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第七十一話 一秒先の未来 ①

 アルカディーナ星系戦役から早くも一ヶ月以上が経過した四月の半ば。

 白銀家では、さくらとマーヤの合同誕生会が賑やかに執り行われていた。

 本来ならば月末が娘達の誕生日なのだが、生憎(あいにく)と重要な外交案件が発生し、達也もクレアも揃ってランズベルグ皇国へ赴かなければならなくなった為、急遽開催を早めたのである。


 セリスとサクヤ、そしてマリエッタの三人が帝国へと旅立った為に今年は身内だけの開催になってしまったが、総勢九名の大家族ともなれば、そこには寂寥感などが介在する余地はなく、主賓の愛娘ふたりの(はしゃ)ぎっぷりも相俟(あいま)って、終始華やかな雰囲気の中で皆が祝いの会を楽しんでいた。

 開会宣言から続く飲食タイムを満喫した後、今はリビングに確保した空間で全員参加のリズムダンスゲームが繰り広げられている最中だが、開始早々に三連続ミスをやらかした達也は速攻で脱落し、料理が並ぶテーブルの周囲に鎮座するシングルソファーへと送還されていた。


 軽妙な音楽に合わせてステップを踏む子供達は流石(さすが)にゲーム慣れしており、皆が流麗な動きを披露しているが、その点ではクレアも負けてはいない。

 (しか)も、そこに義父母であるアルバートと美沙緒までもが加わり、常日頃から生国の民族舞踊で鍛えたステップを駆使して健闘しているものだから、達也としては、驚くと同時に己の芸の無さに苦笑いするしかなかった。


(だが、あれから三年か……クレアとさくらに出逢う前は、こんな未来など想像もできなかったなぁ)


 縁あって家族の絆を結んだ者達が、笑顔で踊っている光景を(まぶ)しいと思いながらも、そんな心地よい環境に完全には馴染めない自分に戸惑ってもいる。

 少なくとも、以前は良くも悪くも一人きりだった。

 戦場を転戦し、理不尽な暴力に苦しめられている人々と大勢の部下達を護らんと奮戦していたが、所詮(しょせん)は独り身の自分が死んでも嘆き悲しむ者はいないと、何処(どこ)か投げ遣りな想いを(いだ)いていたのも事実だ。

 だからこそ、たった三年で様変わりしてしまった周囲の光景に戸惑っているのかもしれない……。

 そう思い至れば、己を家族として迎え入れてくれた妻と子供達、そして義父母には心からの感謝しかなく、そんな家族を護らねばという想いを、達也は改めて強く胸に刻むのだった。


「あ~~ん。負けちゃったぁ。駄目ねぇ……すっかりリズム感が衰えてしまって、私も年かしら?」

「何を情けない事を言っておるかっ!? まだ三十前だろう? そんな事を言っていると達也君に愛想を尽かされてしまうぞ」

「うふふふ。そうですよ、クレア。でも、六十歳を超えた私達と同じ程度では確かに問題があるかもね?」


 どうやらクレア、アルバート、美沙緒の三人も失格したらしいが、テーブル席へ戻って来た彼女らは和気藹々(わきあいあい)としており、実の親子らしく、楽しげに軽口を交わしあっている。

 そんな雰囲気を好ましいと感じた達也は、笑顔で彼らの健闘を労った。


「そんな事はないさ。皆たいしたものだよ。ゲームに慣れている子供達が凄すぎるだけじゃないか?」


 だが、そんな気遣いも愛妻には片腹痛かったようで、早々に脱落した夫を半眼で見据えたクレアは、半ば呆れたかの様な物言いで子供達からの過酷なメッセージを伝える。


「それでも開始早々に三連続ミスはひどすぎません? さくらやマーヤが『これから毎日三時間の特訓をお父さんにやらせる』って意気込んでいたわよ」

「うへっ! 勘弁してくれ。特訓は“疾風(ハヤテ)”の完熟訓練だけで充分だ」


 そう言って顔を(しか)める達也の様子が可笑しかったのか、クレアも美沙緒も、そしてアルバートまでもが相好を崩して含み笑いを漏らしてしまう。

 それを機にメインテーブルを囲んだ大人達は、それぞれが好みの飲み物を楽しみながら歓談を始めた。


 ゲームコンテストは実力伯仲の子供達が一歩も譲らずに熱戦を繰り広げているが、幼い蒼也を肩車したままのティグルが、そのハンデをモノともせずに類稀(たぐいまれ)なる動きで他の姉妹らを一歩リードしているようだ。

 そんな子供達の楽しげな姿に目を細めていた達也は、アルバートから話を振られて視線を彼へ向けた。


「それにしても、随分と慌ただしい展開だねぇ。まさか(わず)か一ヶ月で反銀河連邦を旗印にした勢力が結集するなんて……(にわ)かには信じられないよ」


 如何(いか)にも意外だといった風情を隠そうともしない義父の思いは彼だけのものではなく、同じ驚きを達也も共有しているところだ。

 無論、ランズベルグ皇国のソフィア皇后が積極的に動いていたのは知っていたし、祖国の実権を取り戻したレイモンド皇王とルドルフ老公が、皇后の意志に同調して協力するのは容易に想像できた。

 だが、それにしてもだ。

 状況の進展が(いささ)か急進すぎやしないかという懸念が達也にはある。


「その為に危険を承知の上でソフィア様は帰国を急がれたのですが……こんなにも早く同盟結成の事前会合が開かれるとは思ってもみませんでした」


 そのランズベルグから『新たな同盟発足並びに設立会議開催の通知』なる公文書が届いたのは、つい三日前の事だ。

 そこにはレイモンド皇王とファーレン王国のエリザベート女王の名が記されており、この要請が冗談の(たぐい)ではないのだと嫌でも理解する他はなかった。

 だが、その急進性に驚きながらも、来るべきものが来たと楽観的に受け止めている達也とは裏腹に、新国家アマテラス共生共和国大統領でもあるクレアは浮かない表情で懸念を口にする。


「会議への招待状は二通送られて来たわ。我が国と梁山泊軍……ソフィア様やアナスタシア様が達也さんの決意を()んで下された結果なのでしょう。でも、厄介事を全て貴方に押し付けている様で、私としては凄く申し訳ない気分よ」


 現状のアマテラス共生共和国は、そのシステムに自前の国軍を有さないと憲法に明記しており、独立した戦闘集団である梁山泊軍とは、雇用契約による友好な関係を構築していると対外的には発表していた。

 これは、戦後に今次大戦の紛争責任が問われる事態になった場合、他勢力からの追及がアマテラスへ及ばないようにとの自衛措置なのだが、その結果、梁山泊軍の総司令官兼オーナーでもある達也が困難な立場に立たされる可能性がある。

 だからこそ、それがアマテラスにとって有益な方策だとしても、クレアとしては忸怩(じくじ)たる想いに悶々とせざるを得ないのだ。

 しかし、不安げな顔をする愛妻を、達也は正論を(もっ)(さと)した。


「我々が一番に考えなければならないのは、新国家とそこに暮らす人々の安寧(あんねい)だ。先史文明の恩恵もあって我が国は恵まれ過ぎていると言っても過言ではない。その実情を知った他の国々が、どの様な反応を見せるか……中には悪意を(もっ)て良からぬ事を考える輩も居るだろうからね。用心するに越した事はないさ」

「でも、今の儘では梁山泊軍は個人の傭兵集団に過ぎないと自ら喧伝(けんでん)している様なものよ。相手が対等な存在でないと国家や国家元首が判断すれば、見下されて無理難題を要求されないかしら? 特に今回の同盟結成会合では、銀河連邦軍と帝国軍の連合艦隊を退けた貴方へ好奇の目が向けられるのは避けられないわ」


 クレアの懸念は(あなが)ち杞憂だとはいえないだろう。

 ランズベルグとファーレンという二大国が画策したとはいえ、今回の同盟の呼び掛けに応えた国々の背中を押したのは、間違いなく強大な戦力を誇る銀河連邦軍が一敗地に塗れたという事実以外にはない。

 その偉業を成した軍隊が、国家に属さぬ傭兵集団となれば、篭絡(ろうらく)するのは容易(たやす)いと考える者達が居てもおかしくはないだろう。

 為政者らが同盟締結によって国益に値する軍事技術を得んとするのは当然の事だし、そこで繰り広げられる丁々発止の駆け引きこそが外交の真骨頂でもあるのだから、その行為を止め立てする権利は誰にもない。

 強大な敵と戦う同盟国なのだから、強力な兵装の技術供与をと迫られれば要求を拒むのは難しいし、交渉が決裂した挙句に相手が態度を硬化させ、同盟そのものに亀裂が入る様な事態になっては本末転倒だと言える。

 だが、自分達に未来を託してくれた竜母セレーネやユスティーツとの約束も(おろそ)かにはできない以上、先史文明が遺したオーバーテクノロジーやヒルデガルドが開発した超技術の供与など断じて容認できる筈もないのだ。


 それらの事情を(かんが)みれば、板挟みになる達也が苦労するのは避けられず、その点をクレアは心配しているのだが、そんな彼女の心情を知ってか知らずか、意味深な笑みを零す達也は、淡々とした口調で対応策を説明した。


「広告塔に甘んじる程度の事は我慢するが、だからといって相手の要望を全て呑む気はサラサラないよ。国軍ではない梁山泊軍の決定権はオーナーである俺が有しているんだ。つまり軍に於ける決定権は俺にしかないともいえる。どんなに(おど)(すか)されようが、高額の報酬を提示され様ようが、俺が首を縦に振らなければ何一つ決まりはしないさ……だから心配しなくていいよ。それに、そんな事態に(おちい)らない様に(すで)に手は打ってある」


 その表情は何処(どこ)か自信に満ちており、不承不承ながらもクレアは追及を断念したのだが、一呼吸してから柔らかい微笑みを浮かべた彼女は、場の雰囲気を変えるべく祝いの席に相応しい明るい話題を口にした。


「そう……それならば私は私の出来る事に専念させて貰うわ。当面は新国家名称の流布と国民への周知徹底ね。達也さん自身が命名したのだから、誰から問われても面倒臭がらずにちゃんと説明して下さいね」


 その何処(どこ)か楽しげな物言いに達也は閉口して顔を(しか)めてしまうが、軽やかな笑い声を漏らす義母は娘の言に賛同する。


「日本神話の天照大御神(あまてらすおおみかみ)様から御名前を頂戴したのよね。太陽神の性格を御持ちの女神さまですから、その御名に(あやか)って国と国民が共に栄えれば良いと思うわ」


 随分と好意的な美沙緒の解釈だが、達也としては大いに困惑するしかない。

 そもそも、最初に新国家の名称として俎上(そじょう)に上がったのは『白銀共生共和国』というトンデモナイものであり、アルカディーナの長老衆らの熱狂的な支持を背景に半ば決定しかけていたのだが、それを知った達也が待ったを掛けたのだ。


『冗談じゃないぞっ! 自分の名前を国名にするなんて恥ずかしい真似ができるものか! 第一、新国家は表面上だけでも梁山泊軍とは無関係を装う必要があるのだから、俺の名前なんて言語道断だッ!? 却下だ! 却下ッ!』


 もの凄い剣幕でそう言い放ったが、長老衆は中々納得しないし、そのうちに他の行政官らも面倒臭くなったらしく『御懸念の点は我々の方で対処しますし、何処(どこ)の誰にも文句は言わせません』などと(のたま)う始末。

 それによって達也の方が不利な状況へと追い込まれてしまったのだ。

 だが、あわや『白銀共生共和国』で決まりかけた時、夫の窮状を見かねたクレアが仲裁に入り、新国家の名称は達也に一任すると決定して騒動を収めたという次第だった。

 結局、三日三晩熟考した挙句に『アマテラス共生共和国』と決め、辛うじて最悪の国名は回避できたのだが、またまたクレアには借りができてしまい、増え続ける負債に達也はゲンナリするしかなかったのである。


「うんうん。お母さんの言う通りだわ。頑張ってね、あ・な・た!」


 悪戯(いたずら)っぽい微笑みを浮かべて声を弾ませる愛妻には頭が上がらないが、当分の間は、この話題が出る度に気恥ずかしい思いをするのかと思えば、嫌でも憂鬱にならざるを得ない。

 だが、それも仕方がない事だと達也は分かっている。


(これからは今まで以上に苦労を掛けるだろう。だったら、俺にできる事はクレアを護って助ける事だけだ。その為ならば俺は何だってやってやるさ)


 ランズベルグでの同盟会合の成り行き次第では、混沌としている事態が風雲急を告げる可能性すら否定できず、最悪の場合には政治初心者のクレアに懸かる重圧は想像を絶するものになるだろう。


(その負担を少しでも和らげる……それが俺の役目だ)


 達也は改めてそう心に誓うのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] こ、国名決定にそんな背景が( ´∀` ) 確かに自分の名前は恥ずかしいし危険ですね! いやホント、名前に恥じない明るい国にしなくちゃね!
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