第六十五話 アルカディーナ星系戦役 ④
時代の変遷と科学技術の進歩に伴い、ビーム兵器が軍艦の主兵装の大半を占めているという事情は以前にも書いたが、それは、高出力を誇る動力機関の発展があったればこそと言っても過言ではない。
艦の運行や戦闘時の機動を支える動力を賄い、その上で大量のエネルギーを消費するビーム兵器を運用するのに必要不可欠なのが高性能エンジンであり、各国家はその開発改良競争に鎬を削って来た。
だが、高出力高性能を突き詰めれば、機関そのものの質量と規模が増大するのは避けられず、それに比例して船体も巨大化の一途を辿るのは必然だったと言える。
銀河連邦軍のトリスタン級や梁山泊軍の新大和型は、全長四百メートル、最大幅は六十メートル以上もあり、太平洋戦争時の戦艦大和が全長二百六十三メートル、最大幅約三十九メートルだったのと比べれば、如何に航宙艦が巨大化しているかが分るだろう。
それは、主兵装の座を占拠したビーム砲も例外ではなく、戦艦クラスの主砲ともなれば五百ミリ以上が当たり前というのが現在の常識なのだ。
そんな事情を踏まえ、尚且つアルカディーナ星系の特殊な環境を考慮し、大和型搭載三連装砲に採用されたのが六百ミリ・リニアレールカノンだった。
物理的な破壊力を誇る実砲弾を電磁気力により加速して撃ち出す電磁加速砲であり、火薬式による砲弾の限界を遥かに超えた、高速度と長射程を実現した優れモノである。
尚、他の護衛艦には三百ミリクラスの連装式の同兵装が二基四門配備されており、船体に同化されたビーム兵装と併せ、その打撃力を形成していた。
◇◆◇◆◇
達也の号令が下るや否や、梁山泊軍艦隊は手綱を解かれた猟犬の如き勢いで一斉に行動を開始する。
大和型戦艦群に与えられた最初の役目は突撃を敢行する友軍艦隊の援護であり、攻撃命令を受けた詩織は間髪入れずに凛とした声音を発した。
「一番二番主砲は直接照準で敵前衛艦隊を砲撃。これを排除する! 神鷹、操艦は任せるわ。ただし各戦隊の攻撃の邪魔にならない様に適切な距離を保ってね」
「了解。全機関に異常はない。乱流帯の影響も最小限で済んでいる。大和微速前進敵艦隊との距離を保ちながら攻撃位置をキープする。既に有効射程内だよ!」
主操舵手の神鷹が促せば、砲雷撃長を務めるヨハンが、待ち侘びたと言わんばかりに声を大きくして応える。
「分かってる! 精霊達の御蔭で照準はバッチリだ! 主砲一番二番準備完了! 何時でも良いぜ艦長ッ!」
どう贔屓目に見ても、その物言いは不遜だと断ずる他はなく、上級者たる艦長に向ける類のものではない。
だが、士官学校の同期生でもある彼らの声は詩織の胸に心地良く響き、その快活な声に背中を押された彼女の大喝によって戦いの火蓋は切られたのだ。
「大和。攻撃開始ッ! 主砲、撃ち方始めぇ──ッ!」
詩織の号令一下、六門のリニアレールカノンが一斉にその力を解放した。
そして、それは大和単艦に止まらず、追随する他の二十九隻の姉妹艦も、苛烈な砲撃を容赦なく敵艦隊へと見舞ったのである。
都合百八十門の巨砲から発射された凶弾が、艦隊最前列で身動きも取れなくなった敵護衛艦群目掛けて襲い掛かったのだから堪らない。
銀河連邦軍艦隊にしてみれば、まさに悪夢だと言う他はなかっただろう。
強烈な粒子乱流帯によって大きく行動を制限されたばかりか、全てのレーダーと探査システムが使用不能となれば、迎撃も儘ならないのは自明の理だ。
だが、譬えレーダー連動システムが健在だったとしても、想定を上回る超高速で飛来する砲弾を撃ち落とせたかは疑問だと言わざるを得ない。
驚異的な慣性力と特殊合金による弾頭の威力は壮絶に過ぎて、銀河連邦軍が誇る重護衛艦の装甲すらも紙屑同然の如く撃ち抜かれてしまうのだ。
然も、遅延信管が用いられている砲弾は装甲を貫通した後に内部で爆裂する為、その被害は瞬発信管による砲弾の比ではない。
他に比肩するものなき高性能艦だと称賛され、加盟国家からの羨望を欲しい儘にして来た連邦軍艦艇といえども、その威力に抗う術はなく、次々と被弾しては大輪の炎と化して漆黒の闇へ呑まれるしかなかったのである。
「敵前衛艦隊が混乱を来せば自ずと射線が開かれる筈だ。トリスタン級を捕捉したら最優先で撃破せよ。各戦隊の要である旗艦を叩けば、無駄な犠牲を最小限に抑えられるだろうからな」
今回の戦いに於ける最大の戦略目標は、自軍の損害は元より敵艦隊の損耗も可能な限り抑えた上で勝利を掴むという一点に尽きた。
その難事を成すには司令塔たる旗艦を真っ先に潰し、敵将兵らの士気を挫くのが最も効果的だ。
本命の艦隊司令部は安全を考慮して中軸辺りに陣取っているだろうが、各戦隊を束ねる旗艦らを撃破すれば、配下の艦艇が混乱を来して連携や攻撃に支障が出るのは避けられない。
だからこそ、達也は敵弩級戦艦の早期排除を命じたのだ。
「了解しました! 敵艦隊と本艦以外の友軍の状況はどうなっているかしら?」
その命令に瞬時に反応した詩織が問えば、間髪入れずに各担当オペレーターから的確な報告が返される。
「敵前衛艦隊は壊乱状態です。我が方の攻撃で百五十隻が轟沈! 中破以上の損害を被って僚艦と接触し擱座する艦艇多数!」
「右翼と左翼に展開している部隊は、最も強い乱流帯の影響下にあって転進も儘ならない模様!」
「中軍とその後方に展開している敵艦隊は、前衛艦隊と両翼の味方部隊に邪魔されて完全に立ち往生しています!」
「突撃を敢行した友軍各戦隊が攻撃を開始しました。予定通り乱流帯の隙間に形成された回廊を通って敵艦隊に肉薄中!」
「敵艦隊最後尾に位置する部隊に対し、イ号潜の次元間雷撃が始まりましたッ! 後方撹乱成功セリ! との報告が入っています!」
「敵前衛艦隊陣形を維持できない模様! 敵トリスタン級七隻をレーダーが捕捉しましたッ!」
矢継ぎ早に耳に飛び込んで来る情報を精査した詩織は、その待ち侘びた報を聞くや否や躊躇いもせずに断を下した。
「主砲一番二番は本艦正面のトリスタン級に照準ッ! 着弾位置を散らして一撃で撃破するわよッ! やれる!? ヨハン」
「嫌味な精霊に鍛えられたからなぁ! 絶対に外さねえよッ!」
多少の事には動じないヨハンだが、初めて経験する大規模戦闘には緊張を隠せないのか、やや硬い声音で珍しくも軽口を叩く。
そして、その言を好ましいと思った詩織と、憤懣を露にしたポピーの疾呼が綺麗に重なった。
「生意気言うんじゃないわよッ、ヨハン! 外したら丸三日ぶっ通しで再訓練だからねぇぇ──ッ!」
「一番二番! 撃てぇぇぇぇッッ!!」
電磁気力により砲弾を加速させて撃ち出すリニアレールカノンは、火薬式の実弾兵装と異なり発射時に生じる衝撃はないに等しい。
それでも六門同時に巨砲が唸れば知覚できる程度の振動はあるし、それにより、自分の命令で大勢の命が奪われるという事実を再認識せざるを得ないのは確かだ。
それでも、艦長が負うべき重責を理解している詩織に躊躇いはなかった。
(運悪く死んだら私を怨みなさい……無念と怨み言は、いつか地獄で相見えた時にゆっくりと聞いてあげるから)
視線は前方の敵艦隊に釘付けにした儘、胸の中で念仏代わりにそう呟くのが彼女なりの決意とケジメだった。
そして、それが終るのと同時に、放たれた凶弾が正確に標的に着弾するや、厚さ四百ミリに達する弩級戦艦の装甲をものともせずに貫通。
一拍の後、内部で爆砕して六つの破孔から盛大な炎を吐き出すや、ものの数秒と経たずに一際大きな火球を宙空に弾けさせて爆沈した。
そして標的とされた他のトリスタン級六隻も、武蔵、信濃、長門、金剛、霧島、日向の名を冠した大和型戦艦の砲撃によって相次いで撃破されたのである。
長く最強浮沈戦艦の名を欲しいままにして来たフラッグシップの悲惨な末路が、銀河連邦軍将兵に齎した動揺は顕著であり、死地にある前衛艦隊ばかりか中軸艦隊にも陣形の乱れが出始めた。
それ見て此処が勝負所だと確信した詩織は、司令官である達也の判断を待たずに独断で命令を下す。
「大和前進強速っ! 敵艦隊の戦意を絶つわよ! 友軍艦隊の外側から援護を続けながら、積極的にトリスタン級を狙いなさいッ! それから、敵艦隊へ降伏勧告を送り続けて頂戴。『無駄死にはするな』との一文も添えてね」
その判断は詩織なりの精一杯の譲歩だったのだが、軍人として、艦を率いる長としては甘いと言わざるを得ないのかもしれない。
それは彼女自身も充分理解してはいたが、達也は元より他の誰からも反駁はなかった事で、詩織は平静を装いながらも胸を撫で下ろすのだった。




