第四十七話 インナーオペレーション ②
ピラート・バンディードは、胸に蟠る不快感に苛立ち、その凶悪な面相を更に険しくしていた。
だが、配下の海賊達でさえ、彼の視界に入らない様に逃げ隠れするほどの剣呑な雰囲気を振り撒いているのは、のっぴきならない事情に因る所が大きい。
この要塞の運営をギルドのボスから任されている彼が此処まで嚇怒しているのは、先程まで面会していた神聖教国政庁から派遣された役人達の所為だ。
(たかが政庁の木っ端役人の分際で、生意気な口の利き方をしやがってぇッッ! 短期間に立て続けて獣人狩りができるわけがねぇだろ─がッ!)
彼が腹立ち紛れに悪態をつくのも、持ち込まれた話の中身を鑑みれば、ある意味では仕方がないだろう。
『五百名の獣人を確保し、指定された日時に所定の輸送船に乗せるよう希望する』
この要請という名の命令が中央政庁から下されたのが二か月前だ。
然も、今回の通達は前回と同じノルマを定期的に達成しろとの無茶振りであり、ピラートが頭を抱えたのも至極当然だった。
(唯でさえ集める獣人の年齢層がバラバラなのに、それを五百人? 然も定期的にだと? 馬鹿も休み休み言えってんだッ!! そんな大規模な取り引きをGPOが見逃す筈がねぇだろうがッ!!)
彼が所属する中堅処の海賊ギルドが、ルーエ神教を牛耳る教団の幹部と懇意になれたのは、まさに僥倖だったと言える。
そのお蔭で彼らはこの星系での亜人密売を独占し、莫大な収益を得るに至ったのだから、決して大袈裟な物言いでもないだろう。
勿論、献金という名の上納金は派生するものの、彼らの懐に転がり込んで来る上がりの総額から見れば微々たるものに過ぎない。
その代わりと言っては何だが、顧客の素性は絶対に漏らしてはならないし、受注したオーダーは、万難を排してでもクリアーせねばならず、決して安閑としていられないのも確かだった。
だからこそ、荒事や非道な行為を好む手下を大勢抱えているのだ。
己の欲望を満たす為ならば何でもやる……。
それだけが、彼らの正義なのである。
そんなピラートでさえも、さすがに今回の要求には不満タラタラだった。
普段ならば一度の取引で扱う獣人奴隷は精々二十人ほどであり、GPO(銀河警察機構)の監視の目を潜り抜ける為にも、二ヶ月以上のインターバルを設けるのが常だ。
しかし、今回は下は五歳から上は六十歳までと年齢にバラツキがある上に、性別も男女均等にという注文がついている。
挙句の果てに月に一度のペースで出荷しろとのオーダーに至っては、顧客の正気を疑うしかなかった。
(ベギルーデ星系の裏社会の連中だって、虎視眈々と俺らに取って代わろうとしているんだ! 下手な動きをしてGPOに目を付けられたら、奴らを喜ばせるだけじゃねぇかッ!)
ルーエ政庁のお墨付きを得ているとはいえ、それを声高に喧伝できる筈もなく、何よりも司直の手が伸びれば、彼らは平然と自分たちを切り捨てるだろう……。
それが分かっているだけに、政庁から派遣されて来た政務官の機嫌を損ねない様に、慇懃な物言いを取り繕って状況の困難さを訴えたのだが……。
『お前達は命じられた通りにやればいいのだ。出来ないのであれば他の連中に任せるだけ……それでもいいのかね?』
返って来たのは、有無も言わせぬ尊大で高圧的な上から目線の言葉だった。
それ故に彼は、何処にもぶつけ様のない怒りを持て余しているのだ。
しかし、彼とてこの要塞をギルドの頭領から任されている大幹部であり、何時までも怒っていてばかりでは埒が明かないと思考を切り替えた。
(何にせよ此処で失態を犯せば、全権を託されている俺が責任を問われるのは間違いない……ましてや縄張り争いをしている他の組織に出し抜かれた日には、確実に始末されちまう)
政庁からの要請を『出来ません』と突っぱねるという選択肢がない以上、己の為にもやるしかないのだと自らに言い聞かせるピラート。
(幸い初回の分は何とか頭数を揃えられた……次は貧民層が暮らす辺境部の集落を襲撃しよう……根こそぎ掻っ攫ってくれば、金も掛からないし一石二鳥だ)
仄暗い笑みを口元に浮かべたピラートは、性格その儘の粗暴な手段を選択してでも、要求をクリアしなければと思い定めたのだ。
◇◆◇◆◇
確保した五百名の獣人を運搬する専用艦の到着を明朝に控え、ピラートは航宙艦発着用のスペースポートへと向かっていた。
要塞に出入りする港は三か所あるが、中型クラス以上の艦艇が入港可能な場所はこのメインポートしかない。
彼は輸送船の出迎えに万全を期すよう手下達に念押しするつもりだったのだが、目的地を前にして足を止めるや、怪訝な顔で小首を傾げてしまった。
スペースポートは要塞の下層域にあり、物資の搬入や積み込みに都合が良いように無重力エリアに設定されている。
勿論、普通の宇宙港同様に船の乗員の昇降も此処で行われるのだが、海賊ギルドのアジトで寛ごうという剛の者などは滅多にいるものではない。
専らギルドメンバーの配備変えや、友好関係にある同業者が来訪する以外では、人の出入りは少ない場所だ。
それ故に普段は比較的閑散としているのだが、どうしたことか、今日はハンガーエリアへと続く正面ゲートの外にまで彼の手下達が群れをなし、通路にまで溢れている人垣を見たピラートが疑問を懐いたのも当然だろう。
然も、彼らは気分が高揚しているのか、どの顔も喜色に満ちてだらしなく緩んでいる。
元来、規律や高尚な立ち居振る舞いには縁遠い彼らだが、此処まで興奮を露にして燥ぐのはさすがに珍しい。
(ふん、女か……そう言えば今日は、何時もの慰問団がやって来る日だったな)
手下達が下品な歓声を上げている様子からそう察したピラートは、呆れたように鼻を鳴らして左右に頭を振った。
ルーエ政庁と繋がりを持つとはいえ、彼らの本拠地は他の星系にある。
このベギルーデ星系は別勢力の同業者らが牛耳るエリアであり、ピラートたちのギルドは神聖教国に選ばれた新参者に過ぎないのだ。
当然ながら敵対する組織は新参者の彼らを追い落とす機会を狙っており、彼らもまた基盤を確立している同業者の利権を切り崩すべく、日々暗闘を繰り広げているのである。
この要塞はその為の橋頭保であり、ピラートが指揮官として全権を任されてからは、徐々に敵対勢力を駆逐しつつあった。
神聖教国の威光を盾にして勢力を拡大する彼らに恐れをなし、恭順して配下に加わりたいと申し出て来る中堅組織が増えるにつれ、様々な融通が利く様になったのも最近の事だ。
基本的に男ばかりの集団が一か所で顔を突き合わせていれば、他愛もない揉め事や諍いが絶えないものだが、それらを放置すれば、仲間同士の些細な行き違いから、深刻な事態を招く恐れもある。
延いては亜人売買にも悪い影響が出かねない為、定期的に女を宛がい、手下達の不満を解消していた。
此方側に靡いて来たヴェールトの地下組織の中には、風俗関係の店を多数経営しているものもあり、それらの店に綺麗処を見繕わせては、慰問団という形で派遣させているのだ。
尤も、それらからデリバリーされてくる女達は三対七の割合で獣人女性が多く、人間の女性にしか興味のないピラートが、積極的に食指を伸ばす事はなかった。
彼は専ら別の高級娼館からお気に入りの女達を呼び寄せては、手下達の羨望を余所に享楽に耽っているのだ。
(獣臭い女なんかで楽しめるものかよ。こいつらの悪趣味も大概だな……)
歓声を上げて燥いでいる手下達を内心で侮蔑しながらも、ピラートは彼らを掻き分けてゲートを潜り、休憩所を兼ねた送迎デッキへと足を踏み入れた。
「おらぁッ! 退かねえかッ! 邪魔だぁッッ!!」
そこも手下達で溢れていたが、ピラートは蛮声を張り上げて力任せに押し進む。
巨躯の彼が腕を振れば数人の荒くれ共がいとも容易く薙ぎ払われてしまい、あっという間にハンガーゾーンを見下ろせるガラス張りのデッキへ辿り着いた。
慰問デリバリーを請け負っている今の娼館のサービスは、イマイチだと言わざるを得ない。
そんな訴えを複数の手下達から聞いたピラートが詳細を確認すると……。
最初の頃こそ、獣人であっても見栄えのいい女を寄越していたのだが、最近では当たり外れが多く、好い女の奪い合いで仲間同士の諍いが絶えないらしい。
あの手の客商売の店にはよくあることだとはいえ、自分達を相手に舐めた真似をするのならば容赦してやる道理はない。
手下達の数少ない娯楽を護るためにもピラートは、慰問団を率いて来たオーナーに釘を刺そうと意気込んだ。
(どうせ年増か妖怪みたいな女しか連れて来てねぇんだろうがな)
デッキの硬質ガラス越しに眼下の係留ブロックへと目をやれば、ド派手にカラーリングされた中型シャトルの気密ドアが開放されており、女達が降りて来るところだった。
今回の慰問団もどうせ大した事はあるまいと高を括っていたピラートだったが、先頭を切ってタラップを降りて来た女性を一目見るや否や、その妖艶な容姿に魅了されたのである。
長身でしなやかな肢体を持つショートボブの女性が、顔の上半分をサングラスで隠し艶然とした笑みを浮かべいるのだから、ピラートでなくても男ならば目を奪われて当然……それほどの美姫だ。
然も、白いホットパンツから伸びる両脚は健康的な野趣を滲ませており。
ショートタンクトップ一枚の上半身はおへその辺りが曝されていて、薄布を押し上げる豊かな双丘と併せて、暴力的なまでの色香を発散させている。
そして彼女に続く女達も人間、獣人を問わず、男共の視線を捉えて離さない魅力の持ち主ばかりだった。
海賊連中の無遠慮な視線が彼女達を舐め廻していたかと思うと、興奮が最高潮に達したのか爆発的な歓声が室内を震わせる。
「こいつはどうしたこったい? こんな上玉ばかり寄越すなんて、なにか下心でもあるんじゃねぇだろうな?」
手下達の手前そう強がって見せたピラートだが、あの先頭の女は俺のものだ、と胸の中で皮算用を弾きながら、人垣を掻き分けてハンガーへと向かうのだった。
達也が指揮する艦隊が陽動作戦を開始するまで、あと四時間。
その時は静かに、そして確実に迫り来ていたのである。




