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第七十四話 外交デビュー ①

 達也とラインハルトが出席している軍関係者の会議が幕を開けたのは、午後四時を少し過ぎた頃だ。

 丁度同じ時間、皇宮に隣接する迎賓館で開催される夜会へ参加するべく、各国の代表者らは準備に追われていた。

 反銀河連邦同盟に関する議論を行う本会議と同盟樹立式典を明日に控え、参加者らを慰撫するべく、ランズベルグ皇王家主催のパーティーが午後六時から催される予定となっている。

 だが、気取らない夜会だと事前に案内されてはいるものの、その建前を真に受ける御気楽な人間はおらず、誰もが第一級の外交舞台へ(のぞ)む覚悟を胸に準備や舞台裏での交渉に余念がなかった。

 発足する新同盟内での自国の立ち位置をより良きものにしたいと願わない為政者はいないだろうし、可能ならば指導的地位に席を得たいと欲するのは当然の事だ。

 だからこそ、軍務関係者で占められた会議が始まった午後四時には早々に迎賓館入りした代表団の数は多く、他の参加者との挨拶や何気ない会話を繰り返しながら、互いの腹の内を探り合う暗闘が繰り広げられたのである。


            ◇◆◇◆◇


「おぉ──ッ! これは、これは……馬子にも衣装とはよく言ったものよね」

「あら? 羨ましいのかしら? 何だったら代わってあげてもいいわよ?」


 揶揄(からか)う気満々の志保の台詞をクレアは軽くあしらう。

 どれだけ月日を重ねても一向に代わり映えしない腐れ縁的やり取りに、ふたりは揃って苦笑いするしかない。


「遠慮させて貰うわ。私は生涯軍人で結構よ。政治家なんて真っ平御免だし、第一アンタだって譲る気なんか毛頭ないんでしょう?」


 そう言って肩を(すく)めて見せる志保は口元を綻ばせて軽く頭を振った。

 滞在しているホテルの部屋の姿見に映るクレアは、何時(いつ)にも増して美しく気品に満ち溢れていた。

 シルク製の紫のワンショルダーワンピースドレスを着こなし、艶のある長い金髪をアップに纏め上げた装いは華麗の一言に尽き、(くるぶし)のやや上まである裾と光沢のあるヒールのパンプスが足元を(いろど)っている。

 イヤリングやネックレスなどの装飾品はファーレン王国のエリザベート女王から贈られたものであり、全体のコーディネートを担当した王室お抱えの一流ファッションデザイナーが、近年稀に見る最高傑作だと自画自賛した程の出来栄えだった。


勿論(もちろん)よ。此処(ここ)で怖じ気付いて尻込みしていては、これまでの苦労が水の泡になってしまうもの……アマテラス共生共和国全ての国民のためにも後には引けないわ。こんな未熟で頼りない大統領に期待してくれている皆の期待に応える為にも、私は全力を尽くすだけよ」


 そう言い切ったクレアの表情からは為政者としての責任感と覚悟が見て取れたが、同時に泰然とした自信のような余裕も感じた志保は、親友の成長ぶりを知って胸を撫で下ろす。


(これなら大丈夫ね……覚悟を決めた良い顔しているわ)


 そう確信した志保は、今度こそ心からのエールを送るのだった。


「アンタの思う儘に行動すればいいわ。護衛は任せなさい。どんなアクシデントがあっても必ず護ってみせるから」

「えぇ。ありがとう。でも、迎賓館入りするには少し早すぎるから、お茶でも飲んでいかない?」


 (すで)に会場入りの時間だが、夜会が始まるまでには二時間近くも間がある。

 今頃は大国や中堅処の国々が先を競って迎賓館へ押し掛けている頃であり、新興国家代表であるクレア等は(かえ)って悪目立ちする可能性が高い。

 その愚を避ける意味でも、慌てる必要はないとの判断だった。

 格式高い革張りのソファーに二人が腰を下ろすや、控えの間に待機していた給仕専用のメイドロボが入室して来て紅茶の準備を整えてくれる。

 その芳醇な香りに鼻孔を(くすぐ)られたクレアと志保は、上質の茶葉による逸品を楽しみながら会話を続けた。


「それにしても……別会場で行われている会議では、此方(こちら)の思惑通りに片が付くかしらね? 軍事兵器に転用可能な秘匿技術の供与を拒む代わりに、鹵獲(ろかく)した敵戦力を全て差し出すって事だったけど……」


 人間の欲望には際限がないし、今回の件に限れば、新参者であるアマテラス共生共和国が弱い立場なのは言うまでもないだろう。

 他の国々から無理難題を吹っ掛けられる可能性は高いし、それらの要求を上手くあしらえるか(いな)かを志保は心配しているのだ。

 新同盟の旗の下に参集した国々の中には、長きに(わた)る時の中で堅固な協力関係を構築している集団もあり、その立場に配慮する必要があるのも確かだといえる。

 (しか)も、敵対勢力が圧倒的戦力を有する銀河連邦軍ともなれば、情報開示を渋ってそれらの国々の機嫌を損ねるのが得策ではないのは自明の理だ。

 何よりも参集した国々の結束が求められる中、自国の都合を何処(どこ)まで押し通せるかが、今後のアマテラスの行く末を決めると言っても過言ではなかった。

 しかし、そんな志保の懸念を余所にクレアは()まし顔で返答する。


「その点は大丈夫だと思うわ。銀河連邦軍が独占している技術を惜しげもなく注ぎ込んだ高性能艦四万隻以上を貢物として無償提供するのよ……出所も確かではない怪しい技術よりも遥かに旨味はある筈だわ」

「それはそうだけどさぁ、何処(どこ)にでも欲深い恥知らずは居るからね。貰い物を受け取った挙句(あげく)、前回の戦いで銀河連邦軍を完封した秘密を開示しろと厚かましい要求をされるんじゃないの?」


 その不安は杞憂とは言えないが、クレアにとっては想定内の事でしかなく、平然とした顔で対処法を口にして志保を驚かせた。


「その時は新同盟への参加を見送るだけよ……盟主たるランズベルグ皇国の面子を立てるためにも鹵獲艦の提供を拒む気はないけれど、建国の理念を(ないが)ろにしてまで同盟に(くみ)する意義は、我が国にはないもの」

卓袱台(ちゃぶ)を引っ繰り返すってわけ? いい度胸しているわ……アンタ達夫婦は」


 呆れ顔でそう(つぶや)く腐れ縁にクレアは屈託のない微笑みを返す。 


「銀河連邦軍の本拠地を挟んで新同盟の勢力圏とは対極の位置にあるのが我が国ですもの。その役割は敵軍の後方撹乱と南部方面域から襲来する敵艦隊の脚止めだと達也さんは考えているわ。その程度なら力量も定かではない混成軍と足並みを揃えるよりも、単独で戦う方がマシだそうよ」

「旦那がそう言ったの? 相変わらず無茶が過ぎない? 下で戦う私らに少しぐらいは楽をさせようっていう優しさは微塵もないかなぁ?」


 如何(いか)にも不満タラタラといった物言いだが、その顔には抑えきれない喜色も滲んでおり、それを察したクレアは含み笑いを漏らしながら揶揄(やゆ)する。 


「暴れ甲斐があって嬉しい癖にぃ……まあ、そんな事態にはならないと思うわよ。ラインハルトさんも一緒だし、レイモンド皇王陛下が議長を御務めになられるのだから、我が国の存在に懸念を(いだ)く国々を上手く(なだ)めて下さるでしょう」


 クレアの予測は楽観的に過ぎると思わないでもないが、志保は()えてそれ以上の追撃はしなかった。

 今回の新同盟樹立という展開は梁山泊軍設立時に定めた作戦想定には含まれておらず、突発的な出来事以外の何ものでもない。

 確かに友軍の存在は心強い限りだし、敵軍の戦力を分散させられるならば戦いを有利に進めるのも夢ではなくなるだろう。

 だが、新同盟軍の戦力分布を(かんが)みれば、梁山泊軍は孤立した独立勢力に変わりはなく、その役割は遊撃部隊以上のものではないのも事実だ。

 つまり、これまでと立場も為すべき事も変わらないのならば、セレーネとの約束を反故にしてまで無体な要求を呑む必要はない……。

 そう、達也とクレアは決めたのである。

 だからこそ、志保は懸念を胸の中に呑み込んで自らを納得させたのだ。


(ふたりで話し合って決めたのね……旦那は私設軍隊の頭領で妻は一国の大統領だなんてね……(しか)も、コイツが一端(いっぱし)の政治家面をするようになるなんて……人生なんてものは本当に驚きの連続だわ)


 そんな感心と呆れが綯交(ないま)ぜになった心境の志保が苦笑いすると、それを見咎(みとが)めたクレアが眉根を寄せて文句を口にする。


「ちょっと……その胡乱(うろん)な者を見る目は止めて頂戴。何だかひどく不愉快よ」

「そういうのを被害妄想って言うのよ。アルカディーナ星系戦役で可能な限り敵艦を無傷で鹵獲(ろかく)する様に指示したのも、この日があるのを見越した上での差配だったのでしょう? アンタの旦那の戦略眼には恐れ入るしかないって……素直に感心していただけよ」

「えっ!? そ、そうだったの……だったら、そう言えばいいじゃない」


 達也を褒められて嬉しいのか、一瞬で不機嫌モードから御機嫌モードへと様相を変化させる腐れ縁に呆れた志保は、内心で舌を出して(うそぶ)いた。


(相変わらずチョロイわぁ……それにしても、結婚して三年以上が過ぎようかっていうのに、(いま)だに新婚気分が抜けないのかしらね……いや、恋人気分といった方が適切かしら)


 先程までの凛とした政治巧者の姿は何処(どこ)にもない親友が、テレテレの顔で夫自慢に熱を上げている様子にゲンナリした志保は、場の甘ったるい気分を一掃するべく本題を切り出した。


「まあ、彼方(あちら)は親分とラインハルト閣下に任せて問題ないとしても、私達の方こそ正念場なんだからね。閉鎖的で頭の固い連中へ爆弾を叩きつける覚悟はできているのかしら、白銀クレア大統領閣下?」


 その冷厳とした言葉の意味を理解したクレアの双眸から笑みが消えたのは、彼女が志保の懸念を充分に承知しているからに他ならない。

 その懸念とは大統領であるクレアの外交手腕を問われる難題であり、同時に今後のアマテラス共生共和国の存在意義をも左右しかねないものだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] さぁ、どんな爆弾を叩き込むのか……楽しみですね( ´∀` )
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