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第五十七話 遺児と忠臣 ④

 銀河連邦軍将兵達が装備する軍用拳銃は(もっぱ)らレーザー銃であり、火薬を使用する旧来の実弾銃と比べて利点の多い優秀な武器だ。

 射撃回数も多く、エネルギーカートリッジの交換も容易で汎用性(はんようせい)に優れている。

 (しか)も、実弾銃と比してその静音性は群を抜いており、深夜の住宅街で連射しても騒ぎになる心配はない。


 だからブルトーンは正体不明の危険要素を排除するべく、立て続けにトリガーを引いてドアを蜂の巣にするのを躊躇(ためら)わなかった。

 声の主の気配は確かに扉の向こう側にあったのだから、間髪入れずに放った銃撃を(かわ)す術はない筈だ……。

 そう確信しながらも用心深く辺りの気配を窺い、残量が(わず)かになったカートリッジを交換する。

 そして他にも仲間がいると想定した上でドアを蹴り飛ばすや、空いた空間目掛けてジャケットを放り投げた。

 反撃を予想して身構えたがリアクションはなく、ダークブラウンの上着が廊下の上に落ちた時の乾いた音だけが静寂(しじま)を揺らす。


(一体全体なにがどうなっている……反撃どころか死体すらない……)


 開け放たれた入り口から見渡せる空間には先程の声の主の遺体はなく、それ所か(わず)かな血痕すら確認できない。

 容易ならぬ事態に困惑するブルトーンだったが、自分が置かれている状況を把握するのが先だと思い直し、注意深く歩を進めて廊下の様子を(うかが)う。

 そして、何の気配もないのを確かめてからドアの外へ飛び出した。


(やはり……誰もいない……)


 ()して広くない空間を見渡すが彼以外に人の姿はなく、ならば仲間はどうなったのかと他の部屋へ向かおうとした、その時だった。


「警告もなしにいきなりハンドガンを連射するなんて随分と乱暴ですねぇ。たしか貴方はパウル・ブルトーン中尉でしたよね? 私を覚えておられますか?」


 緊迫感のない呑気な問い掛けに背中を叩かれたブルトーンは驚きを(あらわ)にして振り返るや、先ほどまで自分が居た部屋へ銃口を向ける。

 しかし、その銃口の先に立つ男の正体を察して息を呑んだ彼は、トリガーを引くのも忘れて声を荒げてしまった。


「ク、クラウス・リューグナー? ば、馬鹿な! お、お前は死んだ筈ッ!?」


 抹殺指令を受け、襲撃作戦の段取りを組んだのはブルトーン自身だ。

 だが、直接作戦の指揮を執った訳ではなく、金には汚いが腕は確かな空間機兵のはぐれ者達を雇って実行部隊を編成したのだが、それが間違いだったと思い知らされれば(ほぞ)を噛むしかなかった。

 当時は白銀達也を葬った矢先でもあり、日頃は慎重なブルトーンも少々浮かれていた感は(いな)めず、迂闊(うかつ)にも、リューグナー夫妻は爆死したとの報告を疑いもせずに受け入れてしまったのだ。


(クソッ! この程度の男一人始末できないとは……所詮(しょせん)はゴロツキかッ!)


 大口を叩いた挙句(あげく)に失敗した役立たず共に胸の内で悪態をついたが、このイレギュラーな事態を切り抜けるのが先だと判断した彼は、早々にクラウスと争うという選択肢を放棄した。

 相手は“グレイフォックス”の異名で恐れられた凄腕の情報員だ。

 単独で挑むには、彼の実力では手に余る相手だと言わざるを得ない。

 なんとか隙を衝いて脱出し、クラウスの生存を一刻も早くキャメロットに報告して対応を仰がなければ……。

 しかし、そんな焦慮(しょうりょ)に駆られて表情を硬くするブルトーンの思惑を見透かしてか、楽しげな風情のクラウスが過去の経緯を揶揄(やゆ)する。


「ふふふ……人を散々こき使っておきながら、報酬が爆弾とは少々吝嗇(りんしょく)が過ぎるのではありませんか?」


 何処(どこ)までも人を喰った物言いだが、馬鹿正直に答えを返す義理はないと割り切ったブルトーンは、無言のまま右足を半歩引いてやや腰を落とした。

 そんな彼を見たクラウスは眉を(しか)め、まるで聞き分けのない子供を(たしな)めるかの様に忠告する。


「逃げようなどとは考えない方が良いですよ。無駄な足掻(あが)きです……私に狙われて無事だった者はいませんからねぇ」


 そう言いながらクラウスが無造作に半歩足を踏み出した瞬間、ブルトーンは右手に握り込んでいた小型の閃光弾を床に叩きつけた。


「図に乗るなッ! 俺を他のボンクラ共と一緒にするんじゃないッ!」


 対峙するふたりの中心で特殊弾が()ぜ、(まばゆ)い閃光が周囲の全てを呑み込んだ瞬間に床を蹴ったブルトーンは、廊下を疾駆して脇目も振らずにキッチンを目指す。

 そこには勝手口があり、そこから出たアジトの裏手にはそれなりの規模の運河が流れている。

 この時間帯は放水される水量が多い為に水嵩(みずかさ)が増しており、一旦飛び込んでしまえば追跡は困難だとブルトーンは判断したのだ。

 それに、彼は泳ぎが得意であり、増水した運河に飛び込んでしまえば逃げ切れるとの確信があったからこそ、仲間の安否確認すら断念し裏口があるキッチンに飛び込んだのである。

 だが、その目論見が(はかな)い願望に過ぎなかったのを、彼は自身の身体で思い知るのだった。


「ぐふうぅぅッ!?」


 右のわき腹に焼けつく様な激痛を覚えたブルトーンは、苦悶に顔を(ゆが)めて蹈鞴(たたら)を踏み、その場に両膝から崩れ落ちてしまう。

 何が起こったかなど考えるまでもない。

 キッチンに潜んでいたクラウスの仲間に待ち伏せされ、不意打ち同然に刺されたのだと直ぐに理解した。


(クッ! ち、致命傷か……だ、だが、人の気配などなかった筈なのに……)


 如何(いか)に狼狽して気が急いていたとはいえ、充分過ぎるほどに警戒していたのだから、敵の存在に気付かない筈がないのに……。

 己の不甲斐なさに歯噛みしながらも何とか立ち上がろうとしたが、傷口から流れ出る血液の量に比例して残された力が急速に失われ、身体を支えられずに床の上に(うつぶ)せに倒れ込んでしまう。

 最早命の灯火が消えるのも時間の問題だと察した彼は、せめて自分を(おとし)めた相手を確認しようと懸命に顔を(ひね)る。

 そして憐みの視線を向けて来る相手を見たブルトーンは驚愕に表情を(ゆが)め、苦しい息の下でその男の名前を呟くのだった。


「し、白銀……た、たつ……や……ば、ばかな……そんな、ばかな……」


 主であるキャメロットが最も警戒し恐れていた男。

 そして、謀略で(おとし)めて粛清した筈の宿敵が生きていたなんて……。

 ブルトーンは無念と憤悶に(さいな)まれ、鬼の様な形相で敵の首魁を(にら)みつけたのだが、それが、この世で彼に許された最後の時間になった。


(キャ、キャメロット様……気を付け……て……生きて……し、神将が……)


 薄れる意識の中で幻視した主に向けて警告を伝えようと足掻(あが)いたものの、もはや言葉を発する力も失くしたブルトーンは、その想いと共に奈落の闇へと堕ちるしかなかったのである。


 床に倒れ伏して息絶えた男を憐憫(れんびん)の眼差しで一瞥(いちべつ)した達也は、憎悪に(ゆが)む男の顔をひと撫でして(まぶた)を閉じてやった。


「悪く思わないでくれ。いずれは俺も同じ場所へ逝く……怨み言はその時に(まと)めて聞いてやるから、それまで地獄で待っていろ」


 そう言って名も知らぬ敵の死を(いた)んだが、何時(いつ)までものんびりしている訳にもいかない。

 事前の下調べで判明した銀河連邦軍の潜入工作員は五名であり、それらの全てが今この家の中で物言わぬ(むくろ)になり果てている。

 だが、他に仲間がいないと断言できない以上、争った痕跡を消して早急に後始末をしなけばならないのだ。


「おや! お見事です……と言いたい所ですが、この程度の男なら貴方の相手ではないでしょう」

「心にもない世辞はいい……それよりも、この男はキャメロットの腹心で間違いないのかい?」

「えぇ。以前にも何度か顔を合わせています……三人いる手駒の一人ですよ」


 宿敵に対して(ようや)く一矢を報いた訳だが、何の感慨も湧かないままに達也は小さく頷いただけだった。


「荒事を済ませたばかりで申し訳ないが、直ぐに死体を始末してこの屋敷内の痕跡を消してくれ。工作員からの連絡が途絶えれば調査の手が入るだろうからね」

「了解しました。御任せ下さい。それで、どの様な形でアングリッフ元帥に面会しますか? こいつらはこのアジトに元帥らを呼びつけて密会する気だった様ですが、他の仲間の存在を否定できない以上、此処(ここ)に居座るのは悪手ですよ?」 


 クラウスが訊ねると、軽く口元を(ほころ)ばせた達也は、事も無げに(うそぶ)いたのである。


「疑念とはいかないまでも、総督府は元帥閣下に対して警戒心は(いだ)いているだろう。だから、彼らが目を光らせていない時間に面会を申し込むつもりだよ」


            ◇◆◇◆◇


(今夜が我らの運命の分岐点になる……私の選択が吉とでるか凶とでるか……)


 朝未(あさま)だきの薄闇に包まれた運河沿いの遊歩道を軽快に走るアングリッフだったが、今宵の銀河連邦工作員との会談を思えば懊悩は深まるばかりだ。

 世も明けきらぬ早朝にジョギングするのは若い頃からの日課であり、軍内で位階を極めた今でも、その習慣は変わらない。

 しかし、苦渋の決断を控えているとあっては、一日の中で最も澄んだ空気を満喫する爽快感も色褪せ、踏み出す脚は自然と鈍重なものにならざるを得なかった。


(あの聡明だったリオン様の本質を見抜けなかったのは我が一生の不覚だ……帝国軍人として皇帝陛下に忠節を尽くすのは当然の務めだが、帝国の中枢に欲深な佞臣(ねいしん)蔓延(はびこ)る現状では、もはや真面(まとも)な諫言では陛下の御心には届かぬ……それならば、たとえ売国奴の汚名を(かぶ)ろうとも……)


 今は亡きザイツフェルト前皇帝が愛した帝国臣民を護る為にも決起はやむを得ないと決断し、銀河連邦軍の工作員からの共闘の申し出を受け入れた。


(共闘とは名ばかりの隷属に等しい関係になるのは避けられまいが……最悪の場合は、たとえこの身を盾にしてでも連邦の者達の好きにはさせぬ!)


 よしんば決起して反乱が成功したとしても、宿敵に等しい銀河連邦軍が介在する以上、その先に待つ帝国の未来は決して明るいものではない。

 だが、それでもやらねばならないのだ……。

 アングリッフは頼りない小舟で闇夜の海へと漕ぎ出すかの(ごと)き悲壮感を覚えずにはいられなかったのである。


 だが、あれこれと苦悩はしていてもアングリッフは優秀な軍人であり、進路上に(たたず)む影を見咎(みとが)めた彼は足を止めてその正体を(うかが)った。

 最高司令官付きの護衛武官二名が素早く元帥閣下の前に躍りでるや、正体不明の不審者に対する警戒心を(あらわ)にして誰何(すいか)する。


「そこで何をしているかッ!? 此方(こちら)の御方はフロイデ・アングリッフ元帥閣下であらせられる! 狼藉は許さぬぞッ!」


 人が出歩く時間ではないし、仮に趣味の運動を楽しむ市民だとしても、遊歩道のど真ん中で立ち尽くしているのは、あまりに不自然だと言わざるを得ず、待ち伏せされたと判断した彼らの素早い対応は称賛に値した。

 不審者が如何(いか)なる行動に出てもアングリッフを護れるように、二人の護衛武官は油断なく身構えたのだが……。


「事前に御約束もせずに御前を汚す無礼をお許しください。実はアングリッフ元帥閣下に御相談があって(まか)り越しました……名もなき亡霊であります」


 そう告げた影が歩を踏み出して街灯の淡い灯火に身を委ねる。

 不審者とは思えない礼儀正しい物言いは同業者のそれだと一瞬で看過したアングリッフだったが、光に照らされた若い男の顔には確かに見覚えがあり、その正体に思い至った老将は驚愕せずにはいられなかった。


 それは、(かつ)て銀河連邦軍の名将ガリュード・ランズベルグの下で参謀をしていた青年将校であり、それから数年後には常勝の名将として帝国軍情報部に目をつけられ、要注意人物のレッテルを貼られた男だと直ぐに分かった。

 そして、前皇帝だったザイツフェルトが、『面白い男がいたぞ。アングリッフ』と上機嫌で語っていた人物に他ならない。

 (しか)も、二年も前に反乱を企てて粛清され、(すで)にこの世には存在しない筈の人間が目の前にいるのだから驚きは一入(ひとしお)で、思わず声が掠れてしまう。


「き、君は……白銀達也銀河連邦軍大元帥……生きておられたのか?」


 掠れて震える声でそう訊ねたアングリッフに対し、達也は微笑みを(もっ)てその問いを肯定したのである。 

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― 新着の感想 ―
[一言] >そこで何をしているかッ!? 此方の御方はフロイデ・アングリッフ元帥閣下であらせられる! 狼藉は許さぬぞッ! 朝もはよから大声出さんでくれ(-_-;)(ォィ それはそうと……護衛対象の名前を…
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