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第六十二話 それぞれの決戦前夜 ②

愚昧(ぐまい)な銀河連邦のクズ共めが……己の尻に火がついているにも(かか)わらず、躍起になって体裁を取り繕っておるわ! これだから、高邁(こうまい)な理念も志もない名ばかりの貴族などは始末に負えぬのだ!」


 忌々しげにそう吐き捨てたリオンは、手にしたグラスに残る酒を一気に(あお)る。

 そんな皇帝の様子を穏やかな視線で見つめるシグナス教団教皇ニコライ・ハインリヒ三世は、(わず)かに口元を(ほころ)ばせて追従の言葉を口にした。


「組織が巨大(ゆえ)に隅々にまで目が行き届かぬのは当然でしょうな……そんな(ことわり)すら分からぬ者達に過剰な期待は禁物。着々と帝国の版図を拡大させている貴方様とは違うのですから」

「ふんっ! 見え透いた世辞は聞かぬぞ!」


 老獪な教皇の言葉に鼻を鳴らして不快感を示したリオンだが、己が手腕が称賛されたと思えば悪い気はしなかった。

 だが、現在のグランローデン帝国は内憂外患(ないゆうがいかん)の状況に置かれており、彼の権力基盤に大きな亀裂が生じたと言っても過言ではない状況を呈している。

 その所為(せい)もあり、銀河連邦からの高圧的な共闘の申し入れを断れなかったのだ。

 それらが腹立たしくて仕方がないリオンは、お気に入りの酒でも酔えない日々に苛立ちを募らせていた。


 白銀達也が発した決起宣言が銀河系を駆け巡ってから早くも十日が過ぎている。

 そして、その言葉はリオンの思惑を超えて深刻な状況を帝国に(もたら)しており、彼と元老院は早急な対策を打つべく会議を重ねていた。


 最も厄介なのは占領地域で頻発する反帝国勢力による騒乱行為に他ならず、所謂(いわゆる)レジスタンスと呼ばれる叛徒(はんと)らが、同時多発的に反乱の火の手を上げた事だった。

 恐怖と言う名の鎖で占領民を縛って来た手法に亀裂が入り、このまま騒乱が拡大するのを許せば大規模な暴動に発展する恐れすらある。

 だが、現在も辺境宙域では侵攻作戦が継続している最中であり、賊徒鎮圧に割ける戦力は決して多くはない。

 とはいえ、悪化する状況を座視する訳にもいかず、本日行われた御前会議に()いて提唱された打開策が、全会一致で決議されたのである。


「反乱を扇動している者たちを黙らせるには、奴らが(すが)る希望とやらを叩き潰せばいい。己が身の矮小(わいしょう)さも(わきま)えず大言壮語を吐き散らす愚弟セリスを誅殺(ちゅうさつ)し、併せて下賤な軍人くずれ共を一掃する! それが最善手であろう?」

「確かに……陛下の仰る通りですな。遠征軍は帝星守備艦隊五万から精鋭三万隻を再編成してエスペランサ星系へ派遣するとか?」

「耳が早いな。討伐艦隊として五万隻を派遣すると銀河連邦が通達して来た以上、こちらも侮られる訳にはいかぬ……それに、余が自ら遠征艦隊を率いて賊徒討伐に乗り出せば、指揮を配下に任せて己は前線に出ないモナルキアの臆病ぶりをも喧伝できよう」


 皇帝の親征は他ならぬリオン自身の強い決意によって決まった。

 あの決起宣言が今日(こんにち)の混乱を招いた原因なのは明白であり、死にぞこないの愚弟と白銀達也という男を八つ裂きにし、その首を曝すのが暴徒を鎮静化する何よりの妙薬だと判断したのである。

 ただ、それはリオンにとっては表向きの理由に過ぎず、一方的に罵倒され(おとし)められた意趣返しを果たす……そんな思惑に衝き動かされたのも確かだった。


 一方、銀河連邦軍とグランローデン帝国軍、あわせて八万隻の戦力が大連合艦隊を構成すると聞いたハインリヒ教皇は、驚嘆と愉悦が綯交(ないま)ぜになった表情でほくそ笑んだ。


「陛下御自ら御出陣なされるならば勝利は確実でございますな。ならば、私も同行させて戴きましょう。勿論(もちろん)、陛下の御身は我が教団が誇る神衛騎士団が御守りいたしますぞ」


 教皇の突飛な申し出にリオンは(いぶか)しげな顔をしたが、教皇の笑み崩れた顔の下に潜む俗気を見透かして問うた。


「勝ち戦に同行して高みの見物がしたい……そんな物好きでもあるまい? 秘密にせねばならない目論見でもあるのかな?」


 その探るような視線と皮肉げな物言いに微笑むだけのハインリヒだったが、同行の目的を隠す気はないらしく、(うなが)される儘に先日得たばかりの情報を披露する。


「実は、惑星ヘンドラーにある教団支部の司教が、懇意にしている経済連合の重鎮から得た話なのですが、あの白銀達也という蛮族が根城にしている星には、金銀の大鉱床があるそうでしてな……上手く連邦を出し抜いて一番乗りを果たせば……」

「占領後の領土分割交渉で、銀河連邦相手に優位に立ち廻れるという事か……」


 リオンとハインリヒは華々しい未来を確信してほくそ笑む。

 圧倒的戦力を有する彼らにとって勝利は確定事項であり、白銀達也とセリスさえ葬れば、叛意を(いだ)く民衆を黙らせるのは容易(たやす)いと高を括っているのだ。

 それ(ゆえ)に彼らの関心は、如何(いか)にして銀河連邦を出し抜いてセレーネ星へ一番乗りを果たすかに移っていく。


 だが、ふたりは知らない。

 帝国支配域で反乱が多発しているのも、セレーネに金銀が埋蔵されているという情報が(もたら)されたのも、達也がクラウスら情報部に命じて工作させた罠に過ぎないという事を……。


             ◇◆◇◆◇


 達也の決起宣言によって戦略を狂わされたのは帝国ばかりではなく、それは一方の雄である銀河連邦も例外ではなかった。

 (むし)ろ、一国独裁制の帝国よりも状況は(かんば)しくないと言えるだろう。

 如何(いか)に百万隻の戦闘艦艇を有するといっても、それに比例して艦隊を常駐させなければならない宙域が広大な上、評議会加盟国との利害調整も相俟(あいま)って、軍司令部単独での方面艦隊再編が困難であるのが、その最たる理由だった。

 (しか)も、昨今の新政権の横暴ぶりは目に余るものがあり、貴族閥に属さない国々や辺境星域の連合国家から不満の声が上がり始めた矢先の出来事だけに、大統領自身の権力基盤をも揺るがしかねない事態へと発展する懸念を否定できないのだ。


 これら憂慮すべき状況を(かんが)みたモナルキア大統領と連邦評議会は、エスペランサ星系への討伐艦隊派遣を決定。

 勢力圏下の不安定な政情を考慮して八大方面軍は温存し、銀河連邦軍本部アスピディスケ・ベースに常駐している中央軍十万から五万隻の戦闘艦群を選抜。

 貴族閥生え抜きの高級将官らで討伐艦隊司令部を編成したモナルキアは、彼らに賊徒殲滅の任を託した。

 それと同時にグランローデン帝国へ共闘を要請し、万全の体制を(もっ)て戦端を開くべく準備に取り掛かったのである。


「帝国が近衛軍から三万隻の艦艇を派遣するばかりか、リオン皇帝自らが出陣して陣頭指揮を執るとは思いませんでした」


 慎重派のオルドーが驚きを隠さずにそう言えば、日頃は攻勢派を自認して已まないランデルまでもが呆れたかの様に嘆息した。


「全くだ。だが、我が連邦の大統領殿も自ら指揮を執ると駄々を()ねたのだから、自分の立場が分かっていないという点では、どっちもどっちだろうよ」


 腹心達の物言いにも表情を変えないキャメロットは、情報端末に次々と表示される派遣艦隊の補給整備状況に視線を向けたまま自身の意見を開陳する。


「彼らにとっては足元を揺るがしかねない爆弾が炸裂したからね。このまま白銀軍の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)を許せば、評議会加盟国家からも同調する輩が出るのは確実だ……その証拠に帝国領内では、占領下にある星系を中心にして反乱活動が頻発(ひんぱつ)しているとの報告も入っている。だから、何としても白銀達也を抹殺して己の力を誇示する必要が、あの御仁らにはあるのだよ」

「しかし、モナルキア大統領を(いさ)め、派遣艦隊司令部を貴族閥の重鎮らに委ねたのはキャメロット様だと聞きましたが?」


 ランデルの問いにキャメロットは小さく頷いた。


「彼にはもう少しだけ道化役を演じて貰わなければならないからね。それに、貴族連中が治める星系や国々では、圧政に(しいた)げられた民衆の不満が醸成されている……(むし)ろ、御役御免なのは彼らだ。だから、そろそろ御退場戴いても何ら問題はないと判断したまでさ」


 まるで自軍の敗北を前提にしたかの様な領袖の台詞に、オルドーは何処(どこ)か納得がいかないという風情で問い返す。


「ですが、我が銀河連邦軍と帝国軍は八万の大戦力です。如何(いか)に白銀達也が優秀な軍人でも保有戦力は高が知れており、正面からぶつかれば鎧袖一触(がいしゅういっしょく)で揉み潰されるのは必定ですが?」


 オルドーの意見は一角(ひとかど)の軍人ならば誰もが知る真理に他ならない。

 事実、これまで梁山泊軍が影戦力を駆使して謀略戦に終始していた事実からも、その戦力が帝国軍にすら及ばないのは容易に想像できる。

 また、敵軍の首魁である達也でさえもが、(かつ)ては教え子達に戦力的優位性を覆すのは困難だと教えているのだから、オルドーの疑念が(あなが)ち的外れでないのは確かだと言えるだろう。

 だが、(いささ)かも表情を揺らさないキャメロットは、その腹心の言を淡々とした口調のまま否定する。


「そうだとしたら、彼は戦力が整うまで死んだフリを続けただろう。にも(かか)わらず表舞台に顔を出したのは、勝つ算段が整ったからに他ならない。()しくは、エスペランサ星系……いや、アルカディーナ星系ならば勝利を見込めると確信したが(ゆえ)の蜂起に違いない筈だ」


 その言葉にランデルとオルドーは戸惑わざるを得なかった。

 白銀達也に対するキャメロットの評価は相変わらず高く、まるで、強敵の存在を喜んでいるかの様にも見える。

 だが、万が一にも白銀達也率いる梁山泊軍が勝利する事態になれば、彼らの計画にも支障を及ぼす可能性がある以上、不確定要素である反乱分子を今回の討伐戦で確実に葬るべきだ……。

 そう確信するふたりは、敬愛する領袖の思惑が理解できずに困惑の表情を(あらわ)にしたが、唐突に下された質問に答えるため疑念を一時棚上げするしかなかった。


「ランデル。“ナイトメア”の状況はどうなっているか?」

「はっ! 機体の量産体制は整いましたが、コアサンプルの入手が思うに任せず、現状での稼働可能機は五百機に留まっております……今回の戦役に投入なさるおつもりですか?」


 “ナイトメア”とは、サイモン・ヘレ博士が開発した無人人型機動兵器のコードネームであり、(ようや)くだが実戦投入が可能な状態にまで漕ぎ着けていた。

 だが、キャメロットは軽く左右に(かぶり)を振ってその問いを否定するや、新たな指令をふたりに伝える。


「その必要はない。だが、今回の討伐戦の結果如何(いかん)では、本格的な運用を開始する。そう心得て準備を怠らない様に。五万隻の討伐艦隊の出撃準備だけでも二週間は必要だ。帝国艦隊との合流に要する時間を(かんが)みれば、実際に戦端が開かれるのは一ケ月後だろう……それまでに“ナイトメア”の部隊編成を完了させるんだ」

「「ハッ! 了解いたしました!」」


 ふたりが敬礼したのを機にキャメロットは無言で情報端末の画面に見入る。

 ランデルとオルドーは自分達への用件が済んだのを察し、命令を遂行するために直ちに行動に移った。

 しかし、胸中に芽生えた領袖に対する疑念と自身の困惑を口にする勇気は、今の彼らにはなかったのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういや達也センセ。 教団方面へは断罪の言葉吐かなかったね。 我々のいる現実世界の宗教を意識して自重したのかな(ォィ そしてキャメロット君……この前まで達也センセが詩を偽装して、死亡したっ…
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