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第五十九話 一擲乾坤を賭す ⑧

 帝国軍艦隊も決して無能の集団だった訳ではない。

 現在、母国は各方面で侵攻作戦を展開しており、それに伴う中央軍の戦力減少は無視できない問題だったが、それでも、今回の太陽系派遣艦隊は精鋭と評して恥じないと自負していたし、目的を達成するに何ら不安はないと軍司令部が自画自賛していた事からも、それは明らかだった。

 その点を(かんが)みれば、此処(ここ)まで一方的に蹂躙されるなど有り得ない事態なのだが、的確な状況判断ができない暗愚な司令官が指揮を執ったのでは、それも当然の帰結だったのかもしれない。


 レーダー追尾自動照準システムは、敵機が有する極めて高性能なステルス性能の前にほぼ無効化され、残された唯一の拠り所である熱源追尾システムも、自艦隊の損害が拡大するに従って飛躍的に増大していく熱量の渦により、その能力を生かせない状況に(おちい)ってしまう。

 その結果、ただ闇雲に対空迎撃を行うしかない帝国軍艦艇は、梁山泊軍主力万能戦闘機“烈風”の攻撃の前に成す術もなく撃破されるしかなかったのである。


 現代の戦闘に()いて、航空機攻撃が如何(いか)に高いリスクと背中合わせなのかは周知の事実だ。

 各種レーダーシステムに護られた新鋭艦の対空防衛能力を()(くぐ)るのは至難の業だし、ましてや、ミサイルによる遠距離攻撃は、高い確率で迎撃ミサイルの餌食となる為、(すで)に蟷螂の斧と化して久しい。


 ならば、如何(いか)にして戦うか?

 その問いに対する達也の答えが『戦場を過去へと逆行させる』だった。

 まだレーダーも何もない時代の原始的な戦場を今の時代に顕現(けんげん)させ、数の不利を兵士と兵器の総合力で凌駕する……。

 本来ならば一笑に伏されて(しか)るべき妄想だが、誰もが嘲笑(あざわら)うからこそ、その思惑が図に当たった時の効果は絶大だ。

 それは、今この宙域に居る帝国軍将兵の悲惨な末路を見れば一目瞭然で、達也の目論見は見事に実証されたと言っても過言ではないだろう。

 その結果、自分達が何故(なぜ)敗れたのか理解できない帝国軍将兵は、恐怖と悲嘆の中で、人生という舞台からの退場を余儀なくされるのだった。


           ◇◆◇◆◇


「もうひと押し必要か……」


 パイロンに残っていた最後の対艦ミサイルを敵旗艦に向けて放った達也は、爆炎を上げる前部甲板ギリギリをフライパスしながら(つぶや)く。

 そして、コックピット内のバックミラーに映る紅蓮の火球を一瞥(いちべつ)するや、直ぐに意識を切り替えて周囲の状況を確認した。


 劣勢の中で辛うじて戦線を維持していた帝国軍艦隊だったが、旗艦が撃破された瞬間を境にして、彼らの戦意が揺らいだのは明らかだ。

 指揮官不在という混乱の最中(さなか)で、陣形を維持するのも儘ならずに各個撃破されていく敵艦隊の混乱ぶりを見れば、勝敗の帰趨(きすう)は決まったと判断しても差し支えはなく、達也は胸を撫で下ろした。

 爆散する艦と諸共に漆黒の宙空に命を散らす敵将兵を憐れだと思わないではないが、それも戦場の(なら)いだと割り切るしかない。

 誰もが等しくリスクを背負って戦っている以上、明日は我が身という言葉を笑える者は何人(なんぴと)たりとも存在しないのだ。

 だから、軽く瞑目した達也は、彼らの魂が安らかならん事を祈るしかなかったのである。


 その大半を喪失した帝国軍派遣艦隊だったが、(いま)だに無傷の艦艇も含めて十数隻の戦力が残っていた。

 とは言え、本来ならばとっくに降伏を申し出ても不思議ではない状況にも(かか)わらず、その兆候は見られない。

 それは、達也にとっては僥倖に他ならなかった。


 銀河連邦という巨大な怪物と戦わねばならない以上、同時に帝国軍まで相手にするのは寡兵(かへい)の梁山泊軍には荷が重すぎる。

 だから、技術的優位性を確保している(うち)に一気に帝国軍を叩き、三つ巴の様相を呈している戦局を、対銀河連邦一本に絞りたいというのが達也の偽らざる本音だ。


(どんなに優れた性能を誇る新兵器も、そのアドバンテージが永遠に続く訳じゃない。ゼロから新しい概念や技術を生み出すのは困難だが、模倣は極めて容易(たやす)い……ならば、兵器の優位性と、アルカディーナ星系の特殊性による地の利があるうちに帝国を叩く!)


 開戦劈頭(へきとう)、兵器性能の優位性を生かして、数に勝る帝国軍を完膚なきまでに叩き伏せ、現リオン政権の権威を失墜せしめるのが達也の狙いだった。

 それによって、帝国の支配下に置かれている占領地域で混乱が生じれば、如何(いか)に強大な国家であっても、その政権基盤を維持するのは極めて困難になる。

 その為には、次回の戦闘で直に皇帝であるリオンと相見(あいまみ)え、戦場で雌雄を決する必要があると達也は考えていた。

 それは焦りにも似た蛮行にも見えるが、決して自棄(やけ)になっている訳ではない。

 一方で銀河連邦軍と対峙しながら、同時に帝星アヴァロンを真正面から攻略する程の戦力は梁山泊軍にはないし、第一そんな悠長な真似をしている余裕がないのは自明の理だ。

 だからこそ、一方的な戦果を(もっ)てリオン皇帝を挑発し、彼自身が戦場に出なければならない必然性を演出する……。

 その為にも帝国軍先遣艦隊には壊滅して貰う他はなかった。

 そう思い定めた達也が、第三次攻撃隊の出撃を要請しようとした刹那。

 敵機の大編隊を早期警戒レーダーが捕捉し、コックピットに警報を響かせた。


(接敵まであと二分……数は三百といった所か。どうやら後方の宙域に機動部隊が潜んでいたようだな)


 当然敵空母機動艦隊の存在は想定していたが、哨戒任務に就いている十機の八咫烏(やたがらす)からは、主力艦隊以外に帝国艦隊発見の報は(もたら)されてはおらず、その規模も戦力も判然としない。

 とは言え、この程度のアクシデントに動揺する達也ではなかった。


赤城(あかぎ)応答せよ。こちら白銀。敵迎撃部隊の接近を確認。索敵に出ている八咫烏(やたがらす)からの報告はあるか?」


『済まない。今しがた(ようや)く発見の報が入った。エリアGー○八ポイントに航宙母艦五隻を含む機動部隊二十隻が遊弋(ゆうよく)している』


 ラインハルトからの返答が終わるや(いな)や、達也は瞬時に命令を下した。


「直ちに第三次攻撃隊を発進させて敵機動部隊を叩け。第一次攻撃隊の半数は再度爆装の上で帝国主力艦隊に止めを刺し、残りは第三次攻撃隊の直掩として敵機動部隊攻撃に参加せよ。単純計算でも百機以上が艦隊護衛に残っている筈だから、充分留意する様にとラルフの親父さんに伝えてくれ」

『了解した。だが、其方(そちら)に押し寄せる敵攻撃機隊はどうするんだ? 直掩隊の一部を救援に廻そうか?』


 心配性な親友の提案を聞いた達也は、不敵な笑みと共にその言を切り捨てた。


「不要だ。援軍が到着する頃にはケリがついている。燃料の無駄だ!」


 そして、通信を切るや、一瞬で愛機をトップスピードまで加速させ、解き放たれた猟犬の如き勢いの儘、先頭を切って敵編隊に突撃したのである。


           ◇◆◇◆◇


「本当にシャレにならないな……あの人は」


 不用意に目の前を横ぎろうとした敵機を、五十ミリレーザーバルカンの一薙(ひとな)ぎで(ほふ)った蓮は、戦果を挙げた高揚感に酔う暇もなく半ば呆れながらそう(つぶや)いていた。


             ※※※


 帝国主力艦隊を壊滅寸前まで追い込んだ第二次攻撃隊だったが、如何(いか)に高性能の機体を有しているとはいえ、無傷で済むほど戦場の実相は甘くはない。

 それでも、出撃数四百機に対して味方の損失が(わず)かに七機という結果は、奇跡と評しても差し支えないだろう。

 ただ、大破して戦闘不能に(おちい)ったものを含め、中破ならびに小破に該当する損害を受けた機体が百五十機にも上ったのは、多少なりとも見込みが甘かったと言わざるを得なかった。


 そんな状況で敵艦載機群の襲撃を受けたのだから、蓮を含めた各編隊指揮官が、戦闘の継続を逡巡(しゅんじゅん)したのは当然の成り行きだと言える。

 (たと)え小破だったとしても、損傷した機体でドッグファイトに及ぶのは自殺行為に等しい。

 その点を(かんが)みれば、交戦に入る前に彼らを退避させるべきなのだが、その結果、味方残存機数が敵の戦力を下廻れば苦戦を免れないのは明白だ。

 しかし、彼らが刹那(せつな)躊躇(ちゅうちょ)で無為に時間を浪費する中、襲い来る敵艦載機群の前にその身を躍らせたのは、いち早く機首を敵編隊へ向けた達也だった。

 部下達が引き留める間もなく愛機を加速させた司令官は、敵目掛けて舞一文字に斬り込んで行き、敵ばかりではなく味方まで慌てさせたのである。


 絶対に死んではならない人間が先陣を切って突撃を敢行したものだから、残された部下達が驚倒して悲鳴を上げたのも当然だ。

 だが、彼らも鍛え抜かれた軍人であり、すぐさま全ての迷いや懊悩(おうのう)を思考の狭間に投げ捨て、司令官機に全力で追随したのは流石(さすが)だと言わざるを得ない。

 万が一にも達也が戦死するような事態になれば全てが水泡に帰す以上、(たと)え我が身を盾にしてでも、最悪の事態だけは回避しなければならず、それは梁山泊軍将兵が等しく(いだ)く覚悟であり、譲れない矜持だった。

 だからこそ懸命に()(すが)ったのだが、出足の遅れは如何(いかん)ともし難く、彼らが戦闘宙域に達する前に戦端は開かれてしまう。


(不味いぞッ! 高低差は問題ないが、敵先頭集団が濃密すぎるッ! あれじゃぁ提督の機体はいい的だ!)


 出遅れた己の失態に歯噛(はが)みしながらも、正確に戦術の不利を看破した蓮の危惧はまさに正鵠を射ていた。

 重力下に()ける大気圏内でのドッグファイトとは違い、束縛される条件が極端に少ない宇宙空間でのそれは、高低差による優劣はもとより、海や山の様な不可侵域による戦闘への影響も存在しないのだ。

 つまり、広大な戦闘宙域を如何(いか)に上手く使うかが勝負の分かれ目であり、敵中に孤立するのだけは絶対に避けるのが戦闘機乗りの常識だった。


 だが、現在達也の機体と相対(あいたい)しているのは一個中隊ほどの敵機群で、その全てが鈍色に光る銃口を突撃してくる烈風へと向けている。

 圧倒的火力の前に、達也の運命も最早(もはや)風前の灯火かと思われたのだが……。

 先に火炎に包まれ爆散したのは、敵編隊の先頭を駆ける指揮官機だった。


 烈風の突入速度が速すぎて、双方共に至近距離での銃撃戦を余儀なくされたのだが、長年の戦場暮らしで(つちか)った人間離れした勘を駆使する達也にとっては、周囲が敵ばかりという状況は(むし)ろ好都合でしかない。

 照準器の自動捕捉システムに依存する敵と、己の勘を信じてマニュアルも戦場の常識も無視する達也。

 その差が、本来ならば有り得ない光景を戦場に顕現させたのだ。

 (しか)も、射程外からの攻撃で真っ先に指揮官機を撃破された帝国軍の動揺は大きく、爆散して炎の塊となった僚機のを(かわ)そうとした後続機が無造作に機首を(ひるがえ)らせたから堪らない。

 味方同士の衝突を避ける為、次々と進路変更を余儀なくされた帝国軍機は編隊の維持も儘ならずに無防備な腹を曝す他はなかったのだ。


 この時点で(すで)に勝敗は決したと言える。

 絶妙のタイミングで突撃した蓮達が駆る烈風の性能は、相手のそれを凌駕しており、機数で劣りながらも一方的な展開で帝国軍航空隊を殲滅していく。

 また、混乱の最中で恐慌をきたし、戦場から逃げ出した者達の末路も悲惨の一言に尽きた。

 辛うじて撤退に成功した彼らを待っていたのは、航宙母艦赤城を旗艦とする梁山泊軍機動部隊から放たれた第三次攻撃隊の集中攻撃を受け、壊滅状態に追い込まれている味方母艦群の無惨な姿だった。

 帰る場所を失った彼らが、失意のうちにその命を散らせたのは言うまでもない。

 こうして、太陽系に乗り込んで来たグランローデン帝国の戦力は、冥王星宙域にて壊滅の憂き目を見たのである。


             ※※※


 最後の帝国軍機が炎に包まれて爆散する光景を見た蓮は、戦闘が終了したと判断して周囲を見渡した。

 すると、編隊は崩れているが、二機の烈風が付かず離れずの距離にいるのが確認でき、この戦いが初陣だった部下達も生き残ったのだと知って胸をなで下ろす。

 同時に達也の烈風が真横に並んだかと思うと本人から通信が入った。


『ちゃんと部下共々生き残ったようだな。偉いぞ、真宮寺』


 まるで子供を褒めそやすかの様な物言いが妙に(かん)(さわ)った蓮は、精一杯生真面目な表情を()(つくろ)って反撃に転じる。


「偉いぞ、じゃありませんよ。いい加減御自分の立場を理解してください。単機で敵に突っ込むなんて正気の沙汰じゃありませんし、万が一にも提督の身に何かあればシャレでは済まないのですよ?」


 それは至極(しごく)(もっと)もな言い分だとの自信もあり、反論の余地はあるまいと高を括った蓮だったが、ぞの思惑は実にあっさりと論破されてしまう。


『馬鹿を言うな。指揮官先頭は戦場の常だし、上に立つ者が率先して前に出ずに、どうして部下に戦えと言える? (たと)え無謀との(そし)りを受けても、ここ一番という時には自ら飛び出す覚悟がなければ、勝利は覚束(おぼつか)ないぞ』


 何時(いつ)まで経っても説教されるばかりの自分が情けなくもあるが、敬愛する指揮官の変わらない真摯(しんし)な姿勢が嬉しくも思え、蓮はそれ以上の諫言(かんげん)を腹の中に呑み込んで封印するしかなかった。


『皆よくやった! 現時刻を(もっ)て作戦を終了する。損傷を受けた機体を護りながら帰艦するぞ! 各母艦航空隊指揮官は直ちに編隊を組みなおせ!』


 生き残った部下達に下命するや、各個に編隊を再編した航空隊が帰途に付く。

 まずは幸先の良いスタートを切ったと言っても過言ではないが、此処(ここ)からが正念場だと達也は気を引き締めるのだった。  

◎◎◎

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― 新着の感想 ―
[一言] あいやー、敵は自分の味方と近すぎたんですねぇ( ̄▽ ̄;) きっと撃墜された場合を考えてなかったのかもですねぇ。 そして達也センセ……フォース使いとも互角以上に戦えそうですな( ̄▽ ̄;)
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