第四十七話 インナーオペレーション ④
出撃準備を終えた攻略部隊がヴェールトを出発する間際、ラルフは志保を捉まえて最後の打ち合わせを行ったのだが……。
「はい、はい。そんなに念押ししなくても、嫌になるほど耳に胼胝だからぁ─! 大体ねぇ、口煩い男はモテないわよ?」
再三繰り返される注意に辟易した志保が、煩わしげな風情で軽口を叩いたのが悶着の始まりだった。
「何だその言い種は!? おまえの行動一つに作戦の成否や部下たちの命が懸かっているんだぞ! これは遊びじゃないんだ!」
自前の傭兵団を率いていたラルフは、パイロットに有りがちな奔放さとは無縁の存在であり、そのコミカル(主に自慢の赤髭)な雰囲気からは到底想像できないが、生真面目な堅物として周知されている。
おまけに腕っぷしも相当なものだから、好んで彼を怒らせるような命知らずは、現在梁山泊軍にはたった一人しかいない。
そう……その一人が、遠藤志保に他ならないのだ。
「言われなくても、そんな事は分かっているわよッ! だから何度もミーティングと訓練を重ねて来たんじゃないっ!? 既に作戦決行を目前にしているのに、今更ごちゃごちゃ言われたら気が散るだけなのよッ!」
屈強なパイロット連中でもビビるラルフの剣幕をものともせずに、眦を決して語気を荒げた志保は、細腰に両手を添えて胸を突き出す格好で啖呵を切った。
このふたりが日常的に繰り広げる丁々発止のやり取りは、空間機兵団と航空隊の名物と化しており、隊員達の娯楽(主に賭博の対象)として重宝されている。
尤も、その事実を志保もラルフも知らないのだが……。
結局最後は罵り合いの末に取っ組み合いの騒ぎになってしまったのだが、双方の部下たちが身を挺して仲裁に入ったお蔭で事なきを得ていた。
(あのじゃじゃ馬めっ! 腕っぷしが立つ上に減らず口まで達者だなんて最悪じゃねぇかっ!)
その時の如何にも面倒だと言いたげな志保の顔を思い出したラルフは、胸の中で悪態をついたのだが、モニターに映る海賊のアジトを見ていると、弥が上にも不安が募ってしまう。
そんな気持ちを意識すれば怒りは急速に薄れていき、自分でも理解し難い感情が心の中を占拠していく。
「まったく俺らしくもない……自分のことさえ儘ならないのに他人の心配とはな。おまけにその相手が、あのいけ好かない女と来たもんだ……」
思わず漏らしてしまった己の言葉に驚いたラルフは、自嘲気味に口の端を歪めるや、心の奥底に自らの思考を沈めた。
『いけ好かない女』と志保を評した彼だが、決して嫌っている訳ではない。
確かに娘のアイラを介しての縁で知り合ったとはいえ、最初は見た目の華麗さとは裏腹に、女だてらにガサツで粗野な奴という感想しか懐けなかった。
彼女の母星のイベントキャラクターに譬えられて、『赤髭』『赤髭サンタ』と、顔を会わす度に揶揄われ続ける日々に憤慨したのも紛れもない事実だ。
そういう経緯もあり、志保とは顔を会わすのも嫌だったし、アイラが嬉々として彼女やその母親を慕うのすら腹立たしくて仕方がなかった。
しかし、地球を脱出する際の騒動で志保の内面の弱さを目の当たりにし、また、その後の逃避行のなかで、自死を決断した自分を叱責して引き留めてくれた彼女の強さを知って、ラルフの認識は大きく変化したのである。
志保の母親の美緒から命の恩人だと感謝され食事を御馳走になるうちに、自然と垣間見る彼女の素顔に、ラルフは異性として好感を懐く様になっていったのだ。
(娘と大して年齢の変わらない女が気になるなんてな……いい歳をして何を考えているんだ俺は……あいつとは十七も歳が離れているんだぞ)
所詮はどうなるものでもないと思っているが故に、胸の中に仕舞っていた想いなのだが、今回の作戦で志保の部隊が危険な役処を一手に担うと決まって以来、不安に苛まれる反動からか、必要以上に彼女に干渉しては煙たがられるという悪循環を繰り返す自分が滑稽に思えてならない。
とはいえ、作戦の決行を待つだけの今となっては、五月蠅がられても、もう一度念押しするべきだったとラルフは臍を噛む思いだった。
だから、モニターに映る要塞の映像を不安げな眼差しで見つめながら、今まさに作戦開始を目前に控えた志保の無事を祈るかの様に呟いたのだ。
「戦場で命の天秤を支配するのは運だ。幸運と不運……その些細な匙加減が明暗を分けてしまう……幸運を掴めよ志保。不運と躍るんじゃないぞ」
◇◆◇◆◇
作戦開始一時間前
品評会を兼ねたダンスショーが行われる大食堂は、テーブルや椅子の類は綺麗に片付けられ、志保らが持ち込んだ簡易式のステージは、隣の控室へと通じるドアの前に設置を完了していた。
御丁寧にもステージには艶めかしいピンクの薄布で作られた天幕が飾りつけられており、野暮なドアは覆い隠されて観客側からは見えないようになっている。
娯楽に餓えているのか、将又ショーの開始時間が待ちきれないのか、大食堂には早くも手隙の海賊達が大勢押しかけて来ていた。
「がっついているわねぇ。余裕のない男はモテないんだけど……今更言っても手遅れか……」
薄布の合わせ目から食堂の様子を窺っていた志保が、冗談とも本気ともつかない台詞を呟いて、背後に集合している団員達を笑わせた。
平然と振る舞ってはいるが、彼女とて緊張していない訳ではない。
緊張しているからこそ、シニカルなジョークが口を吐くのだ。
それは彼女の部下達も理解しており、作戦開始を前にして闘志を滾らせていた。
天幕の隙間を合わせてドアを閉めた志保が、部下の一人に視線で合図を送ると、頷いた団員が外の通路に海賊達がいないのを確認してドアの鍵をロックする。
無言でOKサインを返してくる彼女を微笑みで労った志保は、作戦の最終確認をするべく表情を改めた。
「作戦は予定通り。白銀の親分が陽動を開始するジャスト一分前に、私が打ち上げる花火を合図にして戦闘開始。いいかしら?」
団長の言葉に一斉に頷く空間機兵団員たちは全員が女性であり、一様に露出度の高い服装でバッチリ化粧も決めている。
これは今しがたまで要塞内の彼方此方を徘徊していたからであり、情報収集の為のカムフラージュに他ならない。
肌を露出させているのは海賊連中を油断させる為であり、事実、彼女達を見咎めた者達は、誰一人として例外なく鼻の下を伸ばし、その行動を制限しようとはしなかった。
お蔭で気が抜ける程スムーズに必要な情報を入手できたのだが、彼女達にしてみれば、玉の肌を無料見されて大損をしたという思いの方が強いらしく、全員が激しく憤っているのが志保には分かった。
「ふっふふ……皆よく似合っているじゃない。連中から咎められたり、変な真似をされたりはしなかったかしら?」
酷く意地の悪い笑みを口元に浮かべた志保が問うと、この襲撃部隊の副官であるデラが、顔を顰めて心底嫌そうな声で悪態をつく。
「どいつもこいつも下品で最低の男ばっかり! 馴れ馴れしく人の身体にベタベタと……思わず頭を吹き飛ばしてやろうかと思ったわよ」
彼女は元銀河連邦軍所属の空間機兵であり、シルフィードの保安警備部隊の隊長を務めていた猛者でもある。
志保より年上で経験も豊富な彼女だったが、梁山泊軍の空間機兵団が結成される際には団長の座を志保に譲り、自分は副官に収まったという経歴の持ち主だった。
本人曰く『実力では全く敵わないから』というシンプルな理由だったが、お互いを認め合う二人は良く協力して団を纏め上げているのだ。
そして、そのデラの言葉に同意するかのように、大半の団員達が不快な顔で頷いたのである。
「アハハハ。それは災難だったわね。作戦が始まったら好きなだけ鬱憤を晴らせばいいわ。それで? まさか無料で触らせてやったんじゃないんでしょう?」
忌々しげに吐き捨てる副官ら部下達に憂さ晴らしの許可を与えた志保は、戦果を開陳しろと促す。
「勿論よ。とは言え、確認した限りでは事前に入手していた情報は、ほぼ完璧だったわ。作戦の手順を修正する必要はないと思う」
「さすがは腕利きの情報員……抜かりはないか……」
デラの返答を聞いて、何処か得体のしれない元連邦の灰色狐の惚けた顔を思い出した志保は、一応心の中で感謝しながらも優先するべき事に意識を傾注する。
「それで、囚われている獣人達の居場所は確認できた?」
その問いに答えたのは、バルカを一蹴した志保に憧れて空間機兵を志願して、見事正式団員に採用されたアルカディーナの獣人女性達だった。
「ハンガーエリアの奥まった部屋に下層へのエレベーターがあり、その先の牢獄に全員囚われているそうです。少し煽てただけでベラベラと喋ってくれました」
「ただ……囚われている人数は事前の情報通りでしたが、想定よりも、十歳ぐらいの子供が多いようです」
救出対象の居場所が確認できたのは僥倖だったが、子供が多いというのは今後の彼らへの処遇を思えば、決して良い事だとは言えない。
作戦が成功したとしても、救出した彼らをヴェールトには帰してやれないのだ。
梁山泊軍の存在を秘匿するためにも、彼らにはセレーネ星へ同行して貰わざるを得ず、親や近親者と一緒に捕まっている子供達はともかくとして、単独であるならば哀れだと言う他はないだろう。
「そう……それでも、此処にいるよりはマシでしょう。売られた先で安寧が待っている筈もないでしょうからね」
出来る限りのフォローはしなければならないと思いながらも、それは頼りになる腐れ縁の親友に任せておけば、上手く取りはからってくれるという安心感もあり、志保は子供達の件を保留扱いにして記憶に留めた。
「あとは突入部隊の状況だけど、バルカ達は配置に就いたかしら?」
「既にGデッキのエアロック付近に待機中。作戦開始と同時に隔壁を破壊して突入する手筈になっているわ」
外に待機しているバルカ率いる別動隊の準備も整った以上、後は最後の確認をするだけだ。
「それで、何か役に立ちそうなブツは手に入ったかしら?」
志保の問いに複数の団員達がにんまりとほくそ笑むや、それぞれが要塞内の随所で拝借して来た戦利品を披露する。
彼女達の前に並べられたのは、小口径ながらパフォーマンスに優れるハンドガンが十丁と、ハンドタイプのグレネードランチャーが五本。
そしてビームライフル三丁と特殊ナイフが人数分という見事な戦果だった。
これこそが、インナーオペレーションの真骨頂であり、古くは『トロイの木馬』に代表される、この奇策の最大の特徴でもあるのだ。
「これはまた……随分と管理が甘いんだねぇ。まあ、あんた達の柔肌にタッチした代金代わりに有難く使わせて貰おうかしらね」
何処か惚けた志保の物言いに、団員達は苦笑いするしかなかったが、海賊達への意趣返しは彼女達にとっては確定事項であり、団長からの御墨付きを得て、闘志は滾り立つ一方だった。
そうこうしているうちに時間は過ぎ、作戦決行まであと数分を残すに至る。
団員達は衣装箱から各々のリストガード型のバトルスーツユニットを取り出し、一瞬で装備を顕現させた。
娼婦の仮面を脱ぎ捨て、精強なるアマゾネス軍団へと変貌を遂げた部下達を頼もしげに一瞥した志保は、自身も不敵な笑みを口元に滲ませて命令を下す。
「さあ! 手筈通り配置につきなさい。作戦開始一分で各々の戦術目標を制圧するように」
難民救出の任に就くイ号潜艦隊の為にも、短時間での作戦完遂は必須だ。
だから志保は団員達を鼓舞する為、更に言葉を続けるのだった。
「梁山泊軍空間機兵団の初陣よ。派手に、そして艶やかに決めましょう。約束通り海賊には全員天国という名の地獄にいって貰うわ。積み重ねた罪業を贖わせてあげなさい」
その激励が終わるや否や、団員達は作戦要綱に則って行動を開始する。
周囲を警戒しながら部屋を出ていく彼女達の背を見送った志保も、身を翻して衣装箱に歩み寄るや着衣を脱ぎ捨てた。
その脳裏に浮かぶのは、出発の間際まで有難くもない説教をしてくれた赤髭達磨の顔。
その途端に忘れていた怒りが蘇り、志保は鼻を鳴らすのだった。
(ふんっ! 見ていなさいよ赤髭ッ! 私がデキル女だってのを思い知らせてやるんだからねッ!!)
子供っぽい意地かもしれないけれど、アンタには負けたくない……。
志保は自分自身にそう強く言い聞かせて奮起するのだった。




