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第五十九話 一擲乾坤を賭す ⑦

「ならば、貴様らも帝国艦隊と同じく俺の敵だッ! 黄泉路の片道切符はくれてやる。迷わず成仏するがいいッ!」


 地球圏から脱出を図る反乱艦隊と銀河連邦軍艦隊のやり取りを傍受(ぼうじゅ)していた達也は、連邦軍艦隊司令官の無慈悲な対応に嚇怒(かくど)して声を荒げた。

 その啖呵(たんか)はヘルメットに内蔵された通信機から乗艦のシステムを通して強化され、一瞬で戦場全域へと拡散される。


(分かってはいたが、銀河連邦という組織に希望を(いだ)くのは最早(もはや)無意味だ。(かつ)ての高邁(こうまい)な理念は失われてしまい。今や醜い我欲が優先される魑魅魍魎(ちみもうりょう)(ちまた)と成り果ててしまった……ならば存続させる意味すらない!)


 心中でそう吐き捨てた達也は、烈風三三型の単座コックピットにその身を委ね、今まさに母艦から出撃せんとする所だった。

 周囲を見渡せば、新鋭航宙母艦を中心に複数の護衛艦で構成される艦隊が合計で二十も展開しており、その空母打撃群の陣容は(まさ)に壮観の一言に尽きた。

 だが、本来ならば、この機動部隊は達也が直卒するべきものなのだ。

 それなのに艦隊の指揮をラインハルトに委ねているのは、第二次攻撃隊を率いて敵艦隊殲滅の任に当たるからに他ならない。

 今後の戦局を左右するであろう初戦に()いて、自らが航空戦力の指揮を執るというのは理に適った選択だが、その無茶ぶりの被害を一身に(こうむ)る人間にしてみれば、迷惑以外の何ものでもない様で……。


『今からでも考え直さないか? 後でエレンに小言を言われるのは俺なんだぞ? ストレスを発散したい気持ちは分かるが、少しは俺の胃袋にも気を使ってくれ』


 目の前の宙空に展開される立体スクリーンの中のラインハルトは、ゲンナリした顔で嫌味交じりに愚痴を(こぼ)すのだが、その諸悪の根源は苦笑いと共に、(もっと)もらしい言い訳を(のたま)って親友を呆れさせた。


「おいおい! ストレス発散とは人聞きが悪いぞ。今回は徹底的に敵を叩く必要があると何度も説明した筈だ。それには俺が戦場に出た方が効果的だと分かっているだろう? ラインハルト」

『それは理解しているがね。敵艦隊の殲滅が戦術目標とはいえ、おまえに万が一があればシャレにならないぞ?』

「戦場に出る以上、死と隣合わせなのは司令官も兵士も変わりはしないさ。(もっと)も、まだ死神とラストダンスを踊るつもりはなから、必ず生還してみせるよ」


 諫言(かんげん)が聞き入れられるとはラインハルトも思っていないし、作戦目的を達成するには、攻撃隊の指揮を達也が執った方が良いのも理解していた。

 今後立て続くであろう戦いを少しでも有利にする為には、敵の戦力を大きく削ぐのが肝要と参謀部会も結論付けているのだから、非道と(そし)られても徹底的な殲滅戦を強行する以外に選択肢はない。

 だから、その結論が変わらない以上、今更議論は無意味だと自分に言い聞かせ、表情を優秀な指揮官のそれに切り替えた。


『分かった。健闘を祈る。それから、今しがた、先行している第一次攻撃隊が帝国艦隊と交戦に突入したとの報が入った。(さい)が投げられた上は目の前の戦いに全力を尽くすのみだ』


 親友に決意を伝えたラインハルトは、間髪入れずに麾下の母艦群へ檄を飛ばす。


『第二次攻撃隊は直ちに出撃せよ! 諸君らの健闘を祈るッ!』


 艦隊司令官から攻撃命令が下されるや否や各航宙母艦は勇躍し、準備万端整った攻撃隊を次々と発艦させ始める。

 その様子を確認した達也も直卒する攻撃隊へ指示を出した。


「赤城航空隊は全機俺に続け! 真宮寺少佐の隊は今回だけ俺が指揮する。少佐は副官の任につけ」

『了解しました。光栄です。真宮寺隊は提督の指揮下に入ります!』


 小隊長として初めて戦場に出る蓮を気遣ったのだが、返って来た声は平常と何ら変わらず、達也は己の不安が杞憂に過ぎなかったと知り安堵した。

 ただ一つの懸案が払拭されたのならば最早(もはや)迷いはない。

 だから、眼前に拡がる宙空を見つめて号令を発したのである。


「攻撃隊全機へ通達するッ! 情けは無用だッ! 全ての帝国軍艦艇を完膚なきまでに殲滅せよ! 赤城コントロール。白銀達也出撃するぞ!」


            ◇◆◇◆◇


「いっ、一体全体なにが起こったというのだ……」


 グランローデン帝国太陽系方面派遣艦隊司令官ファルベ・コシュマール大将は、眼前で繰り広げられる阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図を目の当たりにし、茫然自失の体でそう(つぶや)くしかなかった。


 今回の地球圏接収計画については、事前に銀河連邦軍との間で不干渉の取り決めがなされており、あくまでも世間体を()(つくろ)う為に艦隊派遣はしても、帝国艦隊の行動を阻害しないとの確約を連邦軍幕僚本部から得ていた。

 これにより、帝国は地球統合政府と同盟を締結し、悲願だった銀河西部方面域への足掛かりを得て、リオン皇帝以下政権中枢を歓喜させたのだ。

 その上で、同盟は対等なものではなく主導権は帝国が握っているのだと地球人類に周知徹底せんとして、今回の騒乱の元凶として弾き出された者達を公開処刑するという蛮行に及んだのである。

 それは、恐怖によって人心を掌握しようとする帝国の常套手段に他ならず、彼らにとっては、地球圏の隷属化は果たされたも同然だった。


 だが、その思惑は怒りを滲ませた一喝により打ち砕かれてしまう。


 突如として乱入して来た謎の艦隊に蹂躙された銀河連邦軍艦隊は瞬く間に殲滅され、地球圏から脱出を目論む逃亡艦隊を追っていた味方前衛部隊も、降って湧いたかの様に襲来した航空部隊の攻撃により壊滅してしまった。

 そして、謎の敵は、返す刀でコシュマール率いる帝国艦隊主力へと襲い掛かり、甚大な被害を(もたら)しているのだ。


「なっ! き、貴様らぁっ! 何をしておったかぁッ!? 不意打ちを喰らうとは何たる醜態ッ!」


 (わず)かな時間のうちに前衛艦隊五十隻と本隊三十隻、実に派遣艦隊の三分の一にも及ぶ戦力を失ったコシュマールは、声を荒げてオペレーター達を叱責したが、困惑を(あらわ)にする彼らからの返答に更に苛立(いらだ)ちを募らせてしまう。


「襲撃の直前まで、ロングレンジ並びにミドルレンジ双方の索敵レーダーに反応はありませんでした! 近接用の熱源探知システムが辛うじて反応しただけで……」


 オペレーターばかりではなく幕僚達までもが困惑するのは、ある意味仕方がないだろう。

 それだけ、ヒルデガルドが開発した新鋼材が優れている証拠であり、ほぼ完璧なステルス能力が護衛艦や烈風に附与されているのだ。

 そうとは知らない彼らが狼狽して判断力を喪失したのは止むを得ないだろうし、それは指揮官のコシュマールも同様だった。

 上昇志向が強すぎると評判の彼は、軍内でも変節漢(へんせつかん)という不名誉な評価で認知されており、先のクーデターに()いてもリオン派が優勢と見るや、早々に職責を放棄して反乱軍へ寝返ったという経緯がある。


 だが、その功を新しい指導部に認められて大将に昇進し、この世の春を満喫していた矢先の大失態だ。

 この儘おめおめと引き下がったのでは、これまでの苦労が水の泡になる……。

 そう考えたコシュマールは、汚名を(すす)ぐ為にも引き下がる訳にはいかないと意地を張るしかなかった。


 それが、己と艦隊将兵全ての未来を無に帰すとも知らずに……。


「言い訳をするなッ! 艦隊の再編を急げ! 損傷艦の救助は後回しだ! 直ぐに敵第二波の襲来があるかもしれんのだからなッ! 後続の第八航空艦隊に直掩機を全力出撃させ艦隊の護衛に当たらせるよう打電しろ! それから、地球統合軍にも艦隊を緊急出撃させるよう要請するんだ!」


 人間性はいざ知らず、曲りなりにも大将まで昇進した人間である。

 先程の奇襲で機先を制した敵ならば、第二波攻撃を敢行する筈だと判断したのは評価に値するが、自軍のレーダーシステムが機能していない現状で迎撃戦を選択したのでは、軽挙妄動の(そし)りは免れないだろう。

 事実、先程喰らった奇襲と全く同じパターンで第二ラウンドが開幕したのだから、仮に彼が生還できたとしても、その弁明には説得力がないと言う他はない。


「て、敵第二波襲来ッ! 距離五十ッ! 艦隊直上より突っ込んで来るッ!!」


 兢々(きょうきょう)としたオペレーターの絶叫が、まるで死刑宣告の如くにコシュマールの耳に木霊した。

 そして、そんな彼に残された時間は、最早(もはや)如何(いか)ばかりもなかったのである。


             ◇◆◇◆◇


『全機攻撃開始ッ!』


 達也から命令が下されるや(いな)や、猛禽(もうきん)の群れと化した第二次攻撃隊総勢四百機は、一気呵成に帝国艦隊へと襲い掛かった。

 ラルフ・ビンセントが率いた第一次攻撃隊が残した爪痕は深く、帝国艦隊は(すで)にその三分の一近くを減じており、残存艦艇も陣容を立て直す最中だったのか、充分な迎撃態勢が取れているとは言い難い有り様だ。

 味方にとって優位な戦況に欣喜雀躍(きんきじゃくやく)した蓮は胸の中で喝采を叫ぶ。


(絶好の好機だッ!)


 そんな(はや)る気持ちを見透かされたのか、はたまた最初からそのつもりだったのか、達也から命令が追加された。


『好きに暴れてこい! ただし部下共々生還を期せッ!』


 その言に思わず武者震いを覚えた蓮だったが、今の彼はルーキーではない。

 あの逃避行の最中の苦い経験を乗り越えた彼の成長は著しく、今やアイラとさえ互角の空中戦を演じる程に腕前を上げているのだ。

 だから、敬愛する司令官からの厳しい命令にも(ひる)無事なく、不敵な笑みを浮かべて(うそぶ)いてみせた。


「当然です。提督より先には()けませんからねッ! セナリオ! アザールっ! 俺の尾翼だけ見てついて来い! 真宮寺隊攻撃開始!」

『『りょ、了解ッッ!』』


 小隊指揮官として初めて配下についた部下達を叱咤するや、間髪入れずに愛機の機首を反転させ、眼下の敵重航宙艦目掛けて突撃を敢行する。

 同時に敵艦隊の対空銃座が目を覚ました番犬の(ごと)くに吠え狂い、戦場は蜂の巣を突いた様な喧騒へと様相を一変させた。


(敵も必死だ……皆が死に物狂いで戦っているんだ)


 急降下の最中、照準器からはみ出す程に敵艦へ肉薄するまでの寸瞬の間。

 蓮の脳裏に浮かんだのは、あの初めての戦場で殺した名も知らぬ女性パイロットの苦悶に(ゆが)んだ顔だった。

 その素性を知らないが(ゆえ)に罪悪感すら覚えず、ましてや引き金を引いた事を後悔している訳でもない。

 だが、やはり考えてしまうのだ。


 この先も自分が生きている限り、多くの命をこの手で刈り取るのだろう……。

 そこに祝福がないのは分かっているが、だからと言って、軍属でない自分を想像するのは、もう無理だ。

 だが、それでも、犠牲を強いた者達の存在を忘れてはならない……。

 そう心の中で(つぶや)いて蓮は自分を(いまし)めたのである。

 それは、自分が信じるものを、そして、大切な人々を護る為には、絶対に必要な想いだと彼が理解したからに他ならない。


(だから迷わない。俺には戦う以外に詩織や愛華を護る術がないのだから!)


 蓮が胸の奥で咆哮した刹那、ダブルデルタ形状の両翼下にあるパイロンに装填された航空機搭載型対艦ミサイル『(ほむら)』が発射され、瞬く間に重巡クラスの戦闘艦にその牙を突き立てた。

 そして、(わず)かに遅れて二番機と三番機が放ったミサイルも続けざまに命中するや、回避しようと舵を切った敵艦はその目的を果たせない儘に大きく(かし)ぎ、船体の彼方此方(あちらこちら)から炎を噴き上げて爆散したのである。


『やったぁッ! 命中したッ!』

『ヒャッホー! 初撃沈だぁ!』


 列機を操る部下達の興奮した歓声で通信機のレシーバーが震え、蓮は表情を険しくして舌を(はじ)いた。


「一隻撃沈したぐらいで浮かれる暇があるかッ! 次は左翼で退避行動を取っている先頭艦を叩くぞ! 気合い入れてついてこいッ!」


 作戦目標が敵艦隊の殲滅である以上、グズグズしている余裕は梁山泊軍にもないのだ。

 だから、(はしゃ)ぐ部下を一喝した蓮は、敵艦の逃亡を阻止するべく狙い定めた獲物に機首を巡らせて猛然と襲い掛かったのである。 

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[一言] 蓮、かっこいいぜ(´;ω;`)bグッ!
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