表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

200/320

第六十三話 開幕のベルは鳴った! そして……。

 銀河標準暦・興起一五〇三年三月上旬。

 エスペランサ星系外周域に()いて、銀河連邦軍艦隊五万隻とグランローデン帝国軍艦隊三万隻が歴史的合流を果し、共通の敵に対処するべく共闘を誓った。


 まさに銀河史の一大転機と言っても過言ではない壮挙だが、その先行きは極めて不透明だと言わざるを得ないだろう。

 表向き過去の遺恨は水に流した風を装ってはいるものの、この協力関係が一時的なものに過ぎないのは、誰の目にも明らかだった。

 白銀達也率いる梁山泊軍の暗躍によって両勢力は決して軽くはない被害を(こうむ)っており、更に賊軍の首魁自らのプロパガンダの所為(せい)で同盟諸国や支配地域での体制への支持は大きく揺らいでいる。

 それは、銀河連邦もグランローデン帝国も同様であり、その原因が自らが()いた民衆からの搾取(さくしゅ)を推奨した悪法にあるのは疑いようもない。

 しかし、両勢力の指導者と呼ばれる者達には、自らの非を認めて反省するような高邁(こうまい)な精神の持ち主はおらず、それ(ゆえ)に解放者気取りの英雄モドキを完膚なきまでに叩き潰して見せしめとするべく手を取り合ったのだ。

 そして、圧倒的な武威を見せ付けて勝利を得、銀河系の各地で反抗心を(あらわ)にする者共の士気を(くじ)き、揺らぎかけている威信を取り戻そうと画策したのである。


 その一点に()いて共通の利害を見出した絶対的支配者同士が共闘の道を選択したのは必然であり、これによって、銀河系の各地で苦境に喘ぐ人々の希望は断たれたかに見えたのだが……。


             ◇◆◇◆◇


(いま)(かつ)て、これほど勇壮で壮観な光景を私は見た事がない。ふっふふ……我らの威容を前にした口先だけの賊徒共は、今頃は自らの非力を(なげ)いて巣穴で震えているのではないか?」


 喜色を滲ませた声でそう(うそぶ)いた男はカルバネッロ・ホスティスと言い、元帥位にある銀河連邦軍・軍令部総長だ。

 討伐艦隊を統括する旗艦である弩級戦艦カルフールのメインブリッジに陣取った彼は、(およ)そ戦闘艦の艦橋には似つかわしくない、無駄に豪奢(ごうしゃ)な司令官シートに身を沈めて余裕の笑みを浮かべていた。


 敵の砲撃から艦の中枢部を護るという理由から、近代以降に設計された戦闘艦艇のメインブリッジは、外殻装甲内部に設置されるのが主流になっている。

 勿論(もちろん)、室内には全方位モニターが展開されており、自艦の周囲を埋め尽くす威風堂々たる大艦隊の全貌が見渡せ、その圧倒的な光景に酔い痴れる元帥以下幕僚達の気分は高揚するばかりだ。


「閣下の仰る通りでございます。我が派遣艦隊を前にした賊徒共には、降伏という選択肢しか残されてはおりません」

「参謀長! それでは(いささ)か興醒めですぞ! 身の程知らずの賊軍には多少なりとも抵抗して貰わねば、こんな辺境まで出向いた甲斐がないというものでしょう!」


 幕僚らが口々に並べ立てる阿諛追従(あゆついしょう)が心地良いのか、その脂肪で(たる)んだ腹を揺すりながら哄笑するホスティスは、それがまた、周囲の取り巻き連中の大笑を誘うという醜態を晒している。

 だが、(すで)に勝った気になっている彼らとは違い、実質的に艦の指揮を任されている艦長にすれば到底笑える気分ではなく、呑気な連中をぶん殴ってやりたいとさえ思っていた。


真面(まとも)な実戦経験もない馬鹿共が浮かれおってぇッ! 敵の指揮を執るのは、あの白銀達也なのだぞ。決して一筋縄でいく相手ではないというのにッ!)


 長年に(わた)って銀河系の紛争宙域を転戦して来た艦長にしてみれば、その苛立ちと焦慮は至極当然のものだと言わざるを得ない。

 物量的には味方が優位な状況にあるとはいえ、必ずしもそれが勝利に結びつくとは限らず、長い戦場経験からその道理を(わきま)えている彼は、今回の遠征に一抹の不安を(いだ)いていた。

 勿論(もちろん)、そんな憶測を口にして周囲からの反発を買う程に愚かではない。

 艦長の立場にある彼が批判的な言葉を口にすれば司令部批判だと取られかねないし、何よりも将兵の士気を下げる可能性を否定できない以上、自重するしかなかったのである。

 だが、高笑いを繰り返す幕僚らの態度に辟易(へきえき)したからか、長年連れ添った副長が距離を詰めて小声で(ささや)いて来たのまでは(とが)めなかった。


「浮かれておりますな……位階を贈られただけのナンチャッテ軍人達が、銀河連邦軍近衛艦隊の総司令官と参謀だとは、世も末だと言わざるを得ません」

「おいおい……滅多な事を口走らないでくれよ。俺だって我慢しているんだ」


 苦笑いしながらそう返した艦長だったが、部下の言葉を否定する材料は持ち合わせてはおらず、考えれば考える程に陰鬱な気分になってしまう。


 司令官に抜擢されたホスティスという男は、モナルキア大統領を支える貴族閥の重鎮であり、元七聖国の一柱だったティベソウス王国の公爵家当主という肩書きを持つ大貴族だ。

 当然ながら、王国が支配する本星のみならずグラシーザ星系の各地に領地を有しており、それらの警備目的で私設軍隊を持つ必要性もあってか、ティベソウス王家から将軍位を賜っていた。

 しかし、この二百年以上にも(わた)()の王国では騒乱と呼べるほどの戦いはなく、王家より下賜された将軍位などは、所詮(しょせん)お飾りの肩書きに過ぎない。

 つまり、近代戦闘を戦う軍人に必要とされる教育をホスティス公爵は受けておらず、(しか)も、戦場で指揮を執った経験すらないとなれば、ただの門外漢でしかないと断じざるを得ないのが実情だ。

 そんな素人が高位貴族という理由だけで軍の要職に就き、百万隻の戦力と全ての将兵達の命運を握っているのだから、艦長や副長の様に実務型の士官達が憤懣やる方ない思いを(いだ)くのは当然だろう。

 あまつさえ、そんな元帥の周囲に(たむろ)している幕僚達までもが、大統領の取り巻き連中だと知った彼らの諦念は察して余りある。

 そして、それが艦隊将兵の士気を著しく低迷させている原因にもなっているのだから、生え抜きの軍人である彼らが嘆息するのを誰が(とが)められるだろうか。


「今回の遠征に先立つ貴族閥の会合で、貴族連中は(こぞ)って参戦を志願したそうです。その直訴を受けた馬鹿大統領は驚喜して(はしゃ)いだとか……」

「ふんっ! 敵が寡兵だと見縊(みくび)って楽に勝てるとでも思ったんだろう?」

「そうでしょうなぁ……手柄を得て恩賞に(あずか)りたいという卑しい下心がミエミエで、いっそ清々しいと思えるから不思議ですな」


 副長の嫌味に思わず吹き出し掛けた艦長だが、辛うじて堪えた。


「……相手さんが何を企んでいるかが最大の問題だ。私は白銀大元帥閣下とは面識もなく、戦場で共に(くつわ)を並べた経験もないが……」


 艦長は胸の中の想いを最後まで吐露せずに言葉を切ってしまう。

 だが、敵軍の総帥を最高位の敬称で呼んだ艦長の心情を(おもんばか)りながらも、副長は上官が()えて呑み込んだ言葉を察して諫言するしかなかった。


「私も直接に御会いした経験はありませんが、今回参戦している部下将兵の中には大元帥閣下の下で戦った者達も多く。『奴らは脅え切って使いものにならない』との苦情が貴族閥の指揮官連中から多く(もたら)されております」

「脅え切っているだと?」

「白銀提督が相手では自分達は間違いなく此処(ここ)で死ぬ……そう言って錯乱する者が後を絶たない様です」


 その言葉に艦長は思わず顔を(しか)めたが、話だけとはいえ銀河連邦軍将官だった頃の白銀達也の活躍と、その荒唐無稽(こうとうむけい)とさえ思える数多(あまた)の逸話を知っているだけに、あながち冗談で済ます気にはなれなかった。

 とは言え、(すで)(さい)は投げられたのだ。

 彼らも優秀な軍人であり、所属する組織からの命令を全力で完遂する義務を負うのは当然だと理解している。

 だから、これ以上の抗弁が無意味なのを誰よりも(わきま)えていた。


(今更迷った所で手遅れだ……成すべきを為す……それ以外に選択肢はない)


 そう自らに言い聞かせた艦長が気持ちを切り替えようとした瞬間、オペレーターが発した、やや興奮気味の言葉が響いてブリッジに緊張が走る。


「エスペランサ星系への進入路前面に敵艦隊を捕捉ッ! 総戦力は一千隻弱と推定されます!」


 拡大表示された正面映像には、敵と目される艦隊が星系への唯一のルートを(ふさ)ぐ様に陣取っている様子が映し出されており、それを見たホスティスは鼻を鳴らして無謀な行為に及んだ敵を嘲弄した。


「ふん! 賊徒には似つかわしくない戦力だが、我が方から見れは貧弱と言わざるを得んな。艦長! 後方の艦隊を別ルートでエスペランサ星系へと侵攻させるのは可能かね?」

「いえ。残念ながら周囲の宙域は常に次元境界線が不安定になっており、無理をして突破を図れば、次元の狭間に呑まれる危険を否定できません。そんな危険地帯で星系が覆われている以上は、あの艦隊を排除して正面から突入するのが唯一の侵攻ルートだと愚考いたします」


 その艦長の返答に酷薄な笑みを浮かべたホスティスは、自身の栄達を(もたら)してくれる矮小(わいしょう)な存在へ、形ばかりの謝意を示して攻撃命令を発したのである。


「ならば、目の前の艦隊を一気に揉み潰して首魁である白銀達也の首を獲るッ! そして、奴らの本星を徹底的に蹂躙し、愚か者共の末路が如何(いか)に悲惨か銀河系全ての人民に知らしめるのだ!」


 その一喝は艦隊を構成する全艦に伝わっており、その檄に応えるべく作戦行動を開始した前衛艦隊の一斉砲撃を(もっ)て戦闘の幕は切って落とされた。

 前衛艦隊と一括りにしても戦力は軽く一万隻にも及び、正面への限定的な砲撃とはいえ、その破壊力は言語に絶する。

 (わず)か一千隻程度の艦隊ではその暴威に抗える筈もなく、瞬く間に半数以上が被弾炎上した挙句に漆黒の宙空に爆散して果てていった。

 当然反撃もされたが被害は軽微であり、銀河連邦と帝国連合軍には痛くも(かゆ)くもない。

 戦いの趨勢(すうせい)は誰の目にも明らかで、自らの勝利を確信したホスティスも初めての戦場での圧倒的な勝利を確信してか、興奮も(あらわ)に吠えたてる。


「ふははははッ! 無知蒙昧(むちもうまい)な平民が(いく)ら息巻いた所でこれが揺るがぬ現実だ! 一気に賊徒を殲滅(せんめつ)し、モナルキア様へ我が名と共に勝利を捧げるのだぁ─ッ!」


 だが、そこで再度オペレーターからの報告が(もたら)された。


「敵残存艦隊が星系内への撤退を開始しましたッ!」

「今更怖じ気付いても遅いぞッ! 奴らに悪足掻きの時間を与えてはならぬッ! 星系内へと全艦で突撃し敵の残存勢力を一掃し主星を制圧するッ!」


 勝ち誇ったホスティスが興奮を(あらわ)にしてそう叫べば、取り巻きの参謀達も口々に勇ましい台詞を並べ立てて司令官の命令に追随する。

 しかし、ただ一人だけ異を唱える艦長が、(はや)る上官らに意見具申した。


「お待ちください閣下! エスペランサ星系内は磁気乱流帯が複雑に絡み合っている難所が至る所にあります。低出力の民間船とは違い軍用艦の我らには深刻な足枷にはならないとは言え、全艦で突入するのは危険です! 偵察を兼ねて一千隻程度の先遣艦隊を派遣するべきだと愚考する次第であります!」


 エスペランサ星系は敵軍の勝手知ったる庭先同然であり、何らかの罠や待ち伏せを懸念した艦長の意見は真っ当なものだったが、その忠言が受け入れられる事はなかった。


「あっ!? グランローデン帝国軍艦隊が一斉に進撃を開始ッ! 退却する賊軍を猛追して砲火を浴びせていますッ!!」


 急変する状況を知らせるオペレーターの報告に顔色を変えたホスティスは、早々に行動を開始した帝国軍艦隊を(にら)みつけて絶叫したのである。


「おのれえぇ─ッ! 辺境の蛮族共が抜け駆けを図るかッ! 奴らに後れを取っては末代までの恥ぞッ! 直ちに全艦追撃を開始せよッ! 急げぇぇぇいッ!」 

「閣下ッ!??」

(やかま)しいッ! 帝国に名を成さしめてはならぬのだッ! 必要とあらば奴らも敵と見做(みな)して葬るッ! これはモナルキア大統領閣下も御承認済みの作戦計画であるから異論は許さぬッ! 早々に賊軍を追えぇぇッ!!」


 再度(いさ)めようとした艦長の言葉はホスティスには届かなかった。

 これにより、銀河連邦軍艦隊とグランローデン帝国軍艦隊は、雲霞(うんか)の群れと化してエスペランサ星系へと通じる狭き門に殺到したのである。

 それが、文字通り彼らにとっての虎口だとも知らずに……。

◎◎◎

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] これは……釣れたね( ̄ー ̄)ニヤリ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ