するナーメだったが、大国を率いる能力は伊達ではなく、すぐさま計画を軌道修正してみせたのである。


(見ておれよ、白銀達也ッ! 最後に銀河世界を従えるのは、この儂だッ!)


            ※※※


 あの時の屈辱を思い出せば今でも腹立たしい限りだが、辛うじて憤懣(ふんまん)を呑み込んだナーメは再び幕僚らに問うた。


「ヴァッヘン要塞のルング・バイトラーク総司令官は、(いま)だに決起宣言を発してはいないのか!? 腐敗した中央司令部とは、一日も早く決別したいと息巻いていたではないかッ!?」


 ナーメの言葉に出て来たヴァッヘン要塞とは、銀河連邦軍中央司令部があるアスピディスケ・ベースと、オルグイユ星系との中間点にある、銀河中心域北方防衛の(かなめ)となる軍事要塞である。

 今回のケースに限って言えば、反銀河連邦同盟 フェアシュタントの侵攻に際して防衛の最前線になると見込まれている要衝で、相応の戦力を有して周辺諸国へ(にら)みを利かせていた。

 本来ならば、ナーメにとっては真っ先に攻略しなければならない重要拠点なのだが、ランズベルグ皇国発の【反銀河連邦同盟決起宣言】によって風向きが変わったのである。


 白銀達也が発した現銀河連邦首脳部への批判による混乱も収まらない中、まるで見計らったかの様に打ち上げられた反銀河連邦同盟の決起宣言は、銀河系を()(しろ)とする全ての人々へ、更なる混乱と動揺を(もたら)した。

 そして、その混乱は国家や民間組織だけには止まらず、同盟から目の敵にされている銀河連邦軍も例外ではなかったのだ。

 ヴァッヘン要塞の総司令官ルング・バイトラークとは、フェアシュタント結成の報に接して銀河連邦軍の現体制に疑問を(いだ)き、密かにオルグイユへ接触を図ってきた高級将官であり、極秘のうちに設けられた会談の席で自身を含む要塞戦力の同盟への帰順を申し出た本人でもあった。


 『評議会を含む現執行部の腐敗を正すには、武力による強硬手段も已む無し』


 バイトラーク司令官は、真剣な眼差しで熱く語って見せたのだ。

 この申し出を快諾したナーメは、最適な時期を見極めた上で帰順を受け入れると確約し、オルグイユ全軍が間髪入れずに合流することで、銀河連邦軍に対して圧力を掛けようと目論んだのである。

 勿論(もちろん)、その策略の裏にはフェアシュタント内での己と自国の存在感を高め、他の構成国の頭を押さえつけたいとの思惑があるのも確かだ。

 それによって、新参者の白銀達也を見返したいとの強い願望もある。

 そして、その決起宣言を今か今かと待ち侘びているのだった。


「銀河連邦軍の重要拠点であるヴァッヘン要塞を陥落せしめたとなれば、第一級の軍功は我がオルグイユのものだ。フェアシュタント内での地位は揺ぎ無いものになり、ランズベルグ皇国とさえ対等の立場で交渉ができるであろう」


 如何(いか)にも愉快だと言わんばかりに相好を崩すナーメだが、余りにも順調に推移する事態に一抹の不安を禁じ得ない幕僚らは、憂色を帯びた表情で疑問を呈す。


「しかし、閣下。同盟樹立宣言の折に取り決められた作戦要綱では、アマテラスより我が国へ供与された一万隻の鹵獲艦艇で戦力を拡充し、我が連邦傘下の構成国と周辺の同盟国軍と協力。オルグイユ星系を拠点として同盟全軍で銀河連邦軍を迎え撃つとなっていた筈です」

「ヴァッヘン要塞との共同戦線の構築を独断で取り決めた挙句、同盟軍司令部へも秘匿した儘というのは、(いささ)(まず)いのではないでしょうか? 事前の了承なしに動いたのでは〝抜け駆け″の(そし)りは免れないかと……それでは、閣下の御名に傷がつきましょう?」


 幕僚長と参謀総長の換言は盟主と祖国の立場を(おもんばか)ってのものだったが、愉悦に浸っていた所に水を差されたナーメにしてみれば(かん)(さわ)ること(はなは)だしい。

 だから、声を荒げた盟主は臆面もなく無理筋の言い分を()(かざ)した。


「戦場に()いて戦果を挙げる以上に価値のあるものは無いッ! 〝抜け駆け″大いに結構だ! 賞賛されこそすれ非難される謂れなどないわ! それに、我がオルグイユを防波堤にするが(ごと)き作戦など知ったことかッ! 我が軍がヴァッヘン要塞を手中に収めて前線を押し上げれば、それだけ銀河連邦軍を窮地へと追いやる結果になるのだからな。安閑(あんかん)と後方で踏ん反り返っている連中に文句は言わせんッ!!」


 勿論(もちろん)、ナーメの言い分が的外れで自分勝手なものであるのは、幕僚たちも充分に分かっている。

 オルグイユ星系は、北部並びに北西部方面域とは指呼(しこ)の距離にあり、銀河連邦軍艦隊が大挙して襲来したとしても、連邦軍から離反した艦隊十五万隻が後詰に当たる事で、それらと対等に渡り合えるというのが、同盟首脳部が描いた戦略だった。

 それにより、銀河連邦軍艦隊を挟撃して殲滅せしめるのが第一だと意志の統一が図られたのだが、それではナーメにとって(はなは)だ都合が悪いのだ。

 自国の勢力圏で戦うのを貧乏くじだと忌避(きひ)したのは建前に過ぎず、彼の胸の中に(たぎ)っていたのは、武勲を独り占めして同盟内での地位を確固たるものにする……。

 ただ、その一点に尽きた。

 そんな盟主の心情が分かるからこそ、幕僚らもそれ以上の諫言(かんげん)は控えるしかなかったのである。


 だが、そんな最中(さなか)(もたら)された朗報により、膠着する状況が一気に動き出す。


「父上ッ! ヴァッヘン要塞のバイトラーク司令官からの極秘暗号コールが入電しました! 決起宣言は明朝〇五:〇〇! 要塞の総力を挙げて我が国と共同歩調を取るとの事ですッ!」


 足音も荒々しく駈け込んで来たマッシーモが、高揚して上気した顔で(まく)し立てるや、椅子を蹴立てる様にして立ち上がったナーメが興奮を(あらわ)にして叫んだ。


「直ちに全艦隊で出撃するッ! 目標はヴァッヘン要塞だッ! ()の拠点を占拠した後、我が国の存在と快挙を銀河中に知らしめるのだぁッ!」


 一旦命令が下れば、軍人に逡巡しての停滞など許されるはずもない。

 配下の将官らは胸に一抹の不安を抱えながらも、(かね)てからの手筈通りに出撃準備を急ぐのだった。


            ◇◆◇◆◇ 


 銀河連邦評議会中央議事堂・大統領執務室


 室内に響くノック音に反応したモナルキアは、多岐に(わた)る案件が表示された通信端末から視線をはずして口を開いた。


「入れ」


 今この時に執務室を訪れる者の正体は分かっている。

 そして、モナルキアの勘は正鵠を射ていた。


「大統領閣下。予定通りです。オルグイユが動きました」


 入室早々に慇懃(いんぎん)に一礼したキャメロットが、その表情を揺らす事なく淡々とした口調で報告する。

 だが、そんな彼とは対照的に、銀河連邦最高権力者は仄暗(ほのぐら)く淀んだ笑みを浮かべて(うそぶ)いたのだ。


「全てを抹消せよッ! 誰一人として生かして返すなよ……その後は……分かっておろうな? キャメロット」


 その言にも眉一つ動かさないキャメロットは深々と一礼するのみだった。

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[一言] やべぇなぁ(;'∀') 勝手な事をしたせいで(;'∀')
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