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第五十七話 遺児と忠臣 ③

「一体全体どんな方法を使えば、警戒厳重な司令部作戦会議室に盗聴器を仕掛けるという信じられない真似ができるのですか?」


 そう訊ねずにはいられなかった詩織の心情には蓮も全面的に同意せざるを得ない様で、恋人の隣で(しき)りに頷いている。

 そんな彼らの様子が微笑ましいやら可笑しいやらで、達也は思わず口元を(ほころ)ばせてしまう。


 エーアガイツに潜入して早くも二ヶ月が過ぎており、当初は繁華街のうらぶれた安宿を拠点にしていた一行だったが、滞在が長引いた所為(せい)で郊外の一軒家に拠点を移していた。

 その標準的なリビングに(しつら)えられた、これまた平凡な量産家具のテーブルの上に置かれているのは、高さが十センチほどしかない筒状の情報端末であり、そこから方面司令部幕僚会議の一部始終が漏れ伝わってくるものだから、何事も世慣れしていない詩織や蓮に驚くなという方が無理だろう。

 (もっと)も、優秀な情報員であるクラウスが容易に手の内を明かす筈もなく、飄々(ひょうひょう)とした微笑みと共に要領を得ない答えを返して煙に巻くのは彼の常套手段だ。


「私もこの道二百年以上のベテランですからねぇ。長年情報部で働いていると色々便利な技能が身に着くのです。宜しかったら恋人の浮気調査などもお受けしておりますが、如何(いかが)ですかな? 今なら格安サービスで御引き受けしますよ?」

「け、結構です……」


 揶揄(からか)われているのだと瞬時に理解した詩織は、疑問の謎解きをあっさりと放棄するや、その意地の悪い申し出を断った。

 ターゲットと定めた帝国軍の名将アングリッフ元帥と彼の部下達の真意が聞けたのだから、今更傍聴手段を問題にする意味がないのは分かっていたし、それ以上に蓮との仲を面白おかしく揶揄(やゆ)されるのに辟易(へきえき)していたというのも大きい。

 長い潜伏生活の暇つぶしの材料にされるのは、もう真っ平御免だ……。

 それが詩織の偽らざる本音であり、だからこそ好奇心をグッと(こら)えて早々に撤退を選択したのである。

 それは蓮も同じであり、恋人に(なら)って黙したまま顔を背けるのだった。


「まぁ冗談はさておき、アングリッフ元帥も苦労なされていますねぇ……四面楚歌でしたか? 提督の星の言葉ではありませんが、生真面目(きまじめ)な武人は得てして忠節と現実の狭間で懊悩し苦労を背負(しょ)い込むものです……身軽になれば意外と道はあるものなのですがねぇ」

「それは仕方がないさ。帝位継承者が軒並み粛清されて新皇帝の独裁を脅かす存在は皆無だ。自分達の想いを(たく)せる貴人がいないのでは決起するべき大義がない……真っ当な軍人なればこそ謀反の汚名は避けたいだろうからね……難しい問題だよ」


 顔を()らした若いふたりを柔らかい眼差しで見たクラウスが澄まし顔で(のたま)えば、帝国の名将の心情を(おもんば)る達也が肩を(すく)めながら淡々と答える。

 すると、都合の悪い話題を回避していた詩織が瞳を輝かせ、待ってましたと言わんばかりに(はな)やいだ声を上げた。


「ところがどっこいです! 死んだと思われているセリスが生きていたとなれば、アングリッフ元帥達を味方にできるッ! そういう作戦なんでしょう?」


 (いく)ら若い連中が意気投合しラフな付き合いを共有しているとはいえ、それぞれが殿下と呼ばれる身分であるセリスやサクヤを呼び捨てにするのは不敬の(そし)りを免れないだろう。

 しかし、彼らが身分という名の壁を越えて友誼(ゆうぎ)を結ぶ機会を得たのは、(むし)ろ喜ぶべき幸運なのかもしれない。

 そう自分を納得させた達也は嬉々とする詩織の言葉に頷くや、(かつ)ての上官が(いささ)かも高邁(こうまい)な志を失っていないのを知って感涙するセリスに言葉を掛けた。


「良かったね。危険を冒して此処(ここ)までやって来たのは無駄ではなかった。今は亡き父皇陛下の御意志を継ごうと戦っている忠臣がいる……彼らの想いに応えるか(いな)かは君次第だ。この先の道は辛く困難なものになるのは確実だが、最後まで踏破する覚悟はあるかい?」


 達也が言う道とは、実の父を弑逆(しいぎゃく)して帝国の実権を手中にし、己の(よこしま)な野望を満たす為に暴君と成り果てた実兄リオンとの対決に他ならない。

 その結果、どちらが相手の刃に倒れるとしても、血塗られた帝室の歴史に新たな汚点を刻むのは避けられないだろう。

 だが、(たと)え『兄殺し』の汚名を被ると分かっていても、苦難に(ひん)している臣民の為に(ゆが)められた道は正さなければならない。

 セリスはそう思い定めて瞳に滲んだ涙を(ぬぐ)うや、真っ直ぐに達也を見て己の覚悟を口にする。


「辛くても逃げる訳にはいきません。これは兄と私がけじめを付けなければならない問題なのです。如何(いか)なる結末が待っていようとも、私は私が信じる道を進むしかない……そして仲間と共に生きていく未来を、この手に掴んでみせます!」


 力強い声でそう言い切ったセリスの表情からは迷いは見られず、野暮な質問だったと自戒した達也は、その強い想いを受けて強く頷いた。


「君の覚悟は分かった。ならば後は行動あるのみだ」


 達也がソファーから腰を浮かすや、待ち兼ねたかの様にクラウスも立ち上がる。


「奴らのアジトの周辺には配下を張り付けてあります。アングリッフ元帥との最終交渉は明日の日没後……始末するのならば、今夜しかありませんよ?」

「言われるまでもないさ。最早(もはや)立ち止まれない所まで来てしまったんだ……仏心をだして逡巡(しゅんじゅん)しては、先に逝った連中に顔向けできないからな」


 銀河連邦の工作員を排除する。

 その決断を耳にするや、セリスは元より蓮や詩織も表情を引き締めたが、そんな彼らに達也は有無も言わせない強い口調で命令した。


「おまえ達はセリスと共に此処(ここ)で待機だ。我々が帰って来るまで現状を死守せよ」


 現状の死守も何も、このアジトが襲撃される可能性など皆無だと言える。

 それを承知している蓮と詩織は猛然と達也に食って掛かった。


「冗談じゃありませんよ! 俺達だって戦えます!」

「そうですッ! 提督が無茶をしない様に見張っていてとサーヤからも頼まれているんですッ! 足手纏(あしでまと)いにはなりませんから、私達もお供させて下さい!」


 そう言い(つの)るふたりの後ろで、セリスも当然の(ごと)くに同行する気満々の様子だ。

 だが、その申し出を却下した達也は、年若い部下達を(いさ)めた。


「我々の関与を秘匿するためにも誰一人逃がす訳にはいかないんだ……敵の殲滅が絶対条件の作戦である以上、一瞬の逡巡(しゅんじゅん)が命取りになりかねない……実戦経験があるとはいえ、直に己の手で人を殺した経験がない人間には任せられない任務だ」


 それは拒絶を許さない重々しさを含んでおり、蓮と詩織は己の未熟さに歯噛みしながらも、その命令を拝受せざるを得なかった。


「焦らなくても経験を積めば嫌でも慣れてしまうさ……悲しいかな、軍人とはそうしたものだよ」


 そんな言葉が(なぐさ)めにもならないのは充分に承知していたが、形ばかりの気休めでも無いよりはマシだろう。

 そう割り切った達也は、(きびす)を返して部屋を後にする。

 足早に廊下を歩き玄関に向かっていると、追いついて来たクラウスが揶揄(からか)うかの様に言葉を掛けて来た。


「あまり過保護にするのは感心しませんねぇ。貴方と私がいるのですから、今回の任務など簡単なものでしょう? だったら場数を踏ませるためにも、あのふたりは同行させるべきだったのではありませんか?」


 その諫言は(あなが)ち間違ってはいないが、左右に首を振った達也は言下に否定する。


「艦隊戦や戦闘機同士の戦いと、己の手で直接相手を殺すのは違う……人を殺したという実感が桁違いに重いのは、あんただって分かっているだろう? 経験せずに済むのならば、その方が良いに決まっているさ」


 そう言い捨てた達也は、それ以上の問答は不要とばかりに歩調を速める。

 クラウスは軽く唇の端を上げて苦笑いする他はなく、離れていく達也の背に柔らかい視線を注いで(つぶや)いた。


「本当に優しすぎますねぇ……その甘さが命取りにならなければ良いのですが……でも、だからこそ、貴方の下には人が集うのでしょうねぇ」


            ◇◆◇◆◇


(明日の会談でチェックメイト……これでアングリッフは我々の操り人形同然)


 思惑通りに進んだ懐柔工作に少々拍子抜けしながらも、パウル・ブルトーン中尉は満足げにほくそ笑む。

 そう遠くない未来に帝国と開戦するのは既定路線であり、その際に致命的な混乱を引き起こす役処として、帝国軍の重鎮であるアングリッフ元帥を選択したのは、他ならぬキャメロットだ。

 謹厳実直の士で祖国に対する忠誠は人後に落ちないとの評判だったが、彼が新皇帝や新たに台頭して来た新貴族に良い感情を(いだ)いていないのは、調査開始から間を置かずに判明していた。


(総督府の目を誤魔化して政治犯を(かくま)っている証拠を突き付けただけで此方(こちら)の言い成りになるなんてチョロイ……まぁ、彼らなりに未来が見通せないという状況ではあったのは幸いだったが……)


 アングリッフを篭絡(ろうらく)して内通させるという困難な任務を命じられた時にはどうしたものかと頭を抱えたが、想像以上に帝国内の腐敗が進んでいたのが幸いし無事に目的を果たせた。

 そこまで見越していた敬愛する主の慧眼に感嘆するしかないブルトーンは、益々キャメロットへの傾倒を深めていく。


 明日の最終会談を終えればアスピディスケ・ベースに戻れる……。

 (わずら)わしくもあるが、志を同じくする同志達の顔が脳裏に浮かんだ瞬間だった。


(おかしい……妙に静かすぎる……)


 裏世界で暗躍し幾度(いくど)もの危地を潜り抜けて来た彼の鋭い勘が屋内の異変を察知し、重苦しい緊張感が五感に走る。


 日付が変わった深夜だとはいえ、活動の拠点にしているこの民家の周辺は住宅街であり、近くに繁華街もある為に遅くまで人通りが絶える事はない。

 だから『木を隠すなら森の中』と言う様に、住人が多く煩雑(はんざつ)な空間の方が(かえ)って(かく)(みの)には適していると考えてアジトに選んだのだ。

 それにも(かか)わらず、何時(いつ)の間にか人の気配を感じられなくなっている……。


 窓から見える闇に浮かぶ煌々(こうこう)としたネオンは普段と変わりないのに、繁華街へと通じる道路に人影は見られない。

 (しか)も、このアジトからも仲間の気配が消えたのに気付いた彼は、予期せぬ事態に戸惑いながらも、一瞬で工作員の顔に戻った。


(な、何があった? 明日の撤収を前に今夜は五人全員が戻っている……腕利きの情報員ばかりだぞ? それが声も上げられずに無力化されるなど有り得ない……)


 自らが感知した(わず)かな情報から不測の事態が発生したと判断したブルトーンは、やはり一流の軍人だと称賛されて(しか)るべき男に違いはないだろう。

 しかし、己の能力を過信する余りに迫り来る死臭を感じ取れなかった迂闊(うかつ)さが、彼の運命を決定づけたのである。

 身を隠すようにして窓から外を(うかが)って安全を確認してから、愛用のハンドガンを構えて部屋の入口まで移動した。

 気を集中させて屋内の気配を探るが、仲間達の話し声どころか、(わず)かな物音すら聞き取れずに戸惑いは増すばかり。


(やはり変だ……アングリッフが変節した? だが、それにしては……)


 帝国軍の襲撃を含めて様々なケースが脳裏に浮かんでは消えるが、まずは屋内の状況を確認しなければ何も始まらない。

 そう決断してドアノブに手を伸ばしたのだが……。

 コンコン……突然やや強めのノック音がして驚いた彼は、慌ててその場から飛び退って銃口を木製のドアへ向けた。


「だ、誰だ?」

「少々相談があってお邪魔したのですが、入っても宜しいですかねぇ?」


 短い誰何(すいか)に対して返されたのは、何処(どこ)(とぼ)けた感じの飄々(ひょうひょう)とした声。

 それが仲間のものではないと察したブルトーンは、迷わずハンドガンのトリガーを続けざまに引き絞るのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >その結果、どちらが相手の刃に倒れるとしても、血塗られた帝室の歴史に新たな汚点を刻むのは避けられないのだ 少なくとも部屋の隅から隅までぶっ飛ぶくらい強くぶん殴ってやんなきゃ! たとえ詩織さ…
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