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第四十八話 それぞれの幕間~グランローデン帝国編~

 銀河標準暦・興起1501年も終盤に差し掛かろうかという十月半ば、銀河連邦とグランローデン帝国の間で休戦協定が締結(ていけつ)され、将来的には不確実な要素を残しつつも、世界は仮初(かりそめ)の平穏を得た。


 二か月前にベギルーデ星系の緩衝地帯(かんしょうちたい)勃発(ぼっぱつ)した両国軍の戦闘は、周辺の諸国家らを巻き込んで拡大し、一時は銀河系を二分する大戦へと発展するのではないかと危惧された。

 (しか)も、この戦闘には、互いを敵視するルーエ神教とシグナス教団も当事者として関与しており、それが更に事態を混沌(こんとん)とさせる原因になったのだから、まさに間が悪かったとしか言いようがない。

 銀河連邦内で広く信仰されているルーエ神教とグランローデン帝国の国教であるシグナス教団は互いに敵意を隠そうとはせず、日頃から相手を邪教と(さげす)んでいる。

 その所為(せい)もあってか、武力衝突後は双方が積極的に緩衝(かんしょう)地帯へ侵攻したが為に、(いたずら)に戦火が拡大してしまったのだ。


 この事態を重く見た両陣営は戦闘の幕引きを模索(もさく)し、水面下で交渉を続けながら、かなりの労力を払って両教団を説得せざるを得なかった。

 その懸命な努力が功を奏して戦乱は沈静化し休戦協定が結ばれたのだが、両陣営が(こうむ)ったダメージは物心両面で甚大(じんだい)であり、予定していた戦略に大きな支障をきたしたのである。


           ◇◆◇◆◇


「銀河連邦の愚物共めが! 自らの非は認めようともせず白々(しらじら)しい言い訳ばかりを並べおってぇぇッ!」


 帝星アヴァロンの帝都中心に(そび)え立つアスタロトパレス。

 玉座から響き渡る苛立(いらだた)たしげな怒声に恐懼(きょうく)したのか、謁見の間に集った者達は、武官文官を問わず一様に(うつむ)いたまま顔を上げようとはしない。

 真紅の絨毯の上に姿勢を正して立ち尽くしている彼らの前では、その端整(たんせい)な顔を憤怒(ふんぬ)(ゆが)めたリオン皇帝が、家臣らの視線も(はばか)らずに呪詛(じゅそ)を吐き散らしていた。


 父である前皇帝ザイツフェルト七世を弑逆(しいぎゃく)して皇帝位を手中にし、邪魔な一族や父皇と親しかった公爵らを謀反の罪を着せて謀殺(ぼうさつ)

 その上で頑迷(がんめい)な旧臣達を強権を(もっ)て辺境へと追いやり、空いた席に子飼いの中堅貴族を抜擢(ばってき)し、己に都合の良い一強独裁体制を構築してみせたのだから、今や彼に逆らうような蛮勇の持ち主は皆無だと言っても過言ではない有り様だ。

 勿論(もちろん)、新皇帝にとって仮想敵は傲慢(ごうまん)極まる銀河連邦に他ならないが、迅速(じんそく)に革命を成し遂げ、帝国の権力機構を掌握(しょうあく)した我々の方が有利だとリオンは考えていた。

 彼の思惑通り銀河連邦は混乱の最中(さなか)にあり、次期主流派と目されるモナルキア派は抵抗勢力を完全に御せないでいる。

 帝国にとっては(まさ)に『鬼の居ぬ間に』という千載一遇の好機であり、前皇帝の御代(みよ)で停滞していた他勢力への侵攻を再開するようにと、リオンは命令を発したのだ。


(あわよくば連邦の南部方面域を完全に切り崩し、中心域への橋頭保(きょうとうほ)を確保するのも可能だったというのにっ。それをッ!)


 しかし、攻勢に転じた矢先にルーエ神聖教国と接する緊張地帯で騒乱が勃発(ぼっぱつ)し、予想に反し(またた)く間に戦火が拡大したために対応を余儀なくされ、勢力拡大という目論見(もくろみ)(もろ)くも画餅(がべい)と化したのである。

 (しか)も神聖教国憎しの一念を(ゆず)らないシグナス教団が暴走し、軍部との事前協議を経ないままに配下の神衛騎士団まで投入したが為に、ルーエ神教も子飼いの部隊で応酬。

 これにより、前線は泥沼(どろぬま)の消耗戦を展開するに(いた)ったのだ。

 幸いにも秘密裏に締結(ていけつ)していた休戦協定のお蔭でモナルキア派とのパイプは維持されており、何とか紛争を終息させはしたものの、二ヶ月以上の時間を無為(むい)に費やした挙句(あげく)、軍や教団の神衛騎士団も少なからず損害を(こうむ)ってしまった。

 その所為(せい)で、リオンはタイムスケジュールの遅れを取り戻す為に、当初の計画を大きく軌道修正せざるを得なかったのである。


「それでっ!? 我が軍に攻撃を仕掛けた者の引き渡しと賠償(ばいしょう)については、如何(いか)なる回答を得たのだ!?」


 リオンが忌ま忌ましげに問うたのは、今回の戦闘に()ける責任の所在についてであり、混乱終息後に生存していた上級士官を聴取した結果。

『一方的に攻撃を受けて艦隊が被害を(こうむ)り、やむなく反撃に転じた』との証言から、非は連邦に有りとして糾弾(きゅうだん)していた件に他ならない。


 しかしながら、交渉を担った担当者らは一様に蒼褪めた顔で立ち尽くしたまま、誰も率先して答えようとはしない。

 苛立(いらだ)ちを(あらわ)にする皇帝に下手な報告をすれば、爵位を剥奪(はくだつ)されて辺境惑星の閑職へ追いやられた旧臣達と同じ()き目に合うのは確実だ。

 とはいえ状況の説明を求められれば黙っている訳にもいかず、銀河連邦との交渉に当たった使節団団長が、恐れながらと話を切り出したのである。


「その件につきましては銀河連邦も我々と同じ主張を繰り返すばかりで、話し合いが平行線のまま停滞しましたが(ゆえ)、断腸の思いなれど、双方共に責任は問わぬとの申し合わせにより、幕引きを図るしかありませんでした」


 団長を含む使節団の面々にしてみればこれが譲歩(じょうほ)できる限度であり、それは銀河連邦側も同様だった。

 それぞれが国内に優先せねばならない問題を(かか)えており、これ以上辺境での戦後処理に手を(こまね)いていては、取り返しがつかない事態を招く恐れがある。

 だからこそ、今更(さわ)いでも詮無(せんな)い事案に拘泥(こうでい)して大魚を逃す愚を避けたのだ。

 そんな双方の事情は充分承知しているリオンだったが、寛容に振る舞えるか(いな)かは別問題であり、憤怒の情に(あお)られる(まま)に手にしていた銀製のグラスを団長目掛けて投げつけていた。


「あぐうぅぁぁッッ! うっぅぅぅ……」


 その怒りの塊を真面に額で受けて(うずくま)る団長を痛烈に面罵(めんば)するリオン。


「この役立たずめがぁッ! キサマの不愉快な顔など見たくはないッッ! 二度と我が前にその(つら)を晒すこと(まか)りならぬぅッッ!!」


 (ゆる)しを()う間も与えられなかった使節団団長は、衛士に両腕を拘束され謁見の間から、そして(はな)やかな表舞台からの退場を余儀(よぎ)なくされる。

 その様を目の当たりにした家臣達は、彼の(あわ)れな姿が、明日の己が姿なのかもしれないと恐懼(きょうく)して震え上がってしまう。

 表情を青褪(あおざ)めさせる彼らを見て、(ようや)溜飲(りゅういん)を下げたリオンは、敢然(かんぜん)と玉座から立ち上がり片腕を振り上げて大喝(だいかつ)した。


「損なわれた戦力の補充に(つと)め、(いま)だに我が御代に服さぬ蛮族共を討伐せよッ! 銀河連邦の無知蒙昧(むちもうまい)な愚物とはいずれ雌雄(しゆう)を賭けて戦う事になろうッ! そして我々は勝たねばならぬッ! そのためにもあらゆる手段を講じて無敵帝国の基盤を確立させるのだッ!」


 その(げき)に打たれて平伏した家臣らには、皇帝の意に盲目的に従う以外に選択肢はなかった。

 たとえそれが、足を踏み外せば奈落(ならく)に落ちるしかないタイトロープだと分かってはいても……。


            ◇◆◇◆◇


 近衛師団団長であり新皇帝の忠臣の誉れ高きクリストフ・カイザードは、帝城の奥まった場所に与えられている私室に戻ると小さな吐息を漏らした。

 近衛師団の証である漆黒の長丈マントをドレッサーに仕舞い、制服を脱ぎもせずに簡素なベッドへ腰を下ろす。


 クリストフは帝国が征服した辺境惑星の生まれだったが、幼いながらに卓越した剣才をザイツフェルト前皇帝に気に入られ、帝都への留学を許可されるという幸運を得た人間だ。

 軍人になるべく入学した幼年士官学校で、当時十歳になったばかりのリオンと 知り合って意気投合し、以来莫逆(ばくぎゃく)の友として陰に日向(ひなた)に皇太子を助けて来た。

 陽の当たる世界へと引き上げてくれた大恩あるザイツフェルト前皇帝を裏切って反乱という大罪を犯したのも、(ひとえ)にリオンに対する忠節の念があったからだ。

 そして、この銀河に秩序ある世界を築くのは、リオンを()いて他に存在しない。

 そう思い定めたが(ゆえ)の造反であり、今でもあれは義挙(ぎきょ)だったと確信している。


 だが、それが本当に正しい選択だったのか、今は葛藤(かっとう)せずにはいられなかった。

 皇帝や旧家臣団ばかりでなく、粛清(しゅくせい)の刃はリオン自身の血族にまで(およ)んだ。

 母が違うとはいえ、血を分けた弟妹達を幼い者に至るまで処刑し、その残虐性を国の内外に示した。


 (しか)も、前皇帝が手控(てびか)えていた武力侵略を解禁し、以前よりも苛烈(かれつ)な仕打ちを(もっ)て帝国の領土を拡大させている。

 クリストフ自身、穏健(おんけん)路線に転じたザイツフェルト前皇帝に『手緩(てぬる)い』と歯噛(はが)みしたものだが、降伏の余地すら与えず一方的に弱者を蹂躙(じゅうりん)するリオンのやり様にも疑問を(いだ)かずにはいられなかった。


 占領地ではそれまでの政治形態は破棄されて、帝国から派遣された執政官の下で過酷な統治が強要されていると聞いており、そこに住む人々は『二等臣民』と呼ばれ、搾取(さくしゅ)の対象に(おとし)められているという。


「いったい何時(いつ)から御変わりあそばれたのか……あれほど聡明(そうめい)であられたリオン様が……まるで別人のようではないか」


 口を()いて出た愚痴めいた己の独白に、クリストフは再度深い溜息を(こぼ)して懊悩せざるを得ない。


『お前は小利口(こりこう)な男だが、その実は傲慢(ごうまん)短慮(たんりょ)……今回も教団の愚物共に乗せられた結果ではないのか? それとも連邦の有象無象(うぞうむぞう)(そそのか)されでもしたか?』


 あの反乱の日、その場にそぐわぬ愉快(ゆかい)げな表情で我が子を揶揄(やゆ)したザイツフェルトの()台詞(ぜりふ)が脳裏に(よみが)る。

 あの時は只の負け惜しみだと一顧(いっこ)だにしなかったが、今にして思えば前皇帝は、父親として正確に我が子の本質を見抜いていたのではないか……。

 そしてザイツフェルトの最後の言葉……。


所詮(しょせん)きさまでは、()()()には逆立ちしても勝てぬだろうがな』


 その台詞の中で語られた『あの男』が誰を指すのか、クリストフは(あやま)たずに理解したのだ。

 彼自身も地球という辺境の星で(まみ)えた男。

 物陰から(うかが)っていた自分の存在を看破し、帝国と教団に対する敵意を隠そうともしなかった軍人。

 ザイツフェルトが引き合いに出したのは脱出したセリス皇子ではなく、間違いなく白銀達也だった……。

 クリストフはそう確信していたのである。


「だが彼は……神将はもうこの世にはいない。ザイツフェルト陛下、御許しあれ。道を変えるにはもう遅すぎます。ならば最後まで信じた道を進む……それしかないのです」


 誰もいない部屋で幻影に向けて一人口(ひとりぐち)た帝国の剣聖は、三度(みたび)疲れ切った溜息を 漏らすのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 力だけに物を言わそうとする君主は常に一枚岩にはなれないものですね。 どこか、綻びが現れる。 自身の足元を盤石なものにするために一族郎党を殺したのは晩年の秀吉。朝鮮出兵も失敗でしたし、結局歯車…
[一言] 無理に支配範囲を拡げる事に、いったい何の意味があるって言うのかねぇ(~_~;)
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