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第五十八話 人の数だけ想いはありて ① 

「そんな馬鹿な……パウルが死んだだと?」

「用心深いあいつがヘマをするとは考え難い……帝国軍情報機関の能力が想定以上だったのか……しかし、それにしても……」


 帝国領内惑星ガルガンタでの潜入任務に就いていたパウル・ブルトーン中尉からの定時連絡が途絶えた矢先。

 地下都市エーアガイツの郊外で見つかった変死体が他ならぬ彼自身だと判明したという報を受け、ランデルとオルドーは茫然自失の体で絶句するしかなかった。

 キャメロットの理想に共感して共に忠勤を尽くして来た盟友の死は、彼らの心中に暗い影を落とすには充分過ぎるものであり、憤怒と失意が混在した激情に(さいな)まれてしまう。

 それはキャメロットも同様だったが、彼は部下の死を(いた)みながらも、正体不明の釈然としない思いを持て余していた。


(あの用心深い男に危険を察知させない程の手練れが存在するとでもいうのか? (しか)も、アングリッフ元帥の周囲に情報員の存在は確認できないと報告して来たのもブルトーン自身だ。なのに彼は殺されてしまった……ならば、帝国以外の別勢力が暗躍していると考える方が理に適っているのだろうが、一体全体何者なのだ?)


 自らの推測に間違いはないとの確信はあるが、敵対行動を取る謎の敵の正体や、その目的については明確なものは何も見えてこない。

 そんな状況で憶測のみの仮説を立てて議論するのは無意味だと断じたキャメロットは、沈痛な面持ちのランデルとオルドーに意識を切り替える様に促す。


「ブルトーンを失ったのは痛恨の極みだが、立ち止まって嘆き悲しむ暇は我々にはない。計画が最終段階に入りつつある今、真相を詮索(せんさく)する為に割かれる時間や人員すら惜しい。だから彼を(あや)めた相手の正体が判然としない以上、アングリッフ元帥との交渉は打ち切らざるを得ないだろう……」


 敬愛する主の言葉を聞いたふたりは、盟友への哀悼の意を胸に仕舞い込んで表情を改めた。


「ブルトーンを殺した犯人は、帝国に属する者ではないと御考えなのですか?」


 比較的冷静なオルドーがそう問えば、キャメロットは小さく頷いて憶測ながらも自らの所見を口にする。


「かなり(したた)かな別勢力の仕業だと考えるのが妥当だろう。新皇帝が即位したばかりの帝国や、連邦に加盟する民主派の国々の思惑とは明らかに一線を画する動きだと判断せざるを得ないな」


 そう分析する主の表情には滅多に見せない焦慮が滲んでおり、ランデルとオルドーは改めて事の重大さを思い知ったのだが、野望が佳境を迎えつつある現在、正体不明の勢力に対応する余裕がないのも事実だ。


「ならば現在進行形のプランを推し進めながら、謎の敵の暗躍に備えるよう同志らには注意喚起するしかないでしょう。上手くいけば、その者達の尻尾を掴む機会にも恵まれるかもしれません」


 階級が上位のランデルがそう献策すれば、オルドーも無言のまま頷く。

 キャメロットは(しば)し黙考した後に双眸を開くや、片腕と頼むふたりに命令した。


「年内に西部方面域の太陽系地球で騒乱が勃発するだろう。帝国との密約によって我が銀河連邦から除名された彼の星が世論を真っ二つにして悶着を起こすのは必至だ……その騒動に介入する帝国の非道を(あげつら)って宣戦布告し、奴らの態勢が整わぬうちに一気に殲滅する」

「承知しております。帝国派で牛耳られた統合政府と反帝国派の土星・木星連合の反目は日に日に深まっておりますし、地球統合軍内部でも主義主張の違いから断絶があからさまになりつつあります」

「反帝国派は圧倒的に寡兵です。開戦すれば敗北は必至ですので、早々に太陽系から脱出せざるを得ないでしょう。ですが、帝国にとっては自らの威信を知らしめる格好の生贄です……指を咥えて見逃がすような無様な真似は致しますまい」


 オルドーとランデルが語ったのは彼らの計画の骨子に他ならない。

 密約を結んで油断している帝国を太陽系に侵攻させ、敵対する少数派を蹂躙させるのが目的なのだ。

 その結果を(もっ)て弱者を()(にじ)る帝国を悪と弾劾し、宣戦布告する大義名分を得て一気呵成に開戦の火蓋を切ろうという算段だった。

 (あやま)たずに計画を細部まで理解しているふたりに満足しながらも、キャメロットは酷薄な笑みを口元に浮かべて(うそぶ)く。


「派遣艦隊の準備を怠るな。それから……各戦隊の指揮官にはくれぐれも(はや)るなと念を押す様に。無垢(むく)な民間人を含め反帝国派が皆殺しにされるまでは帝国艦隊には手出し無用……その方が帝国の無慈悲さが際立つし、我らの正当性も強調できる」


 (およ)そ非道極まる物言いだが、ランデルやオルドーにとっても辺境惑星のひとつやふたつが滅びようとも所詮(しょせん)は些事に過ぎず、長年に亘って育んで来た大望を果す為ならば、如何(いか)に非情な命令にも従い目的を達成する覚悟だった。

 だから、顔色ひとつ変えずにキャメロットの言に頷いたのである。

 敬礼を(もっ)て命令を受諾した彼らが退出しようとするや、キャメロットが思い出したかの様に口を開いた。


「ヘレ博士のプロジェクトの進捗状況を確認して完成を急がせ給え。愚図愚図しているとデビューの機会を失うぞと発破を掛けるんだ」


           ◇◆◇◆◇


 達也らがセレーネに帰還したのは七月の半ばであり、思ったよりも長期に(わた)った任務から解放された彼らは、美しい母星を見て安堵の吐息を漏らした。

 梁山泊軍の新しい根城は母星を挟んで軌道ステーションとは対極の位置にあり、規模が異なる大小のドッグと浮桟橋を伴う巨大な雄姿を宙空に横たえている。


「如月艦長。梁山泊コントロールより入電。『帰還を歓迎する。二十五番ゲートから入港せよ』であります」

「了解。両舷エンジン動力をカット。艦首スラスターリバース開始。マニュアルに従って速やかに入港して頂戴。(ただ)し操艦は慎重に。船体をゲートに(こす)りでもしたらエレオノーラ閣下のシゴキ確定だからね」


 詩織がそんな軽口を叩くとブリッジクルーの顔に笑みが浮かび、緊張の中にも何処(どこ)か穏やかな空気が艦橋を満たす。


(中々どうして……随分と指揮官らしくなって来たじゃないか)


 今回の航海でも詩織や蓮とは四六時中顔を突き合わせていた様なものだったが、彼らの成長には著しいものがあると達也も認めざるを得なかった。

 僅か二年という短い時間だったとはいえ、初陣での激戦を経た後も、立て続けに作戦に従事した濃密な経験がふたりを鍛えたのは明らかだ。

 そして、そこで得た苦しみや葛藤を蓮と詩織が自らの血肉としたからこそ、今の成長があると言っても過言ではなかった。

 だが、部下の前で褒めたりすれば御調子者が図に乗るのは火を見るよりも明らかなので、達也は()えて無言を貫く。

 そして、入港シークエンスを完了した次元潜航艦 紅龍がドッグに係留されるや、長い航海と任務を成し遂げた艦橋の面々へ労いの言葉を掛けた。


「三ケ月に及ぶ任務を無事終えられたのは皆の御蔭だ。本当に御苦労だった。短い時間で恐縮だが、参謀部からの指示に従って休暇を楽しんでくれ」


 司令官直々の言葉で(ようや)く任務の完了を実感したのか、部下達の顔には明るい色が射し、隣の席同士で会話が弾む。

 丁度そのタイミングでブリッジの後部ドアが開き、蓮とセリスが連れ立って入室して来た。


「提督お疲れ様です。詩織。幕僚本部に報告書を提出するんだろう? 付き合ってやるからサッサと片付けてしまおうぜ」


 達也へ一礼した蓮が如何(いか)にも気忙(きぜわ)しげにそう言えば、詩織は眉根を寄せて呆れたと言わんばかりの顔をする。


「三ケ月も愛華に会えなかったから禁断症状がヒドイのは分かるけどねぇ、少しは自重しなさいよ。部下に示しがつかないわよ」

「ばっ、馬鹿を言うな! そんな事は一言も言っていないだろう!?」

「口にしなくても分かるわよぉ。ここ最近は暇さえあれば愛華の写真ばかり眺めていた癖に。恋人よりも妹の方が大切なお兄ちゃんだと、私も先が思いやられるわ」

「それはこっちのセリフだッ! おまえだって愛華の記録映像を日に何度も再生しては、気味の悪い笑みを浮かべていたじゃないか!?」

「気味が悪いとは何て言い種よッ! 今日と言う今日は許せないわッ! どちらの言い分が正しいか白黒つけようじゃないの!」 


 必ず日に一度は勃発する紅龍名物と化した夫婦漫才に、その場に居た全員が相好を崩す中、容赦ない爆弾を投下したのは他ならぬ達也だった。


「実の妹が可愛いのは分かるがな。さっさと結婚して自分達の子供を作ればいいじゃないか? 御両親からも『いざという時は媒酌人を宜しく』と頼まれているし、ラルフの親父さんと志保さんの結婚式も済んだから、次はお前達の番だとクレアも張り切っていたぞ?」

「「なっ!? なんでそんな話にッ!???」」


 同時に顔を赤らめて声を揃える蓮と詩織を見た達也とセリスは苦笑いする他はなく、特にセリスは声を弾ませて激励(?)に余念がない。


「サクヤも(しき)りに不思議がっていましたよ。『(はた)から見ていても御似合いなのに、あのふたりは何時(いつ)になったら式をあげるのか?』とね」


 勿論(もちろん)悪意のない追撃ではあるのだが、一方的な集中砲火を浴びる蓮と詩織にしてみれば(たま)ったものではない。

 だが、そんな彼らに反撃の口火を与えたのも、これまた達也だった。


「ほう? 何時(いつ)の間に敬称抜きで呼ぶようになったんだい? クレアやユリアから『ふたりは随分と親しくなった』と聞かされてはいたが……」

「えっ!? そ、そんな事は……私も彼女も大事の前ですから……その……浮かれてばかりもいられませんし……」


 意地の悪い笑みを浮かべる達也にそう問われ、急にしどろもどろになったセリスに対し、詩織と蓮が反撃の狼煙(のろし)を上げる。


「そんなのは嘘ですよ提督。最近ではセリスもサーヤも相手が好きで(たま)らないって感情を隠そうともしないのだから性質(たち)が悪いのよね。(そば)で見せ付けられる私達こそいい迷惑なんですよぉ!」

「そうそう。問い詰めても何があったのか話そうとはしないし……その癖に空いた時間は必ずふたりで寄り添って楽しそうに談笑しているしね。(しか)も、今回の任務にセリスも参加すると聞いたサーヤが、どれほど心配した事か」

「ドッグに見送りに来たサーヤの心配そうな顔ったらぁ……見ていて私まで切なくなったもの。これは婚約発表も間近なのでしょうか? で・ん・か?」


 親友カップルからの一気呵成の追及にタジタジのセリスが逃げを打とうとした時、懸命に笑いを(こら)えていたオペレーターが本部からの通信を受けた。


「白銀提督。要塞司令部より通信が入りました。サクヤ姫様が提督に面会を求めて御来訪なされているそうです。如何(いかが)返信しますか?」


(ふむ……軍政には口出ししないサクヤが要塞に足を運ぶとはな……セリスと好い関係を築いているとはいえ、公私のけじめに厳しい彼女が、想い人の出迎えに来たというのも違和感があるが……)


 この事実を詩織と蓮は好意的に解釈したらしく、セリスとの再会が待ち遠しくてわざわざ出迎えに来たに違いないと(はや)し立てたのだが、そんな彼らの騒ぎに達也は違和感を禁じ得ず、小首を傾げざるを得なかった。

 そして、その懸念はまさに正鵠(せいこく)を射ていたのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] いやぁ、シリアスからのコメディな口論……この落差が良きですなぁ( ´∀` )
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