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第四十四話 神の恩寵に隠されし闇 ④

「簡単さ……皇族の皆様方には死んで頂こうと思っているよ」


 そんな突拍子もない腹案を口にする達也を(いぶか)しんだラインハルトとエレオノーラは、胡乱(うろん)な視線をクラウスへと向けた。

 軍人である上にその面相も相俟(あいま)って誤解されやすい達也ではあるが、基本的には真面(まとも)な良識の持ち主であり、荒事(あらごと)を好む粗暴な人間ではない。

 そんな彼が物騒極(ぶっそうきわ)まりない物言いをしたものだから、その影響を与えたと思われる人物を親友らが詮索(せんさく)したのは、至極当然の反応だと言えるだろう。

 しかし、身に覚えのない濡れ衣を着せられた灰色狐(クラウス)は、迷惑そうに顔を(しか)めるや潔白(けっぱく)を主張する。


「やめてくれませんかねぇ……私は何も進言してはいませんよ。諜報活動を生業(なりわい)にしているからといって、変な目で見られるのは心外です」


 その不快げな表情から推測(すいそく)が外れたのだとふたりが察すると、含み笑いを漏らす達也が仲裁(ちゅうさい)に入った。


「おいおい、ふたりとも早とちりをするなよ、俺が言ったのは…………」


 そう前置きしたうえで、レイモンド皇王らとの密談時に披露(ひろう)した腹案を彼らにも説明してやる。

 そして、その計画を知った三人の反応はというと……。


「ほう、随分(ずいぶん)と大胆ですねぇ……上手くいけば貴族閥の連中の目も誤魔化(ごまか)せますし、後々に絶大な効果も期待できる……私は良いと思いますよ」


 クラウスは好意的に賛意を示したが、渋い顔をしたのはラインハルトだ。


「う~~ん。反対する訳ではないが、不安要素も大きい……作戦の骨子(こっし)は問題ないだろうが、ケイン皇太子殿下などは絶対に納得されまい。ひと悶着(もんちゃく)あるのは()けられないぞ?」


 そして、エレオノーラは溜息混(ためいきま)じりに不穏(ふおん)台詞(せりふ)(のたま)う。


「……クレアに忠告しておかないといけないわね……アンタの旦那は腹黒だって」


 最後の意見は聞こえなかった……。

 そう己に言い聞かせた達也は、彼女の台詞(せりふ)華麗(かれい)にスルー。

 そして、顔色ひとつ変えずに計画の詳細(しょうさい)を説明し、今年中の作戦実行を前提(ぜんてい)にして準備を進めるように厳命したのである。


            ◇◆◇◆◇


「さて、あと残るのはヴェールトの獣人居留区についてだが……」


 達也がそう水を向けると、表情を(けわ)しくしたラインハルトが、胸中の苦いものを吐き出すかのように声を荒げた。


「不変の人類愛と神の御許(みもと)の平等を(うた)い、その教義の(まも)り手を自負するルーエ神聖教国など、(うそ)っぱちのまやかしでしかない……それを嫌になるほど思い知らされた半年間だったよ!」


 冷静沈着(れいせいちんちゃく)温厚篤実(おんこうとくじつ)を絵に描いた様なこの男が、強い嫌悪感を(あらわ)にするなど滅多にあるものではない。

 (しか)も、口汚く(ののし)った相手が七聖国の一柱でもあり、銀河連邦加盟諸国の間で広く信仰されているルーエ神教を(ほう)じる神聖教国となれば、その怒りが尋常(じんじょう)でないのは容易に想像できた。


「おまえにしては随分と手厳(てきび)しいじゃないか……だが、欲しいのは客観的な情報だ。気持ちを落ち着けてヴェールトの実情を説明してくれないか?」


 興奮気味の親友を()えて(たしな)めることで、冷静になるようにと達也は(うなが)す。

 如何(いか)なる場合でも、主観に(まみ)れた情報は役にはたたないし、判断を誤る原因にもなりかねない。

 長く参謀職を務めて来たラインハルト自身も、それは良く分かっている。


「あぁ……済まない。俺としたことが……もう大丈夫だ、落ち着いたよ。これから説明する事は嘘偽(うそいつわ)りのない真実だ。信じ(がた)いかもしれないが、心して聞いてくれ」


 冷静さを欠いて激昂(げきこう)した己を恥じたラインハルトは、皆に謝罪してからこの半年間で知り得たルーエ神聖教国の根深い闇を包み隠さず語った。


「神聖教国を仕切っているのは、文字通り法王を頂点とした一握りの教団幹部なんだ……連邦評議会に出席している政治家連中は彼らの手駒(てごま)に過ぎない」


 そう切り出したラインハルトの報告を要約すると……。


 ルーエ神聖教国は教団とその信徒らで構成された国家であり、その母星には教団の総本山とそれに付随(ふずい)する各種の施設、そして大勢の信徒らが暮らす巨大な都市群が乱立している。

 銀河連邦内で広く信仰の対象になっているルーエ神教の権威は絶対的であって、魂の救済を(うたう)う教団は、連邦加盟諸国家から様々な恩恵を得るに(いた)っていた。

 当然ながら、そんな教団に救済を求めて来星する者は多く、途切れる事はない。

 そして、亜人であるが(ゆえ)に不当な差別を受け、生まれ故郷を追われた獣人達も、教団の庇護(ひご)を求めてこの星系に辿(たど)り着いた者達だった。


 教団はそんな彼らを手厚(てあつ)く保護すると宣言するや、(あわ)せて不当な差別を糾弾(きゅうだん)する声明を広く銀河系に流布(るふ)したのだ。

 (しか)も、惑星ヴェールトを獣人達の居留地と定めるや、彼らの生活再建の(いしずえ)とするべく無償で開放したのである。


「あぁ……確かに有名な美談だな。神聖教国の評判を神格の域にまで高めたと言っても過言じゃない……だが、どうせ裏があったんだろう?」


 皮肉めいた物言いで達也が(たず)ねると、ラインハルトは苦虫を()み潰したかの様な表情で(うなず)いた。


「獣人達の居留地区に(あて)がわれたのは、高温多湿の亜熱帯雨林が密集する大陸だ。生活環境は劣悪で、獰猛(どうもう)な野生動物も数多く跋扈(ばっこ)している物騒(ぶっそう)な場所さ」

「ちょっと待ってよ!? 以前どこかのメディア放送で見たのだけれど、獣人達は開発整備された市街地で、何不自由のない生活を(いとな)んでいるってレポートされていたのを覚えているわ?」

「あぁ、確かにその通りだよ……(ただ)し、それは『上級信徒』の称号が与えられた、ほんの一握りの獣人達の話だよ。その他の大多数の者達は、(わず)かばかりの配給と、森林での狩猟で食い(つな)いでいる有り様さ……だからこそ、家族のために身売りする娘達が後を絶たないんだ。ルーズバックに売られた彼女達も同じさ」


 朧げな記憶を(たよ)りにしたエレオノーラの問いに、ラインハルトは()()ましげに舌を(はじ)いて吐き捨てる。

 そして、憤懣(ふんまん)やる方ない彼の独白は止まる所を知らず、誰もが耳を疑う様な神聖教国の闇を暴露(ばくろ)したのだ。


(しか)も、亜人売買を主導し、秘かに関係を持っている海賊ギルドを通じて取り引きを行っているのは、他ならぬルーエ神教教団なんだ!」


 その驚倒(きょうとう)すべき告白に一同が絶句する中、早々に平常心を取り戻したクラウスが、呆れ果てたかの様に左右に(かぶり)を振った。


「仮にも銀河連邦最高評議会の一席を占め……栄えある七聖国に名を連ねる大国が奴隷商の元締めですか……さぞかし先人達は(なげ)いているでしょうねぇ」


 込み上げて来る不快感に達也は嚇怒(かくど)したが、それでも頭の中は氷の様に冷えており、思考回路は極めて良好に作動していた。

 だからこそ、ラインハルトの報告から神聖教国の真実を看破(かんぱ)し得たのだ。


「つまり、『上級信徒』の称号を与えられた少数の獣人達は監視者としての役割も兼ねているという事か……そもそも、その陳腐(ちんぷ)な称号が密告の対価なのだとすれば、迫害されている大多数の中にも、栄誉を手にするチャンスを虎視眈々(こしたんたん)と狙っている者は多かろうな」


 まるで、密告が横行する独裁国家の(ごと)き卑劣な行為で亜人達を縛り、曲がりなりにも人々の安寧(あんねい)寄与(きよ)せねばならない宗教教団が、裏では犯罪者と手を組んで悪業を重ねている……。

 その事実を知った達也は、己の血が沸騰(ふっとう)しそうな程の怒りを覚えた。


「連邦加盟国や銀河中の信徒から金品を()き集めているのだから、獣人売買で得られる端金(はしたがね)如きが目当てではあるまい……各国の指導者や重鎮(じゅうちん)らへ愛玩奴隷を(あて)がった見返りに、教団に有利になる様な便宜(べんぎ)(はか)らせる……恐らくは連邦評議会の議員連中も鼻薬を(かが)がされている筈だ……生臭坊主(なまぐさぼうず)どもがっ」


 自らの台詞に憤慨(ふんがい)した達也は、とうとう我慢できずに語気を荒げてしまう。

 それは彼がある種の決断をした時の癖であり、それを知るラインハルトとエレオノーラは、姿勢を正して次の言葉を待つ。

 そして彼らが察した通り、達也は(りん)とした声音(こわね)で命令を下すのだった。


「可能な限り多くの獣人達を救い出さなければならない。同時に思い上がった下衆(げす)共に一泡(ひとあわ)吹かせてやるっ! ただちに必要な情報を集めてくれ。ここ数日の中には作戦の骨子(こっし)を固めて早急に実行に移すぞ!」


 性急な感は(いな)めないが、誰もそれを(とが)める者はいなかった。

 なぜならば、彼らもまた達也同様に怒っていたのだから……。 


            ◇◆◇◆◇


 軌道ステーションへと戻った達也は、専用のシャトルを用意すると言ってくれた管理責任者の好意を丁重に断り、一般客も使う定期便でセレーネに降下した。

 アルカディーナ星系そのものが隠れ里同然の場所である上に、達也に対し敵対心を(いだ)く者など此処(ここ)には皆無(かいむ)だ。

 だから、護衛など不要だと判断したのである。

 (もっと)もその所為(せい)で、偶然乗り合わせた建設工事に携わる人々からの(にぎ)やかな歓迎を受け、多少の足止めを余儀なくされたのだが……。


(それにしても、本当に日進月歩(にっしんげっぽ)とはこの事か……)


 大気圏内に突入して、次第に高度を下げるシャトルの窓から眼下に拡がる光景を目の当たりにした達也は、思わず感嘆の吐息を漏らしてしまう。

 ほんの二ヶ月ほど留守にしただけなのに、セレーネ唯一の都市であるバラディースは目を見張らんばかりの勢いで拡張を続けていた。

 将来的な人口の増加を見越して開発を前倒しするのは(かね)てからの計画でもあり、それに加えてファーレン人の移住が呼び水となって、(さら)に建築ペースが加速しているのだ。

 それに加えて、元々アルカディーナ達が生活していた都市は港湾都市に再整備され、漁業と水産加工業の拠点として近々再始動すると決まっている。

 同様にライツフォル大河を有する肥沃(ひよく)な平野部は耕作地として整備されており、近日中には穀物や野菜などの初めての収穫が()される予定だった。


 この一次産業に従事するアルカディーナの人口は多く。

 彼らの安定した収入獲得に大きく寄与しており、ロックモンドの物流システムの順調な稼働と相俟(あいま)って、人々の生活も徐々にではあるが豊かになっていた。

 このまま順調に貨幣(かへい)経済が浸透(しんとう)し定着すれば、独立勢力に過ぎないアルカディーナが、国家に発展する日もそう遠い未来の話ではない……。

 達也はそう確信して心から嬉しく思った。


 だが、だからこそ、これから自分が下そうとしている決断が、艱難辛苦(かんなんしんく)に満ちた人生を彼らに強いるのではないか……。

 そんな懊悩(おうのう)が頭の隅にこびり付いて離れず、気が付けば遣る瀬無い吐息を零していた。


 さすがにエレオノーラが厳命していたらしく、宇宙港には衛兵付きの専用車両が用意されており、達也は自宅までの短い道程を後部座席で置物(おきもの)と化して鎮座(ちんざ)せざるを得なかった。

 最近創設されたばかりの警察予備隊の衛士が左右を固めてくれたのだが、自宅に到着し降車する際に、彼らからサインを強請(ねだ)られたのは最早御愛嬌(ごあいきょう)か。


 ()にも(かく)にも、二ヶ月ぶりに我が家の門柱を(くぐ)って安堵した瞬間、玄関の白亜の扉が勢いよく押し開かれる。

 そして(はじ)けんばかりの笑みを(たた)えた、さくら、ユリア、マーヤ、そしてティグルが飛び出し一目散に駆けて来るや、(わず)か数秒で父親との距離を無にした子供達は、先を競う様にして達也に抱きつくのだった。


「ただいま……みんな元気そうで何よりだ」


 そう言いながら子供達の頭を撫でてやると、優しげな微笑みを浮かべたクレアが、サクヤとセリスと連れ立って歩み寄って来る。

 その(かいな)には、真っ白いベビー服に包まれた赤ん坊が抱かれていた。

 サクヤとセリスは気を利かせて少し離れた位置で足を止めたので、自然とクレアだけが前に出る形になる。


「おかえりなさい、達也さん……御無事で何よりです」

「ただいま、クレア。君こそ元気なようで良かった。無事に出産を終えたと聞いて安心してはいたが……この子……蒼也を生んでくれて本当にありがとう」


 何の飾り気もない感謝の言葉だったが、クレアは顔を(ほころ)ばせて我が子を夫に差し出す。


「抱いてあげて下さい……パパに会える日を待ち()びていたのよ」


 愛妻からそう言われた達也は、恐る恐るといった風情で我が子を抱き受けるや、小さいながらも確かな(ぬく)もりを身体一杯に感じ、その命の重さに胸の中が熱いもので満たされていくのを知った。

 思わず目頭が熱くなったのはなんだったのか……。

 達也は武骨な自分らしくもないと思いながらも、大切な家族に囲まれて今を生きている幸せを()()めるのだった。

 そして、同時に心の(すみ)(くす)ぶっていた迷いを断ち切る。


(この温もりを(まも)る為ならば俺は悪魔と(なじ)られても(かま)わない……所詮(しょせん)血塗(ちぬ)られた人生だ……今更(いまさら)善人面(ぜんにんづら)をするなど烏滸(おこ)がましい……だったら、俺は信じる道を()くだけだ)


 この日以降梁山泊軍は本格的に活動を開始するのだが、その全容が歴史の表舞台に登場するまでには、今暫(いましばら)くの時を必要とするのだった。

◎◎◎

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[一言] この獣人奴隷のシステムはぶっ潰さなければ!!
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