第四十七話 インナーオペレーション ⑥
「各セクションの作戦進捗状況はどうなっているの?」
要塞鎮圧に成功し休む間もなく指令センターへ足を運んだ志保は、信頼する副官へ単刀直入に訊ねた。
「特に問題ないわ。打ち合わせ通りに進行中よ」
デラからの返答に安堵しながらも『確認を疎かにするな』と口喧しい赤髭達磨の薫陶を思い出した志保は、殊更に厳しい顔を取り繕って質問を続ける。
「星域内の現状は? 親分の作戦は予定通りに推移しているのかしら?」
「神将相手にそんな心配するだけ損よ。我々が行動を起こしたジャスト一分後に、銀河連邦軍駐留艦隊もルーエ神聖教国政庁も混乱の極みに陥って、目下乱痴気騒ぎの真っ最中だわ」
そう言ってデラが肩を竦めると、気を利かせた部下が通信機を操作し、引っ切りなしに飛び交う音声をスピーカーに流してくれた。
それらを聞く限り、ベギルーデ星系は激しい戦闘の只中にあり、大いに混乱しているのは疑いようもない。
事前の会議の中で『簡単な任務だ』と達也は言っていたが、口で言うほど容易い事でないのは実戦経験が乏しい志保にも分かる。
(如何に心理的に敵対しているとはいっても、条約によって停戦している両軍を相争わせるのは簡単ではないわ……双方の心理状況を逆手にとり、タイミングを見計らって仕掛ける……絶対に敵にしたくない人間よね、クレアの旦那は)
達也と同じ銀河連邦軍に籍を置いていたデラとは違い、安閑とした組織の一員だった頃に知り合った、同僚教官としての彼しか志保は知らない。
それ故に白銀達也という軍人の凄味を見せ付けられた彼女は、大いに畏怖せざるを得なかった。
嘗ての仲間達が絶大な信頼を寄せるのも納得だと思いながらも、意識を切り替えた志保は眼前の任務に傾注する。
「ヴェールトに降下する救助部隊のイ号潜艦隊は?」
「既に四十隻全てが次元潜航を脱して大気圏内に突入しているわ。今頃は、事前に振り分けられている集合ポイントに順次着陸している筈よ。移住希望者達を収容してヴェールトを離脱するまであと一時間もない。こっちも脱出準備を急がないと」
そう言われてスクリーンを見れば、要塞内の模様が分割されてトレースされており、その中に最下層の牢獄エリアから救出される獣人達の姿があった。
その数は五百人を少し超える位であり、五隻のイ号潜に分散収容してベギルーデ星系から脱出してセレーネ星を目指す算段になっている。
「そうね。収容を終えたイ号潜から暫時出航させて頂戴。各々所定のコースを以て離脱するように伝えなさい。その後、親分の命令通りこの要塞は破壊するわ」
梁山泊軍が暗躍した痕跡を残さない為、そして、譬え僅かな時間でも獣人売買という悪行を断つ為にも、拠点となるこの要塞を残しておく訳にはいかない。
だから、志保は断固たる決意を以て命令を下した。
「分かった。工作隊は私が率いて動力部に向かうから、此処は団長に任せてもいいかしら?」
デラが命令を応諾してそう問い返すと、志保は問題ないとばかりに頷く。
「OKっ! そっちの仕掛けが完了したら私達も直ぐに撤収するから、アンタ達はその儘スペースポートに向かって頂戴」
副官が部下を引き連れて要塞動力部へと向かうのを見送った志保は、救出した 獣人達のイ号潜への乗り込み状況を注視しながらも、今尚激しさを増す銀河連邦軍と帝国軍の戦闘情報の収集に余念がない。
暗号電文を使う余裕もないらしく、銀河連邦軍駐留艦隊司令部とルーエ神聖教国政庁府のやり取りでさえ平文で交わされており、その混乱ぶりが窺い知れた。
「可能な限り記録して持ち帰るわよ」
志保がそう命じたのと同時に別の部下が歓声をあげた。
「イ号潜二隻っ! ヴェールトの大気圏を離脱して撤収コースに進路を取りました! あっ、後続艦をレーダーが捕捉……二、三……六隻が後に続いています」
どうやら救出作戦は予定通り順調に推移している様で、志保は胸を撫で下ろす。
(あとは、ラインハルト司令が坐乗する殿艦が離脱すれば今回の作戦は終る……なんとか成功したわね)
自らが部隊を率いて大規模作戦の要役を担うなどは初めての経験であり、顔には出さなかったが、彼女自身も相当に緊張していた。
然も、自分から提案した作戦でもあり、無事に目的を達せられて本当に良かったと安堵する。
(……しかし、部隊指揮官なんて面倒な役回りを、毎度平然と熟している赤髭には本当に恐れ入るわ……出撃前に嚙みついたりして悪かったなぁ……)
思っていたよりも順調に事が運んで気が抜けた所為か、出発前にケンカ別れしたラルフとのやり取りを思い出した志保は、自分が小さな溜め息を漏らしているのに気付いて苦笑いせずにはいられなかった。
(顔を合わせればケンカばっかり。私よりも背は低いし、滑稽な赤髭達磨だしさ。おまけに口煩いオヤジだし……でも、時々格好良く決めたりするから性質が悪いんだよね、アイツ)
本人が聞いていれば、取っ組み合いの第二ラウンドが始まるに違いない酷い評価だが、志保は決してラルフを嫌っている訳ではない。
寧ろ、母親共々に命を救われた恩義や、日々の訓練を共にするなかで知った彼の実直さと人柄に好意を懐き、敬愛の情すら感じる様になっていた。
ただ素直にその気持ちを表に出すのが照れくさくて、顔を合わす度に憎まれ口を叩いては、じゃれついているだけなのだ。
(私もクレアをチョロインとか言えないわよねぇ。まぁ赤髭から見れば、私なんか生意気でガサツな男女でしかないでしょうし……何がどうなる訳でもないんだから考えるだけ無駄なんだけどね)
クレアやエレオノーラに揶揄われた際に全力で否定して見せたのは、自分だけが好意を懐いているのを、彼女達に知られるのが恥ずかしかったからに過ぎない。
尤も、志保も気づいてはいないが、ラルフも同じような想いを懐いているのだから、不器用な似た者同士というのは間違いないだろう。
(長い人生、言わぬが花って事もあるわよ……)
自分らしくもないと再度苦笑いを浮かべた時、イ号潜艦隊の動向をトレースしていた部下の報告に耳を叩かれて志保は我に返った。
「救出艦隊三十七隻目のイ号潜がヴェールトの大気圏を離脱っ! 予定のコースに進路を向けます。ラインハルト指令の白龍も地上を進発したそうです!」
思いがけず思慕の情に捉われていたからか、思ったよりも時間が経過しているのを知り、慌てて作戦指揮に意識を集中させる。
「OK。白龍が大気圏を離脱して次元潜航に移行するポイントに進路を取ったら、私達も撤収を開始するわよ! デラ、爆薬のセッティングはどうなっているの?」
『間もなく終了するわ。起爆時間はジャスト三十分後よ』
「充分だわ。アンタ達も作業が終わったら、直ちにスペースポートに移動して撤収開始よ」
『了解! 他の団員達も急いで撤収させるわ』
デラからの報告を聞いた志保は、万事順調の中に全ての作戦が完遂されそうだと安堵したが、最後の最後で波乱が待ち構えていようとは夢想だにしていなかった。
そして、それは前触れもなく襲い来て、彼女達を窮地へと陥れたのである。
「団長っ! スペースポートでの作業が遅れているようです。救出した獣人たちの一部がヴェールトに戻せと騒いでいる様で……」
眼前の部下の報告を最後まで聞かずに志保は舌を弾いた。
機密保持の為にも、虜囚になっていた彼らをヴェールトへ帰す訳にはいかない。
いずれは故郷に帰すと達也は言っていたが、それは今ではないのだ。
それ故に最悪の場合は拉致同然に連れ去るのも止むを得ないと、事前の打ち合わせで確認済みだった。
ヴェールトに残してきた大切な者たちに対する彼らの慕情は理解できるが、それを叶えてはやれない以上、志保は心を鬼にして命令するしかなかったのである。
「もう時間がないわ。もう一度説得しても従わないのならば、拘束しても構わないからイ号潜に放り込みなさいっ! 責任は私がとるっ!」
指揮官としては当然の決断だが、獣人達の痛苦を思えば、志保は忸怩たる思いを懐かずにはいられなかった。
それでも今は生き延びるのが先決だと自分を納得させたのだが、アクシデントはそれで終わりではなかった。
『姉御っ! 説得に手間取っているうちに、子供が一人逃げ出しちまったようで、そっちで居場所が分かるなら俺が連れ戻しに行きますぜ!?』
やや苛立った風情のバルカが語気を荒げているのは、同胞たる獣人たちの説得に手間取ったからだろう。
命がけで助けに来たのに、その手を振り払われれば憤慨するのも当然だ。
しかし、そんな精神状態の彼にナイーブな子供の相手をさせるのは憚られ、その進言を志保は却下した。
「もう時間がないわっ! 下手に捜索に人数を割いたら脱出が遅れて要塞の爆発に巻き込まれてしまう。逃げた子供の対処は私がするから、アンタはそっちに向かっているデラと協力して、速やかに撤収準備を完了させなさいッ!」
バルカは不満げだったが、それでも上官の命令に背こうとはせず、渋々ながらも了承したのである。
この数か月間の訓練は無駄ではなかったと妙なところで感心した志保だったが、直ぐに表情を引き締めて要塞内をモニタリングしている部下に問うた。
「逃げた子供が何処にいるか分かったかしら?」
訓練期間中にクレアから直接手ほどきを受けたのが自慢の団員は、確かに素晴らしい手際でシステムを操作するや、たちどころに目標を捉えて破顔する。
「スペースポートより二階層上の北側にある第三ハンガー周辺です。しかし、あそこは海賊達の逃亡を防ぐ為にブロックごと爆破されていて、目標に接触するには、上階を迂回して反対側から廻り込むしかありません! 然も駐機されている宇宙船は、小型シャトルに至るまで全て破壊されている筈です!」
要塞爆破の時間まで間がないため、迂回ルートを通っていてはスペースポートに戻るのが大幅に遅れてしまうのは明白だが、不安げに顔を曇らせるその団員に志保は不敵に笑って見せた。
「それでも、誰一人見捨てる訳にはいかないのよ。それに相手は子供だから抱えて走れば時間は短縮できるわ。迷子は私が何とかするから、アンタ達も直ぐに撤収を始めなさい。全員で生きて帰るわよっ! さあっ、急いでッ!」
そう言うや否や、志保は脱兎の如くに指令センターを飛び出すのだった。




