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第四十七話 インナーオペレーション ③



(まったくぅぅッッ! ギラついた視線を寄越(よこ)すんじゃないわよッ! コイツらに比べたら、伏龍の駄目教官共の方がマシだったわね)


 (つと)めて上品な笑顔を取り(つくろ)う志保は心の中で悪態をつきながらも、過去に素気無(すげな)くあしらった同僚教官達への評価を(わず)かばかりだが引き上げた。

 とは言え、あくまでも雀の涙ほどの超微増なのが彼女らしい。


(可愛げもなければ品性の欠片(かけら)もない! おまけに遠慮もないなんて最悪ぅッ! ないない尽くしで顔も不細工(ぶさいく)って、何処(どこ)にも救いがないじゃないのよッ!)


 偶然ではあるが、攻略対象のボスであるピラートが神聖教国の政務官に(いきどお)っていたのと同じく、志保も怒り狂っていたのだ。

 (もっと)も、彼女が大層立腹しているのは、海賊連中の無遠慮(ぶえんりょ)な視線ばかりではなく、ヴェールトを発つ時に、ある人物と()めたからでもあるのだが……。

 ()にも(かく)にも私怨(しえん)で作戦をぶち壊すわけにもいかず、怒りを腹の底に飲み込んだ志保は、フロアーに降りて来た巨躯(きょく)の男を見て、ほんの(わず)かだ口角を吊り上げた。

 事前に入手していた敵方の重要人物名簿のトップを飾っていた男。

 目の前まで歩み寄って来た男が、そのピラート・バンディードだと一目で理解したからだ。


(どうやら、この男が私の御相手みたいね……)


 ()しくもこの時、初顔合わせのふたりの思惑は見事に一致したのである。

 その内容がどうであれ、互いに相手を己の獲物(えもの)と見定めたという一点に()いて、そう断言しても()(つか)えはないだろう。


 筋肉質の巨漢とグラマラスな美女が相対(あいたい)する絵面(えづら)は、(はた)から見ればコミカルだが、志保にとっては作戦の成否(せいひ)を左右する正念場に他ならない。

 しかし、彼女がこの程度でビビるような可愛げのある女でないのは、背後に付き従っている部下達は勿論(もちろん)、梁山泊軍に所属する士官ならば誰もが認める所だ。

 そして、志保はその期待を裏切らず、艶然(えんぜん)とした笑みを口元に(たた)えるや、娼館(しょうかん)の女オーナーを演じて見せたのである。


「ハァ~イ! 御機嫌(ごきげん)(うるわ)しく。私は『ローズガーデン』という娼館のオーナーをしております、ク・レ・アといいますの。どうかお見知りおきくださいな」


 彼女の容姿には似つかわしくない軽々とした口調だったが、そのアンバランスさが(かえ)って妖艶(ようえん)な色香を際立たせ、海賊連中の興奮は(いや)が上にも増してしまう。

 (もっと)も、その自己紹介を背後で聞いていた団員達は、懸命に笑いを(こら)えるしかなかったのだが……。

 勝手に名前を使われたとクレアが知れば憤慨(ふんがい)もするだろうが、ピラートを含めて海賊連中には彼女の名前など二の次であるようで、完全にスルーしてくれた。


丁寧(ていねい)挨拶(あいさつ)をありがとうよ。此処(ここ)を仕切っているピラート・バンディードだ」


 尊大な物言いの男が無遠慮な視線を投げて来るのを受け流した志保は、しなやかな所作(しょさ)でサングラスを外すと、その漆黒の瞳で男共を一瞥(いちべつ)する。

 ほんの一瞬だが静寂(せいじゃく)が落ち、誰が漏らしたのか(つば)を飲み込む音が(かす)かに響いた。


「あら、親分さん直々(じきじき)の御出迎えだなんて光栄だわ。精一杯サービスさせて戴きますから、私達も可愛がってくださいね?」


 彼女ほどの美女が口元に意味深な微笑みを浮かべ、(つや)を含んだ声でそう()うてみせたのだ、如何(いか)に切れ者のピラートとはいえ、それを演技だと看破(かんぱ)するのは至難(しなん)(わざ)だし、事実、彼はまんまと志保の術中に()まってしまったのだ。


「嬉しいことを言ってくれるじゃねえか。だが、お前さん達は初顔だな。いつもの連中はどうしたんだい?」


 胸元を()う不快な視線には気付かないフリをした志保は肩を(すく)めて(うそぶ)く。


「さあ? (くわ)しくは知らないけれど……なんでも厄介(やっかい)な病気が流行(はや)っているらしくて、()()()()のピンチヒッターを頼まれたのよ……でもぉ~~」


『今回だけ』と聞いて(わず)かに眉間に(しわ)を寄せたピラートの心の機微(きび)を、志保は見逃がさない。

 ()も自然な流れで海賊の頭目にしな()れ掛かるや、熱っぽく(うる)んだ瞳とその(なま)めかしい朱唇(くちびる)から漏れる吐息を(もっ)て、甘ったるい仕種(しぐさ)でおねだりしてみせる。


「私達、お隣のコクレア星系で旗揚(はたあげ)げしたばかりの新興なんです……でも、あそこは鉱山惑星ばかりで、男といえば野暮(やぼ)な田舎者ばっかり……(かな)う事ならば賑やかなこのベギルーデ星系で……そして貴方様のような素敵な方に御贔屓(ごひいき)にして欲しいと思っていますのよ。それって、身の程知らずの我儘(わがまま)かしら?」


 止めに胸を押し付けてやれば、強面(こわおもて)の頭目は実に呆気なく陥落(かんらく)した。


「そんな事はねぇだろうさ。どんな世界でも実力次第で天辺(てっぺん)()れるっ! それが絶対的な真理だろうよ。ただし、此処(ここ)贔屓(ひいき)にして貰えるかどうかはアンタ達次第だ……分かっているよなぁ?」


 脂下(やにさ)がった顔で鼻息を荒くするピラートがそう(うそぶ)けば、(つや)やかな朱色の唇を (ほころ)ばせた志保は、彼の頬に軽く口づけをしてから耳元で(ささや)く。


勿論(もちろん)承知していますわぁ。私達の全身全霊を(もっ)て、皆様を天国へ導いて差し上げます……どうか最後までご堪能(たんのう)くださいな」


 そう言ってピラートから離れた途端、美女からのくちづけに浴した幸運な頭目へのやっかみと、志保の口上に対する期待とが綯交(ないま)ぜになって、一段と大きな歓声がハンガーエリアを蹂躙(じゅうりん)するのだった。


 この段階で海賊達には毛ほどの警戒心も残っていなかったと言える。

 慰問団の面々がシャトルから必要な機材を降ろす際も、ほぼノーマークだったのだから、如何(いか)に志保の芝居が功を(そう)したか分かろうというものだ。

 唯一ピラートが口を(はさ)んだのは、高さ一メートル直径二メートルほどの円柱形の物体と豪奢(ごうしゃ)な彫刻が(ほどこ)された大きな直方体の木箱が、シャトルからリフトで降ろされた時だった。


「おい? この仰々(ぎょうぎょう)しい物は何に使うんだ?」


 志保の隣に張り付いて自己PRに余念がなかったピラートが怪訝(けげん)な顔をするや、不信感を(あら)わにしてそう(たず)ねる。

 さすがは修羅場を(くぐ)って来ただけはあると感心しながらも、志保は眉ひとつ動かさずに蠱惑的(こわくてき)な微笑みと共に答えを返した。


「移動式のステージと、私達の衣装よ」

「ステージ? 衣装だってぇ? 一体全体なにをする気なんだ?」


 簡単な説明では到底理解できないのか、執拗(しつよう)に質問を繰り返すピラート。

 志保は殊更(ことさら)妖艶(ようえん)な笑みを口元に浮かべ、(いぶか)しむ頭目殿の耳元で(ささや)いた。


「皆さんだって好みのタイプがおありでしょう? だ・か・ら、セクシーコスチュームを着た私達が、一人ずつステージの上でダンスを披露(ひろう)するという趣向ですの。それを見て好みの女の子を指名すれば、ハズレなしの大満足……どうでしょうか? お気に召しては戴けませんか?」


 その甘い台詞を聞いた途端ピラートの鼻の下が伸びるのを見て、してやったりと内心でほくそ笑む志保。

 彼女の思惑に乗せられた哀れな海賊の頭目は、喜色を(あらわ)にして鼻息を荒くするや、そのプランを了承した。


「そっ、そうかッ! それは(いた)れり()くせりで良いじゃねぇか。だが、ヤバイもんが入ってないか、一応調べさせて貰うぜ。オイッ!」


 手下の手前、直ぐに表情を取り(つくろ)ったピラートが(あご)をしゃくると、二人の手下達が衣装入れだと申告された木箱を(あらた)めようと歩み寄る。

 簡易式のステージの方は一瞥(いちべつ)されただけでチェック終了。

 彼らの興味は(もっぱ)ら衣装箱にあるらしく、それは、上蓋(うわぶた)を開けて中を(のぞ)き込むや、だらしなく顔を(ゆる)めたザマを見れば明らかだった。


「……うん? これはなんだ?」


 色鮮やかなダンス用の衣装はどれもこれも下着同然であり、男共の下賤(げせん)嗜好(しこう)を大いに刺激したのだが、その薄布の下に置かれていた銀のリストバンドを見つけた手下の声に困惑が滲んだ。

 しかし、彼女達にとってはこの事態は想定内に過ぎない。

 だから艶然(えんぜん)とした微笑みを絶やさず、志保はピラートにしな()れ掛かり(ささや)く。


「ベリーダンスを(おど)る娘が身につける衣装の一部ですわ……それ以外にも使い道はありますが……それはベッドの中で……ねっ?」


 結局それ以上の詮索(せんさく)はなく、大食堂に仮設ステージを(もう)ける事で話が(まと)まって、志保達には隣の空き部屋が控室として(あて)がわれたのである。


(まずは予定通りね。作戦開始まであと三時間か……楽しみにしているといいわ。夢見心地の(まま)に天国に()かせてあげるから……)


 志保が合図をすると女性団員たちは、少々露出(ろしゅつ)が多めの衣装に着替えて三々五々散って行くのだった。


             ◇◆◇◆◇


 ~作戦発動まであと二時間~


 海賊のアジトから指呼(しこ)の距離にある浮遊岩塊が密集したデブリ帯。

 イ号潜改 黒龍はその奥に身を(ひそ)め、海賊要塞の様子を(うかが)っていた。

 黒龍のクルー以外の乗員はラルフ率いる航空団員達であり、都合十隻のイ号潜に分散して乗り込んでいる。

 彼らの役割は志保ら空間機兵団の支援とイ号潜艦隊の護衛であり、各艦に搭載されている二機の艦載機 烈風を駆使してサポートに専従(せんじゅう)するのが任務だ。


「親父さん。各艦準備完了との事です。ヴェールトへの降下部隊四十隻は(すで)に所定の位置にて待機中と報告が入りました」


 部下からの報告で作戦が順調に推移(すいい)しているのを知ったラルフは、満足げに頷いてから(すぐ)ぐに指示を返す。


「降下部隊の方はミュラー閣下に任せておけばいい。俺達は要塞攻略組の支援と、アジト内に捕獲されている獣人たちの救出に専念する。最悪の場合は烈風で全ての障害を排除せねばならんからな。パイロットに抜擢(ばってき)された連中には荒事も覚悟しておけと念押ししてくれ」

「了解しました。次元通信で(ただ)ちに伝達します」


 軽く敬礼して足早に去っていく部下の背中を見送ったラルフだったが、モニターに映し出されている要塞に視線を移すや(いな)や、胸の中に(わだかま)る不安を(こら)えきれずに深い溜息を(こぼ)してしまった。

 彼を不安にさせているのは、攻略部隊指揮官を務める遠藤志保に他ならない。

 如何(いか)に彼女がマスタークラスの格闘技の達人だとはいっても、ラルフから見れば実戦経験に(とぼ)しい新兵同然であり、その言動が危なっかしくて仕方がないからだ。

 だから、出発前に彼是(あれこれ)口煩(くちうるさ)く念押ししたのだが……。


(あの馬鹿めが! 人が心配しているのに巫山戯(ふざけ)た事ばかり言いやがってッ!)


 その時の志保とのやり取りを思い出したラルフは眉間に(しわ)を寄せるや、不快げに顔を(しか)めて舌を(はじ)くのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] た、確かにインナー(下着)オペレーション(ォィ
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