表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/320

第六話 留別 ①

 惑星バンドレット。

 銀河連邦評議会による宙域区分では中心域南端に位置する惑星国家ではあるが、銀河連邦と敵対しているグランローデン帝国の友邦国でもあり、いざ両勢力が開戦ともなれば、帝国陣営の防波堤として最前線を形成する国のひとつだ。

 (もっと)も、大統領以下主だった政治家や財界人らは帝国のヒモ付きとの噂が絶えず、友邦国とは名ばかりの属国に過ぎないと(つと)に知られている。

 また、銀河中心域と南部方面域を(つな)ぐ交通の要衝でもあり、周辺宙域では各方面への転移ゲートが多数稼動しているが、これといった特産品がないこの星は、税の減免や優遇措置を(うた)い、多くの企業を誘致して一大物流拠点として栄えていた。


 グランローデン帝国皇帝ザイツフェルト・グランローデン七世に面会する予定だった達也とユリアは、結果的にバンドレットの土を踏む事はなかった。

 それどころか、衛星軌道上に位置する宇宙港にさえ辿(たど)り着けず、クラウスが手配したエージェントにも接触できなかったのである。

 何故(なぜ)そんな仕儀になったのかといえば、この星系に到着した途端に何者かの襲撃を受けて拉致(らち)されたからに他ならない。

 しかし、達也ほどの手練(てだ)れと、ヒルデガルド謹製の腕輪持ちのユリアであれば、田舎海賊など物の数ではなかったのだが……。


            ◇◆◇◆◇


「おっ、お兄様……セリスお兄様ではありませんか!?」


 艦内に押し入って来た一団を(ひき)いていた年若い少年を見たユリアは、驚きに目を見開いて叫んでしまった。

 つまり、この茶番劇を演出したのは帝国側であり、そこには、この会談を表沙汰にはできないという意図が見え隠れしている。


「久しぶりだね……こんな言い方は傲慢(ごうまん)かもしれないが……それでも、君が生きている姿をこの目で見れて良かった」


 妹姫が辿(たど)った残酷な運命を知る少年は、その表情に悔恨(かいこん)の情を滲ませながらも、ユリアの無事を喜んでいるかの様なニュアンスも隠そうとはしない。

 皇子という立場にありながら、この少年が肉親に対する情を失っていないのだと知った達也は少しだけ安堵したが、親しいといえる程の間柄ではなかったユリアにしてみれば、何を今更という想いを払拭(ふっしょく)できないでいた。

 だから、気が付けば彼の視線を避ける様にして達也の後ろに身を隠し、消極的な拒絶の意志を示すしかなかったのである。

 その当然すぎる反応にセリス皇子が顔を曇らせたのを見た達也は、気まずくなった雰囲気を変えるべく、()えて慇懃(いんぎん)仕種(しぐさ)で頭を下げて自己紹介をした。


「帝国の皇子であらせられるセリス殿下にお出迎え戴けるとは望外の喜び。光栄の極みであります。私は銀河連邦宇宙軍大元帥白銀達也と申します……以後お見知りおき下さいませ」


 その言葉を受け表情を改めたセリスは、(つと)めて尊大な物言いを取り繕って型通りの答礼をし、賓客である父娘を(うなが)す。


「この度は遠路御苦労。帝国第十皇子セリス・グランローデンである。我が帝国の偉大なる皇帝陛下が御待ちだ。このまま私に付いて参られよ」


 異母兄の物言いに表情を険しくする愛娘を(なだ)めた達也は、深々と(こうべ)()れて謝意を示し、先導される儘に従う。


「セリスお兄様は他の兄姉達とは違い、私に辛く当たる様な真似(まね)はしませんでした……(もっと)も、積極的に(かば)ってくれたわけでもありませんが」


 ザイツフェルト皇帝の下に案内される道すがらユリアはそう(つぶや)くが、その言葉の端々に滲み出る怨嗟(えんさ)を感じた達也は、愛娘の頭を優しく撫でてやるしかなかった。


            ◇◆◇◆◇


「よく会談に応じてくれたな……心から礼を言おう」


 やや広いとはいえ、華美な(しつら)えがある訳でもない室内は殺風景だと言う他はなく、(およ)そ大国の皇帝が使うような部屋には見えなかった。

 艦長室だと思われるその部屋に案内された達也とユリアは、上質の生地が使われているとはいえ、何の変哲もない将官用の軍服を(まと)ったザイツフェルト皇帝と向かい合っている。

 鍛え抜かれた体躯(たいく)と漆黒の軍服に漆黒のマントという出で立ちが威厳を引き立てており、その姿は五十歳という実年齢よりも(はる)かに若く見えた。


「とんでもございません。こちらこそ不躾(ぶしつけ)な願いを叶えて戴きまして、心から感謝申し上げます」


 壇上に(しつら)えた豪奢(ごうしゃ)な椅子に身を(ゆだ)ねて見下ろす皇帝……。

 そんな漠然としたイメージを(いだ)いていた達也は、テーブルを挟んで向かいあっている帝王を目の当たりにし、拍子抜けすると同時に親近感すら覚えていた。

 しかし、ユリアにとっては母親と自分の運命を(もてあそ)んだ男という認識は払拭できず、達也ほどには平静でいられない。

 また、新しい家族を得た今となっては憎しみこそ薄れたとはいえ、長年(いだ)き続けて来た嫌悪感と共に陰鬱(いんうつ)とした感情を持て余してしまう。


「感謝か……言葉通りに受け取っておこう。それからこの会談は非公式のものだ。それ(ゆえ)にこの様な場所を(もう)けたのだから、堅苦しい真似(まね)は止めて対等の立場で話をすればよかろう……殊更(ことさら)(かしこ)まる必要もあるまい?」


 その意外な提案に面食らったのは達也だけではなく、背後に(ひか)えていたセリスも同様であり、何処(どこ)か楽しげな父王に換言(かんげん)しようとしたが……。


「ち、父上っ! お(たわむ)れが過ぎましょ、っぅ……」


 勢い込んで(くちばし)(はさ)もうとした息子を鋭い眼光で黙らせたザイツフェルト皇帝は、『どうかね?』と視線で達也に問い直す。

 存外に砕けた人物だと察した達也は、口元を(ほころ)ばせて了承の意を示した。


「そうして戴けると有難いです。私は粗野(そや)な人間ですから(かしこ)まるのは苦手で」

「ふん。謙遜(けんそん)せずともよかろう? 貴公の言い分が本当ならば、粗野(そや)で愚劣極まる人間を嫌というほど見て来たその娘が、そのように(なつ)く筈もなかろう?」


 楽しげに語る皇帝の視線の先には、表情を硬くしながらもぴったりと達也に寄り添うユリアの姿がある。


「教団の馬鹿共との経緯(いきさつ)は聞いておる。曲がりなりにも父親としては感謝する他はないが、そう仲睦(なかむつ)まじい様を見せつけられたのでは、貴殿に多少の妬心(としん)(いだ)かずにはおれぬな……」


 一転して圧を増したその言葉にユリアは顔を強張(こわば)らせたが、そんな愛娘の背中を優しく撫でた達也は、その意図的な挑発に()えて応じて見せた。


「やれやれ。『聞くと見るとは大違い』といいますが……貴方がそういう御方だと分かって幾分(いくぶん)は気が楽になりました。本来ならば美味(うま)い酒でも飲みながら……そう言いたい所ですが、そろそろ本題に入りましょうか?」


 そう言って姿勢を正した途端、それまで(まと)っていた飄々(ひょうひょう)とした雰囲気は雲散霧消(うんさんむしょう)し、一瞬で軍人の顔へと達也は表情を改めた。

 ザイツフェルト皇帝にも劣らない峻厳(しゅんげん)な風格を見せる神将に圧倒されたセリスは、その恐怖にも似た感覚に息を呑んで立ち尽くしてしまう。


「今後ユリアには一切関わりなき様に願いたい……私からの申し出はこの一点だけです。勿論(もちろん)、シグナス教団の関与も御遠慮戴きたい」


(これが先程まで(へりくだ)っていた男と同一人物だというのか? 鋭い眼光と圧倒的な凄味(すごみ)……これが連邦の【神将】か……)


 達也に対しセリスが畏怖(いふ)の念を(いだ)いたのと同じように、その瞳に驚きの色を宿したユリアも、実の父であるザイツフェルト皇帝に見入っていた。


(常に他者を睥睨(へいげい)し、その苛烈(かれつ)()(もっ)て全てを平伏させて来た人が……この人は本当にザイツフェルト・グランローデン七世なの?)


 子供達が狼狽の色を(あらわ)にする中、視線を交わし合う二人の父親。

 そこから派生した息苦しい沈黙が室内の空気を重くしたが、それは皇帝の言葉によってなかったものになる。


(すで)に我が帝国に第十八姫などという者は存在しない。それ(ゆえ)にそなたの娘の出自が如何(いか)なるものであれ、我が一族はもとより、我が帝国がその存在に関与する事はない……皇帝の名に()いて誓おう」


 この言葉に達也は黙って頷いたが、子供達の反応はそれぞれに違うものだった。


 【災厄の魔女】、と忌避(きひ)されるほどの怪しげな能力を持つユリアを、再度帝国に取り込む事なく放棄した父の決断は(まぎ)れもなく恩情だと感じたセリス。

 片や、母と自分にした仕打ちを()びもせず、今また、娘の存在を無かったものにして平然としている男に、言い表し様の無い嫌悪感を(いだ)かずにはおれないユリア。


「教団については我の関するところではない。あれは人間の我欲の(かたまり)よ……協力する事はあっても相容(あいい)れるものではないわ……(もっと)も、最近では我が(うと)ましいらしく、小物共と気脈を通じて何やら(たくら)んでおるようだがな」


 口元を(ゆが)めて意味深な物言いをする皇帝。


「なるほど。そのお言葉を戴けただけで充分です……私の可愛い愛娘にちょっかいを掛けようという不届き者には、黄泉路(よみじ)の片道切符をくれてやるだけですから」


 合わせ鏡の(ごと)くに口元を(ゆが)める神将から吹き出した殺意を肌で感じたセリスは、その余りの変わり様に恐懼(きょうく)するしかない。

 一方、隣に座っているユリアは、無言のまま達也の腕に片手を添えていた。

 誰が相手であれ、必ず護ると言ってくれた父親に対する親愛の情で胸がいっぱいになり、目尻に嬉し涙が滲んでしまう。


「ふふふ……遠慮は要らぬよ。己の意を押し通すのならば、邪魔者は叩き潰すしかないのだ。教団が滅ぶか、そなたが消え失せるか……我にとっては楽しい見世物になるであろうよ」

「ならば。陛下の御期待を裏切らないよう、精々頑張ると致しましょう」


 たったそれだけの遣り取りで達也の目的は果たされたと言える。

 しかし、何事もなく会談が終わったと安堵し胸を撫で下ろしたユリアは、不意に襲い来た足元を揺らす衝撃の所為(せい)で危うく転びそうになった。

 幸いにも達也にに抱き支えて貰い難を逃れたが、乗艦がアクシデントに見舞われているのは明白であり、その顔にも不安の影が差す。


「何事かっ!?」


 狼狽するセリスが声を張り上げると、間髪入れずに転写された立体スクリーンに艦長の緊張した顔が映し出された。

 そして、彼は極めて険しい表情で現在の状況を報告する。


「正体不明の武装艦隊による攻撃を受けました。高速巡航護衛艦が三隻。本艦後方より急速接近中であります。なお敵からのミサイル攻撃を迎撃し、これに成功いたしました」

「本艦が海賊船に擬装(ぎそう)している為、バンドレットの警備艦隊が勘違いして出動して来たのではないのか?」

「バンドレットが使用しております護衛艦とは艦種が違いますし、何よりも明確な敵対行動をとっておりますれば……」


 艦長は指示を求めて座したままの皇帝に視線を送るが、彼は(わずら)わしそうに一言だけ言葉を発した。


「セリス……お前が行って対応せよ」


 その命令に敬礼で応えた第十皇子は脱兎(だっと)(ごと)く部屋を飛び出して行く。


「いいのですか? 彼は貴方の唯一の護衛官だったのでしょう?」

「あれは武骨で一本気だが、相手の器量を見抜く勘は兄弟の中でも図抜(ずぬ)けていてな……そなたを信頼に足る男だと認めたのであろう。(もっと)も、口煩(くちうるさ)い年寄り連中からは『簡単に気を許し過ぎる』と叱られておるようだがな」


 揶揄(やゆ)するかの様に達也が問うと、ザイツフェルトは珍しくも我が子への見立てを語って見せ、大いにユリアを驚かせた。


(我が子を()めるような人間性が、この男にあるなんて……)


 亡き母や自分には辛い仕打ちをしたくせに……。

 押し殺していた感情に胸を衝かれ、(かす)かな痛みが生まれる。

 だから、(かす)れるような言葉が口をついて出たのかもしれない。


「少しは人間らしい感情があったのですね……私はそんな事さえ気付きませんでした……所詮(しょせん)は忌み子ですもの、貴方にとっては些末(さまつ)な存在だったのでしょうから」


 何も言わずに帰るつもりだった。

 血の(つな)がりはあっても、心の(つな)がりが絶たれている父娘には語り合う事など何もありはしないと思っていたから。

 それなのに、まるで父親に(かま)って欲しくて駄々を()ねる子供のような真似をしている自分に、ユリア自身が一番驚いてしまう。

 しかし、微塵も(みじん)感情を揺らさない皇帝の瞳の奥に、不器用な愛情という名の光を見た気がした達也は愁眉(しゅうび)を開く。


 彼女の嫌味にも近い問いに皇帝が口を開きかけた刹那(せつな)、今度は激しい衝撃に船体が揺さ振られ、その所為(せい)で椅子から転げ落ちそうになったユリアは達也に支えられて事無きを得た。


「こ、これはいったい……敵の攻撃なのですか?」

「いや、今のは砲撃が命中したものではないよ。たぶん、艦内の何処(どこ)かにトラブルが発生したのだろうね」


 取り乱しもせずに立ち上がった達也は、()も当然の様に皇帝に進言した。


「陛下。艦橋に(おもむ)いて騒動を(しず)めてまいりますので、申し訳ありませんが、その間娘を宜しくお願いします」


 ザイツフェルトはその言葉に反応を示さなかったが、敬愛する父親の身を案じるユリアは双眸を見開いて取り乱してしまう。

 何といっても此処(ここ)は敵地も同然なのだから。


「待って下さいお父さま! 艦橋は帝国の軍人でいっぱいです! そのような中に(おもむ)かれるなど……」

「おやおや? 先日は私を信じていると言ってくれたが、実はユリアも僕の力量に不安を感じているのかな?」

「ちっ、違います! お父さまの御力を(うたが)うなどあり得ません! でも、万が一があったら……私はお母さまに何と言えば、あっ! お、お父さまぁ!?」


 何とか説得し引き留めようとしたのだが、(たくま)しい(かいな)に抱かれると気恥ずかしさが先に立って口籠(くちごも)るしかなかった。


「心配はいらない……自分で言うのも何だが、私を殺すのは骨が折れる仕事だよ。それは人間であれ艦隊であれ大差はない。それに、こんな所で君に怪我でもさせたら、それこそ僕はクレアに叱られてしまうよ」


 おどけた口調で(さと)され頭を撫でられれば、それ以上抗弁する(すべ)はユリアにはなく、達也は大人しくなった愛娘を椅子に座らせてから、出口に向けて歩き出す。

 だが、思い出したかの様に歩を止めるや、ザイツフェルト皇帝に笑みを向けた。


「貴方の中で十八姫が存在しない死人であるのならば尚更(なおさら)都合が良い。死者が相手なら、何を語っても皇帝陛下の御名に傷がつく事はないでしょう? 本音を聞かせてやっても良いのではありませんか? では……」


 それだけを告げると今度こそ足早に部屋を出て行くのだった。

 後に残されたユリアは、先ほど自分が吐いた言葉もあって、ひどく落ち着かない気分だ。


(本音を聞かせるって……この人にそんなものがある筈が……)


 敬愛する父親の言葉ではあるが納得するのは難しく、否定的な思いに捉われていた時だった。


「大切にされているのだな……そなたの顔を見れば今が幸せなのは充分に分かる。ユリーシャも喜んでいよう。願い求めた十年という月日が結実したのだからな」


 ひどく柔らかく、何かを(なつ)かしむかの様な声に耳朶(じだ)を打たれる。

 その声の主が帝国で生きた十年という月日の中で、まともに言葉を交わす事すらなかった人間と同一人物だという事実にユリアは驚きを禁じ得なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >たったそれだけの遣り取りで達也の目的は果たされたと言える。 >何事もなく終わったとユリアが胸を撫で下ろした瞬間だった。 >軽い衝撃と共に艦が僅かに揺れたのだ。  たったそれだけの遣…
[良い点] さすが皇帝と大元帥と言ったところですね [気になる点] 帝国は敵か味方か? [一言] 今の世界はさながらコロナと言う数も戦力も解らない敵軍を迎撃しているといった有様ですね、しかし各国ではそ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ