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第六十五話 アルカディーナ星系戦役 ③

「なっ、なんだアレはっ!?」


 他人よりも秀でた軍才や形ある実績など何も持ち合わせていないにも(かか)わらず、高貴な家柄の恩恵に(あずか)って今の地位を得たホスティスにとって、スクリーンに映し出されている異形の(ぬし)達の姿は、理解の範疇(はんちゅう)を逸脱した存在に他ならなかった。


 ここ数百年余りの軍事史を紐解いてみても、航宙艦建造技術の進歩は目覚ましいものがあり、動力機関の発展に伴う高出力ビーム兵器の開発は今尚(いまなお)日進月歩の最中だと言っても過言ではない。

 その成果は艦船の外観にも大きく影響を及ぼしており、現在は突出物を極力排除した流線型のフォルムが採用されたものが主流になっている。

 大気圏内や特殊な環境によって航行に支障が出る場合の対策として、各種安定翼や安全装置は外部に装備されるが、主砲をはじめ各種攻撃兵器は船体と一体化されている場合が(ほとん)どだ。


 だから、(ろく)に戦場経験がないホスティスが吃驚(きっきょう)したのは無理もなかったが、それは彼に限った事ではなく、(むし)ろ、軍務経験が豊富な熟練者の方が受けた衝撃は大きいと言えるだろう。

 事実、スクリーンを凝視する司令官の隣で、同じ映像に視線を釘付けにしている艦長は、その異形の戦艦群から(ただ)ならぬ圧力を感じていた。


(一体全体なにがどうなっているのだ? あれではまるで歴史書に登場する太古の洋上艦ではないか)


 悩乱する艦長が心の中で漏らした感想は、(あなが)ち間違ってはいない。

 なぜならば、彼らが見ている梁山泊軍主力戦艦は、(かつ)ての地球に()いて、当時のアメリカ合衆国と大日本帝国がぶつかり合った太平洋戦争の最中に帝国海軍の象徴として、また、連合艦隊旗艦として活躍した“大和型戦艦”に他ならないからだ。


 銀河系最強と(うた)われているトリスタン級弩級戦艦を更にひと回り大きくした船体から発せられる威圧感は半端なく、剝き出しの三連主砲と天に向けて林立する対空迎撃用の銃座群、そして、(そび)え立つ楼閣(ろうかく)を連想させる巨大構造物が、その圧をより強いものにしている。

 (もっと)も、大和型の存在を知らない人間にとっては単なる時代遅れの旧型艦に過ぎない代物であり、【世界三大無用の長物】のひとつだと揶揄(やゆ)された評価からも分かる様に、大した脅威にはなり得ないと判断する者が居ても不思議ではなかった。


 (ちな)みに【世界三大無用の長物】とはエジプトのピラミッド、中国の万里の長城、そして戦艦大和だと言われている。

 試験には出ないだろうが、話のネタにするにはお手頃だから覚えておくのも悪くはないだろう。


 さて、話が()れたので物語に戻る。


 (たと)え、それが如何(いか)なるものでも自身の栄達を(はば)む存在であるならば、ホスティスにとっては排除すべき敵でしかない。

 だから、その異形(ゆえ)に気後れはしたものの、ブリッジにいる誰よりも早く覚醒した彼は、その表情に怒りを滲ませて部下達を一喝したのである。


「揃いも揃って何を(ほう)けておるかッ! 所詮(しょせん)は苦し紛れのコケ脅しに過ぎぬッ! 直ちに前衛艦隊に攻撃開始を下命せよ! これ以上くだらない茶番に付き合う必要はない! 一気に賊徒共を殲滅するのだッ!」


 全権を有する司令官の言葉は、それが無能者のものであっても重みが違う。

 その苛立ち交じりの檄に打ち据えられた幕僚連中が正気に戻るや否や、ブリッジ全体が(にわ)かに慌ただしさを増した。


 だが、通信機能がダウンしている以上、命令を前衛艦隊へ伝えるには発光信号に頼らざるを得ず、(しか)も、吹き荒ぶ乱流帯の影響で大半の護衛艦が著しく行動を制限されている中では、組織立った砲撃戦などは望むべくもない。

 しかし、艦の運航に支障を来してはいても、単艦毎に砲撃戦を行うだけならば、何ら問題はないと司令官以下幕僚達は判断して強行策を選択した。

 前衛艦隊に配備された艦艇は実に一万隻を超えており、各種レーダーシステムが効力を喪失してはいても、その砲火は面となって敵を撃ち、鎧袖一触の元に賊徒を葬り去るだろう。

 それが、司令部の面々が共通して思い描いた戦術観だった。


 戦闘経験豊富な艦長ら一部の乗員達は、幕僚達の目論見通りに戦局が推移するとは到底思えなかったが、現状では否定できる明確な根拠もない。


(確かに司令官の選択は正しい……物量で勝る以上は躊躇(ちゅうちょ)する理由はない筈だ。我々の方が圧倒的に有利だというのに、何を恐れているんだッ、俺は!?)


 漠然とした危機感に苛立(いらだ)った艦長は内心で吐き捨てたが、それが長年(つちか)った経験によって得た警鐘だとは気付けなかった。


 すると、間を置かずに前衛艦隊一万隻の一斉砲撃が開始され、漆黒の宙空を切り裂くビームの大洪水が一瞬で敵艦隊を呑み込んでいく。

 その熱光の猛威は暗い宙空を目も(くら)むほどの光芒で照らすや、次々と異形の戦艦群に命中しては、更なる光源で彩られた大華を咲かせたのである。


「わっはっはっはっはぁ! どうだッ、身の程を(わきま)えぬ愚か者には相応(ふさわ)しい末路であろうッ! 銀河の盟主に逆らった己の不明を悔やむがいいッ!」 


 圧倒的な自軍艦隊の攻撃を目の当たりにしたホスティスは、胸の奥から込み上げて来る歓喜に酔い痴れて哄笑した。

 それは彼だけではなく、幕僚部や艦長らブリッジクルーの面々も、大なり小なり同様の感情を(いだ)いている様にも見える。

 (もっと)も、勝利を得たと確信して(はしゃ)いでいるか、味方に無用な損害を出さずに済んで安堵したかの違いはあったのだが……。


 しかし、それは刹那の幻想に過ぎなかった。

 

 なぜなら、映像データーを解析していたオペレーターが、ビーム弾の命中に伴う閃光が収まるにつれて(あらわ)になる光景を確認して悲鳴を上げたからだ。


「そっ、そんな馬鹿なッ!? て、敵艦隊は健在ですッ! 陣容にも変化は見られませんッ!」


 その報告に間違いはなく、白銀艦隊は砲撃前と変わらぬ威容のまま(たたず)んでおり、その想定外の事態に直面したブリッジクルーらは悩乱するしかない。

 艦長も目を凝らして拡大映像に見入ったが、確かに直視できる範囲では敵艦隊に損害の痕は見えず、また、熟練の見張り員からも同様の報告が寄せられるに至って混乱は増すばかりだ。


「一体全体どうしたというのだ!? 確かに命中した筈だッ! あれだけの攻撃を受けて無傷でいられる訳がなかろうッ! ぬうぅぅぅッ! これはペテンだッ! 騙されてはならぬッ! 攻撃を続行せよッ!」


 目に映る事態が理解できずに狼狽するホスティスだったが、素人軍人である彼に理に(かな)った対処方など思いつく筈もなく、ただ荒ぶる感情の儘に再攻撃を下命するしかなかった。

 それが司令官からの命令ならば是非もないと判断した艦長は、止むを得ず再攻撃を命じようとしたのだが、それは前触れもなく通信機のスピーカーから流れた声によって阻まれてしまう。


『諸君らの攻撃は我が艦隊には通用しない。だが、我々の支配宙域で一方的に攻撃を開始した以上、貴軍を排除するのを躊躇(ためら)う理由は当方にはない。だから、最初に言っておく、命が惜しい者は(すみ)やかに武装を解除して降伏せよ! この勧告を拒むのは諸君らの自由だが、その時は一切の容赦はしない。黄泉路の片道切符はくれてやる! 迷わず死界へと堕ちるがいいッ!』


            ◇◆◇◆◇


「随分短気な司令官の様だな……多少(あお)られた程度で交渉もせずに攻撃を再開するとは……状況判断も(ろく)にできない上官では、従う部下将兵達が哀れだ」


 全方位モニターの周辺映像に見入る達也は呆れ果てて嘆息するしかなかったが、その呑気な台詞に詩織から容赦ないツッコミが入った。


「降伏しろとか、容赦しないとか、おまけに黄泉路云々(うんぬん)とか言われたら、誰だって怒りますよ。もう少し真面目にやってください」


 艦長殿から御小言を貰った達也は心底不本意だと言わんばかりに顔を(しか)めたが、その表情とは裏腹に戦況は順調に推移している。


 降伏勧告を突き付けた上で敵司令官を牽制する筈だったのだが、交渉前に逆ギレされたのでは、如何(いか)に神将と(うた)われた達也でも穏便な手段による説得は断念せざるを得ず、目下、友軍艦隊は再開された敵からの激しい艦砲射撃に晒され、密集したレーザー砲の洗礼を受けている真っ最中だった。

 とは言え、戦場に蔓延(まんえん)する特殊粒子の効果でビームエネルギーは大きく減衰しており、敵からの攻撃はほぼ無効化され、被害を被った味方艦艇はない。

 (しか)も、友軍艦隊の陣形前面に並んでいるのは、旧大日本帝国海軍の象徴でもあった大和型を模した新型弩級戦艦三十隻だ。

 通常の護衛艦よりも遥かに強靭なその防御力の前には、威力が衰えたビーム砲の攻撃など蟷螂(とうろう)の斧に等しかった。

 勿論(もちろん)、船体の耐久性にも限界はあるが、今回に限っては特に問題にはならないし、自分達に有利な戦場に敵を引き込んだ時点で勝敗は決まった様なものだ。

 あまつさえ、自軍の攻撃オプションが通用しないと知れば、恐慌を来す敵軍兵士も出るだろうし、そうでなくても士気の低下は免れないだろう。

 それによって銀河連邦軍艦隊が(こうむ)るダメージは計り知れない。


 つまり、どう転んでも、この戦いに敗北するという結末はないのである。

 開戦前、『この艦の艦長席の座り心地を楽しむ位で丁度良い』と詩織に言ったのは、このような算段がついていたからに他ならないのだ。


 だが、不満はないかと問われれば、違うと言わざるを得ないようで……。


「それにしても残念だ。せめて長門型だけでも……」

「いえ、それを言うならば、金剛型も外せませんよぉ……」


 達也と詩織のレトロ軍艦オタクコンビのボヤきは、ブリッジクルーによって華麗に無視されてしまう。


 達也が我儘を押し通した結果、梁山泊軍の主力戦艦は、大日本帝国海軍が有した戦艦群の造形を基に建造される筈だったのだが……。


『君らのくだらないノスタルジーに付き合いうほどの金も暇もないんだよん。建造する弩級戦艦は同型艦で統一するから、どれか良いかさっさと決めたまえ』


 複数の型の艦艇を同時に建造するなど時間と資材の無駄だと断じるヒルデガルドから選択を迫られた挙句。


『どうしても嫌だと駄々を()ねる気なら、ボクにも考えがあるぞ!』


 剣呑な雰囲気を隠そうともしないヒルデガルドに凄まれれば、達也も折れざるを得なかったのである。

 そんな未練を引き摺る達也だが、戦場の機微を見誤る程には腑抜けてはおらず、敵艦隊からの攻撃に連携性がないのを瞬時に看破した。 


「全戦隊は突撃を開始せよ。大和型全艦は艦砲による援護射撃を敢行! 各戦隊が突入を果たした後は、敵弩級戦艦トリスタン級の撃破に専念せよ。くれぐれも念を押すが、降伏並びに戦闘不能に(おちい)った敵主力護衛艦への攻撃は控える様に厳命する。作戦要項に従って可能な限り無傷での拿捕(だほ)に努めよ」


 それは、今後の局面を踏まえての指示なのだが、達也以外にはその理由と目的を知る者はいない。

 だが、それが命令であるならば(いな)を唱える者は誰一人としておらず、勇んで突撃を開始するのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] イスカンダルから戻ってきたぜ( ̄ー ̄)ニヤリ それはともかく……いやぁ、ここまで来ると弱い者いじめですなぁ(誉め言葉(ォィ
[一言] 大和型は浪漫!! 旧型(見た目)に新型艦の攻撃が効かない……とか、もう敵艦にしてみれば恐怖しかないですね。 さながら幽霊船に出会った気分でしょう。 降伏しない場合、まさにそこには死神が乗っ…
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