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第七十四話 外交デビュー ②

「閉鎖的で頭の固い連中へ、爆弾を叩きつける覚悟はできているのかしら?」


 何処(どこ)か楽しげにも見える志保からそう問われたクレアは、やや視線を険しくして彼女を見据えた。

 しかし、それは“爆弾”という比喩が何を意味しているのかを理解しているからであり、その物言いに腹を立てた訳ではない。


 志保が口にした“爆弾”とは使節団の一員として同行しているシレーヌの事に他ならないが、今回の参加者らと席を同じくするのには相応のリスクがあるとクレアも覚悟していた。

 しかし、数多(あまた)の種と手を取り合って共生社会の実現を目指す為には、広く獣人という存在を知らしめて理解を得る以外に方策がないのも確かだ。

 現在銀河系内に()ける獣人らの待遇は極めて劣悪だと言わざるを得ず、種としての起源が(いわ)くつきであるばかりか、その特徴的な容姿からも偏見の対象になり易いが(ゆえ)に、彼らが人間扱いされているとは言えないのが現実だ。

 その所為(せい)もあって、闇社会では獣人らを奴隷として売買する組織も多く、それが彼らの存在を不当に(おとし)める一因にもなっている。

 そんな悪しき因習を断ち切るのは並大抵の事ではないが、最初の一歩を踏み出さなければ、何も始まりはしないのだ。

 だからこそ、クレアは今回の随行者にシレーヌを抜擢したのである。


「我が国の国是を周知させるには荒療治も必要だわ。閉鎖的で頭が固い連中だからこそ、本物の獣人であるシレーヌと接する事で変化を期待するしかないのよ」


 亜人種達を取り巻く現在の状況を楽観視している訳ではないが、差別される側が尻込みしていては、互いの距離が縮まる筈もないだろう。

 クレアが口にした荒療治とは、そんな事情も考慮しての事だったが、別の意味で懸念を(いだ)いている志保は、表情を固くして口を開いた。


「シレーヌが努力家で優れた官僚であるのは、セレーネの住人ならば誰もが知っているわ。少なくとも地球の馬鹿官僚達なんかよりも遥かに優秀よ。でもね、彼女を知らない人間にとっては、自分とは違う異形の存在でしかない……アンタの期待も理解できるけれど、受け入れて貰えるか(いな)かは、かなり厳しいでしょうね」


 志保が言わんとしているのは、晒し者にされた挙句(あげく)に無慈悲な言葉を投げ掛けられでもしたら、シレーヌ自身が傷つくのではないかという事に尽きる。

 それによって、これからのアマテラスを背負っていくべき彼女が、人間に対する嫌悪感や苦手意識を持ったのでは本末転倒だと懸念しているのだ。

 当然だが、その点にはクレアも可能な限り配慮をしていた。


「彼女には事前に多岐に(わた)るレクチャーをしておいたわ。人間の心の醜さや狡猾(こうかつ)さ……そんな仄暗(ほのぐら)い闇は誰の心にも潜んでいるから、充分に気を付ける様にとね」

「それで? シレーヌは何と?」

「お任せ下さい。必ず御期待に応えて見せます……笑顔でそう言い切ったわ」


 だが、その言葉とは裏腹にクレアの表情には憂悶の色が濃く滲んでおり、彼女なりに不安を(いだ)いているのが手に取る様に見て取れる。

 しかし、志保も腐れ縁と呼ばれる程に長い年月を無為に過ごしてきた訳ではなく、その表情の裏にクレアが何かしらの思惑を秘めているのは御見通しなのだ。

 控え目で出娑張(でしゃば)る事をせず、何事も慎重に事を進める彼女が熟考の末にこうだと決めたのならば、その決定を貫き通す強さも併せ持っているのを知っている。

 (しか)も、軍人だった頃のクレアと今の彼女が全くの別人だと言えるほどに成長したのを、誰よりも理解しているのも志保だった。

 だからこそ、ソフィア皇后やアナスタシアから指導を受け、一端(いっぱし)の為政者として必要な知識や心構えを身に着けた親友が、何の策もなく事態を座視するとは(はな)から考えてもいなかったのである。


「なるほどねぇ……敬愛して()まないクレア様のためならば、どんな艱難辛苦にも耐えてみせます! そう言ったのね。本当に健気な娘じゃないの。これからも大事にしてやらないと(ばち)が当たるわよ」


 何もかもを見透かした上で、()えて陽気に振る舞う志保の言葉にクレアは苦笑いするしかない。


「もう……貴女が相手だと()(にく)いったらないわ……」

「それだけ気心が知れた仲だって事だから良いじゃないのよ……それで? 本当はどう思っている訳? アンタの事だから、目先の利益を惜しんで慣れ合う気なんかサラサラないのでしょう?」


 ストレートに核心部分を衝かれたクレアは表情を改め、頷き返す事で志保からの問いを肯定した。


「我が国の方針は“共生社会の実現”という一点に()いて一貫しているわ。だから、(たと)え相手が強い影響力を持つ大国でも、亜人種の存在に対して懐疑的な立場であるのならば、こちらから妥協するなど論外だし、()してや(へりくだ)ってまで交渉を継続する意味はないと考えているわ」

「へえ……慎重居士のアンタにしては随分と強気じゃないのよ。それも旦那からの入れ知恵なのかしら?」

「茶化さないで。達也さんではなくてアナスタシア様からのアドバイスよ。(もっと)も、軍事同盟に参加する国々が、()くまでも先史文明の遺産の拠出を求めて譲らないのならば、梁山泊軍は反銀河連邦体制とは一線を画して単独で事に当たると決めているからね……その方針は政治的駆け引きにも相通じるものがあると考えているわ」


 基本方針がブレていない事を確認した志保は安堵して胸を撫で下ろしたが、助言の主がアナスタシアだと知って(かす)かな違和感も感じていた。


「政治的妥協はしないというアンタの決意には大賛成だけれど、アナスタシア様からのアドバイスっていうのが引っかかるわね」

「どうしてかしら? 私を筆頭にアマテラスの現指導部は、ほぼ全員が門下生として教えを受けているわ。弟子たちの前途を案じての助言……そう考えれば不思議ではないのではなくて?」


 目の前の事象に対して穿(うが)った見方をするのは志保の悪い癖ではあるが、時としてその並外れた直感力が真実を衝くのを何度も見て来たのも事実だ。

 だから、()えて反論してみたのだが、どうやら志保も自らが(いだ)いた違和感の正体を見極めてはいない様で、曖昧(あいまい)な物言いに終始するのみだった。


「う~~ん。そう言われるとその通りなんだけどさ……仮にも同盟を主導する立場にあるランズベルグの皇族が、自ら不利益を推奨するような真似をするかしら? (むし)ろ、“新同盟の為にも耐え難きを耐えて頂戴”と言うのが普通じゃない?」


 確かに志保の言い分にも一理あるとクレアは思った。

 平穏な時勢ならばいざ知らず、今は銀河系全体が騒乱の時代を目前に控えている切迫した状況なのだ。

 そんな時に同盟全体の利益よりも、産声を上げたばかりの新興国の都合を優先させるなど、アナスタシアに限っては有り得ないと断言できる。


(それなのに、我が国の想いを貫いて良いと仰られたのは何故(なぜ)かしら……シレーヌの使節団入りを強く推したのもアナスタシア様だったし、何かしらの思惑を御持ちなのは確かだとは思うのだけれど……)


 明確な答えが得られずに心が(ざわ)めいたが、根拠のない憶測で物事を判断するのは危険だと断じたクレアは、無意味な思考を中断して軽く息を吐き結論を口にした。


「アナスタシア様の御考えを彼是(あれこれ)と詮索しても詮無(せんな)い事だわ……他国の思惑同様に気にしない方が良いと思う。それに、あの御方の事だから、決して我が国の立場を悪くする様な真似はなさらない筈よ」


 そのクレアの判断に異論はないらしく、志保も神妙な表情で同意する。


「そうね……下手に勘繰って自縄自縛に(おちい)っては成るものも成らなくなるわ。()()えずは、出たとこ勝負で様子を見るしかないわね」

「それしかないと私も思う……でも、夜会にシレーヌを参加させる以上、不愉快な思いをするのは覚悟しておいて頂戴。自意識ばかりが高い唐変木は何処(どこ)にでも居るでしょうからね」


 物憂(ものう)げな顔でそう忠告するクレアの懸念が杞憂で済めば良いが、万が一の事態に備えるのが護衛官たる志保の役目だ。

 だからこそ、その対処法を事前に確立しておくのも彼女の任務だった。


「その場合は我慢一択? それとも不埒(ふらち)な物言いをする連中には相応の罰を与えても良いのかしら?」

「あのねぇ……建国早々に外交問題に発展するような真似は厳に慎んで頂戴。厄介な相手の対応は私に任せてくれて構わないから口出し無用でお願い。(ただ)し物理的な害意を向けられた場合は、力による排除も已む無しだと考えているわ」


 返答の前半には呆れの色が含まれていたが、後半部分には明確な決意が滲んでいるのを察した志保は、口角を吊り上げて不敵な笑みを浮かべた。


「了解了解。大船に乗ったつもりでいていいわよ。夜会の参加者は各国の代表者とパートナーのふたりのみだからね。アンタ達二人の護衛は任せて頂戴」


 そう意気込む志保だったが、そのやる気にクレアが待ったを掛ける。


「貴女は私の専属護衛官よ。シレーヌには強力な助っ人をつける手筈になっているから、彼女の護衛は彼に任せてあげてね」

「助っ人ですって? (しか)も彼って、男なの? そんな話は聞いてないわよ?」

「黙っていてごめんなさいね……使命感を支えにして強がってはいても、シレーヌだって不安な筈だと思うのよ。大役を(にな)った彼女の為にも必要な人事なのだから、我儘(わがまま)を言わずに了見して頂戴」


 その意味深な物言いの真意は理解できなかったが、シレーヌの為にならない事をクレアがする筈もないと知る志保は、何も問わずに命令を了承するのだった。


            ◇◆◇◆◇


「こ、これが……私?」


 クレアと志保が打ち合わせをしているのと同じ頃、その隣室では姿見の前に立つシレーヌが茫然自失といった体で目を見張っていた。


 鏡の中で立ち尽くしている女性は華やかな桜色のイブニングドレスを(まと)っており、クレアのドレスと同じ総シルク製の仕立ては(くるぶし)までのワンピースタイプだ。

 ただ、違う点を挙げるとするならば、ドレスを纏う女性が(いま)だに年若い所為(せい)か、健康的な色香を強調した方が、その魅力を()り引き立てられると考えたデザイナーの工夫が随所に見られる点だろうか。

 薄地のドレスは肢体のラインに沿うように仕立てられており、ホルターネックで肩を(あらわ)にしたデザインは、胸元と背中のラインをも大胆に露出させた作りと相俟(あいま)って健康的な色香を演出している。

 (しか)も、ショートに近い髪はエレガントな編み込みが(ほどこ)されており、目立つ髪飾りと併せて大人の雰囲気を(かも)し出していた。


 この華美な姿が他人のものだったならば、何の問題もなかっただろう。

 胸の中では少しばかりの羨望(せんぼう)妬心(としん)(いだ)いたであろうが、その華やかさと美しさに感嘆したシレーヌは素直な賛辞を口にできた筈だ。

 しかし、唖然とした表情で鏡に映っているのは紛れもなく自分自身に他ならず、豪華な衣装は元より目が(くら)むような装飾品の数々、そして濃い目のメイクアップで仕上げられた己の姿に、シレーヌは改めて思い知ってしまったのである。


(とんでもない事を引き受けてしまったわ……私なんかには場違いすぎる……)


 足元から震えが込み上げて来るかの様な感覚に恐れを(いだ)いた刹那……。

 〝コン、コン”と軽くドアをノックする音が室内に響くや、吃驚(きっきょう)して取り乱したシレーヌは、素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。


「ひ、ひゃいッ! あっ……は、はいッ!!」


 鏡の中の麗しき獣人女性は己の無様な失態を恥じ、見る見るうちにその美しい(かんばせ)を朱色に染めたのである。

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[一言] フフフフフ( *´艸`) 女の子は変身する生き物なのです( *´艸`)
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