第六十四話 祖国を開放せよ! ④
「百ミリ対戦車弾の熱いキスをプレゼントして、ア・ゲ・ル!」
鮮やかな朱に塗られた妖艶な唇から零れ落ちたその言葉が合図となり、皇国軍へと向けられた全てのハンドバズーカが一斉に砲声を上げる。
一発限りの使い捨てというこの武器は、その価格に恥じない破格の威力を誇り、砲弾の弾頭にはヒルデガルドが開発した特殊合金が使用されていて、戦車の堅固な正面装甲を容易く貫くという凶悪な代物だ。
そして、その性能は皇国軍主戦力相手でも如何なく発揮され、歩兵部隊の後方に整然と待機していた十両の戦車は直撃弾を受けて大破炎上し、一瞬で無力化されてしまった。
不意を衝かれて一時的に浮足立った皇国軍兵士達だったが、彼らとて常日頃から厳しい訓練を積んでおり、流動する戦況に対応して反撃に移るだけの技量は充分に備えている。
だが、戦闘指揮に不慣れな司令官を筆頭に、各中隊指揮官までもが名目ばかりの軍人モドキでは、その能力を十全に発揮するのは難しいだろう。
良くも悪くも彼らは正規兵であり、命令なしに勝手な判断で行動するなど許されてはおらず、それ故に混乱は容易には収まらなかった。
そして、彼らを襲った不幸はそれだけでは終わらない。
用済みになったバズーカ砲を投げ捨てたメイド達が、その見目麗しい容姿のまま地を蹴ったかと思うや、自軍へと真一文字に突撃して来たのだ。
最前線に配置されていた部隊は想定外の事態に直面して混乱し、その野獣を思わせる俊敏な動きに対応できず、気が付けば暴風が如き災厄に蹂躙されるしかなかったのである。
◇◆◇◆◇
部分展開させたレッグガードのサポート機能を駆使して敵陣へ突貫した志保は、慌てて自動小銃を構えようとした兵士の腹部を右足で薙ぎ払った。
強烈な蹴りの衝撃で悶絶した兵士は草地に倒れ伏すや、嘔吐しながら苦悶に顔を歪めてのた打ち回るしかない。
その信じ難い光景は周囲の皇国軍兵士らを畏怖させるには充分の効果を発揮したらしく、まるで時間が止まったかの様に一瞬の静寂が戦場に顕現する。
硬直する兵士らとは対照的に奇襲を成功させ主導権を握った志保は、その口元に妖艶な微笑みを浮かべるや、コンバットスーツを完全展開させた。
それは他のアマゾネス達も同様で、見目麗しいメイド服から戦装束へと衣替えを果たし、周囲の敵兵を蹂躙すべく無手での近接格闘戦を開始したのである。
彼女らの目的は援軍が来るまでの時間稼ぎに他ならない。
だが、人的損耗を極力抑える様にとの厄介な命令も併せて受けていた。
その為には圧倒的火力を誇る戦車の排除は最優先事項であり、それ故に問答無用で先制攻撃を敢行したのだ。
そして、人的損耗の回避という命令には、当然ながら敵軍将兵の命も含まれており、それが作戦の難易度を引き上げていた。
ヘルツォーク皇王の命を受けて出撃している部隊の全てが貴族派に与している訳ではなく、職業軍人としての責務に従って図らずも現体制の命令に服している者も多いのが実情だ。
今後ランズベルグ皇国軍の再建を考慮すれば、そういった人材まで排除するのは得策ではないし、何よりも国民の間に分断を生むのは避けなければならない。
そんな事情を検討した結果、少数ながらも精鋭メンバーによる肉弾戦を敢行し、敵陣営を混乱させて時間稼ぎに徹する作戦を志保は選択したのだが……。
(クッ! どうやらボンクラ貴族の集団じゃないみたいね。立て直しが早いっ!)
疾風迅雷を体現するかの様に戦場を蹂躙する志保だったが、相手を死に至らしめずに戦闘不能に追いやるのは口で言う程に容易くはない。
その上、中軍に位置していた部隊の指揮官は叩き上げの古参将校であり、前線が混乱したと見るや、即座に部隊を後退させるという好判断を下して反撃に移った。
「邸内まで撤退ッ!」
僅かながらとはいえ距離を取って射撃体勢に入った敵部隊の動向を察知した志保は、目論見を外されて舌打ちするも、即座にそう叫んだ。
アマゾネス全員が一瞬の躊躇もなく退避を敢行すると、今まで彼女達が暴れていた空間が、レーザー機銃弾によって薙ぎ払われる。
撤退の決断があと一秒でも遅れていたら味方に被害が出ていただろうが、志保の好判断によって無傷で離宮敷地内へ退避できた。
「おのれえぇ─ッ! アバズレ共が図に乗りおってッ! もはや容赦は要らぬ! 全軍突入して反逆者を殲滅せよッ! 前皇王と大公以外は殺しても構わん!」
一方的にあしらわれた儘では皇国軍の面子が立たない。
そう憤る司令官が吠えたのを合図に正面の門扉目掛けて突撃が開始された。
同時に部隊を輸送したヘリ部隊の護衛に随伴していたジェット攻撃ヘリ三機が、離宮に潜む反抗勢力を排除すべくその牙を剥く。
(思っていた程に無能ではなかったようね。対処が早いわ)
予め庭園の彼方此方には特殊合金製の構造物が配置されており、それを盾代わりにして身を潜めている志保は内心でそう呟いた。
その称賛は敵軍の後方で尻餅をついたまま喚き散らしている司令官にではなく、部隊の中堅指揮官へのものだったが、不利な状況へと天秤が傾いている今は、呑気な事ばかり言ってはいられない。
防衛任務に失敗したとなれば、今回の作戦の指揮官に抜擢してくれた達也に会わせる顔がなくなってしまう。
何よりも、自ら志願して護衛役を買って出た以上、ソフィア皇后らに危害を及ぼそうとする輩の暴挙を容認する気など更々なかった。
だから、劣勢を挽回すべく第二作戦を下命したのである。
「デラっ! セカンドステージ発動よ! ヘリはこっちに任せなさいッ!」
その命令を待ち侘びていたかのように屋敷の二階窓が開け放たれるや、今まさに門扉に押し寄せんとしている敵歩兵部隊に対して攻撃が開始された。
屋敷内に隠れていた空間機兵団員らが操るハンドランチャーから発射されたのは暴徒鎮圧用の催涙ガス弾であり、それらは計った様に門扉周辺と敵部隊の中央地帯に着弾するや、たちどころに極悪なガスを噴出させる。
折からの無風状態にも助けられたガスは瞬く間に拡散し、離宮前に展開していた兵士らを包み込んでその行動を阻害したのだ。
上空に展開していた戦闘ヘリの一機が牽制目的で機首を志保らに向け、他の二機は自軍の行動を阻害するガス雲を拡散させるべく、推進器をローターへ切り替えて上空をフライパスしようとしたのだが、それは悪手でしかなかった。
まさに“撃って下さい” と言わんばかりの失策を志保が見逃す筈もない。
バリケードの影から立ち上がった彼女が構えているのは、改良が施されて威力を上げてある軍仕様のクロスボウ。
銃床付ライフルタイプで狙撃用スコープも装備している強化版で、有効射程距離は実に三百メートルを超える優れモノだ。
本来ならば発射する矢には爆薬が装備されているのだが、今回使用するのは軽量ながら貫通力に優れた特殊鋼材製であり、相手の戦闘力を喪失させるのには適したチョイスだと言える。
「上手く着陸しなさいよぉ──ッ!」
志保の喚声を合図に次々と引鉄が引かれ、戒めを解かれた矢が三機の攻撃ヘリを同時に襲った。
それらは過たずに後部ローターを破壊せしめ、ホバリングすら困難になった三機は大きくバランスを崩したものの、辛うじて不時着に成功する。
とは言え、戦線への復帰が不可能なのは一目瞭然だ。
(よしっ! もう一度斬り込んで敵を無力化すれば……)
敵陣営の混乱に乗じて今一度インファイトに打って出ようとした志保だったが、狼狽したデラからの通信に耳朶を叩かれ、そのプランは断念せざるを得なかった。
『団長ぉッ! 不味いわッ! 敵戦闘機群が南東方面から此方に向かっているとの連絡が入った! 接敵まで三十秒もないッ!』
「噓でしょう!? 空軍基地の無力化に失敗したっていうの?」
『たぶん皇都沖に展開する主力艦隊所属の空母艦載機に違いないわ! 攻略部隊が後手を踏んだようねッ!』
デラが忌々しげにそう吐き捨てたのと同時に、志保は南東方向上空に黒点を視認して叫んだ。
「全員退避ッ! 障害物を盾にして地面に伏せなさいッ!」
その刹那、低空で侵入して来た敵艦載機群が機銃弾の雨を降らす。
抉られた芝草や土を舞い上げながら数条の線が庭園に刻まれたかと思えば、轟音を響かせて頭上をフライパスしていく敵機の風圧によって、催涙ガスの煙幕が薙ぎ払われてしまう。
志保と十人のアマゾネスらは合金製の構造物を盾にして辛うじて難を逃れたが、戦況を司る天秤が不利へと傾いたのは明らかだった。
直ぐに催涙ガスの効果が切れる訳ではないが、地上部隊が態勢を立て直すのに然程時間は掛からないだろう。
そうなれば空と地上からの連携攻撃に晒されるのは必至であり、携帯式の地対空ランチャーだけで相手取るには戦闘機の数が多すぎる。
あまつさえ、その間に歩兵部隊に雪崩れ込まれれば万事休すだ。
だが、そんな窮地にありながら志保は至って冷静だった。
それは、ラルフら味方航空戦力への信頼もさることながら、敵地上部隊の兵員が想定よりも少ないという点が大きい。
(もう少し粘れば味方航空隊が来てくれる。だったら、撃墜できないまでも、対空ミサイルでけん制して時間を稼ぎながら、離宮を盾にして防戦に徹すればいいわ)
瞬時にそう決断した志保は、機首を巡らせて再度の攻撃態勢に入った敵戦闘機群を視界の端に捉えるや大喝した。
「次の攻撃を躱したら全力で離宮内に退避するわよッ!」
しかし、彼女たちが再度地面に伏せるよりも早く、突入態勢を取ろうとしていた敵機群が、いきなり不規則な動きを見せて散開したかと思えば、そのうちの三機が火達磨になって爆散したのである。
『遅くなってごめぇ─ん! 対空ミサイル基地を黙らせるのに手間取っちゃって』
少しも悪怯れた風情がないアイラの台詞に耳朶を叩かれた志保は、間髪入れずに出したばかりの命令を変更する。
「全員突撃ッ! ガスで敵が混乱しているうちにケリをつけるわよッ!」
そう叫びながら遮蔽物の影から飛び出した彼女が舞一文字に突貫するや、団長に続けとばかりに他のアマゾネス達も地を蹴った。
それは離宮内から応戦していた後方部隊のメンバーも同様で、先行した仲間らに追随して混乱の最中にある敵陣へと雪崩れ込んでいく。
目と鼻、そして喉をガスでやられ悶絶する敵兵士らに暴風と化したアマゾネスらに抗すべき手段はなく、次々と打ち据えられて意識を刈り取られてしまう。
混乱が恐怖を呼び、その恐怖が更なる混乱を助長する中、既にフォーメーションすら組めずに蹂躙される儘の彼らに、敗北を回避する術は残されてはいなかったのである。
しかし、その一方で、勝利を確実にした梁山泊軍も、凡そ酸鼻を極める戦場には不釣り合いな口論を聞かされて苦笑いするしかなかった。
『こらっ、アイラ! 少しは手加減しなさいよっ!』
『してるよぉ! コックピットは避けてエンジンや主翼を狙ってるし、志保だって急所狙いでストレス発散しているじゃない!』
たった一機で全ての敵機を相手取っていながら、余裕で会話するアイラも大概だが、それに応えながらも、当たるを幸いに周囲の敵兵を病院送りにしていく志保も常識の埒外の怪物だと言う他はない。
『まぁた呼び捨てにしたッ! “お母さん”って呼べと言っているでしょ──が!』
『えぇ~~!? やだぁ。だって七歳しか離れていないんだもん。逆に申し訳なくて躊躇っちゃうし、第一志保は料理が駄目じゃない。どっちかと言うと美緒さんの方がお母さんって感じだよぉ』
『あれは私の母親! アンタのお祖母ちゃんなのッ!』
『ぶう~~! 分かったよぉ! だったら、ティグルちゃんを真似て“志保ママ”でいいでしょ? 結構イケルじゃん! これで決まりね!』
『何が決まりよッ! ちょっと降りて来なさい、アイラ! 今日という今日は白黒つけようじゃないのッ!』
『私は平和主義者なの! 暴力はんたぁ~~い!』
『一方的に敵機を叩き墜としておいて、どの口が言うかあぁぁ────ッ!!』
女子会トークという母娘喧嘩を繰り広げながら、情け容赦もなく敵を蹂躙して行くふたりには味方もドン引きするしかなく、副官のデラを筆頭に全ての団員達は、深い憐憫の情を懐かざるを得なかった。
(((ラルフの親父さん……よくこんなのをヨメさんにしたわね)))
この時に別の戦場で奮戦していたラルフが、クシャミをしたかどうかは定かではない。
◇◆◇◆◇
結局ランズベルグ皇国奪還戦も、ファーレン同様に半日と経たずに終結した。
ヘルツォーク皇王をはじめ、彼の下で暴政に加担した貴族らは爵位と権限を剥奪され、後日、公平な裁判の下で相応の処罰が与えられると決まった。
だが、国内情勢が落ち着くまでは裁判どころではなく、各々の屋敷にて蟄居する様にとの沙汰が下されている。
同時にレイモンド前皇王が玉座に返り咲き、直ちに前皇王家の復権と銀河連邦評議会からの脱退を宣言したのだ。
この報に接した皇国国民は熱狂して歓迎したが、銀河連邦に所属する国々は驚嘆して大いに狼狽せざるを得なかった。
だが、この二大国の離反が銀河連邦に与えた衝撃は大きく、今後の情勢は、益々混沌の色合いを深めていくのである。
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【御報告】
何時も『日雇い提督』にお付き合い戴き感謝申し上げます。
さて、先日の事ですが、軽妙で洒脱、そして抱腹絶倒ものの異世界恋愛もの(主戦場)を多く投稿されている、砂臥 環 様(https://mypage.syosetu.com/1318751/)からFAを頂戴しましたので御報告いたします。
左からヨハン、神鷹、詩織、蓮、達也の教え子達です。
現在は立派な軍人として戦う彼らの士官学校時代の雄姿。
御堪能戴けたら幸いです!(嬉しくて燥ぐ絢爛)
素敵なFAを描いて戴いた砂臥 環 様には、心から御礼申し上げます。
尚、砂臥様は“みてみん”(https://26593.mitemin.net/)にも美麗な美術館を御持ちですので、興味がある方は是非ともお尋ねくださいますよう御勧めいたします。
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