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第四話 巣立ちの時 ②

 スクリーンに映っているアナウンサーが淡々と選挙結果と経緯を読み上げ、その内容を踏まえて複数の識者らが(もっと)もらしい意見を交わしている。

 誰も彼もが言葉を(もてあそ)んで難解な解説を述べているが、『大山鳴動して鼠一匹』と断ずるに相応(ふさわ)しい御粗末(おそまつ)な予備選挙だったと言う他はなく、民衆の(なげ)きが聞こえるかの様だ。

 巨大与党に依存し切った政治形態が、野党勢力にその主役を置き換えただけであり、選挙戦の事前予想通り、野党第一党と第二党が擁立(ようりつ)した候補が選挙本選に駒を進める結果となった。

 短期間で巨大な勢力に膨らんだ左派与党の強引な政治姿勢が(もたら)した当然の帰結ではあるが、エレオノーラにしてみれば陳腐(ちんぷ)な茶番劇を見せられたとようなものだ。


「ばら()きで有権者の御機嫌を取った阿呆(アホウ)の勝ちか……予想通り過ぎて笑えもしないわ。あれだけ前大統領を非難し政治改革を望んだ国民の声って何だったのよ? 史上最高の投票率九十%っていうのは、親から与えられるエサを口を開けて待っているだけの雛鳥(ひなどり)の数を表す数字なのかしら?」


 皮肉()じりの嫌味を口にする彼女をラインハルトが(いさ)める。


「たとえ動機がお粗末だったとしても、過去最高を三十ポイントも上回ったという事実は大きいさ……これを機に政治に興味を持つ人々が増えれば、成熟した思想も育つ……そう願いたいね」


 その意見にエレオノーラは懐疑的(かいぎてき)な表情を浮かべたが、反論はしなかった。


「地球人の成長云々(うんぬん)は兎も角としても……我々にとっては余り良い結果でないのは確かだ。最終的に何方(どちら)が大統領に当選しても、双方共に銀河連邦評議会には否定的な御仁なだけに、我々に対して協力的な姿勢を打ち出すとは考え難いからね」

「それも想定済みだったのでしょう? やはり達也を説得してランズベルグに支援して貰った方が良いんじゃないの? サクヤ姫の旦那にならば、無条件で協力してくれるわよ?」

「おいおい。乱暴な事を言うなよ……サクヤ様の突飛な行動も、アナスタシア様の暴走に背中を押されてという側面が強いんだ。気の弱い姫様が()()られたという面は否定できないし……第一あの達也が了承するとは思えないよ」


 そう言って否定的に頭を振るラインハルトとは違い、エレオノーラは含み笑いを漏らしながら(うそぶ)く。


「クレアとサクヤ姫……文句のつけようがない両手に花状態なのよ? (しか)も、双方ともに見惚(みほ)れるほどの美女とくれば、男に躊躇(ためら)う理由はないじゃないの?」

「それは偏見(へんけん)だよ……俺が言いたいのは、あの生真面目(きまじめ)な男がクレアさんの心情を考えない筈がないし、子供達の気持ちを無視する筈もないという事さ。仮にアイツが姫に想いを(いだ)いていたとしても、家族を(おもんばか)って受け入れはしないさ」

「真っ当に考えればそうなんだけどねぇ~~本来ならば大反対する立場のクレアが基本的にOKしているだけに、どう転ぶか分からないわよ?」


 悪戯(いたずら)っぽく微笑む彼女のその物言いには、ラインハルトも盛大な溜息を漏らさざるを得ない。


「それが一番の謎だよ……彼女の想いは崇高(すうこう)で立派だけれど、感情が納得できるとは思えないんだがねぇ。今は良くても積り積もった鬱憤(うっぷん)が先々で爆発したら大変だよ? それを否定する材料が何かあるのかい?」

「さあねぇ……それを詮索(せんさく)するのは野暮(やぼ)でしょう? 夫婦間の事なんて当人同士の問題だもの。この場合は達也の度量次第かしら? だったら外野はやじ馬に徹して楽しんだ方が勝ちよ」


 何か思惑を秘めている様だが、エレオノーラは具体的には何も明言せずに無責任な事を口にして笑った。


「まったく……達也に(うら)まれても、俺は助けてやらないからな」


 彼女の物言いに呆れたラインハルトが、何処(どこ)か投げやりにそう言った時だった。

 狼狽(ろうばい)した様子で臨時ニュースを読み上げるアナウンサーの声に耳朶を叩かれて、ふたりは同時にスクリーンへと視線を向ける。


『た、只今臨時ニュースが入りました! 全五十の選挙管理委員会のうち三十五の組織が今回のオンライン選挙の結果を受け、上位二名の当選者の当確を無効とするだけではなく、選挙そのものを不成立にすると連名で発表いたしました! これを受けて統合政府は大混乱に(おちい)っており…………』


 スタジオの識者が騒然とする中で、次第に事の真相が明らかになっていく。

 それはラインハルトとエレオノーラにとっても看過できない内容であり、次々と(つまび)らかにされる事実に表情を強張(こわば)らせるのだった。


 史上最高を記録して政治に対する期待の高まりだと評された九十%の投票率に、驚くべき民意が隠されていた事が白日の下に晒されたのである。

 それは、この高い投票率が捏造(ねつぞう)されたものだったという下世話な話ではない。

 問題視されたのは、投票総数のうち有効投票率が(わず)か二十%しかなかったという信じられない事実だった。

 実に投票者の八割が無効票を投じたという結果は、政治への絶大な不信と怒りを如実(にょじつ)に物語っており、この民意を無視できなかった大半の選挙管理委員会は、()えて連名で公表に踏み切ったのだ。


 正当な選挙に()いて無効票を投じるという行為は意味のない蛮行でしかない。

 しかし、それが他の選択肢を凌駕(りょうが)するものであったのならば、民意を真摯(しんし)に受け止めて議論するのが政治家の役目ではないか……。

 良識ある選挙管理委員会の面々はそう考え、所管する役所に報告したのである。

 だが、彼らの意見書付きの結果報告を上級官僚や与野党の政治家らは一顧(いっこ)だにせず、それが法に定められた秩序だからと居直(いなお)って黙殺したのである。

 それ(ゆえ)に真実が闇に葬られる事に憤慨(ふんがい)した彼らが、事実の公表に踏み切ったという次第だった。


 とは言え、それだけの話だったならば、選挙権すらない白銀家には何の係わりもない事だと無視できたのだが……。

 問題の無効票のうち実に八十%……総投票率の内訳に換算すると約六十%以上の有権者が、次期大統領に望む人物として同じ人間の名前を記載したのだ。


 白銀達也……と。


 当然ながらこの事実は大きな問題になり、隠蔽(いんぺい)しようとした権力側と民衆の間に軋轢(あつれき)を生み、世論を真っ二つにする議論へと発展していくのだった。


「まっ、不味いなこれは……まさかこんな事になるとは考えてもいなかったよ……(いく)ら土星宙域戦勝利の立役者とはいえ、候補者でもない達也の名が出るなんてね。(しか)も圧倒的な支持を集めているとは……」

「そうね……でも、これで居候(いそうろう)の話どころではなくなってしまったわ。仮にこれが一時的な熱狂だったとしても、地球の政府関係者や全ての権力者から、達也は明確な敵として認識されたも同然よ?」


 思ってもみなかった事態に戸惑って顔色を悪くする二人は、(そろ)って深々と溜息を吐くしかなかった。


「政治家にとって民衆の人気は進退を左右する重大事だ。あれだけの甘い蜜に(まみ)れた選挙公約を掲げてこの結果だ……(しか)も、候補でもない人間が絶大な支持を集めたとなれば、戦々恐々どころの騒ぎではあるまい」

「ええ。何処(どこ)でもそうだけれど、権力者の最大の敵は有能な人間じゃない。圧倒的な人気を誇る人間だわ……今後、達也に対する風当たりは強く厳しいものになると覚悟した方がいいわね」

「そうだな……何かしらの理由をこじ付け太陽系からの退去を命じて来る可能性も否定できない。早急に幕僚部や住民の代表らと検討してみるよ」


 エレオノーラも頷いてその意見に追随する。


「達也の傘下に居残った者達の家族だけれど、将来的な見通しが厳しくなる様なら、もう一度全員の真意を確かめた方が良いわ。勿論(もちろん)、私達と同じ退役軍人も含めてね……」


 民意という巨大な意思に思いも掛けず翻弄されるラインハルトとエレオノーラは、自分達を取り巻く周囲の急激な変化に言い知れぬ不安を(いだ)くのだった。


            ◇◆◇◆◇


「ほら。蓮はメール一本寄越さないし、今年のお正月も学校の方が大変で、貴方達も帰省しなかったじゃない……かあさん寂しくなっちゃって、信一郎さんに愚痴を(こぼ)してしまったの……その時に……つい……」

「いや、それは違う! 春香さんが悪いわけじゃないんだ。男やもめの悲しさか、詩織が士官学校に入学して以降だらしない生活が続いてね……見かねた春香さんが何くれとなく世話をしてくれていたんだが……落ち込んでいる彼女の姿を目の当りにした時に……つい……」


 真宮寺家のキッチン。

 四人用のテーブルの片側に両親が座り、反対側に子供達が陣取った形で家族会議が開催されている。

 リビングではなくキッチンで話し合いをしているのは、単にテーブルが小さく、顔を突き合わせての会話が容易だからだ。

 しどろもどろになりながらも事の経緯を話す親達へ、何とも言えない視線を送る子供達だったが、特に自分の父親である信一郎へ冷厳とした眼差しを向ける詩織が抑揚(よくよう)のない声で(たず)ねた。


「……それで、赤ちゃんができちゃった……という訳なのね?」

「うっ……も、申し訳ない。私の不徳の致すところで弁明の余地はない」

「そ、そんな……私も迂闊(うかつ)だったのよ。つい弱音なんか吐いてしまって」 


 目の前でお互いを(かば)い合う父親と蓮の母親の姿を見て、詩織は急激に馬鹿らしくなってしまった。


「はいはい……子供の前でいい歳した親がイチャラブしないっ! まったくぅ! これじゃぁ私達が悪者みたいじゃないの……ちょっと蓮っ! アンタも何とか言いなさいよ。いつまで(ほう)けているのよ?」


 唐突に話を振られた蓮は、茫然自失状態から再起動する。


「あ、あぁ……ビックリしちゃってさ……そりゃぁ、成績が悪くてかあさんの事を(かえり)みる余裕もなかった俺が一番悪いんだけどさぁ」


 そんな殊勝(しゅしょう)な台詞が口をついて出たものの、このままでは納得できないと思った蓮は、さんざん迷った末にふたりに訊ねた。


「それでさぁ……信一郎おじさんとかあさんは、この先どうするつもりなのさ? 結婚するつもりなの?」


 どもりながらも何とか言葉を絞り出すと、顔を見合わせた信一郎と春香は揃って苦笑いを浮かべる。


「春香さんとも話し合ったんだが……今の関係を無理して変える事もないと思っているんだ」

「産まれて来る子供はふたりで育てるけれど、今更夫婦といわれても戸惑ってしまいそうで……それに、詩織ちゃんのお母さんにも、私の主人にも何だか申し訳なくてねぇ……」


 結婚という形には(こだわ)らないという二人に、真っ先に異を唱えたのは蓮だった。

 バンッ! と激しい音がするほどテーブルを叩いて腰を浮かすや、捲し立てる様な勢いで言い放つ。


「そんなのは絶対おかしいよ! 二人ともお互いを好きだったから愛し合ったんじゃないのかよ? それなのに、何で今更遠慮しなきゃならないのさ?」


 蓮に続いて口元を(ほころ)ばせた詩織が、不器用な両親にエールを贈った。


「蓮の言う通りだよ。お父さんや春香おばさまがいい加減な気持ちじゃない事位は私達にも分かるわよ……だからさ。胸を張って『結婚する』って言って欲しいわ。そうでないと、私も蓮も将来が不安でOKできないじゃないの」


 子供達の想いに触れた信一郎と春香は顔を見合わせてしまう。

 春香の顔には明らかに戸惑いの色があり、それを見た信一郎は彼女に不安な想いをさせている自分を不甲斐(ふがい)なく思った。

 だから……。


「春香さん私と結婚してくれ……そして妻として、その子を産み育てて欲しい」


 飾り気のない不器用なプロポーズだったが、春香には万の美辞麗句(びじれいく)にも勝る言葉であり、だからこそ、両の瞳に涙を滲ませた彼女は何度も頷いていた。

 その彼女を(いた)わるように肩を抱く信一郎……。


 そんな両親の姿を見た蓮と詩織は安堵して顔を見合わせ微笑んだが、蓮にとっては此処(ここ)からが正念場だ。

 自分の決断が今まで以上に母親に辛い思いをさせるかもしれないが、望んだ道を進む為には、どうしてもこの二人を説得する必要がある。


 決意を新たにした蓮は、背筋を伸ばして話を切り出した。


「今日は二人に相談したい事があって帰って来たんだ……どうか、俺の話を聞いて欲しい」

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[気になる点] 愛華「ねぇねぇ、どうしてお兄ちゃんとお姉ちゃんはカレカノなのー? お友達はおかしいって言ってるよぉー」 そんなヴィジョンががが(゜Д゜;) 蓮と詩織ちゃんが将来的に結婚するんなら認知…
[良い点] ここまでくると現代政治を未来の人間特に地球人類がしているようで怖いですね、それはそうと蓮のお母様と志織のお父様良かったですね、十八歳頃の男女は変に潔癖と言うか融通がききませんからね [気に…
[一言] いやいや、もう市民がデモやストライキ始めたら旗色が悪い政府は 議会議長を大統領代行に立てて、戒厳令を敷いて軍や警察で市民を制圧するだろう。 市民派の軍や警察派閥は、それに怒りクーデターを実…
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