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第五十六話 理由 ③

 腹心らとの極秘会談を終えて惑星ダネルに戻ったキャメロットは、評議会本会議終了後に(もよお)された祝賀パーティーに出席した。

 そして、新大統領に任命されて有頂天のモナルキアに付き従い、知己を得ようと接近して来る各国代表者らを適当にあしらう役に専念する。

 重ねた酒杯の所為(せい)もあってか終始御機嫌の新大統領の背後に立ち、歯が浮く様な祝辞を口にしては取り入ろうと目論む連中を油断なく見定めていたのだが……。


(新しい支配者に(おもね)るのは当然の処世術とはいえ……あまりにストレート過ぎる。これでは少々興覚めだな)


 自国や己にとって利の有る関係を築かんとし、モナルキアの歓心を買おうと躍起になる者達の浅ましさに辟易(へきえき)したキャメロットは、そんな辛辣(しんらつ)な感想を(いだ)かずにはいられなかった。

 とは言うものの、自らの嗜好(しこう)や主義に合わないからと邪険にする訳にもいかず、対応は難しいものにならざるを得ない。

 この会場に居並ぶ面々は銀河連邦の新体制を支持し、モナルキア政権を支えると誓った者達であり、今後は反体制派との(せめ)ぎ合いの中で重要な戦力になって貰わなければならない味方でもあるのだ。

 それ(ゆえ)に粗略に扱うなど(もっ)ての(ほか)という意思統一が新政権内で形成されており、会場の彼方此方(あちらこちら)で彼らと談笑しているモナルキア派の高位貴族らにも、その対応には充分に留意するようにと厳しい通達がなされている。

 まずは足場を固めるのが最優先であり、新政権発足後に臨時開催された評議会に()いて提案承認された『銀河連邦憲章の改正動議』と、それに伴う『最高評議会制度の解体』の議案に対し、敢然と反対票を投じた国々への対応も急務だった。

 数の力を(もっ)て反体制派を駆逐し、権力の統一を図るのが目下の最優先課題である以上、味方は多いに越した事はないのだ。


(説得して懐柔するにしろ、罪を(あげつら)って武力で討伐するにしろ、時間的猶予はない。帝国の混乱に乗じる為にも、銀河連邦新政権に対する民衆の不満を早急に(あお)る必要がある)


 現行世界の破壊を望むキャメロットにとって、民衆の絶望とそこから生じる憤怒の力は必要不可欠の要素であり、それは帝国のみならず銀河連邦に()いても例外ではない。

 だから、この世の春を謳歌(おうか)できると勘違いした愚かな連中に甘美な誘惑を(ささや)いて堕落させるのだ。


 全ては自らが望む公正で優しい世界を構築する為に……。


              ◇◆◇◆◇


 祝賀会が盛況のうちに幕を閉じるや、参加者らは気心知れた者同士で王都の夜の闇へと散って行く。

 モナルキア派も一流ホテルのラウンジに場所を移して、大望の成就を祝す宴席を(もう)けていたのだが、キャメロットは丁重に辞退してホテルを後にした。

 モナルキアは多少不満げだったが、心地良い酔いも手伝ってか引き留めはしなかったし、他の高位貴族らは(はな)から無視を決め込んでおり、彼と喜びを共にしようという者は誰もいなかった。


 モナルキア派に属する者達は、今日この日の栄光が誰の手腕によって(もたら)されたか知ってはいても、それを表立って認める事は絶対にないのだ。


『零落した下級貴族の手柄(てがら)など評価するに値しない』


 その傲慢(ごうまん)なまでの特権意識に凝り固まった貴族らが、何処(どこ)の馬の骨とも知れない新参の補佐官を対等の仲間だと思う筈もない。

 (もっと)も、キャメロットも貴族閥の連中を目的達成の為の道具としか見ていないのだから、お互い様だと言わざるを得ないのだが……。

 つまり、双方が相手に歩み寄る必要性を否定しているのだから、キャメロットが容易にパーティー会場から退散せしめたのは至極当然の成り行きだと言えた。


「高位貴族と()(はや)されてはいても、所詮(しょせん)は暗愚な世間知らずばかり……」


 小さな溜息と共に(こぼ)れ落ちた言葉が、無人カーの狭い車内を漂って消える。

 強大な権力を手に入れたモナルキアと彼に群がる貴族閥の連中が、帝国のリオン皇帝と同じ轍を踏むのは確実だ。

 強欲を絵に描いたようなあの愚物共が、民衆の幸福を第一に考え善政を敷くなど有り得る筈もない。

 おまけに連邦憲章の改正案が本日の本会議で承認され、加盟国の独自性と権限が強化された以上、彼らが自らに都合が良いように法を拡大解釈して我欲を(むさぼ)るのは火を見るよりも明らかだ。

 つまり、その結果彼らが勝手に悪行を重ねて民衆の怒りを買い、銀河系世界に怨嗟(えんさ)が渦巻くのは当然の帰結であり、ならば、その罪過を(あがな)うべく、生贄とになって断頭台の露と消える事こそが、彼らには似合いの末路だろう……。

 寸毫(すんごう)も迷わずそう考えるキャメロットは、(わず)かに口角を上げて微笑んだ。


(古い秩序は一片も残さずに破壊する。古き時代の象徴である貴族階級の者達は、この世界から排除されなければならないのだ)


 そんな思考に(ふけ)っていたキャメロットは、車が目的地の正門を(くぐ)ったのに気付いて我に返った。

 閑静な郊外に建つ白亜の巨大ビルディングは、銀河系医療界に()ける最先端医療の聖地と名高いテベソウス王立病院である。


 (すで)に家族の面会すら許されない深夜ではあるが、救急外来用の夜間出入り口から入館したキャメロットを誰何(すいか)する者はいない。

 ガードマンは()も当然の様に軽く敬礼しただけだったし、詰め所で雑用に追われていた看護師達も訪問者の顔を確認しただけで、何も言わずに仕事を再開する。

 そのお蔭でキャメロットは一度も足を止めずに薄暗い廊下を歩き、集中治療室が並ぶ区画の更に奥にある職員専用エレベーターの前に立った。

 関係者専用と表示されてはいるが、使用できるのは病院長と副院長、そしてキャメロットの三人だけだ。


 頑強そうな扉の前に立つと顔認証システムが作動し、沈黙していたエレベーターが息を吹き返す。

 専用のパスカードを差し込んだ上で(てのひら)をパネルに乗せると、全てのチェックが終了して奈落の底への入り口がその(あぎと)を開いた。

 そしてキャメロットが乗り込むや、その口を閉じて降下を始めたのである。


             ◇◆◇◆◇


 キャメロット家は銀河系北部辺境域に現存する某王国の貴族であり、伯爵の称号を(たまわ)る家系だったが、爵位は名ばかりの零落貴族に過ぎなかった。

 領地も役職もなく(わず)かばかりの俸給で捨て置かれており、一説では数代前の先祖が王に諫言(かんげん)したがために(うと)まれ、それ(ゆえ)に冷遇されているのだとの噂もあったが、キャメロット家の人々にはその真偽を確かめる術もなかったし、またその必要性も感じてはいなかったらしい。

 それは幼き頃のローラン・キャメロットも例外ではなく、母親を早くに亡くしてはいたが、貴族という立場に拘泥(こうでい)せず、己が才覚と努力で一流の科学者として認知された父ウィルソンと五歳年下の妹マチルダとの三人で慎ましい平和な人生を享受していたのだ。


 しかし、今から十五年前のマチルダ十歳の誕生日に、そんな幸せの日々は唐突に終わりを迎えた。

 誕生パーティーの最中に妹が突然昏倒し、意識不明に(おちい)ったのが全ての始まりだった。

 搬送されるマチルダに付き添った時の恐怖を、キャメロットは今も忘れない。

 それは妹に(から)み付く死の気配を明確に意識したからであり、僅か十五歳の彼では如何(いかん)ともし難い現実を知ったからに他ならなかった。


 そして下された診断結果に更なる絶望の底へと突き落とされてしまう。


 当時の最先端医療の(すい)を尽くした検査の末に判明したのは、『原因不明』という無情な一言だった。

 辛うじて診断されたのは脳の活動が急速に弱体化し、此の儘では遠からず脳死に至るという残酷な事実のみ。

 原因も分からず治療法もない絶望の中で父と子は悲嘆に暮れたが、ウィルソンは諦めなかった。

 自らが考案改良したコールドスリープシステムでマチルダを保護するや、それまでの仕事と研究成果を投げ打ち、娘を(むしば)む病魔との戦いに没頭したのだ。

 だが時間は限られている。

 冷凍睡眠という技術は無限の時間を得られる技術ではない。

 無事に覚醒して通常の生活に復帰できる限界点は精々二十年であり、それを過ぎれば如何(いか)にシステムと機械のサポートがあっても蘇生は難しくなる。

 まして、仮死状態にして病魔の活動を抑えてはいても、ほんの(わず)かとはいえ脳の機能障害は進行しているのだ。

 それを誰よりも知るウィルソンが狂気に走ったのを、キャメロットは責める気にはなれなかった。

 脳科学界の権威であり、兵器開発のレジェンドとして名を馳せていたサイモン・ヘレ博士との共同研究に没頭した挙句、遂には罪悪感に耐えきれずに破滅した父には愛惜の情を禁じ得ない。

 だが、父の憤死を(あわ)れだと(なげ)く暇はキャメロットにはなかった。

 父の悲願を、そして自らの願いを叶えなければならないのだ……。

 その為だけに今を生きているのだから。


            ◇◆◇◆◇


「今日は随分と気分が良い様だね。マチルダ」


 病院の地下十階を丸々使用した特別病棟。

 それは高度な防災システムに守られた城塞でもあり、父ウィルソンの研究成果の結晶に他ならない。

 この病院の院長と副院長は、(かつ)て父の親友と研究ラボの部下だった者達で、全ての事情を承知した上で協力してくれているのだ。


 機械だらけの部屋の中央に鎮座するコールドスリープシステム。

 その本体カプセルで昏々と眠り続けるあの日の儘の妹に、キャメロットは優しい声で語り掛けるのが此処(ここ)での約束事になっている。

 病魔に侵されなければ二十五歳の見目麗しい女性になっている筈の妹……。

 その姿を想像する度に悲憤に身を焼かれ、理不尽な現実に呪詛の言葉を吐き散らしたい衝動に駆られてしまう。

 残された時間は(わず)かしかなく、病魔を克服する手段は得られていない……。

 妹の病に端を発した父の悲劇に憤慨し、この世の在り様を正さんと心に決めた。

 だが、キャメロットはこうも考えるのだ。


『父を憤死させたばかりか、無垢(むく)な妹の命まで奪っていく世界に未来を(つむ)ぐ価値があるのか?』


 カプセルの中の幼い妹を見つめる兄の瞳は仄暗(ほのぐら)(よど)んでいた。

◎◎◎

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― 新着の感想 ―
[一言] だからユリアちゃんが深く関わってくるのですね。彼女の存在を明確に理解したら、キャメロットさん喉から手が出そうなくらいに求めたくなるのでしょうね。 読ませていただきありがとうございました。
[一言] か、家族愛故の行動だったのか……ッッッッ(゜Д゜;) というか、もしや……妹さんの病気もなんらかの伏線なのでは!?(ォィ
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