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第六十五話 アルカディーナ星系戦役 ⑤

 悪夢の(ごと)き想定外の戦況に混乱を極める銀河連邦軍艦隊は、時間経過と共に増大する損害を甘受するばかりで、有効な打開策を見いだせないでいた。

 開戦劈頭(へきとう)に敵の前衛艦隊を鎧袖一触(がいしゅういっしょく)し、その勢いのまま勇んで敵の支配宙域へ侵攻した当初の楽観的な高揚感は(すで)になく、濃密な死の気配と絶望に(さいな)まれる状況へと追い込まれている。


 荒れ狂う乱流帯に捕らわれて進むも引くも(まま)ならず、銀河系随一と言われた強力無比なビーム攻撃も敵が擁する新型艦の前には無力であり、掠り傷ひとつ付けられない有り様だった。

 ならば対艦ミサイル等が有効かといえば、レーダーも通信も無効にされた特殊な状況下では、その効果を期待する方が酷だと言う他はないだろう。

 それにも(かか)わらず、敵が繰り出す実弾攻撃の前に味方艦隊は一方的に戦力を削られつつあり、誰の目にも戦いの帰趨(きすう)は明らかだった。

 そんな最悪の状況に輪をかけたのは、モナルキア大統領に(おもね)る高位貴族らで構成された艦隊司令部の無能さに他ならない。

 敗色濃厚な戦局を立て直す有効な策もないままに悩乱して狼狽(うろた)えるばかりなのだから、そんな不甲斐ない上官達が部下将兵らの目にどの様に映るかは言わずもがなであろう。

 だから、自らの生存権を懸けて彼らが造反したのは当然の帰結だった。


 今回の討伐艦隊には、(かつ)て達也の下で戦った将兵も多く配属されている。

 その多くは敗色濃厚で絶望的な戦場を生き抜いて来た猛者ばかりだが、彼らは、その卓抜した戦術指揮で勝利に導いてくれたのが誰なのか良く知っていた。

 だからこそ『白銀提督と戦って勝てる人間なんか、この世には存在しない』との思いが高じ、指向性の強制通信によって繰り返される降伏勧告の効果も相俟(あいま)って、現司令部に対する不満を爆発させたのだ。


            ◇◆◇◆◇


 銀河連邦軍艦隊内部で不穏な動きが起こるのは梁山泊軍にとっては想定の範囲に過ぎず、(むし)ろ短時間で作戦を完遂するには必要不可欠な要素だと周知されている。

 しかし、開戦してから(すで)に二時間以上が経過しているにも(かか)わらず、一向にその兆しが見えない状況には、艦隊将兵らも少なからず困惑せざるを得なかった。


 戦況は友軍にとって有利な様相を呈しており、誰の目にも勝敗は明らかだ。

 先史文明の遺産とも呼べる常識を超越したシステムの前には、銀河系最強と(うた)われた連邦軍艦隊もその力を充分には発揮できず、衰えぬ反撃の意志を(あらわ)にする艦から次々と葬られていく。

 そんな困難な状況下に置かれているにも(かか)わらず、不利な局面を打開するための新たな動きを見せるでもなく、艦隊としての統制を喪失したまま効果も見込めない反撃を続ける彼らの真意が分からなかった。

 軍歴豊富な古参士官達ですらそうなのだから、(いま)だルーキーの域を出ない詩織や、今回の様に大きな戦いを初めて経験するヨハンや神鷹ならば尚更だろう。


(窮地に追い込まれている筈なのに一向に行動を起こす素振りすらないわ……何か思惑があるのかしら?)


 詩織の疑念はヨハンや神鷹も共有するものだが、その解答にも思い至れない未熟な身では、釈然としない表情のまま全方位モニターに映し出される戦場に注視するしかない。


「提督っ! 第二打撃艦隊旗艦 武蔵のグラディス長官より報告!『敵前衛艦隊からの反撃は低調。トリスタン級戦艦もその半数を撃破』ですッ!」

「第二戦隊旗艦 神通(じんつう)より報告!『敵艦隊最右翼の部隊を撃破。破損し行動不能に陥った敵艦艇多数』」

「同じく第三戦隊旗艦 矢萩(やはぎ)より報告!『左翼側艦隊も同様!』」

「イ号潜艦隊からも報告が入りました!『星系内に侵攻した敵艦隊の最後尾の護衛艦群を撃破。その残骸にて敵は退路を喪失』との事です!」

「星系外近在宙域で待機していた第一航空戦隊旗艦 赤城より『星系入り口を遊弋(ゆうよく)中の敵航宙母艦群に対し烈風隊による攻撃を敢行。母艦五十隻以上を撃破セリ』」


 立て続けに(もたら)される戦況報告は、一方的に蹂躙される銀河連邦軍の悲惨な状況を如実(にょじつ)に物語っており、だからこそ、何の動きを見せずに沈黙している敵軍中央艦隊の存在が不気味に思えて仕方がなかった。

 とは言うものの訓練ではないのだから、いちいち教えを乞う訳にもいかない。

 (すで)に敵艦隊への攻撃指揮は第二打撃艦隊の司令官であるエレオノーラが執っており、最高司令官である達也が坐乗する大和は後方へと下がり、数隻の護衛艦と共に万が一の事態に備えて待機している最中だ。

 つまり、大和乗員は早くも御役御免と相成り暇を持て余している訳だが、だからと言って物見遊山を決め込む訳にもいかず、詩織らは悶々としたまま戦況の推移を見守る他はなかった。


 そんな沈黙を破ったのは泰然とした表情の儘スクリーンに見入っている達也だ。

 その口元に微かな笑みを浮かべ、憮然とした表情の詩織に問う。


「随分と難しい顔をしているが、何か懸念でもあるのかな、如月艦長?」


 名指ししたのは詩織だが、ヨハンや神鷹も彼女と同じ思いを(いだ)いているのは一目瞭然であり、戦局が一段落したと判断した達也は、期待を寄せている後進への指導も重要と考え、戦闘中であるにも(かか)わらず声を掛けたのだ。

 突然の指名を受けた詩織は、ブリッジクルーからの向けられる興味本位の視線に緊張しながらも、臆せずに胸中の疑問を吐露した。


「各艦隊からの報告を総合すると敵艦隊の損害は尋常ではないレベルに達している筈です。それなのに、(いま)だ無傷の主力艦隊に動きはなく、あまつさえ、降伏勧告にも応じる気配がないのは……何か起死回生の策があるのではないかと……」


 憶測が前提だからか台詞の後半部分は曖昧(あいまい)な物言いになってしまったが、それを嗤う者はおらず、(むし)ろ感心したと言わんばかりに達也は含み笑いを漏らす。


「戦場の変化を観察して警戒を怠らないのは良い心がけだな。指揮官たる者は常に油断を(いまし)めて謙虚であらねばならない。だから……」


 詩織の成長を喜び賛辞を惜しまない達也だったが、一転してその表情を苦々しいものへと変えて声を固くする。


「よく見ておくといい……危急に際して果断に決断できない無能な指揮官を頂いた部隊や将兵が、如何(いか)に悲惨で憐れな末路を辿るか……残念ながら彼らの運命は必然であり、アルカディーナ星系へ侵攻した時点で確定していたと言える」


 今の状況が予期せぬ結果ではなく、(あらかじ)め想定されていたものだと知った詩織は、両の眼を見開いて驚きを(あらわ)にした。


「提督はこうなる事を予想されていたのですか?」

「圧倒的な戦力を誇る銀河連邦軍にしてみれば、今回の遠征などはバカンス気分のセレモニーでしかなかっただろうさ。その証拠に軍内で幅を利かせている貴族閥の将官やその取り巻き連中の出征志願が相次ぎ、大統領であるモナルキアも嬉々として彼らを艦隊の要職に抜擢したそうだ」

「そ、そんな情報を一体全体何処(どこ)から……」


 事も無げに敵軍の内情を開陳した司令官に、詩織は一驚して(つぶや)くのが精一杯だ。


「クラウスと彼が率いる情報部は精鋭揃いだよ。今回の派遣艦隊を任されたカルバネッロ・ホスティス元帥以下志願貴族らの詳細な情報は、彼らが任命されたと同時に我が軍へと(もたら)されていたのさ。士官候補生だった頃の君らにも教えただろう? “彼を知りて己を知れば、百戦して(あや)うからず” だと」


 そう指導を受けた覚えは確かにあるが、だからと言って敵軍高官の詳細情報など一朝一夕に入手できるものではないし、何よりも、そんな個人情報から何が得られたのかさえ漠然とし過ぎており、詩織には理解不能だった。

 そして、それはヨハンや神鷹も同じだった様で、彼らの懐疑的な表情から複雑な胸中を察した達也は解説を続ける。


「貴族閥に属している高位階級者は、戦闘経験などないに等しい御飾り指揮官ばかりだ。そんな彼らが今回の討伐戦に志願したのは、(ひとえ)に功名を立てて自身の栄達を図らんが為……だから初戦の勝利に浮かれた挙句(あげく)、綿密な情報収集もせずに我々のテリトリーへと侵攻する愚を犯した……まあ、そうなる様に仕向けたのは俺だが、今こうして窮地に(おちい)っている彼らの現状を見れば、指揮官が無能だという事が如何(いか)に罪深いかは分かるだろう?」


 敬愛する司令官の表情に喜色はなく何処(どこ)か憂鬱そうにさえ見えてしまい、詩織はその胸中を(おもんばか)らざるを得なかった。


「現在の彼らは自軍の外周部を構成する艦隊を潰され、その残骸で身動きができない状況だ。乱流帯の影響も加味すれば脱出は不可能。おまけに通信手段まで奪われたのだは、組織だった反撃など望むべくもないだろう」


 敵軍が置かれている状況を説明する達也からは感情の起伏すら感じられず、ただ淡々と言葉だけが(つむが)がれていくのみ。


(いま)だに四万隻以上の戦力を無傷で残してはいても、有効な攻撃手段を持ち得ないのであれば案山子(かかし)の方がマシだ。真面(まとも)な指揮官だったら、損害が二割を超えた上に撤退も儘ならないとなれば、降伏も致し方なしと判断するだろうが……」

「貴族閥出の司令官や幕僚は真面(まとも)ではないと?」


 詩織から問われた達也は、その仮面の様な表情を崩す。

 (もっと)も、それは苦笑いの(たぐい)でしかなかったのだが……。


「万事が思惑通りに推移している時には他人からの忠告に耳を貸さない……それが素人が犯す間違いの最たるものだ。その程度の事を理解できない者が真面(まとも)な筈がない……連中の様な愚物にはなるなよ。如月」


 忠告の言葉を(もっ)て話を終わらせようとした達也に、詩織は無礼を承知の上で重ねて質問した。


「提督が敵軍の司令官だったならば、今回の遠征に如何(いか)なる策を用いますか?」


 ()くまでも仮定の話だと前置きした達也は、その問いに答えを返す。


「そもそもが遠征などしない。劣勢の敵が挑発を繰り返してまで自軍のテリトリーへ侵攻して来いと誘っているんだぞ? そんな所にノコノコ出て行く必要が何処(どこ)にある? 同盟国の動揺は政治的駆け引きで対処すればいいし、艦隊を近在の有利な宙域に陣取らせ、焦った相手が出て来た所を叩けばいい。今回モナルキアは思考の出発点からして間違ったのさ。生意気な賊軍を一気に葬る……そう考えた時点で、彼らの敗北は決まっていたのだよ」


 達也の解答を聞いた詩織は、自らの未熟さを痛感して思わず唇を噛んでいた。

 もしも、自分が銀河連邦軍の指揮官だったとしても、今の彼らと同じ末路を辿っていた公算が高い。

 それを思えば、改めて達也の深謀遠慮には舌を捲く他はなかった。


「よく覚えておくといい……“兵は詭道(きどう)なり” 常に敵の思惑を外し、その裏をかく。それも立派な駆け引きであり戦術だ。慢心せず勝つ為に最善を尽くす……それが、司令官の役割だと胸に刻んで忘れない様にな」


 その結論を(もつ)て久しぶりの指導は幕を閉じたのだが、詩織をはじめヨハンや神鷹は畏敬の念を新たにし、益々傾倒を深めるのだった。

 そんな彼らの心情を知ってか知らずか、達也は相好を崩して命令を下す。 


「そろそろ降伏する艦も出始める頃だろう。敵艦隊に動きがあれば攻撃を手控えるよう各戦隊へ通達してくれ。それから、敵艦は可能な限り無傷で鹵獲(ろかく)しろと念押しするのも忘れるな」


 そう告げるや再び表情を消した達也の横顔を見る詩織は、命令を復唱しながらも思案に(ふけ)る。


(無傷で鹵獲(ろかく)せよという事は、今後は我が軍の戦力として活用する気でおられるのかしら。でも、幾ら銀河連邦軍の艦艇が優秀とはいえ、ヒルデガルド殿下が開発した我が軍の主力艦艇に比べれば、攻撃面でも防御面でも劣るのは明らか……そんな中古艦への乗艦を命じられて喜ぶ将兵はいないだろうし……提督の真意は何処(どこ)にあるのかしら?)


 色々と考えを巡らせてみたものの簡単に答えが見つかる訳もなく、戦闘が継続している最中でもあり、その疑問は棚上げせざるを得なかった。

 だが、遠くない未来に達也の思惑が意外な形で結実するとは、この時の詩織には想像もできなかったのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 詩織ちゃん、敵艦とはいえリサイクルできるでしょ( ´∀` )
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