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第五十六話 理由 ①

 栄えある銀河連邦史に()いて『混沌(こんとん)の始まり』という表現で記されているのが、銀河標準暦・興起一五〇二年初頭に起きた銀河連邦憲章の大幅な改正と、その布告に(ともな)う評議会制度の改革である。

 前年後期に立て続いたファーレン王国の離反騒動と、ランズベルグ皇国を襲った不慮の事故。

 共に七聖国の一柱として確固たる地位を確立し、銀河連邦評議会を長きに(わた)って支えてきた両国の衰退は、銀河系の安寧(あんねい)を根本から揺るがす大事件であり、評議会加盟国に連邦の先行きを不安視させるには充分すぎる出来事だった。


 この混乱を鎮める為に最高評議会は荒療治に乗り出す。

 穏健派で知られている現大統領を任期半ばであるにも(かか)わらず解任するや、軍の最高指導者であるカルロス・モナルキア大元帥に大統領就任を要請したのだ。

 解任当初は民主主義国家や連合国家からの反発が(かしま)しかったが、最高評議会からの度重なる説得を無視できず、反対派は次第にその数を減じたのである。


 (もっと)も、これらの動きは事前に打ち合わせ済みの茶番劇に過ぎなかった。

 最高評議会を構成する残された五つの七聖国は、(すで)にモナルキアと気脈を通じており、実質的には彼の軍門に下ったも同然だ。

 つまり、年明け早々に緊急招集された評議会本会議は、銀河連邦を合法的に乗っ取らんが為の通過儀礼でしかなく、モナルキア新大統領を頂点にした強固な貴族閥支配の始まりを告げるセレモニーに他ならなかったのである。


(ようや)此処(ここ)まで漕ぎ着けたか……随分と時間を無駄にしたわッ!)


 今や貴族閥の領袖としてその地位を不動のものにしているモナルキアは、そんな憤懣(ふんまん)やる方ない思いを微笑みの下に押し隠す。

 銀河連邦評議会の象徴でもある大議事堂の本会議場は、連邦加盟国代表者たちが発する熱気で息苦しくさえあり、最高評議会議長ティベソウス王国グスタウス王の所信表明演説が議場の空気を更に熱いものへとしていた。

 昨年来の混乱に終止符を打つという理由を掲げ、軍を()べるモナルキア大元帥を新たな大統領に任命する案は決定事項であり、それは演壇で熱弁を(ふる)うグスタウス王の後ろに(しつら)えられた貴賓席にモナルキア本人が控えているのを見ても明らかだ。


(ファーレンのエリザベートには煮え湯を飲まされたが……厄介なランズベルグの連中が勝手に死んでくれたのは僥倖(ぎょうこう)だったな)


 騒乱扇動の濡れ衣を着せて失脚を狙ったファーレン王国には、その接収に際して手痛いしっぺ返しを喰らったが、女王以下行方(ゆくえ)(くら)ませているファーレン人の捜索も始まっている。

 GPOの新長官に抜擢(ばってき)した子飼の派閥貴族からは、早晩に王族と指導者らの拘禁は可能という報告を受けており、モナルキアは多少なりとも溜飲を下げていた。

 また、事故によって現皇王家の正統が絶えたランズベルグは、前皇王が皇王位を縁戚(えんせき)の筆頭公爵に禅譲(ぜんじょう)して事態の収拾を図る方向で国内の調整が進んでいる。

 新皇王の座をほぼ手中にしているヴァンゲル・ヘルツォーク公爵がモナルキアに忠誠を誓っている事実を(かんが)みれば、栄えある七聖国の最後の一柱が貴族閥の傀儡(かいらい)に堕するのも時間の問題でしかないだろう。

 そして、厄介極まる抵抗勢力の排除に成功した現在、彼と貴族閥が進む道を阻む存在は無いに等しく、そう確信するモナルキアは、己が胸を焦がす宿望が叶う瞬間を目前にして興奮を抑えられずにいるのだった。


(祖先が築いた権勢の上に胡坐(あぐら)を掻いてきた七聖国の歴史も今日で終わる。そして我々が切望した真の千年王国が、この銀河に誕生するのだ!)


 胸の内で哄笑(こうしょう)した彼は、盛大な拍手のシャワーによって現実世界へと意識を引き戻される。


「よって我々最高評議会は、カルロス・モナルキア君を銀河連邦大統領に推挙する次第であります!」


 グスタウス王の宣言と万雷の拍手の中、貴賓席から立ち上がったモナルキアが、満面に笑みを(たた)えて両手を天に向けて大きく広げた。

 まさにこの瞬間、銀河系世界は混沌(こんとん)の時代へとその舵を切ったのである


            ◇◆◇◆◇


「本当に疲れた……追加の案件を平然と()じ込むのは、やめて欲しい……」


 国際都市メンデルの連邦大議事堂でモナルキアが(えつ)に入っている丁度同じころ、その遥か上空に浮かぶ銀河連邦宇宙軍本部アスピディスケ・ベースでは、半年にも及ぶ任務を終えて帰還した年若い士官が、溜息交じりに愚痴を(こぼ)す姿があった。

 高級士官の執務室には相応(ふさわ)しくない簡素な応接セットのテーブルを囲んで密談に及んでいるのは四人。

 部屋の主であるローラン・キャメロットを上座に頂き、腹心のニクス・ランデルレクト・オルドーの両名、そして相手が忠誠を誓う主君であっても、遠慮会釈なく不満を口にしている青年士官だ。


 この男は名をパウル・ブルトーンといい、現在二十五歳で階級は中尉という極々平凡な肩書きの持ち主であり、周囲からはシニカルな変人だと忌避されていた。

 そんな扱い辛い男と評判の彼が、キャメロットに認められて重用されているのには訳がある。

 ランデルとオルドーのふたりが、艦隊勤務という表街道を歩いているのに対し、ブルトーンは情報収集や特殊工作を任務とする裏街道が主戦場であり、その能力は正規の情報部員と比較しても一頭地を抜く実力を有しているのが、その理由だ。

 それ(ゆえ)にキャメロットからの信任も厚く、マイペースで愚痴を(こぼ)す行儀の悪さも、主からは黙認されているという次第だった。

 とは言え、皆が皆キャメロットの様に寛容になれる筈もなく……。


「あまり調子に乗るんじゃない! キャメロット様に対して不遜(ふそん)だぞ!」


 ブルトーンの横柄(おうへい)な態度に憤慨したランデルが声を荒げたが、年下の朋友は何処(どこ)吹く風と言わんばかりに泰然としており、側近筆頭を自負する彼は顔を(しか)めざるを得なかった。

 だが、ランデルにしてみれば別段ブルトーンに嫌悪感を(いだ)いている訳ではなく、生真面目な性格とキャメロットに対する敬愛の深さ(ゆえ)の叱責に過ぎない。

 また、苦言を喰らったブルトーンも、何時(いつ)ものじゃれ合いだとしか思っておらず、深刻な(いさか)いに発展する心配はなかった。

 しかし、口論ともなれば場の雰囲気が悪くなるのは避けられず、キャメロットに対しても不敬極まりないのは事実だ。

 そんな時に仲裁に入るのがオルドーの役目であり、不本意だと胸の中で嘆きながらも、彼は(にら)み合う同僚達へ苦言を呈したのである。


「ふたりともいい加減にしないか……仲が良いのは分かるがな。キャメロット様の御前だぞ」


 揶揄(やゆ)するかの様に皮肉げに口元を(ゆが)めてそう(たしな)めれば、堅物のランデルは嫌そうな表情で、ブルトーンも無表情ながら舌先を出し、その指摘を否定した。


「誰が仲が良いかっ!? 有りえんッ!」」

「誤解も(はなは)だしい……いい迷惑……」


 そして、その儘の表情で再度(にら)み合うふたり。

 そんな気心知れた遣り取りに気分を良くした訳ではあるまいが、キャメロットが含み笑いを漏らしながら(くちばし)を差し挟む。


「最近は、欲の皮が突っ張った連中からの陳情ばかり聞かされて辟易(へきえき)していたからね。久しぶりに仲の良い遣り取りを見れて安心したよ」


 主からも仲良し認定されたふたりは大層複雑な顔をしたが、続くキャメロットの言葉にオードブルの時間は終わったと理解して姿勢を正した。


「急に仕事を割り振って済まなかったが、ヴェールトでの獣人確保の状況は改善しそうかね?」


 サイモン・ヘレ博士が主導する機動兵器開発プロジェクトに必須のファクターである獣人の確保は、ヴェールト騒乱の最中に起きた拠点要塞の爆発事故によって頓挫(とんざ)した儘だ。

 原因究明も儘ならない中、失われた五百人以上の亜人らの穴を埋めるべく強権を発動しようとしたのだが、ここで予想外の事態が起きて計画の見直しを余儀なくされたのである。


 その想定外の事態とは、要塞の爆発事故と、それに巻き込まれた獣人達に多数の死者が出たというスクープ報道が連邦加盟諸国を席巻した件だった。

 それだけならば如何様(いかよう)にでも揉み消す手段はあったのだが、圧倒的経済力を有しているロックモンド財閥が亜人救済を(うた)って介入して来た為に、犯罪シンジケートを使った拉致(らち)は封印せざるを得ない状況に追い込まれてしまったのだ。

 (しか)も、ロックモンド財閥の遣り様は巧妙を極め、ルーエ政教府に多額の献金をして私企業の介入を黙認させるや、食料や生活必需品を生活に困窮していた獣人達へ無償で提供したのである。

 更に獣人の雇用を確保するべく、獣人居留区に工業団地を建設する計画も併せて発表したため、この美談に沸くヴェールトでは銀河中から押し寄せて来た報道陣によって、時ならぬロックモンドフィーバーに沸いているのだ。

 マスコミの耳目が集中する中で拉致行為が露見すれば計画の命取りになりかねず、キャメロットらの焦燥は募るばかりだった。


「拝金主義者の成り上がりがッ! 売名の為ならば賄賂(わいろ)をばら撒くのを躊躇(ためら)いもしないとはッ!」


 裏事情を知るランデルは忌々(いまいま)しげに吐き捨てたが、ブルトーンは表情を揺らしもせずに淡々とキャメロットの問いに答えを返す。


「政教府の連中は今回の騒乱の金銭的損失の穴埋めができてホクホク顔……獣人を集める理由を明かせない以上、あいつらを説得するのは無理……」

「だからといって、馬鹿げた救済騒動が収まるまで、指を咥えて見ていろと言うのか!? 悠長に構えているとロックモンドに(なび)く獣人らが続出し、我々の計画にも支障をきたしてしまうぞ!」


 ランデルが声を荒げるが、それでもブルトーンの口調は変わらない。

 そして彼は、実にシンプルな解決策を提案したのである。


「……だったら正規の支度金を払って募集を掛ければいい……名目は連邦宇宙軍の増強に伴う短期雇用の兵士を集めるでも何でも良い……ロックモンドを上回る金を用意すれば、あいつらは尻尾を振る筈……」


 まさに正論だが、その成果に懐疑的なランデルとオルドーに年若い盟友は口角を吊り上げて平然と(のたま)った。


「我々が提示する支度金はロックモンドが就労者に提示した金額の倍……ただし、手付金として半分を渡して残りは仕事が終わってから……どうせ奴らに用意されるのは片道切符……大した散財にはならない……」


 生きて返す気など毛頭ないのだから当然だろう、と言わんばかりのブルトーンにランデルやオルドーは戦慄し、裏社会を生きて来た彼の非情さを見せつけられて恐懼(きょうく)するしかない。


「良いだろう。我々には時間がないのだ。オルドー。正式に軍政部三課を動かして構わない。モナルキアの命令書は私が用意する。ただし、徴用した人材の行く先は厳に秘匿するよう徹底せよ」


 キャメロットは暫し黙考してからそう指示するや、それでこの案件は終わりだと視線で腹心たちに告げた。

 そしてランデルら三名も別の懸案事項に意識を取られたために、獣人救済に乗り出したロックモンド財閥の真意を考察する機会を永遠に失ったのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 次にモナルキアが挑むは……永遠の命辺りか(-_-;) なるほど。 騒動に次ぐ騒動を起こして有耶無耶にする……良い手ですね。達也センセの案ですかいロックモンドの坊ちゃん? ローラン側のキャ…
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