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第五十九話 一擲乾坤を賭す ① 

 帝国第七艦隊を主力とする先遣部隊が、帝星アヴァロンを出撃したという報は、時を経ずにセレーネにも(もたら)された。

 この動きを知った達也は、(かね)ての計画通り(ただ)ちに梁山泊軍に作戦開始を下命し、二年間の雌伏の日々に終止符を打つべく行動に移ったのだ。

 その出撃準備で慌ただしい最中(さなか)急遽(きゅうきょ)来訪したジュリアンから面会を申し込まれた達也は快諾し、彼が今日までに成してくれた献身的な協力を(ねぎら)うべく、自宅へと招待したのである。


            ※※※


(わず)か二年で決起に至るとは思ってもいませんでしたが、世界情勢が迷走して混沌(こんとん)を極める現状では、これも必然だったのかもしれませんね」


 リビングの応接用ソファーに腰を下ろすや、感慨深げにそう口にしたジュリアンは、(かす)かに表情を(ほころ)ばせた。

 それは己の為すべき使命を果たした者だけが得る満足感の発露に他ならず、そんな彼の心情を理解した達也は、これまでの助力に心からの謝意を伝える。


「それも全て君の協力があってこそだ。この星で産出される金銀などの鉱産資源を支援の対価として支払っているとはいっても、我々の存在を秘匿する為に、それらは市場にも流せない有り様だ……君の厚情に感謝すると同時に申し訳ない気持ちでいっぱいだよ」


 謝辞を口にして頭を下げる達也を目の当たりにしたジュリアンは、狼狽(ろうばい)して腰を浮かせるや、大袈裟(おおげさ)に手を振って懇願した。


「やめて下さい! たとえ現金化できなくても、保有資産であるのに変わりはないのです……貴方の覇業に賭けると決めた時から、我が財閥の全てを投げ打つ覚悟でしたので何の問題もありませんよ」


 セレーネ星と衛星ニーニャ、軌道要塞や各種産業専用のコロニー開発に掛かった莫大な費用は、ほぼ全てをロックモンド財閥が負担したと言っても過言ではない。

 星系内にある他の惑星から採掘された鉱産資源を製錬し、各種資材に加工しての使用が可能だったお蔭で(いく)ばくかの経費が削減できたとはいえ、軍の戦力整備まで含めれば、(かさ)んだ総資金額は天文学的数字に(のぼ)っていた。

 達也が神将位を拝命した時に付属的に下賜(かし)された資金では到底(まかな)える筈もなく、ロックモンド財閥、()いてはジュリアンの支援なしでは、短期間で反転攻勢に必要な態勢を整えるなど不可能だったに違いない。

 幸いにも豊富な埋蔵量を誇る金や銀の鉱脈が発見されて対価を(まかな)えたとはいえ、それらを大っぴらに市場に流通させれば、何処(どこ)から産出した物なのか詮索(せんさく)されるのは避けられなかっただろう。

 白銀達也の死を偽装する為にも、些細な疑念すら(いだ)かせない様にしなければならず、だからこそジュリアンは、時期が来るまで貴金属の(たぐい)は死蔵させて流通はさせないと決断したのだ。


「貴族連中が我が物顔で闊歩(かっぽ)する世界など真っ平御免ですからね、誰もが手を取り合って共生できる世界……その実現こそが私の望みに他なりません。その為にも、白銀提督には勝って貰わなければならないのです」


 (よど)みなくそう言い切ったジュリアンの顔には何の迷いも見られず、(むし)ろ清々しいまでの自信に満ちている。

 そこには出逢った当初の何処(どこ)か鬱屈した驕慢(きょうまん)さは微塵もなく、達也は(いや)が上にも彼の成長を認めざるを得なかった。

 だが、それを(うなが)したのがユリアの存在であるのは間違いなく、愛娘に対する好意を隠そうとしない彼は、顔を合わせる度に積極的なアプローチを繰り返している。

 クレアからの報告では、口では何だかんだと言いながら、ユリアも満更ではないらしく、そんな話を聞けば、父親としては心中穏やかではいられない。

 しかし、ふたりが望むのならば、祝福するのも(やぶさ)かではないと決めているのだが、()れも()れも今後の戦いに決着をつけてからの話だ。

 だから、一度だけ頷いた達也はジュリアンに約束したのである。


「必ず勝つよ。その先にしか我々が望む未来はないのだからね」


 その短い言葉だけでジュリアンには充分だった。

 だから、微笑んだまま立ち上がり、同じく立ち上がった達也と固く握手を交わしたのである。

 一頻(ひとしき)り握り合った手で意思を交わした後、ふたりは再びソファーに腰を下ろす。

 (いま)だにジュリアンの口から来訪の目的が語られていない以上、これからが本番だと理解した達也は姿勢を正した。


「さて……今日はどんな用向きで訪ねてくれたのかな? 銀河に名だたる大財閥の総帥殿が只の御機嫌伺いという訳でもあるまい? (もっと)も、ユリアの顔を見に来たと言うのであれば、野暮な真似はしたくないから、私は席を外させて貰うよ?」


 如何(いか)にも気安いその物言いに微苦笑するジュリアンだったが、目の前で軽く右手を振って達也の言を否定する。


「冗談でもそんな事を口走ったら、彼女は本気で怒りだすに決まっていますからね……さすがに私も学習しましたので、迂闊(うかつ)な真似はしませんよ」


(それは、怒っているんじゃなくて照れているだけだよ。きっとね……)


 意外にも奥手の天才実業家と、相変わらず自己表現が苦手な愛娘の前途を思えば、父親としては不安を覚えずにはいられない。

 当人同士の問題に口出しするのは野暮だと分かってはいるが、ふたりで一緒にいる時などは傍から見ても雰囲気が良いだけに、余計じれったく感じてしまうのだ。


「こればかりは君達の気持ち次第だと思うが、たまには自分の気持ちを優先させるのも大切だよ。でないと千載一遇のチャンスを逃してしまうからね」


 陰で御節介を焼いているのがユリアに知られでもしたら厄介なので、彼の背中を軽く押すに止めた。


「御忠告と御助言に感謝します。機を見るのは商人には必要不可欠なスキルですからね。自信はありますよ」


 達也のアドバイスに軽口で(こた)えたジュリアンは、そこで一旦言葉を切り、笑みを消して財閥総帥の顔に戻る。

 そして、本日の来訪目的を口にした。


「本日は、(いとま)()いに参りました」


 それは突拍子もない意味深な台詞だったが、達也は狼狽するでもなく、(むし)ろ彼の言葉を予見していたかの様に、泰然(たいぜん)として身動(みじろ)ぎひとつしなかったのである。


            ◇◆◇◆◇


 冬の訪れを感じさせる寒風に頬を撫でられたユリアは、首を(すく)めながらも鈍色(にびいろ)の空を見上げて溜息を吐く。

 この星の自然を(つかさど)る精霊達はひどく生真面目であり、季節を演出するのに余念がない。

 寒がりなユリアは勤勉な精霊達に愚痴のひとつも言いたいが、さくらやマーヤが雪を見て(はしゃ)ぐ姿を見れば、胸の中の不満を抑えて我慢するしかなかった。


 週末という事もあり、子供達が通う学校は全て午前中で終了している。

 何時(いつ)もならば、弟妹達やランズベルク皇王家の殿下方と一緒に帰宅するのだが、今日に限っては一人で家路を急いでいた。

 と言うのも……。

 本日は中央公園で開催されている収穫祭が最終日を迎えており、様々なイベントが行われ、大勢の人で賑わっていた。

 勿論(もちろん)、好奇心旺盛な子供達がこれを見逃す筈もなく、全員で寄り道して祭り見物をするのだと盛り上がった結果、皇王家の殿下方までもが、御付きの者達の反対を押し切って参加する騒ぎに発展したのである。


(護衛の方々も振り回されて大変ね。私もついていければ良かったのだけど……)


 本来ならば御目付け役として目を光らせるのが常なのだが、生憎(あいにく)、アナスタシアが講師を務める勉強会に参加する予定がある。

 だから、祭り見物は辞退して早々に家路についたのだ。


 優秀な成績を認められて飛び級したユリアは、直ぐに上級学校の雰囲気にも慣れて、あっという間に学年首席の座を手中にした。

 そんな彼女に一方(ひとかた)ならぬ関心を(いだ)いたアナスタシアは、自身が主催する官僚育成を目的とした勉強会に参加しないかと誘ったのだ。

 そう遠くない未来に建国される国家の初代指導者に、敬愛する母親が就任すると決まって以降、ユリアのテンションは上がる一方だった。

 将来はクレアを助け、自分もこの星の繁栄に尽力したい……。

 そう心に決めた矢先のアナスタシアからの勧誘は、まさに渡りに船の申し出であり、拒む理由は何ひとつとしてなかった。


(こんなに幸せでいいのかしら。素敵な家族に囲まれ、望む未来を目指して生きていけるなんて……本当に夢みたい)


 そんな想いに心は(はず)むが、その一方で気苦労や不安がない訳ではない。

 目下ユリア最大の悩みは、急激に成長を遂げている自身の容姿にある。

 白銀家に養女として迎えられた当初、さくらの精神に同化していた五年間はカウントせず、十歳だと申し合わせていたのだが、僅か二年の月日の間に、十代後半の女性と見紛(みまが)わんばかりの成長を遂げるに至り、周囲から注がれる感嘆と好奇の視線が気になって仕方がないのだ。


『アバターは精神の成熟に引っ張られて成長するからね。ユリアっちはシッカリ者だから、ボンッ! キュッ! ボンッ! のダイナマイトボディを手に入れるのも直ぐさ!』


 意味不明の助言を口にして胸を張るヒルデガルドは当てにできず、クレアや祖母の美沙緒には気恥ずかしくて相談もできない有り様で、ほとほと困り果てていた。

 勿論(もちろん)、ユリアだって多感な年頃の女の子である以上、自分の容姿が気にならないと言えば嘘になる。

 しかし、容姿を褒められるのが不快という訳ではないが、殊更(ことさら)に誇るべき事だとも思えず、周囲の人々から賞賛されるにつれ戸惑いは大きくなるばかり。


(見た目よりも大切な事は沢山ある筈よ……それに、お洒落や恋愛なんか、私には関係ないし……)


 だが、そう自分に言い聞かせるものの、その度にジュリアンの笑顔が脳裏を(よぎ)り胸の奥に生じる(かす)かな痛みに困惑するのが常だった。

 その正体不明の現象が、目下ユリアを大いに憤慨させる元凶に他ならないのだ。


「な、なんでジュリアンの顔なんかを思い出すのよ!」


 憤懣やるかたない想いが言葉となって口から零れ落ち、自分の声に驚いたユリアは慌てて周囲を見廻すが、幸い誰の姿も確認できず胸を撫で下ろした。

 我ながら滑稽(こっけい)だとは思うが、短期間で見違えた容姿に只ひとり何も言及しないのが、他ならぬジュリアンなのだ。

 驚き、賞賛、慨嘆……何のリアクションもなく、只々微笑んでいるばかり。

 彼の真意は皆目見当もつかないが、全くの無反応だけにどんな顔をすればいいのか分からず、モヤモヤする心を持て余しているのだ。


(べ、別にジュリアンがどう思っても私には関係ない……そうよ、関係ないもの)


 これ以上考えていたら(ろく)な事にはならないと思ったユリアは、頭を振って雑念を追い払うや、足早に家路を急ぐのだった。


            ※※※


 だが、そんなユリアの努力は帰宅早々に打ち砕かれてしまう。


(一体全体なんの嫌がらせよ? ()りにも()って一番会いたくない時に……)


 内心で思いっきり悪態をつくが、状況が改善される筈もない。


『あら、お帰りなさい。先ほどジュリアン君が訪ねて来てね。今は達也さんと歓談しているから、リビングへお茶を持っていってくれるかしら?』


 最近ではすっかり親しくなったメイド達に出迎えられたユリアは、クレアの所在を確認し、帰宅の挨拶をしようとキッチンへ足を向けたのだが『ただいま』と言う間もなかった。

 満面に笑みを浮かべる母親から給仕を頼まれたユリアは、顔の表情筋を総動員して笑顔を取り繕いながらも、内面では突然の来訪者に思いっきり悪態をつく。

 不器用な愛娘が少しでも素直になれるようにとのクレアなりの気遣いではあるのだが、今はジュリアンと顔を合わせたくない彼女にしてみれば、気乗りしないこと(はなは)だしかった。

 とは言え、母親のお願いに(いな)を唱えるという選択肢などユリアにある筈もなく、キャスター付きワゴンを押し、渋々ながらもリビングへと向かったのである。


 さっさと給仕を済ませて夕方からの勉強会に備えて予習をしようと心に決めたが、リビングの手前まで来たところで、扉に(わず)かな隙間があるのに気付く。


(ふたりとも不用心ね……重要な話を盗み聞きされたらどうするのかしら)


 そう憤慨したのも束の間、隙間から漏れ伝わって来たジュリアンの言葉を耳にしたユリアは、驚いて顔を強張らせてしまった。


「本日は、(いとま)()いに参りました」


 その言葉に言い知れぬ不安を(いだ)き、足元が揺れるような錯覚を覚えたユリアは、唖然として立ち尽くすしかなかったのである。

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[一言] >アバターは精神の成熟に引っ張られて成長するからね という事は殿下は、見た目も子供、精神年齢も子供、その名も迷探t(ォィ
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