第四十四話 神の恩寵に隠されし闇 ②
「それなら、私から先に報告した方が良いわね」
達也の言葉を受けたエレオノーラが皆に先んじて手を上げるや、積極的に発言を求めた。
他の面々が不在の間、留守番役だった彼女は志願兵の訓練計画強化等の軍政関係を統括指揮する大役を恙なく果たしている。
また、工廠での艦船建造を見守りながら、新造艦の強化プランなどをヒルデガルドと協議する役も一手に引き受けていた為、現状に於ける梁山泊軍の問題点を正確に把握しており、そういう意味でも彼女の意見の優先度は高く、会議の冒頭を飾るに相応しいと言えた。
「新造艦については大きな問題はないわ。主力護衛艦(巡洋艦クラス)と汎用型(駆逐艦クラス)の建造は計画通りに進行しているし、達也が注文を付けた戦艦群も来月には二隻ほど完成する予定よ」
それは、皆が待望していた朗報に他ならず、この場に集っている面々が例外なく喜色を滲ませたのは当然だろう。
鉱石採掘衛星を改造したプラントでの艦船建造は二十四時間体制で進められており、建造用のドックをフル稼働させた場合、中堅国家が保有する戦力に伍する艦隊を早期に編成するのも夢ではない、とのお墨付きをヒルデガルドから得ている。
しかし、懸案事項がひとつ片付いて万々歳の筈なのだが、その順調過ぎる結果が新たな問題を引き起こすのだから、世の中というものは儘ならないものだ。
「問題は乗員の確保よ」
やや疲れた顔でそう吐露したエレオノーラの言葉に、達也とラインハルトも渋い顔をせざるを得なかった。
「やはり、志願兵だけで賄うのには無理があるか……」
「絶対数が不足するのは火を見るよりも明らかね……空間機兵や陸上戦力なら訓練次第で戦力になるでしょうけれど、専門性と練度が求められる戦闘艦の乗員育成は一朝一夕でどうにかなるものではないわ」
一旦言葉を切って達也らの反応を窺うエレオノーラだが、何も言葉が帰って来ないのを確認してから再度口を開いた。
「一般兵士の役割は高性能アンドロイドで代用できるけれど、それでも全てを賄える訳ではないわ。何よりも指揮官クラスの人材は建造艦艇に比して圧倒的に不足している。元銀河連邦軍の軍人だった私達の仲間達だけでは全然足らないし、新たに育てるにしても、使えるレベルになるには四~五年は必要だしね……正直なところ八方塞がりという他はないわ」
そう言って唇を引き結んだエレオノーラにラインハルトが反論する。
「確かに喫緊の課題だが、隠密行動を余儀なくされている今の我々には、表立って人材をスカウトするなど不可能だよ。能力的に不満はあるだろうが、高性能化したアンドロイドを開発し、無人戦闘艦の配備を検討する方が現実的ではないか?」
参謀職を長く務めて来たラインハルトらしく、実現性と効率を重視した意見だったが、それに異を唱えたのは、他ならぬ達也だった。
「俺はその意見には賛成できないな。如何なる理由があろうとも、戦いは人の意志によって行わなければならないし、引鉄を引くのも人でなければならない。そうでなければ、戦争は唯のゲームに成り下がってしまう……民間人を含めて敵も味方も大勢の命が懸かっているからこそ、自らの手を汚す覚悟が必要なんだ」
それは、ともすれば理想論だと非難されかねないものだったが、ラインハルトもエレオノーラも殊更に反論はしなかった。
彼らとてガリュードの秘蔵っ子として『軍人とは如何にあるべきか』という矜持を叩き込まれて来たのだから、達也の言い分は充分に理解している。
同じ価値観を共有しているからこそ、譬え効率的だと分かってはいても、主義に反するプランを無理強いするような真似はしなかったのだ。
とは言うものの、熟練の指揮官が不足しているのは事実であり、この問題を克服しない限り、攻勢に転じるなど夢のまた夢だというのも確かだ。
何か打開策はないかと彼らが表情を険しくした時、それまで黙って会話を聞いていたクラウスが、何時もの飄々とした物言いで提案した。
「確かに練達の士官を育てるには時間がありませんねぇ……ならば発想を切り替えればいい。経験者を他所から搔き集めてみては如何でしょうか?」
何処か軽薄なその物言いを不快に思ったのか、エレオノーラが双眸を細め剣呑な視線を元情報局局長へと突き刺す。
「あなた話を聞いていなかったの? 死んだと偽っている私達が表立って勧誘なんかしたら、忽ち貴族閥に察知されてしまうわ。少なくとも戦力が整うまでは不用意なリスクは避けるべきよ」
話にならないと言わんばかりの彼女にラインハルトも同調する。
「エレンの言う通りだ……接触した相手が銀河連邦軍や評議会の飼い犬ではないという保証はないし、不利な状況の我々に敢えて助力してくれるような物好きがいるとも思えない。万が一を考えれば無謀な博打に手を出すべきではないと思う」
しかし、軍の意思決定に重要な役割を果たす二人から反対されたにも拘わらず、その不敵な視線を達也へ向けたままのクラウスは微動だにしない。
無視されたと憤るエレオノーラが文句を言うよりも早く、クラウスの思惑を看破した達也が声を弾ませた。
「勧誘……そうかっ! あんたが先日話していた、貴族閥の専横に憤慨して辞表を叩きつけた連中を引き込めと言うのだな?」
その回答に満足したのか、滅多に表情を崩さないクラウスが、嬉しそうに口元を綻ばせて話を続ける。
「さすがは『神将』の称号を持つだけはありますねぇ……御明察です。彼らの中には貴族閥と裏で繋がって悪巧みをしている有象無象も多いですが、義憤に駆られて辞表を叩きつけた連中も大勢いるのですよ」
すると、黙考する達也に代わってエレオノーラが矢継ぎ早に問うた。
「簡単に言うけれど、一体全体どうやって引き込むつもりなのよ? 『鼻持ちならない貴族共を成敗するから協力しろ』とでも言うつもりなの? それに、声を掛ける退役軍人の居場所は分かっているのかしら?」
やや非難の色が滲んだ質問にも動じた素振りも見せないクラウスは、口角を吊り上げて嘯く。
「御心配には及びませんよ……我々の司令官閣下は、伊達や酔狂で二年間も銀河系をタライ廻しにされていた訳ではありませんよ……ねぇ?」
然も楽しいと言わんばかりのクラウスから、愉快げな視線と共に同意を求められた達也は、渋い顔で鼻を鳴らすしかなかった。
「嫌な言い方をするなよ。好き好んで『日雇い』をやっていた訳じゃないんだ……しかし、そうか……確かに彼らの中には、我々に力を貸してくれる者もいるかもしれないな」
将官に昇進して以降、鞄ひとつ持って銀河系中を転戦させられた中で知己を得た戦友達。
彼らが軍人としての資質や能力に不足がないのは、達也自身が良く知っている。
そんな経験者達を仲間にできれば軍の戦力向上に資するのは間違いないし、人材不足という懸案事項も一気に解決する、まさに一挙両得の妙手だといえた。
「だから、その人材達の居場所をどうやって探し当てるのかと聞いているのよ? まさか、銀河連邦軍から情報を拝借しようと言う訳じゃないわよね?」
眉根を寄せたエレオノーラが、胡散臭いものを見る様な目で睨め付けて再度問い質すと、クラウスは彼にとって都合が悪い事実を平然とした顔でカミングアウトしたのである。
「心配いりませんよ。以前、白銀提督を貶める策謀を手伝うように要請された時に一通り調べてあります。ここ十年間の提督の交遊情報は、委細漏らさずに把握しておりますからねぇ」
驚きで顔を強張らせるラインハルトとエレオノーラを尻目に、クラウスは微笑みを浮かべながら自分の頭を指先で軽く突いて見せた。
その態度が癇に障ったのか、ふたりの表情に明確な怒りの感情が滲む。
ましてや、彼らにはクラウスを敵視するに足る充分な理由がある。
白銀達也を貶める陰謀といえば、銀河連邦評議会や地球統合政府をデマを用いて扇動し、彼を含む仲間達を窮地に追いやった一連の事件なのは明白だ。
それにより被った災難と失われた多くの命を思う時、彼らが怒りを覚えるのは至極当然だった。
勿論、凄腕情報員である『グレイフォックス』が、その程度の人情の機微を考慮しない筈はないし、意外にも粗忽者だったという巫山戯たオチでもない。
諜報員として自身が為してきた過去の行いは、いずれ仲間達の知るところとなるだろう、とクラウスは覚悟している。
そして、それを乗り越えた先にしか己の居場所がないのを、誰よりも理解しているのは彼自身なのだ。
だからこそ、一番の被害者であるにも拘わらず、一言も責めようとしない達也は兎も角、他の重要メンバーとの確執は早いうちに解消しておいた方が良い……。
そう考えてたクラウスは、率先してラインハルトとエレオノーラに事実を告げ、自分の真意を知って貰おうと考えたのである。
尤も、一発や二発ぐらいは殴られる覚悟はしていたのだが……。
「ふんっ! 安っぽい挑発なんか必要ないわよ。それとも、殴られないと気が済まないのかしら? だったら、遠慮なくストレス発散に利用させて貰うけど?」
意外にもサバサバした表情で鼻を鳴らすエレオノーラがそう言えば、ラインハルトも憮然とした表情ながらも肩を竦めて口を開く。
「あの当時は宮仕えだったんだろう? 命令ならば仕方がないさ……それに達也が何も言わないのに、俺達が彼是言うのは筋違いだよ。第一、これからは貴方も頼もしい仲間だ……今後は変な気遣いは無用に願いたいね」
妙に物分かりが良い彼らの反応に、肩透かしを喰った気分のクラウスは苦笑いするしかなかった。
「本当に揃いも揃ってお人好しばかりですねぇ……私の様なひねくれ者が見張っていないと何をしでかすか……先々が不安で仕方がありませんよ」
それは、彼なりの所信表明でもあり、今後は仲間として力を尽くすという宣言に他ならない。
その意味を敏感に察した達也は、口元を綻ばせて歓迎の意を露にした。
「それは心強い。期待させて貰うよ、灰色狐殿」
そう揶揄されたクラウスは、仕方ないと言わんばかりに渋面を作って頷いてから、表情を改めて今後の人材勧誘プランを説明する。
「彼らの多くは自分達の窮地を救ってくれた白銀提督に心酔しており、だからこそ提督の死を知って落胆しているはずです……今回彼らが連邦軍を除隊したのも義憤に駆られたというよりも、提督を喪って絶望したという方が大きいのでしょう……ならば、白銀達也が生存しており貴族閥への反攻の意思有りと知らせれば、彼らは簡単に釣れますよ……尤も、提督の生存を信じさせる為のビデオメッセージぐらいは用意しなければなりませんがねぇ」
クラウスの言葉には説得力があり、優秀な人材の確保に光明を見出した達也らは、心が晴れる思いだった。
また、ロックモンド財閥の輸送部隊を隠れ蓑にし、彼が直接スカウトに当たると申し出てくれたお蔭で人材獲得プランは纏まったのである。
その上でクラウスは達也に視線を向けて訊ねた。
「今後のことを考えれば情報部門の充実は急務ですよ。早急に人材を配置した方が良いでしょうねぇ……ファーレンからの移民計画とタイムスケジュールはどうなっているのですか? できれば精神生命体のファーレン人から諜報員を選抜したいのですが」
そう問われた達也は、今度は自身の行脚の成果を報告する番だと身を乗り出したのである。




