表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

117/320

第四十三話 生誕の息吹 ②

 新都市バラディースの中心地域は商業エリアとして開発が進んでおり、それらに隣接する形で建設された総合病院は、地上二十階地下五階から成る巨大な建造物として周囲の景観美に一役かっている。

 とは言え、まだまだ人口総数が少ないセレーネでは患者の数も少なく、他の星系国家の中央病院から比べれば、こじんまりしているという感は否めない。

 人口増加に(ともな)う都市開発の一部として医療施設の増設も決まってはいるが、屈強で壮健な肉体を(ほこ)る獣人達の病院利用率は極めて低く、未知のウィルスなどの脅威も皆無(かいむ)となれば、唯一の病院が開店休業状態になるのは仕方がない事だった。

 そんな中、軍の医療関係者とは別に、如月春香を中心とした医師や看護師達が、アルカディーナから就業希望者を(つの)って技術指導に乗り出したのは、先々を見越しての人材育成に他ならない。

 当面は看護師の育成に心血を(そそ)ぐことになるが、やがては高等学科に医療従事者育成の為の学校を開設し、自前の医者を育てる計画も鋭意(えいい)進行中である。

 そして、そんな活況を呈している医療界へと(もたら)されたのが、クレアの懐妊という朗報だった。

 日々懸命に技量と知識の習得に励んでいる見習い看護師らにとって、今回の出産は、まさに一日千秋の思いで待ち侘びていた一大イベントだ。

 竜母セレーネの血を引くクレアは、尊敬と畏怖(いふ)の対象であるにも(かか)わらず、その気さくで慈愛に満ちた人柄で多くの獣人達から慕われており、それは医療従事者も例外ではない。

 それ故に、赤ん坊が生まれる瞬間に立ち会いたいと熱望する見習い看護師は後を絶たず、主治医である春香のサポート役に誰が抜擢されるかで、喧々囂々(けんけんごうごう)の騒ぎになったのだ。

 結局専従のサポート要員に選抜されなかった見習い達も、院内映像による見守りを許されて(ようや)く騒ぎは沈静化へと向かったのだが、出産を(ひか)えた医療現場ですらこの有り様なのだ。

 夕刻前にクレアが病院に搬送(はんそう)されたとの情報が都市を駆けめぐるや(いな)や、『いよいよ出産か!?』と、期待と歓喜に色めきたった住人らが、そのまま都市を挙げてのお祭り騒ぎへと雪崩(なだれ)をうったのも仕方がないだろう。

 また、病院の周辺に集まったアルカディーナ達が微動だにもせずに祈り続けている光景は、生まれて来る達也とクレアの子供への期待の大きさの表れでもあった。


           ◇◆◇◆◇


「うわぁ~~これは随分と大袈裟(おおげさ)な状況になったわねぇ。病院の敷地内どころか、周辺の道路にまで人が(あふ)れているわよ」


 分厚い複合材で出来た扉で出産ルームと(へだ)てられている控室は、比較的安閑(あんかん)とした空気が流れている。

 窓から外の様子を(うかが)っていた志保が、その人垣の多さを目の当たりにして(うめ)くと、隣に立つエレオノーラも呆れ顔で頷くしかなかった。


「この有り様だとクレアはもう神様……ううん、女神様同然よね」


 その言葉を受けてコロコロと笑うエリザが、如何(いか)にも名案ですと言わんばかりに提案して周囲を苦笑いさせた。


「いっそのことクレアさんには、新設される教会の偶像になって貰いましょうか? 竜母セレーネ様とセットで……信者の大量獲得は確実ですわ」


 (もっと)も、クレアが聞いていれば、全力で否定したに違いないが……。


 今、この部屋に待機しているのは、白銀家の子供たちをはじめ、由紀恵や秋江、サクヤとセリス、そして志保とエレオノーラにエリザという面々だ。

 ヒルデガルドや蓮、そしてアイラらは、ニーニャの軍事施設の方に行っており、出産には立ち会えそうにもないとの連絡が入っていた。


 直近の検査でも危険な兆候は発見されておらず、比較的順調な出産が期待できるとの春香先生からの御墨付(おすみつ)きもあり、大人達はすっかりリラックスムードに浸っている。

 しかし、如何(いか)に出産の為とはいえ母親が入院したとなれば、不安を持て余す子供達が、身を寄せ合って押し黙っているのも当然だろう。

 母親の無事を願う想いと、新しく生まれて来るであろう弟妹への期待が綯交(ないま)ぜになった複雑な気持ちを持て余しているのだから。


(お父さんがいないんですものっ、私がしっかりしなきゃ!)


 長女たる責任感に()き動かされるユリアは心の中で自分を鼓舞し、両隣に座っているさくらとマーヤの背中にそっと手を()えてやる。

 すると、眼前の扉を(うる)んだ瞳で(にら)んでいた妹達が、救けを求めるかの様にしがみ付いて来た。


「大丈夫よ……きっと大丈夫……」


 搬送(はんそう)されるクレアに付き添ったのはユリアだけで、さくら、ティグル、マーヤの三人は、由希恵に連れられて一時間ほど遅れて病院に駆け付けて来た。

 その時は、この非常時に何処(どこ)で油を売っていたのかと(いきどお)ったものだが、不安に(さいな)まれて小さな身体を震わせている妹達に(すが)りつかれれば、そんな些末(さまつ)な腹立ちなど雲散霧消(うんさんむしょう)してしまう。

 とは言え、何と言葉を掛けてやれば、今にも泣きだしそうな妹達を元気づけてやれるのか……。

 焦燥感に(さいな)まれるユリアは気持ちばかりが空回りしてしまい、気の利いた(なぐさ)めの言葉ひとつ掛けてやれない自分が不甲斐なくて(ほぞ)を嚙んだ。


 そんなユリアを見かねた由紀恵は、三人の前にしゃがみ込み、柔らかい微笑みを子供達に向けて語り掛けた。

 (わず)か数か月の間だったが、同じ屋根の下で寝食を共にした彼女への信頼は絶大なものがある。

 だから、由紀恵の顔を見たユリアたちは、強張った心が(ほぐ)れていくような気がして表情を和らげたのだ。


「どうしたのかな? ママの事が心配?」


 温もりに満ちた微笑みと共に問い掛けられ、さくらとマーヤは(もと)よりユリアまでもが素直に(うなず)いてしまう。

 慈愛に満ちた笑顔で頷き返した由紀恵は、快活な声で子供達を励ました。


「大丈夫よ。春香先生は素晴らしいお医者様だし、何よりも貴方達のママは優しくて強い女性(ひと)だから絶対に大丈夫。もうすぐ赤ちゃんと一緒にママにも会えるわよ」


 その言葉に(はげ)まされた子供らの顔に微かな笑みが戻ったのを見た志保は、悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべて会話に割り込んだ。


「こらぁ! お姉ちゃん達が不安な顔をしてたら、赤ちゃんが悲しんじゃうぞ! はいはい、笑って笑って!!」


 笑顔で発破を掛ける志保は、子供達の頭を少々乱暴に()で廻す。


「やあ~~ん! 志保お姉さんは乱暴だよぉぉ! 髪の毛がみだれちゃうぅぅ!」


 さくらは文句を言いながらも(くすぐ)ったそうに目を細め、マーヤは嬉しそうに身体を(よじ)っている。

 ユリアは『やっぱり(かな)わないなぁ~~』、と内心で苦笑いしながらも、由紀恵と志保に感謝するのだった。

 すると、笑顔が戻った子供たちの様子に安堵したのか、表情を(ほころ)ばせたサクヤが無邪気な質問をして周囲の耳目を集める。


「クレアお姉さまは『生まれた時の感動が目減りするから』と言って、赤ちゃんの性別告知を拒絶したけれど、あなた達は弟と妹のどちらが欲しいのかな?」

「断然男の子だねっ! 弟で決まりさッ!!」


 間髪入れずにそう答えたのはティグルだ。

 (しか)も、絶対に譲れないと言わんばかりに鼻息も荒く断言する。

 すると、さくらとマーヤが納得がいかないと言わんばかりに反発し、(そろ)って頬を(ふく)らませて猛然と抗議する。


「女の子の方がいいもんっ! だって男の子だったら、ティグルのオモチャにされちゃうよ! そんなのかわいそうだもんッ!!」

「うぅ~~~さくらお姉ちゃんにさんせぇ──っ!」

「げっ! まだ妹が欲しいのかよ? 俺は弟が欲しぃ──ッ!!」


 現金にも何時(いつ)もの調子を取り戻して、言い争いを始めた弟妹達に呆れるユリアだったが、不安という名の闇に(とら)われているよりは良いと思い直した。

 だから、元気づけてくれた由紀恵らに礼を言おうとしたのだが……。


「さくらちゃんとマーヤちゃんの気持ちも分かるけどさぁ……妹はやめといた方が良いんじゃない? だってさ、女の子は父親に似るって言うし。君達のお父さんに似た女の子なんて絶対に悲劇でしかないからね!?」


 ()可笑(おか)しいと言わんばかりに声を弾ませた志保が揶揄(やゆ)すれば、エレオノーラも悪乗りして追随(ついずい)する。


「酷いわぁ──ッ! それは言い過ぎよ志保! (いく)ら旦那がブサイクだといっても相手はクレアなのよ? 野獣と美女のコンビならば、奇跡的に普通の顔になるかもしれないじゃないのっ!?」

「どっちが(ひど)いのよ!? だいたいねぇ。そんなにホイホイ奇跡が起きる訳がないでしょう? クレア遺伝子が旦那の強面(こわおもて)遺伝子を駆逐(くちく)しない限りは、生まれて来る赤ちゃんに金輪際モテ期は訪れないのよ!」

「なに不幸認定してるかなぁ……でも、達也に似た子供……男の子でも女の子でも……ぷっぷぷぷぅぅぅぅ!」

「笑ったわねっ!? 面白顔(おもしろがお)の赤ちゃんを想像して笑ったのねっ! エレンっ! あんた鬼よ! 外道よっ! でも……た、確かにっ、ぷっ、ぷふうぅ──ッ!!」


 終いには肩を叩き合いながら笑い転げる志保とエレオノーラだったが……。


「悲劇じゃないもん……ブサイクでもないもん……」

「お父さんはカッコイイよぉ……だから赤ちゃんも、かわいいに決まってるよ」

「そこまで悪く言う事ないじゃん……」


 さくら、マーヤ、ティグルの冷たい声に良心を(つらぬ)かれたふたりが周囲を見やれば、由紀恵を筆頭に大人達はとばっちりを恐れて全員が知らん顔を決め込む。

 さすがに調子に乗り過ぎたと(あわ)てた志保とエレオノーラは子供達の御機嫌を取ろうとしたのだが、清々(すがすが)しいまでに冷然とした笑みを顔に()りつけたユリアの一言に顔面を蒼白にして狼狽するしかなかった。


「今の御ふたりの言葉は、後ほど、お母さんとお父さんに報告しますから……その御つもりでいて下さい」


 近日中に降り懸かるであろう地獄絵図に恐怖した志保とエレオノーラは、笑顔を振りまいて不都合な事実を誤魔化そうとしたのだが、へそを曲げた子供達はソッポを向いて取り合ってはくれなかったのである。

 すると……。


『何を騒いでいるのかしら? 病院でのマナーも護れない人は叩き出しますよ?』


 騒動の渦中に投げ掛けられた辛辣(しんらつ)な言葉に慌てて居住まいを正した一同は、備え付けのスクリーンに映し出された呆れ顔の春香へ視線を釘付けにするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >そのまま都市を挙げてのお祭り騒ぎへと雪崩をうつ クレアさんが出産するたびにその日を祝日にしそうな勢い!? そして……さすがに子供たちの前で父親へのアレはねぇべ( ̄▽ ̄;)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ