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第六十一話 神将の檄は銀河を席巻す! ① 

 ラインハルトの予測に間違いはなく、予定宙域に到達した艦隊はセレーネ星から進出して来た機動要塞との邂逅(かいこう)を果たした。

 要塞と言っても、その規模は宇宙ステーション規模のものでしかなく、限定された戦場に()ける簡易指令所としての役割を担う程度のものに過ぎない。

 運用の前提として自軍の後方に位置するのが必然である為、その高い防御能力に比して武装は脆弱(ぜいじゃく)だが、艦隊旗艦に不都合が生じた場合、指揮権を引き継いで味方部隊を統率する役目もあり、その為に必要な高度情報処理システムと高性能通信システムを有しているのが最大の強みでもある。


 そんな機動要塞がアルカディーナ星系を離れ、こんな宙域まで進出して来たのは、捲土重来(けんどちょうらい)を期して耐え忍んできた日々に終止符を打つ為に他ならない。

 冥王星宙域の戦闘から(すで)に三日が経過しており、此処(ここ)からセレーネ星までは更に五日の行程が残されている。

 銀河連邦軍とグランローデン帝国双方の艦隊が壊滅し、その裏に非人道的な謀略が隠されていたとの報が流布された今こそが、メッセージを発する絶好の機会だと達也は考えていた。

 だからこそ、無為に時間を浪費する愚を避け、この宙域に要塞を待機させて合流する手筈を整えていたのだ。

 これにより、この場所から発信されたメッセージでも、セレーネのメインシステムを中継して銀河系の隅々にまで届ける事が可能になり、梁山泊軍全ての将兵は、雌伏の時が終わる瞬間が間近に迫っているのを犇々(ひしひし)と実感するのだった。


            ※※※


「戦勝おめでとうございます。そして、無事の帰還をお慶び申し上げますわ」

「御言葉(かたじけな)く。ですが、事後処理に少々手間取ってしまい、お待たせして申し訳ありませんでした。ソフィア様」


 要塞に到着した達也はその足で司令官執務室を訪れ、わざわざソファーから立ち上がって出迎えてくれたランズベルグ皇后の言葉に恐縮して(こうべ)を垂れた。

 だが、(たお)やかな風情で微笑むソフィアは、そんな気遣いは無用だとばかりに(かぶり)を振る。


「お気になさらずに。この要塞の皆様方からも過分なお気遣いを戴きましたので、快適な小旅行を堪能(たんのう)した様なものですから」

「そう仰って戴けるのはありがたいのですが……貴女様から(かしこ)まった物言いをされると、どうも……」


 これまでの語り口とは(おもむき)が異なる皇后の丁寧な言葉遣いが耳に馴染まない達也は、どうにも居心地が悪くて冷や汗を掻く思いだった。

 だが、そんな遠回しの抗議など歯牙にもかけないソフィアは、コロコロと可愛らしい笑い声を漏らして再び(かぶり)を振る。


「そう謙遜なさらなくてもいいではありませんか。今日の演説を機に、(あまね)く銀河の隅々にまで梁山泊軍と、その指導者である白銀達也の名が轟くのです……さすれば貴方様は立派な盟主なのですから、敬意を払うのは当然でしょう?」


 その言い分が国家元首ではなく山賊の頭領に適用されるか(いな)かは(はなは)だ疑問だが、一旦言い出したら自説を曲げない頑固な一面も持ち合わせている彼女だけに、反論すれば無為に時間を浪費するのは目に見えている。

 だが、何時(いつ)までもこの宙域に留まってはいられない以上、達也は溜息を呑み込んで本題に入った。


「本当にランズベルグにお戻りになられるのですか? 念を押すまでもありませんが、皇国でも戦闘が勃発するのは避けられない状況です。万全の策を講じているとはいえ、貴女様の身に万が一の事があれば、レイモンド陛下に申し開きが出来ません……帰国は祖国奪還の後になさった方が良いのではありませんか?」

「お気遣いはありがたいのですが、攻勢に出るにも事前の準備は必要です。それに一旦戦端が開かれれば停滞は許されません……そうではありませんか?」


 迷いの欠片(かけら)(うかが)えない笑顔で問い返された達也は、内に秘めた彼女の覚悟を否定できず、渋面を浮かべるしかない。

 そんな反応を楽しむかの様にソフィアは更に言葉を重ねた。


「開戦劈頭(へきとう)に大ダメージを与えて優位に立つ……貴方様の目論見通りに事態が推移したならば、如何(いか)に強大な銀河連邦とはいえ混乱は必至。その隙を衝き反連邦勢力と共闘し、可能な限り早期に最終決戦に持ち込む……その為にはランズベルグ皇国とファーレン王国が旗振り役を務める方が話が早いでしょう」


 初戦に於ける勝利は(すで)に確定事項らしく、その言葉には逡巡(しゅんじゅん)する素振りすら見られない。

 (しか)も、貴族閥支配に不満を(つの)らせている国々を糾合(きゅうごう)して、一気に反連邦の機運を高めようと言うのだから、その慧眼(けいがん)には達也も舌を捲くしかなかった。

 勿論(もちろん)、この計画にはケイン皇太子も全面的に賛同しており、連合軍構想が実現すれば、強力な同盟者としての役割を期待できる。

 国家という後ろ盾を持たない独立勢力の梁山泊軍にとっては何よりの援護に他ならず、この提案を拒む理由は何処(どこ)にもなかった。


「御厚情に甘えるばかりで恐縮ですが、御力添えに感謝申し上げます……しかし、くれぐれも御無理なさいませぬように……貴女様のお供として皇国へ(おもむ)く者達は、皆一騎当千の猛者ばかりです。何かあれば遠慮なく頼られませ」

「はい。頼りにさせて戴きます……ですが、感謝するのは我々の方ですよ。貴方様の御力添えがあったからこそ、我が国は同胞同士で殺し合う愚を避けられました。皇王陛下に成り代わって御礼申し上げますわ」


 ふたりが互いに謝意を伝えるのを見計らったかの様に、ランズベルグ皇国へ向けて出港するイ号潜の準備が整ったとの報告が入る。


「イ号潜の能力をもってすれば御国までは一週間ほどの航海になります。狭い艦内で何かと不自由なさいましょうが、どうか御健勝であらせられますように」

「ありがとうございます。セレーネ星に残したアナスタシア伯母上様や子供たちを御頼み申します……それから……」


 一旦言葉を切ったソフィアが柔らかい微笑みを浮かべたかと思うと、達也に身体を寄せて耳元で(ささや)いた。


「クレア様という素敵な御方が伴侶では諦めるしかありませんが……貴方を息子と呼びたかったわ。達也」


 背後に控えている家臣たちに聞かれたくはなかったのだろうが、その美しい顔に悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべるソフィアには、達也も苦笑いを返すしかない。

 だから、(きびす)を返して退出するソフィアの背中へ向け、無言のまま深々と(こうべ)()れて謝意に代えたのである。

 そして、今度は強張(こわば)った表情で立ち尽くすセリスに視線を向けた。


「いよいよだ。此処(ここ)から先は引き返せない一本道だが、覚悟は決まったかい?」


 そう問われたセリスは血の気が引いて蒼白になった表情で頷くや、胸中の想いを吐露して自らを奮い立たせたのである。


「問われるまでもありません! この日の為に生き永らえたのです。私を生かしてくれた皇帝陛下や多くの家臣らの厚情に応える為にも、兄の真意を確かめてケジメを付けなければならない……そう覚悟を決めております」


 そう言いっ切って決然と顔を上げたセリスを見た達也は、満足げな笑みを口元に浮かべるや、何の気負いも感じられない口調で(うなが)した。


「上等だ。ならば行こう、間もなく予定の時間だ。全ての因縁に終止符を打つ……今日がその第一歩だよ」


            ◇◆◇◆◇


 達也とセリスが決意を新たにした丁度同じころ、セレーネ星の衛星軌道上にある梁山泊軍本部要塞に集った面々が、決起宣言の開始を今や遅しと待ち構えていた。

 要塞機能を(つかさど)るメインシステムコントロール室にはヒルデガルドとアナスタシアが、そして、クレアも待機しており、常時電波を攪乱(かくらん)する乱流が()(すさ)ぶ星系内の通信を可能にする為にポピーも顕現(けんげん)している。


「済まないねぇ、ポピー君。君達精霊には(いく)ら感謝してもしたりないよん」


 珍しくも殊勝な態度で謝意を口にするヒルデガルドだったが、暴虐無人を地でいく彼女が素直に礼を述べるのには訳がある。


「本当にねぇ……子孫繁栄という宿願が叶ったのですから、ファーレンは末代まで精霊様の御厚情に感謝しなければなりませんよ」


 何処(どこ)か意地の悪い笑みを浮かべるアナスタシアがそう言えば、喜びを隠そうともしないクレアが(はな)やいだ声で応えた。


「でも良かったですわ。エリザさんが妊娠してからというもの、ファーレンの人々の間では怒涛の懐妊ラッシュですもの。お手柄ね、ポピー」


 セレーネ星に生きる全ての者達から次期指導者と認定されているクレアに褒められれば、如何(いか)に超常の存在とはいえ悪い気はしないようだ。

 だからか、空中で踏ん反り返るポピーは、鼻高々といった風情で呵々大笑(かかたいしょう)する。


「あーっはっはっは! もっと感謝しなさい! 私達に掛かれば人間が(いだ)く些細な悩みなんか、全くノープロブレムなのよぉ! あっ! 御礼はクレアと春香の絶品スイーツで手を打ってあげるわ!」


 エリザが妊娠した時期を境にして、それまで子宝に恵まれなかったファーレン人夫婦やカップルから続々と懐妊したとの報告が(もたら)された。

 長命種は生殖力が弱いとされている通説が嘘の様に、今では妊娠出産ラッシュが続いており、歓喜するファーレンの人々は、日々お祭り騒ぎの渦中にあると言っても過言ではない状況だ。


「それにしても驚いたわね。まさか長命種が子を生すのに、精霊らの存在が大きな役割を果たすとは……」


 アナスタシアが感嘆した様に(つぶや)けば、ポピーが鼻を鳴らして得意げに胸を張る。


「大昔はアンタ達の星にも精霊は存在していた筈だわ。でも、自分本位な理由から長寿を望んで自然の摂理を捻じ曲げた結果、精霊からの加護を失ったのね。まぁ、数万年以上は昔の話でしょうから、原因不明と言われるのは仕方がないわよ」


 精霊の母たるユスティーツの言葉を借りるならば、太古の昔に永遠の命を夢見て人体改造を試みた人間達の子孫が、現在長命種と呼ばれる者達だそうだ。

 しかし、その神をも恐れぬ所業の果てに切望した長寿を得たものの、魂の根幹を成す部分に致命的な損傷を負い、子を生す能力が(いちじる)しく低下するという業も背負ってしまったらしい。


「でも、その欠けた魂を私達精霊は補う力を持っているから、心を通わせて仲良くなりさえすれば加護は得られるのよ。(もっと)も、子供を産めば生命力は減少していく。アンタ達もその子孫も、いずれは達也やクレアみたいに短い寿命しか持てない種族になる可能性は高いわよ?」


 そんな選択的未来を示唆するポピーの言葉に、実にサバサバとした表情で頷いたヒルデガルドは一転して破顔した。


「構わないさ。願いも想いも子供達が未来へと引き継いでくれるのならば、長生きする必要はない! 第一、気心通じ合った連中が天界に旅立つのを見送るばかりの人生には飽き飽きしていた所さ。願ったり叶ったりだよんっ!」


 それは彼女だけではなく、ファーレン人全ての率直な想いに他ならない。

 それを理解したポピーも笑みを返すや、朋友の未来を祝福する言葉を贈る。


「安心しなさい。達也の宿願が形を成した暁にはユスティーツ様がファーレン星に行かれるわ。そうすれば此処(ここ)と変わらない環境が整うでしょう」


 それは正に僥倖(ぎょうこう)であり、ヒルデガルドは心からの感謝を捧げるのだった。

 だが、喜ばしい空気は、突如として稼働しはじめたシステムの喧騒によって断ち切られてしまう。

 それと同時に聞き慣れた声が室内に響き渡り、一同は緊張して表情を改めた。


『私は白銀達也。独立勢力梁山泊軍の盟主を務めている者だ』


 その力強い声音を耳にしたヒルデガルドは、手元のコンソールパネルを操作し、メイン通信システムの拡張機能を稼働させて(うそぶ)いた。


「始まったね……この決起声明が銀河系の未来を大きく変えていく。混乱と混沌の中で希望を掴むのは誰か……此処(ここ)からが正念場だよん!」

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― 新着の感想 ―
[一言] ついに開戦の狼煙は上げられたッッッッ!!!!
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