第四十七話 インナーオペレーション ⑤
「おぉぉいッ! ショーはまだ始まらねぇのかぁぁ──ッ!?」
「待ちきれねぇぞぉぉッ! さっさと開演してくれよぉ~~ん!」
むさ苦しい海賊達の歓声が飛び交う大食堂は熱気で噎せ返っていた。
獣人奴隷を確保する時以外にはヴェールトにさえ降りられず、奴隷売買に専従しなければならない彼らにとって、娼館から派遣されてくる女たちとの艶事は数少ない娯楽の一つだ。
それ故、毎回『憂さ晴らし』と称した乱痴気騒ぎに発展するのも珍しくはなく、娼館側にはあまり良い顔をされないのが常だった。
事実、政庁府を通じてちらほらと苦情も来ていた矢先だったので、新顔の来訪は海賊達にも願ったり叶ったりだったのである。
然も、そのニューフェイスが極上の好い女ぞろいとくれば、男達の欲望がヒートアップするのは至極当然の成り行きだった。
そして開演予定の一分前。
既に見境を失くしかけて暴徒化する寸前の猛獣達の前に、妖艶な美女が煽情的な衣装をその身に纏って顕現する。
艶のある漆黒のショートヘアーは証明に照り映えて、艶美な微笑を湛えた顔は、まるで女神かと見紛わんばかりの美しさだ。
上半身はブラジャー風のトップスのみで、肩から腹部に掛けてその白い肌を隠すものは何もなく。
多数のビーズをアクセサリー代わりにして装飾された小さな薄布が、女の煌びやかな色香を引き立てている。
下半身を覆うのはジョーゼットの赤い捲きスカート。
生地はうすく透けており、おまけに片側は腰の辺りまで深いスリットが入っていて、魅惑的な脚のラインから腰周りを惜しげもなく曝していた。
彼女の出身地である地球のアラビアンナイトの装束。
所謂ベリーダンスの踊り子に扮した志保は、息を呑む男たちに艶然と微笑む。
主役の登場に一瞬静寂が辺りを支配したが、それは直ぐに熱気に満ちた男たちの歓声によって塗り替えられてしまう。
充分なスペースを確保していたはずの大食堂は既に立錐の余地もなく、一段高いステージから睥睨する志保は、その蛮声に応えて右手を上げた。
その指先の繊細な動きを男たちの視線が追い、それに合わせるかのように歓声は次第に小さくなっていく。
そして欲望という名の熱気に満たされた静けさの中、娼館の女主人を演じる志保は蠱惑的な艶を帯びた唇で口上を述べた。
「熱烈な歓迎を賜り感謝申し上げますわ。みなさまにご満足戴けますよう、今宵は我らローズガーデンの精鋭達が精一杯サービスしますので、どうか、天国へと続く魅惑の時間を御堪能下さいませ」
挑発的な物言いに男達の欲望は弥が上にも高まり、そして志保の心もまた、その熱気に煽られるかのように火照りを増していく。
(作戦開始まで、あと三十秒……)
手首に装着しているユニットの微かな振動でその時が来たのを察した志保は、恭しく一礼するや、最後の手向けを黄泉路へ赴く者達に贈るのだった。
「皆様の御霊が安らかならんことをお祈りいたしますわ!」
見惚れんばかりの微笑みとともに彼女の口から零れた惜別の言葉は、紛れもなき日本語。
それが死を告げる言葉だと理解する術もない海賊達が割れんばかりの歓声を上げる中、志保は敢然と踵を返してステージ裏へと駆けだす。
その朱唇から微かに漏れる数字の羅列は、作戦開始と海賊達の死を告げるカウントダウンに他ならない。
会場に響く葬送曲代わりの派手な音楽と、踊り子の登壇を待ち侘びる男達の下卑た胴間声を背に控室に戻った志保は、直ちにバトルスーツを顕現させて臨戦態勢を整えるや、足を止めずに反対側の出入り口から通路へと飛び出していく。
「おやすみ……あの世で己の罪を償いなさい」
そう呟いたのと同時に心中のカウントダウンがゼロを告げた。
その刹那、ステージに仕掛けられていたヒルデガルド謹製の時限爆弾が起動し、周囲の全てに死を齎す凶暴な破壊神となって暴威を振るったのだ。
その凄惨な大音響と激しい振動を合図にして、強襲作戦の幕は切って落とされたのである。
◇◆◇◆◇
「ちっ! とんだ貧乏くじだぜ……こんな時に当番とはよぉ~~」
「まったくだぜ。もうすぐショーが始まるんじゃねぇか?」
「くっそぉ─っ! どうせ何かがある訳でもないんだ、こっちにも女と酒を廻してくれてもいいだろうによぉっ!!」
要塞の中枢部である指令センターに詰めている海賊達は、スクリーンに映る娼館の妖艶な女主人の艶姿にギラついた視線をぶつけながら悪態をつく。
「それにしても好い女だぜぇっ! 他の女達も頗るつきの美姫ばかりだ! 交代の時間なんか待ってられないぜッ!」
誰かが発した下卑た台詞に、その場にいた全員が賛意を示そうとした時だ。
スクリーンの映像が暗転し砂嵐状態になったのと同時に、床を突き上げた激しい衝撃に足を取られた男達は派手に転倒してしまう。
そして、何が起こったのかさえ理解できない彼らを最悪の暴威が襲う。
一つしかない出入り口の隔壁が突然開いたかと思えば、二匹の獣が猛然と突入して来たのだ。
彼らが獣だと勘違いしたのも無理はない、飛び込んで来たのは白いアーマースーツを身に纏った獣人女性の空間機兵団員であり、その戦闘力は彼らの常識を遥かに凌駕した代物だった。
当り前のように荒事をこなさなければならない海賊らも、軍隊程ではないにせよ常日頃から鍛錬を疎かにしてはいない。
だから、それが何者であれ侵入者を敵と判断し、排除するべく咄嗟の行動に移行したのは見事だと言う他なかった。
しかし、海賊達の迎撃は、呆気ない程に容易く遇われてしまう。
獣人としての高い身体能力を極限まで鍛えた上に、バトルスーツの優れた性能も相俟って、その動きは閃光と称賛するに相応しいものだ。
そこへ、同胞を虐げて来た海賊達への憎悪がプラスされるのだから、その暴威はとてもではないが、人間如きにどうにか出来るものではなかった。
「てっ、てめぇ──ッ! ぐふうぅッッ!??」
恐怖に歪んだ顔で罵声を発しようとした男は愛用のレーザー銃を構える暇もなく、凶刃と化した抜手で腹部を貫かれて瞬時に絶命し、他の男達も蹂躙される儘に物言わぬ骸へとその姿を変えていく。
しかし、仲間を盾にして寸瞬の間を掴んだ最後の男が、サブマシンガンの銃口を彼女らに向けるチャンスを得た。
そして、敵討ちだと言わんばかりに、その引鉄に掛かった指を引き絞ろうとしたのだが……。
「そんなモノをぶっぱなされて機材を壊されちゃ困るんだよッッ!」
部下をバックアップする為にやや遅れて飛び込んできたデラが、ブーツのアシストを最大限に利用して床を蹴り、一瞬で男との距離を詰めるや、渾身のインパクトカノンをぶち込んだ。
驚愕に顔を歪めた男は痛みを覚える間もなく、臓腑を背後のコンソールボックスにぶちまけたのである。
「指令センターの制圧を完了……三十秒か……まあまあね。さあ、さっさと配置につきなさい!」
自らの手で冥府に送った人間の残滓には目もくれず、デラは部下達を急かす。
だが、その命令を待つまでもなく彼女らは次の行動に移っており、指令センター内の各コンソールパネルの操作を始めていた。
その様子に満足げな笑みを浮かべたデラは、それでも念押しを忘れず声を張る。
「白銀の大将が陽動作戦を開始したら、直ぐに乱痴気騒ぎになるよっ! 連邦軍や政庁からの通信や問い合わせには、機材等の不調を理由にしてサウンドオンリーで対処しな! あと変声システムをONにするのを忘れるんじゃないわよっ!」
「分かってます! バッチリ濁声設定ですから、声の主がこんな可愛い子ちゃんだとは夢にも思いませんって……おっと! 始まったようです! 通信電波増量! 平文で飛び交っていますッ!」
軽口を叩いた部下が一転して歓声を上げた。
それが合図だったかのように、けたたましいコール音が次々と室内に響き渡り、海賊を装った部下達が絶妙の演技力を発揮してそれらに対応する。
「何か美味しい拾い物があるかもしれないからね。交わした通信と傍受したものは全て記録しておきな!」
デラの命令に部下達はサムズアップして了承の意を示すのだった。
※※※
慰問団のショー見たさに大食堂に集まっていた海賊達は、この要塞に配備されていた人員の実に七割にも及んでいた。
それが一瞬で吹き飛ばされて地獄送りにされたのだから、その時点で勝負は付いたと言っても過言ではないだろう。
残りの海賊らも、各部署ごとに配置されていたアマゾネス軍団と、混乱に乗じて外部より侵入を果したバルカら別動隊によって瞬く間に駆逐されていく。
唯一抵抗が激しかったスペースポートも……。
「何をチンタラやっているのッ? 状況はッ!?」
踊り子用の控室から駆け付けて来た志保の登場に、入り口付近で攻防を余儀なくされていた団員達は表情を華やがせた。
ほぼ同時にバルカら別動隊の一分隊も合流を果す。
「すみません団長! 奥に積み上げられている貨物用コンテナをバリケードにして六人の海賊が立て籠もっているんですが、入り口が一か所しかなく、その先に身を隠せる障害物もなくて……」
分隊指揮官を任されている獣人女性が、現況を報告しながら痛苦に満ちた視線を少し離れた後方にやる。
そこには負傷して横たわっている団員が三名、治療を受けていた。
「命に別状はありませんが……直ぐに後送してイ号潜に収容しないと……」
部下の痛ましい姿を見た志保の気配に剣呑なものが滲む。
「ヘンケル。私が合図したら入り口目掛けてランチャーを撃ちなさい。バルカ! 私とアンタで突入するわよ! 遅れたら承知しないからね!?」
「合点でさぁッ! 志保の姐御っ!」
最近ではすっかり従順になったバルカからの不本意な呼び名に顔を顰めた志保だったが、今はこの場を制圧する方が先だと思い直す。
「三、二、一っ! GO──ッ!!」
その掛け声と二本のハンドランチャーが火を噴いたのは同時だった。
正確に着弾したランチャー弾が入り口周辺を粉微塵にした瞬間、志保とバルカは爆炎と粉塵の中を駆け抜けて突入を果す。
黒煙に視界を遮られ、反撃も儘ならない海賊たちの一瞬の躊躇を衝いた二匹の猛獣は、ハンドガンを乱射しながら敵が立て籠もるコンテナの集積場まで一気に疾駆して接近を果した。
視線が合った眼前の男が恐怖に顔を歪めるのを一瞥した志保は、その脆い肉体に容赦なく拳を叩き込むや、まるで舞うが如くに一陣の暴風となって海賊達を蹂躙していく。
「さすが姐御だ。いつもながらに惚れ惚れしますぜ!」
バルカが感嘆の声を上げるまで僅かに二十秒。
こうして海賊達の抵抗は全て沈黙したのである。
「直ぐにゲートを開放してイ号潜を入港させなさいっ! 囚われている獣人たちを救助誘導して収容するのよっ!」
そう命令して団員らが駆け出したのを確認してから、志保は物言わぬ骸となった者に哀切の情を滲ませた視線を投げた。
(恨むなとは言わないわよ……仲間を傷つけられた私の憤りも、所詮は身勝手な八つ当たりだものね……だから何時かあの世で会った時に恨み言は聞いてあげる)
達成感も高揚感も何もない。
ただ、空虚な感覚に志保は小さく溜息を零すしかなかったのである。
だが、それでも志保は志保だった……。
「あ~~。バルカ、ちょっと……」
魅惑的な微笑みと共に可愛い(?)部下の名を呼んだ志保は、奮戦を褒めて貰えるものと期待して近づいて来たバルカの頭を全力でシバキ倒して吼えたのだ。
「変な呼び方をするんじゃないわよっ! このアンポンタンッ! 姐御じゃなくて団長と呼べって言ってんでしょぉ──がぁッッ!!」




