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第六十五話 アルカディーナ星系戦役 ⑥

『指揮官は何時(いつ)如何(いか)なる時でも冷静であれ。都合の悪い状況に直面しても、動揺を表情に出してはならない』


 (およ)そ優秀な指揮官との評価を受ける者は、事ある毎に達也が口にするこの矜持を実践できる能力と胆力を兼ね備えている。

 当然ながら、そんな上官に対する部下達の信頼は総じて心酔の域に達しており、戦場に()いても高い士気と戦意を発揮する彼らは、難局を切り拓く見事な活躍をして見せるのも屡々(しばしば)だ。

 しかし、危急存亡の瀬戸際にあっても、取り乱して騒ぐばかりで(ろく)な指示も出せない指揮官では、部下将兵らに奮起を望むのは酷だろう。

 その悲哀を噛み締めているのは銀河連邦軍旗艦カルフールの艦長も同じであり、刻一刻と悪化する戦況に対し、何ら有効な対応策を打ち出せない司令官や幕僚部の面々に鬱憤を募らせていた。


「こ、こんな馬鹿げた話があるものかぁッ! 何故(なぜ)ッ、正義と秩序の(にな)い手である我々が劣勢を強いられればならないのかぁぁッ!? 早急に奴らを蹴散らして見せよッ! 臆病風に吹かれて降伏する者は敵前逃亡と見做(みな)して軍法会議で極刑にしてくれるぅぅぅッ!!」


 今や開戦当初の余裕など微塵もなく、顔を朱に染めて喚き散らすだけのホスティス見れば、もはや戦況を立て直すなど不可能だと判断せざるを得ない。

 勿論(もちろん)、軍人として数多(あまた)の戦場を転戦して来た艦長も“勝敗は兵家の常”という認識に異論はないし、敵の罠に(はま)って窮地に立たされた司令部の失態を責めるつもりは毛頭なかった。

 艦長が問題視しているのは、失態を犯したという事実ではなく、その後の無様な対応に他ならないのだ。

 大艦隊を率い大勢の部下将兵を預かる者が、只々混乱するばかりで如何(いか)なる決断も下せないのでは、指揮官失格だと(そし)られても仕方がないだろう。

 とは言うものの、戦闘経験豊富な艦長でさえも目の前で起こっている現実に困惑せざるを得ないのだから、軍人と呼ぶのさえ烏滸(おこ)がましい司令官や貴族閥の幕僚達には、確かに荷が重いと言わざるを得ないだろう。

 だが、それでも決断を下すのが将官の務めならば、これ以上の損害と艦隊将兵の犠牲を回避する責務がホスティスにはある筈だ。

 そう思い定めた艦長は一歩前に出るや、双眸を血走らせる司令官へ断腸の思いで意見具申した。


「ホスティス総司令官閣下。もはやこれ以上の抗戦は無意味です。我が方の攻撃は通用せず、一方的に撃破されるばかり。撃沈もしくは損傷により行動不能に(おちい)った艦艇は一万隻を超えており、この儘では可惜(あたら)被害が拡大するばかりです。無念ではありますが、敵の勧告に従い降伏の御決断を……」


 しかし、事態は一刻を争うと判断した艦長の勇気ある諫言は、軍人としての矜持など持ち合わせてはいないホスティスにとっては耳障(みみざわ)りな雑音に過ぎない。


「馬鹿な事を言うでないわッ! 栄えある高位貴族にして、モナルキア大統領閣下より全権を(たまわ)った我に降伏という選択肢は有り得ないのだッ! 御託を並べている暇があったら、直ちに反撃して賊徒共を蹴散らせぇ──いッ!」


 この後の及んでも、部下将兵の命より己の名声が大事だと言い放った司令官には怒りを通り越して殺意すら覚えるが、艦長は説得を諦めず至誠を尽くした。


「全ての攻撃オプションが無効化された現状では、我々に反撃の手段は残されておりません! (しか)も、行動不能になった艦艇や撃破された艦の残骸に(はば)まれて艦隊の再編成も叶わないのですぞ! この儘では我が方の損害が増えるばかりです!」


 本来ならば敵からの攻撃を()なしながら後退し、無傷の艦艇で艦隊を再編するのが常道だが、想像を絶する乱流帯の影響下では、弩級戦艦であるトリスタン級や、一部の高出力を保持している艦艇以外は身動きすら儘ならない状況なのだ。


(すで)に艦隊最後尾に位置する護衛艦群も甚大な被害を受け、第二列に位置する艦隊には降伏勧告を受け入れる艦が続出しております。万が一にも彼らが敵軍の要請に応じて反旗を翻せば、味方同士で潰し合う事態にもなりかねませんッ!」 


 その艦長の言に嘘はなく、武装解除に応じて自ら降伏を選択する艦艇は後を絶たず、今も加速度的にその数を増している。

 彼らの意志を確認しようにも、全ての通信システムがダウンした状況では如何(いかん)ともし難く、遠からず艦隊行動に決定的な支障を来すのは容易に想像ができた。

 (しか)も、万が一にも同士討ちと言う最悪の事態が現実のものとなれば、艦隊司令部の威信は地に堕ち、麾下将兵らの信頼や戦意までもが無に帰すだろう。

 そうなってからでは全てが手遅れだし、何よりも部下達の無駄死にを避ける為には、降伏するしかないとの艦長の判断は至極真っ当なものだと言える。


 だが、そんな当たり前の理屈さえ分からない愚物は確かに存在するのだ。

 そして、艦隊将兵八百万人の命を預かる司令官がその愚物であるという事実が、彼らにとっては最大の悲劇に他ならなかった。


「ならば、裏切り者共々に賊軍を叩けばいいであろうがッ! 行動可能な艦艇のみ転進して星系外へ脱出するッ! 障害物でしかない役立たず共は、艦首陽電子砲を最大出力で放って()ぎ払えばよかろうがッ! 退路を確保すると同時に賊徒を捲き込めれば一石二鳥であろうッ!」

「なっ!?」


 狂気を(はら)んだホスティスの物言いに艦長は絶句した。

 確かに高出力の艦首陽電子砲ならば効果は見込めるだろうが、それでは密集する友軍をも犠牲にするのは避けられず、まさに狂気の沙汰だと言う他はない。

 だが、そんな愚行すら、自らの命が助かる為ならば些事に過ぎないと信じている男は、切羽詰まった表情で捲し立てた。


「乱流帯の状況が改善される見込みもなく、ただ手を(こまね)いているばかりでは、我らも身動きが取れなくなった役立たず共の二の舞ぞッ! ならば、動ける艦だけでも脱出を図るしかないであろうがッ! 愚図愚図するなッ、艦長! 直ちに反転して陽電子砲を発射せよッ!」


 命の瀬戸際まで追い込まれて常軌を(いっ)したホスティスが吠えるが、理不尽極まるその命令に憤慨した艦長も声を荒げて反論する。


「正気で仰っているのですかッ!? 辛うじて航行が可能なのは、高出力を有する一部の戦艦クラスのみですッ! ほぼ全ての残存艦艇が行動不能に(おちい)っている今、(わず)か三百隻程度を撤退させる為に、苦境にある友軍にも犠牲を()いるなど許される筈がないでしょうッ! 数百万にも上る将兵の命を何と御考えかッ!?」


 だが、その諫言は受け入れられる所か逆にホスティスの神経を逆なでし、憤怒と苛立ちを(あお)っただけでしかなかった。


「己が分を(わきま)えよッ下郎! 高が平民風情が大公爵たる我に意見するなど思い上がりも(はなは)だしいッ! 兵隊がどれほど死のうとも(いく)らでも補充はきくであろうが! だが、我の代わりはおらんのだッ! ならば、如何(いか)なる犠牲を払ってでも我は生き残らねばならぬッ! その為に犠牲になるのであれば、名もない兵士共には過分な名誉であろうッ!」


 ()しもの艦長もこの暴言には我慢できず、瞋恚(しんい)の色を宿した瞳で上官を見据えて罵声を叩き返した。


巫山戯(ふざけ)るなッ! 兵士達は無能な貴族の盾ではないぞ! まして戦術のイロハも知らない馬鹿貴族共の犠牲になる義理は我々にはないし、貴様らが命を懸けてまで守らねばならない存在だとも思えない。本艦は艦長である私の権限で降伏を選択させて貰う。気に入らなければ、他の艦に移乗して勝手にすればいいさ!」


 上官の命令には絶対服従を旨とする軍人にはあるまじき行為だが、溜りに溜まった鬱憤を吐き出した艦長は、如何(いか)にも清々したと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 これで、どう転んでも軍法会議送りは避けられないが、当分は捕虜としての虜囚暮らしを余儀なくされるのだから、その間に今後の身の振り方を考えれば良いかと艦長は開き直ったのだ。

 だから、艦の責任者として最低限度のケジメをつけようとしたのだが……。 


「艦長ッ! 司令官権限でキサマを解任する! 副長ッ! この負け犬を拘束して営倉へ放り込めいッ! そして、お前が職責を引き継ぎ、我が命を履行せよッ!」


 調子ハズレの甲高い声に背を叩かれて振り返れば、護身用のブラスターを構え、その銃口を此方(こちら)へ向けているホスティスの姿が目に入った。

 屈辱と怒りで興奮している所為(せい)かその顔は赤く(ゆが)んでおり、目線の高さまで持ち上げられた短銃は小刻みに震えている。

 その明確な殺意を受けた艦長の顔が険しいものへと変化するが、それが何を意味するのかを察せられる程にホスティスは世慣れてはいなかった。


「御自分が何をやっておられるのか御理解なさっていますか?」

「や、(やかま)しいッ! キサマは(すで)に反逆者だ! 帰還した暁には必ず(むご)たらしい死を与えてくれるッ! 副長ッ! 何を愚図愚図しておるかッ!? 進路を塞ぐゴミを排除して早急に星系外へ脱出するのだッ!」


 艦長からの問いを一喝するや、ヒステリックに叫び散らす司令官。

 そして、そんな上官に追随する幕僚らも汚い言葉で艦長らを罵倒するばかり。

 そんな彼らへ向けられるブリッジクルーの視線には冷厳とした憎悪が滲んでいるのだが、それに気付いて口を(つぐ)む者は誰一人としていなかった。


「副長ぉ──ッ! さっさとせんかあぁぁッ!」


 そして、業を煮やしたホスティスの金切り声を合図に事態は動く。


「誰も貴方の命令をきく者などいませんよ。仲間を捨て駒扱いする様な上官に従う者はいない。いい加減自覚しなさい。貴方は白銀達也に負けたのです」


 その艦長の断罪の言葉を浴びせられたホスティスの顔が憎悪に染まった。


「おっ、おのれぇぇぇ──ッ!!」


 怨嗟の雄叫びを上げながら引き金を引いたホスティスだったが、銃口が震えていたのでは、如何(いか)に距離が近いとはいえ命中は覚束(おぼつか)ない。

 そして銃撃されて黙っている軍人などいる筈もなく、当然の防衛行動として腰のホルスターから愛用のビームガンを引き抜いた艦長は、一瞬の躊躇もなくその銃口を目の前の男へ向けて引鉄を引いた。


「がぁッ!!」


 たったそれだけの短い悲鳴を遺言代わりにしたホスティスは、(きら)びやかな軍服の胸の辺りを鮮血に染め、そのまま背中から床に倒れ伏して動かなくなる。

 そして……。


「「「お、おのれッ! この反逆者めぇッ!!」」」


 司令官の死を目の当たりにして逆上した幕僚らは、罵声を喚き散らしながら銃を構えようとしたが、複数のブリッジクルーから雨霰とビーム弾を浴びせられれば、抵抗も空しくホスティスの後を追うしかなかったのである。

 折り重なるようにして床に()したまま絶命した彼らを一瞥(いちべつ)した艦長は、軽く瞑目してから最後の命令を発した。


「副長。武装を解除し降伏の意志を明確にせよ。併せて僚艦にも発光信号で伝えてくれ……“司令官以下幕僚部は全員が戦死した。ホスティス閣下最後の命令は全艦隊降伏せよ”だとな……」


 副長以下ブリッジクルーらの動きが慌ただしくなる中、艦長は黙して語らなくなった(むくろ)へ再度瞑目するのだった。

 そして、この時を(もっ)て銀河連邦軍派遣艦隊の戦闘は終幕を迎えたのである。

◎◎◎

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― 新着の感想 ―
[一言] 三大無用に並ぶ世界遺産級の遺物に目を瞠りました。戦艦大和ってそんなに世界級のものだったのですね。ただ大和だけ海の底で誰の目にも触れられないというところが戦争への皮肉だなと。 そしてオタク二人…
[一言] 艦長、カッコいいぜ( ´∀` ) そして逆に貴族連中には呆れるしかない(;'∀')
[一言] 艦長……英断ッ!! いやー、第一部を思い出します。 『日雇い』提督の始まりはここからだった……的なエピソードが今になって再び、立場が違うかたちで……ってめっちゃエモい。
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