第四十五話 秩序を乱す者 ②
「エレン……俺に皆を道連れにしろと、おまえは言っているのか?」
その問い掛けには明らかに怒気が滲んでいたが、寧ろ、志を同じくする彼らには、ひどく切なく心に響いた。
この場に集っている面々は、サクヤを除けば全員が軍属であり、身を置いた組織は異なるとはいえ、それなりに長い時間を軍人として奉職してきた者ばかりだ。
だからこそ、達也が何を想って何を覚悟したのかを察するのは、然して難しくはなかった。
それでも、皆が敢えて口を閉ざしているのは、やがて銀河を覆うであろう未曾有の混乱へ身を投じる覚悟を共有したいと願うからに他ならない。
そう……彼らも既に覚悟を決めているのだ。
それ故に何も恐れるものはないし、最高司令官とはいえ、想いを同じくする仲間に遠慮をする必要もない。
だからこそ、エレオノーラは言葉を飾らず、キッパリと己の本心を告げたのだ。
「道連れとは大袈裟な言い方だけれど……まあ、概ね間違ってはいないわね。でも勘違いしないで頂戴。私達は嫌々この場にいる訳じゃないわ」
その顔には困惑や逡巡の色は微塵も見られず、寧ろ、晴れやかでさえあり、その事が彼女の決意の強さを際立たせてもいた。
そして、それはエレオノーラに限らず他の面々も同様だ。
ラインハルトは当然としても、クレアや志保、そして軍人ではないサクヤまでもが、決意を滲ませた瞳を自分に向けている……。
仲間達の真意を理解した達也は心底呆れてしまい、瞑目して大きく嘆息するしかなかった。
「本当にお人好しの馬鹿ばっかりだな……一人ぐらいは賢い奴がいても良さそうなものだが……」
嫌味交じりに揶揄してみたが、目の前に居並ぶ面々は、口元を綻ばせて含み笑いを漏らすだけで一向に堪えた様子もない。
この時点で己の敗北を認めざるを得なくなった達也は、顔つきを改めるや、素直に頭を下げ謝意を示した。
己の矜持に拘泥していては、誰からの理解も得られないと気付いたから……。
ならば、偽りなき本音を以て協力を願うしかないだろう。
そう決意した達也は徐に口を開く。
「君達の覚悟に泥を塗るような真似をして済まなかった……だが、これから我々が成そうとしている事は銀河系に生きる人々の安寧に資するものではないし、まして正義や法を護る為のものでもない。謂わば現行の秩序に対する反乱であり、多くの人々の平穏を破壊し、悲しみという災禍を撒き散らす愚挙に他ならないのだ」
それは偽らざる達也の本心だった。
今後、貴族閥や帝国の跳梁跋扈を許せば、遅かれ早かれこの銀河に大乱が勃発するのは間違いないだろう。
未だ弱小勢力に過ぎない梁山泊軍がそれらの巨大勢力に対抗していくには、彼らに主導権を握られた儘で状況を傍観している訳にはいかないのだ。
死んだフリをして捲土重来を期していたのでは手遅れになってしまう。
ならば、何をするべきなのか?
譬え、それが卑怯な行為だと罵られたとしても、積極的に策を講じて敵の戦力を削ぐしかない。
それが、達也が出した結論だった。
強大な敵を疲弊させ、自らの土俵に引き摺り込むのも重要な戦略であり、それを成してこそ活路が開け、僅かばかりの勝機が生まれる。
だからこそ、望む世界を手に入れる為に自らが引鉄を引くと決心したのだ。
しかし、それは同時に銀河系の全てを巻き込む大乱を生み、数え切れないほどの不幸と悲しみ、そして望まぬ死を人々に齎すに違いなく、そんな罪業を背負うのは自分一人でいい……。
貴族閥に敵対すると決めた時にそう覚悟はしたのだが、どうやらその程度の我儘さえも許しては貰えないらしい。
何時の間に自分はこんな不自由な立場に立たされたのだろうかと、達也は苦笑いするしかなかった。
「この戦いが如何なる結末を迎えようとも、そこに祝福はないだろう。断頭台への階を上るのは俺だけでいい……そう思っていたんだがな」
その達也の物言いに真っ先に口を差し挿んだのはクレアだ。
「以前言いましたよね? 地獄の底でも冥府の果てでもついて往くと……断頭台の露と消える運命でも、あなたの隣にいられるのならば、私は幸せですよ?」
その何の気負いも誇張もない言葉の端々に滲んでいるのは明らかに不満であり、居心地の悪さに達也は冷や汗が出る思いだった。
他の面々には分からないだろうが、愛妻の気持ちを察せられる程には、夫として達也も成長しているのだ。
「勿論覚えているし、嬉しいと思っているよ。君に隠し事をする気はないからね……家に帰ってから説明する気でいたさ」
白々しいと思いながらも悪意がない旨を伝えて、暗に『君だけは特別だから』と匂わせてやると、一転して口元を綻ばせたクレアは、忘れては駄目よ、と言わんばかりに念を押す。
「それならば良いのですけど、達也さんは本心を隠すのが上手ですから……お家に帰ったら、私が納得するまで説明してくださいね」
その言葉の内容とは裏腹に愛妻の声音には喜色が滲んでおり、早々に機嫌を直してしまった彼女に周囲は呆れるしかない。
そんなクレアを見た志保とエレオノーラはウンザリした顔をし、サクヤは苦笑いするのだった。
男性陣に至っては、何処をどう突いても藪蛇にしかならないと判断したらしく、全員が我関せずの姿勢を堅持したのである。
とは言え、このまま弛緩した空気の中で雑談に移行しては意味がない。
クレアの決意表明で結論は出たも同然だったが、この場に集っている面々の総意を改めてラインハルトが代弁した。
「クレアさんと同じく、我々も覚悟は済ませているよ。たとえ断頭台の露と消える末路であっても後悔はしない。自分の信念に従っておまえと共に往く……だから、今後は遠慮も気遣いも一切無用だ。我々は一蓮托生……そうだろう?」
そう言って口角を微かに上げて見せる親友は、そんな些細な仕種さえも格好よく決まってしまう実に羨ましい存在だ。
そして、彼が視覚的美醜以上に頑固なのを、達也は誰よりも良く知っている。
この男が『一蓮托生』と口にした以上は、それ以外の結末は良くも悪くも存在しないのだ。
他のメンバーを順々に見廻してみれば、参謀総長殿の総括に文句はないらしく、どの顔にもやる気に満ちた晴れやかな微笑が浮かんでいる。
(本当に馬鹿ばかりだなぁ……だが……)
もはや迷う時間は過ぎ去ったのだと達也は覚悟を決めた。
だから、両手を肩辺りまで上げてお手上げのポーズを取り、改めて謝意と決意を伝えたのである。
「ありがとう……皆の気持ちは有り難く受け取らせて貰うよ。二度と迷う事はないだろう……だが、たとえ如何なる結末になろうとも、誰一人途中で落伍せずに……皆で同じ未来を迎えようじゃないか」
それは夢物語に等しい願いだったのかもしれない。
強大な敵を相手取って激戦を生き残る……。
それは口で言うほど簡単ではないが、自分達の戦いの結末はそれ以外にはないと、この場にいる全員がそう思い定めて心を一つにしたのだ。
この時の誓いが、その後の梁山泊軍の強さの根幹を為していくのだが、この時は誰もそれに思い至らなかったのである。
「さて、皆が覚悟を示してくれた以上はコソコソするわけにもいかないだろう……お察しの通り、連邦と帝国を相争わせて強制的に戦闘状態に引き摺り込む。そして態勢を整える間を与えずに戦力の削減を図る。そのための小細工を救出作戦の陽動として行う……まぁ、計画の概要はそんな所かな」
凡そ想定通りの内容だったからか、参加者からの反意や質問はなく、陽動作戦は達也に一任された。
続いて作戦の成否を握る重要な案件へと議論は移っていく。
「先ほど説明した陽動作戦が成功すれば、銀河連邦軍駐留艦隊は帝国艦隊の対応に追われ、海賊のアジトにかまけている暇はなくなるだろう。その隙を衝いて急襲し海賊を殲滅。警戒網を掌握してイ号潜部隊をヴェールトに降下させる。作戦の手順は大雑把に言ってこんな所だが、ひとつだけ問題がある」
達也がそう説明すると、後を引き継ぐようにラルフが唸った。
「如何にして制圧部隊をアジトに送り込むかですな? 亜人売買が表沙汰になれば唯では済まないと海賊らも承知しているでしょうから、それなりに厳重に警戒しておるでしょう」
彼が懐いた懸念は至極尤もであり、信一郎もラルフの意見に追随する。
「イ号潜による攻撃でアジトを破壊したのでは、さすがに連邦軍に異変を察知されるのは避けられませんし、送り込んだ部隊が早々に発見されても結果は同じです。連邦軍駐留ステーションに救援要請を送られれば万事休すですから」
あくまでも秘密裏のうちに作戦を遂行し、獣人たちを全て救助してヴェールトを脱出しなければ意味がないのだ。
「つまり、作戦開始と同時に要塞の中枢部である管制センターを襲撃し、掌握するのが絶対条件ですねぇ……事前に部隊を潜入させておくしかありませんが……」
凄腕の情報員であるクラウスですら、海賊のアジトを制圧するに足る部隊を隠密裏に潜入させる方法など簡単に思いつけるものではない。
それはラインハルトやエレオノーラも同じであり、必然的に場の雰囲気が重いものに変わってしまう……と、そんな時だった。
「だったらその役目。私と空間機兵団に任せて貰えない?」
曇天を払う清風の如き快活な声が一同の耳朶を打つ。
その場の全員がその声に惹かれて視線を向けた先には、何処か不敵な笑みを浮かべた志保が、強い光を宿した瞳で達也を見つめていた。
「今回の作戦にはうってつけのプランがあるの……どう? 今ならとってもお買い得よ」
何処か胡散臭げな視線を親友に向けるエレオノーラやクレアとは対照的に、志保の自信ありげな物言いから、彼女の意見は傾聴に値すると達也は判断した。
「いいだろう……まずはそのプランとやらを聞かせて貰おうか。採用するかどうかは、それからでも遅くはあるまい?」
司令官の了承を取り付けて気を良くした志保は、自身が考案した作戦を上級者が居並ぶ前で披露するという人生初の体験にも臆さず、実に堂々と熱弁を振るう。
「このやり方なら、海賊の警戒を掻い潜れる筈だし、上手く立ち廻れば管制室の占拠も容易だわ。どう? やってみる価値はあると思うけれど?」
そう鼻を鳴らして得意げに胸を張る志保のプランは、概ね好印象を以て参加者達に受け入れられた。
尤も、クレアとラルフは渋い顔をしたのだが、その後の検討段階で皆から出された意見を整合した結果、最後にはふたりとも承諾せざるを得なかったのである。
こうして独立勢力である梁山泊軍の初陣が決定し、作戦に向けた準備が急ピッチで進められるのだった。
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