第六十話 混沌たる銀河世界 ②
グランローデン帝国近衛騎士団団長クリストフ・カイザードと考えを同じくする者は、一方の当事者である銀河連邦にも存在していた。
それは、モナルキアや評議会を牛耳る貴族らではなく、大統領の懐刀と称せられているローラン・キャメロットに他ならない。
「恐らく近日中に何かしらの声明が発せられるだろう。だから敵の正体を探る為に情報部を動かす必要はない。時間と労力の無駄だ」
淡々とした口調でそう切り捨てたキャメロットは、この非常時にあって何時もと何ら変わる様子はなかった。
評議会や軍上層部が混乱の極みにある中、敬愛する主の泰然自若とした振舞いは称賛に値するに違いないが、得体の知れない危うさを内包しているのではないかと感じたランデルは気が気ではない。
それは、腹心の片割れであるオルドーも同じであり、漠然とした不安に苛まれる彼らは、居ても立っても居られずに言い募った。
「し、しかし、帝国の虚を衝いて一気に攻勢に移る筈が、派遣艦隊司令官の迂闊な失態の所為で、民衆の非難が我が銀河連邦に向けられているのですよ?」
「そればかりではありません! 栄えある連邦軍艦隊が、名も知れぬ賊徒に殲滅されたという事実が流布された結果、安全保障条約を批准している加盟各国から懸念と不満の声が上がり始めています」
ふたりが声を荒げるのも無理はないだろう。
西部方面域・太陽系外周部で勃発した正体不明の敵との交戦により、銀河連邦軍艦隊が全滅の憂き目を見たという事実は、連邦評議会に加盟する国々を大いに困惑させていた。
だが、それは、無敵艦隊と言われた軍の凋落を嘆くものではなく、如何なる目的を以て軍事行動に踏み切ったのか、という非難の色が濃いのが実情だ。
無辜の避難民を虐殺するのも躊躇わないグランローデン帝国の非道を暴き、その無道を正さんとして敢然と戦いを挑む銀河連邦軍……。
その如何にも民衆が好みそうなシナリオも、虐殺される避難民らを見殺しにした上でのものでは、帝国と同じ穴の狢だと非難されても仕方がないだろう。
連邦が掲げる大義とは矛盾する執行部の思惑に、加盟国は薄々ながら気付き始めており、それは巨大組織全体への不信となって形を成し始めている。
本来ならば、こうした舞台裏の思惑は秘すべきだが、無能な現場指揮官の失態によって全てが詳らかにされたお蔭で、モナルキア大統領をはじめ連邦評議会へ猜疑の視線が向けられる事態になっていた。
これにより、キャメロットらの計画にも支障が及ぶのは必至であり、ランデルやオルドーが危惧するのは、まさにこの一点だ。
彼らの大望を叶えるには、我欲に酔った愚かな為政者たちによる銀河系の支配と、それによって齎される民衆の絶望が必要不可欠だ。
そして、そんな愚者達を粛清して最終的な勝者になるのは、盟主と仰ぐキャメロット以外にはないと信じて此処まで計画を進めて来た。
だからこそ、そんな彼らの思惑を根底から覆す恐れがあるヒーローの出現などは、断じて看過する訳にはいかないのである。
しかし……。
「それがどうしたと言うのだ? 寧ろ、我々にとっては都合が良い状況になったのではないかな? まぁ、予定よりも些か早いとは思うがね」
腹心らが何を危惧しているのか分からない、とでも言いたげなキャメロットは、珍しくも微苦笑を浮かべてそう返した。
「しっ、しかし、今回の件で銀河連邦軍が非難の矢面に立たされたのでは、肝心な時に民衆からの支持が得られなくなる恐れがあります」
「それどころか、ヒーロー気取りの無頼漢の跳梁跋扈を許せば、連邦政府に反意を懐く者達を勢い付かせるだけではありませんか? 一刻も早く賊徒の正体を暴き、速やかに殲滅する必要があると考えます!」
ふたりが捲し立てる内容に鷹揚に頷いたキャメロットだったが、その素振りとは裏腹に口を衝いて出た台詞は辛辣なものだった。
「勘違いしない様に……我々に必要なのは民衆からの支持ではない。世情の雰囲気次第で簡単に変節して恥じない人間らも、我々が目指す理想的な世界の再構築には無用の存在なのだ」
それこそが、主が胸に秘めた本音だとは分かっているが、改めて言葉にされれば、ランデルとオルドーも背筋に冷たいものが走るのを禁じ得ない。
だが、恐懼する彼らを一顧だにしないキャメロットは、平然とした顔で爆弾発言をして配下を混乱の極みへと突き落とした。
「念を押しておくが、賊軍の調査は必要ない。相手は神将白銀達也だ。勝算もなく行動に移るような愚を犯す御仁ではないし、一度動いたならば、間髪入れずに次の手を打って来る筈だ」
「なっ!? し、白銀……達也ですってッ!?」
「そんな馬鹿なッ!? あの男はとっくの昔に死んでいますッ!」
あまりにも荒唐無稽としか思えないその言葉に驚倒したふたりは、敬愛する主とはいえキャメロットの正気を疑って語気を荒げてしまう。
しかし、口元を僅かに歪めて含み笑いを漏らす主を見れば、確信として語られたものだと理解して息を呑まざるを得なかった。
「奇襲だったとはいえ、我が軍と帝国艦隊の全てを同時に屠ったのだぞ? そんな芸当を彼以外の誰ができるというのだ? 恐らくはエスペランサ星系での消失そのものが、何らかのトリックによるものだったのだろうね」
その瞳に浮かぶのは憤りか、将又歓喜か。
「彼が裏で糸を引いていたと考えれば全てに合点がいく。ベギルーデ星系で勃発した帝国との抗争事件も、白銀提督が仕組んだと見るべきだろう……」
未だ半信半疑の体で呆然とするしかない腹心達を一瞥したキャメロットは、表情を改めて命令した。
「連邦傘下の国々の物流状況を至急調べてくれ。白銀提督を支援した国家や団体が存在する筈だ。どの様な手品を使ったのかは分からないが、充分な物量を確保しているとは考え難い。まずは補給路を断つ。いいな?」
ランデルとオルドーは緊張した面持ちで敬礼するや、足音も荒々しく執務室から飛び出していく。
そんな彼らの背中を見送るキャメロットは、心の中に芽生えた不可思議な感覚に苦笑いせずにはいられなかった。
(おかしなものだ……最大の障害と見定め、真っ先に葬るべきと判断したというのに、その貴方が生きていると確信して喜んでいる私がいる。私と貴方が希う未来が相容れないのは自明の理。ならば、自らの想いを賭けて戦うしかありませんね)
◇◆◇◆◇
「それで? 彼らは要請を受諾してくれたのかい?」
セルバ・ヴラーグ大将との会談を終え、梁山泊軍第一航空戦隊旗艦・赤城艦橋に戻った達也は、ラインハルトの問いに苦笑いを返す。
地球からの脱出艦隊を救助した彼らは、銀河系中央方面域にあるアルカディーナ星系へ向かう途上にあり、現在は敵から発見され難い暗礁宙域で停船していた。
これは、時代遅れの転移システムを搭載している統合軍艦艇や足の遅い移民船を破棄し、軍民全ての地球人を一時的に梁山泊軍艦艇に収容する為の措置だ。
その間に達也はセルバと久闊を叙し、簡単に現状の説明と避難民らをセレーネ星で受け入れる用意があると伝えたのである。
地球圏を脱出した後の展望など何もなかった彼らにとって、達也からの申し出は渡りに船の提案に他ならず、セルバは歓喜してその厚意を受け入れた。
その際に、既に発動している作戦の一端に力を貸して貰えないかと打診すると、勇将として名高いセルバは二つ返事で快諾してくれたのである。
「喜んで作戦に協力すると言って貰えたよ。然も、先発している部隊に早く追いつきたいから、このまま五百名の部下共々作戦宙域に向けて進発するとさ」
「おいおい。タイムスケジュールには充分余裕はある。一旦セレーネに落ち着いて休息を取った方が良いんじゃないのか?」
「俺もそう言ったんだがねぇ……避難民達の今後の為にも手土産は必要だろう? そう言って笑っておられたよ。外見は豪快で相手の思惑になど斟酌しないようにも見えるが、中々どうして、大した戦略家だね」
こと相手が軍人であるならば、達也の人物評価が極めて的を得ているのをラインハルトは知っている。
だから、これ以上の口出しは無用だと判断し、移乗作業の進捗具合へと話題を変えた。
「あと二十分程で全ての避難民の収容が終わる。もぬけの殻になった艦艇は、海賊連中に利用される恐れがあるので、近隣星系の恒星へ突入する様に自動航法を設定し廃棄する」
「そうか。それで? 避難民の方々に健康状況の悪化や精神的なトラブルは見受けられないかい?」
地球からの逃避行を選択した人々は、軍関係者二千五百人と、その家族らを含む二万人の民間人で構成されており、二十数隻の老朽旅客船に肩を寄せ合っての分乗を余儀なくされていた。
過酷な脱出行で否応なく直面せざるを得なかった恐怖と絶望、そして耐えがたい緊張に疲弊して不調を訴える者は多かったが、深刻な状況には至っていない。
「精神的に疲労困憊している方々は多いが、肉体的な不調で重篤な症状を呈した人は極々少数だと報告が入っている。輸送船代わりに随伴させた葛城、雲竜、天城、鳳翔、祥鳳、龍驤の航宙母艦群と二十隻の護衛艦に分散して収容させるから、症状も緩和されるだろう」
故郷を追われて望まない移住を強いられた彼らが、セレーネを終の棲家とするか否かは分からない。
だが、譬え一時的な避難だったとしても、安寧の時を得る意味は大きいと達也は考えている。
何故ならば、人間は誰しも精神的に満たされなければ、未来への展望など懐ける筈もないのだから。
「医療スタッフには頑張ってもらうしかないな。必要ならば他艦からも応援を出すように手配してくれ。それから食事と休息も手厚くな」
親友が口元を綻ばせて頷いたのを見た達也は、継続中の作戦について意見を求めるべく表情を改めた。
「まずは奇襲で先手は取ったが、此処からが肝心だ。クラウスの工作で銀河連邦と帝国の派遣艦隊が全滅したという情報は銀河中にバラ撒かれた。今頃はモナルキアもリオンも体裁を取り繕うのに躍起になっているだろう」
「そう仕向けたのは、他でもない、おまえ自身じゃないか」
意地の悪い茶々を入れる親友の言葉に苦笑いしたが、達也は敢えて否定せず話を続ける。
「だが、まだ不充分だ。奴らを嚇怒させて見境を失くさせなければならない」
「分かっているよ。明朝○六○○には予定宙域に到達する。既に特殊通信機を搭載した小型移動要塞が待機しているし、ソフィア皇后もセリス殿下もおまえの到着を待ち侘びているだろうさ」
意味ありげに口角を吊り上げるラインハルトに、達也は同様の笑みを返した。
銀河連邦やグランローデン帝国にとって今回の不測の敗戦は、彼らが推し進める支配域拡大という戦略には、甚だ都合が悪いのは自明の理だ。
当然、この場合は事実の隠蔽を計るのが常道だが、達也がクラウスら諜報活動に携わる面々を駆使し、両勢力が情報戦を仕掛ける前に戦果を詳らかにしたが為に、銀河連邦も帝国も情報操作さえ儘ならない事態に追い込まれたのである。
先手を打って情報を暴露したのは、連邦と帝国それぞれの支配域で燻ぶっている、反抗の意志を有する勢力へのメッセージに他ならない。
それを確かな潮流に変える為にも、もうひと押しが必要だと達也は考えていた。
そして、既に第二の矢を放つ準備は整っており、それによって、銀河系に生きる全ての人々を巻き込む大乱が勃発するのは間違いないと確信している。
己の罪深さに罪悪感を懐きながらも、引き返せない所まで来たのだと覚悟を決めざるを得なかった。
「そうか。全て予定通りだな……避難民の収容が完了次第移動を再開する。指揮はおまえに任せるよ」
そう言って身を翻す司令官に怪訝な顔で問うラインハルト。
「おい? 何処へ行くんだ?」
「前衛艦隊の旗艦・妙高に行って来るよ。教え子たちが彼方に移乗したらしい。『五月蠅い連中が文句を並べているから何とかしてください!』と、如月の奴から矢の様な催促が引っ切り無しだ。取り敢えず頭を下げて来るよ」
言葉は不満げだが、その口調からは隠し切れない喜びが滲んでいるのが分かる。
だから、ラインハルトは微笑みを浮かべて親友の背中へ言葉を投げた。
「そうか。俺が宜しく言っていたと彼らに伝えてくれ」
その言に右手を上げただけで応えた達也は足早に艦橋を後にしたのである。
【おまけコーナーです】
この度、御贔屓戴いている作者様方からFAを戴きました。
新年早々喜ばしい限りですので、謹んで御披露させて戴きます。
まずは、サカキショーゴ様(https://mypage.syosetu.com/202374/)からの年賀状FAがこれです。
さくら魔法少女ヴァージョンであります!
そして、瑞月風花様(https://mypage.syosetu.com/651277/)からのFAがこれです。
こちらは、ティグルを抱っこしたさくらであります!
さくらを可愛く描いて戴いた御二方には心から感謝する他はありません。
達也もクレアも親馬鹿丸出しで泣いて喜んでおります。(笑)
本当に、ありがとうございました。
尚、サカキショーゴ様と瑞月風花様の紹介は、本日投稿予定の活動報告『FAもらったよぉ──!』に詳しく掲載させて戴きますので、ご興味が御有りの方は、是非とも桜華絢爛のマイページへお越しください。
お待ち申し上げております。
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