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第五十三話 春遠からじ ⑥

 精霊の加護(かご)もあり、セレーネの冬は一貫して暖冬傾向にあると言っても()(つか)えはない。

 しかし、全く雪が降らないという訳ではなく、(まれ)に寒波が襲来しては、粉雪舞い散る幻想的な光景をバラディースに(もたら)してくれる。

 それだけでも充分に風情(ふぜい)のある景色なのだが、降りしきる雪花と(たわむ)れる精霊達の舞踏会が楽しめるのは、この星ならではの風物詩であろう。

 (もっと)も商売熱心なジュリアンからすれば、情緒(じょうちょ)や風情などの形なきものは二の次の様で『いずれは巨大温泉リゾートと(あわ)せて冬の観光の目玉に!』と野暮(やぼ)なプランを口走っては、ユリアにこっぴどく説教されているのだが……。


 そんな(にぎ)やかな日々が過ぎるのはあっという間であり、達也にとっては義父母に当たるアルバートと美沙緒が来星する日を迎えたのである。

 相変(あいか)わらず忙しい達也も今日ばかりは休暇を貰い、家族全員でふたりを出迎えるつもりだったのだが、今はクレアと供に来客を歓待している真っ最中だった。


「そうですか! 結婚されるとは目出度(めでたい)い。ラルフの親父さんも志保さんも、本当におめでとう」

「おめでとうございます。前々から良い雰囲気だとは思っていたのですが、これで腐れ縁が落ち着くかと思うと感慨深いですわ。ラルフさん……どうか志保を見捨てないでやって下さいね」


 素直に祝福する達也とは裏腹に、(かつ)ての恨みを晴らさんと舌なめずりするクレアは、腐れ縁の親友を揶揄(やゆ)する気満々の様だ。

 達也とラルフは顔を()()らせながらも、()えて聞かないフリをしたが、ディスられた志保はそうはいかない。


「ちょっとクレア……どうして私が捨てられる前提(ぜんてい)で話をしているのかしらね? こんな()い女に対して、その物言いは失礼じゃないの?」


 (さわ)やかに微笑んではいるものの、憤懣(ふんまん)やる方ないのは明らかで、微妙に頬が痙攣(けいれん)している様子からも、彼女の心の闇が(うかが)い知れる。

 だが、そんな志保の反応などは百も承知のクレアは、優雅に紅茶を(たしな)みながらも攻撃の手を(ゆる)めない。


「あら。ごめんなさいね。私が再婚を決めた時は、散々『チョロい』とか『あんな強面(こわおもて)()れるなんて物好きな』とか、素敵なお祝いの言葉を頂戴しましたものね。だから、私もつい……」


 そう(うそぶ)いてニヤリと口元を(ゆが)める腐れ縁に、志保の忍耐はあっさりと底を尽く。


「上等じゃないの! 私達の友情もこれを機に考え直す必要があると思わない? 勿論(もちろん)、腕ずくでね!」

「何を馬鹿な事を言っとるんだ! 冗談を真に受ける奴があるか!」


 剣呑な表情で腕捲(うでまく)りする志保だったが、隣に座るラルフから叱責されたのが不満だったらしく、唇を(とが)らせて()ねてしまう。


「だってぇ。挑発してきたのはクレアだもん。ダーリンは私の味方じゃないの?」


 如何(いか)に相手が()れた男とはいえ一喝(いっかつ)されて大人しくなる志保の姿など、付き合いが長いクレアでさえ初めて目にする光景だ。


(ラルフさんの事を本気で愛しているのね……少々揶揄(からか)いすぎたかしら)


 そう反省したものの、今更謝罪するのはバツが悪いと思ったクレアは、涼しい顔を取り繕いながらも油断なく身構えていたのだが……。


「君もいい加減にしないか。憎まれ口ばかり叩いていると美人が台無しだぞ?」


 達也から(たしな)められれば、それ以上の追撃は断念する他はなく、その褒め言葉(?)に満足して矛を収めた。

 そして、表情を改めるや、今度こそ祝福の言葉をふたりへ贈る。


「ラルフさん、志保。本当におめでとう。新しい人生の門出ね……美緒小母さまとアイラさん。皆で仲良く幸せになってね……それからラルフさん。志保は物言いが乱暴な面もありますが、人一倍相手を気遣う情に厚い女性です。でも、自分の事は等閑(なおざり)にしがちですので、どうか大切にしてやって下さい」


 そう言って深々と頭を下げるクレアを見て、ラルフは恐縮し、志保は照れ臭いのか、頬を赤らめてソッポを向いてしまう。

 そんな恋人の様子に苦笑いしながらも、ラルフは謝意を返す。


「奥様。どうか頭をお上げ下さい。こいつの不器用な性格は充分理解しておりますが……(むし)ろ、助けられるのは私の方でしょう。ですが、温かいお言葉に心から感謝いたします」


 ラルフに(したが)い、如何(いか)にも不承不承(ふしょうぶしょう)といった風情で頭を下げる腐れ縁の姿が可愛らしく思えたクレアは、思わず口元を(ほころ)ばせるのだった。


            ◆◇◆◇◆


 ラルフと志保の結婚式は気候が良くなる春先に執り行うと決まり、辞去する彼らを見送った白銀ファミリーは、その足で軌道エレベーターを経由して衛星軌道上の宇宙港へと急いだ。

 到着予定時刻までは幾分(いくぶん)余裕があったのだが、最近急激な拡張に(ともな)い、一層充実した施設を子供らに見せたいと言うクレアの希望もあって、少々早めに到着したという次第だった。


 ステーション本体にも接岸用のゲートは確保されているのだが、貨物便を含めて交通量は増加の一途を辿(たど)っている為、宇宙桟橋(さんばし)の拡張も並行して行われている。

 また、梁山泊軍の戦闘艦艇は、(もっぱ)らニーニャの軍事基地を利用していたのだが、戦力増強に伴い、セレーネ星の衛星軌道上にある宇宙港の反対側に位置する場所に新たな軍事要塞が建設中で、この春の実用稼働も視野に入っていた。

 現在は人口の増加は頭打ち状態だが、今後開星すれば如何(いか)なる事態に見舞われるか予断を許さず、テラフォームを含めて宇宙都市開発プランも、現在進行形で討議研究されている真っ最中だ。


 拡張された展望台から美しいセレーネを堪能(たんのう)した頃には、アルバートと美沙緒を乗せた定期便の到着時刻となり、一行は入国デッキへと移動する。

 現在セレーネを(おとず)れるのは、(もっぱ)らクラウスら情報部による極秘スカウトに応じて来星する者達ばかりであり、その大半は元銀河連邦宇宙軍の退役軍人とその家族だった。

 予定通りに定時到着したこの便の乗客もその例に漏れず、だからこそ、老夫婦の姿は嫌でも目立ってしまう。


「あぁッ! おじいちゃんとおばあちゃんだ!」


 目敏(めざと)くアルバートと美沙緒を見つけたさくらが歓声をあげて走り出せば、ユリアとティグルも妹の背を追って二階のデッキから階下に続く階段を駆け下りていく。


「慌てて転ばないでねぇ!」


 クレアが注意するが、三人は飛ぶような勢いで到着ゲートを目指し、簡単な入国審査を終えて出て来た祖父母に抱きつくのだった。

 アルバートと美沙緒も孫達との久しぶりの再会に破顔し、感極まった風情で子供達を抱擁している。

 そんな喜ばしい光景に相好(そうごう)を崩す達也はマーヤを抱っこしており、クレアの(かいな)の中には、最近(とみ)に体重を増してきた蒼也が、あどけない寝顔で収まっていた。

 このふたりはアルバートと美沙緒には初お目見えとなり、双方共に今日という日を楽しみにしていたのだ。


「やれやれ。どちらも()()びていた様だね。(もっと)も、それは僕も同じだがね」

「うふふ。私もよ。これで(ようや)く家族が全員揃うんですもの……」


 ふたりは笑みを交わしてから団欒(だんらん)の輪に向けて歩き始めた。


「おぉ! 達也君。クレアも元気そうで何よりだ」

「心配を掛けてしまって申し訳なかったわね。でも皆の元気な姿を見て安堵(あんど)しましたよ」


 娘夫婦が歩み寄って来るや、アルバートと美沙緒は(そろ)って破顔し歓声を上げる。


「お義父さんとお義母さんも、お元気そうで何よりです。地球からでは距離もありますし、さぞお疲れになったでしょう?」

「お父さん、お母さん。セレーネ星へようこそ。会いたかったわ」


 達也とクレアに歓迎されて老夫婦は益々笑みを深くしたが、それは娘夫婦がその(かいな)に抱く愛らしい子らの存在が大きかったのも間違いないだろう。

 達也が抱くのは新しく養女に迎えたマーヤという獣人の少女。

 そしてクレアが抱いているのは、二人の血を引く蒼也と名付けられた赤ん坊だ。

 アルバートと美沙緒にとってはどちらも待望の孫に他ならないが、人生経験豊富な彼らは、正しい選択をして達也とクレアを喜ばせたのである。


「ほう。君がマーヤだね? うん。可愛い女の子だ。儂はアルバート。これからは、おじいちゃんとしてマーヤの家族にしておくれ」


 やはり初対面の相手とあってか、緊張していたマーヤの不安を感じ取ったアルバートが笑顔で話しかけ、そのまま達也から少女を譲り受けて抱き締めてやる。

 すると、美沙緒も夫が抱く少女に寄り添い、優しい声音で話しかけた。


「まぁ! ふわふわで可愛らしい。私は美沙緒。美沙緒おばあちゃんと呼んでね。マーヤちゃんの様な素敵な孫娘が増えて嬉しいわ!」


 自分達と血が繋がった蒼也よりも、不安に(おのの)くマーヤを気遣ってくれた義父母に達也は心から感謝する他はなく、一方でふたりの(おだ)やかな温もりに包まれたマーヤは、初対面の祖父母の人柄に安心して直ぐに(なつ)いてしまうのだった。

 その様子を見て喜んだのは達也とクレアばかりではなく、ユリアとさくら、そしてティグルも同様であり、満面に笑みを浮かべて歓喜したのである。

 これで全ての家族が(そろ)い、明日からは一段と(にぎ)やかな日々が始まるのだろう。

 その幸せな光景を思い描く達也は、まさしく春遠からじという心境だった。


 その後は代わる代わるに蒼也を抱いて(はしゃ)ぐ老夫婦だったが、赤ん坊を抱いて喜ぶ美沙緒をクレアと子供らが囲むなか、少し離れた場所でその様子を見ていた達也にアルバートが歩み寄る。

 そして、微笑みを崩さずに、娘婿にだけ聞こえるような声音で告げたのだ。


「色々と話したいことがある。いよいよ地球圏も騒がしくなる様じゃよ」


 穏やかな表情とは裏腹に憂色を濃くした義父の言葉を耳にした達也は、来るべき時が歩を速めて近づいてくるかの様な気配を感じずにはいられなかったのである。


          ◇◆◇◆◇


(ご報告のコーナーです)


令和3年 8月20日

汐の音様 https://mypage.syosetu.com/1476257/ よりFAを頂戴いたしました。


挿絵(By みてみん)

御題【クレアさん、達也さん、志保さん】

第一部の『日雇い提督は仁愛を得て英雄へと至る』の序盤で、士官学校伏龍で初めて三人が顔を合わせた時のイメージとの事でした。

強面としか書いていないにも拘わらず、達也の凛々しい事。

クレアも志保も申し分なき美女ぶりに、嬉しくて涙がとまりません。

汐の音様。この度は本当にありがとうございました。

読者様に成り代わって心から御礼申し上げます。


尚、汐の音様は、みてみんにもマイぺーじを御持ちです。https://29045.mitemin.net

美麗なグラフィックを堪能したい方は、是非ともご訪問ください。

絶対に損はしませんよ。

◎◎◎

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― 新着の感想 ―
[一言] 皆さん一時の幸せを噛みしめていますね~。 マーク殿下も小学校?入学でわいわい楽しい毎日になりそうですし。ただ、子どもの世界はシビアだから気を付けてね! 出張から帰ってきたクラウスさんの驚きが…
[一言] >いずれは巨大温泉リゾートと併せて冬の観光の目玉に! 札幌ならぬセレーネ雪像祭りも忘れないでねジュリアンくぅんッ!!(ォィ そして……地球圏、どうなる事やら。
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