第四十話 ハッピーバースデーと意外な来訪者 ②
新都市への引っ越し大作戦が滞りなく進行する春風薫る四月末。
今日はさくらの六歳の誕生日であり、白銀姓になってから初めて迎える記念日という事情も相俟って、子供達は朝から大いに浮かれていた。
然も、不遇な境遇の所為もあってか、自分の誕生日が何月何日なのか分からないマーヤが『あたしも、さくらお姉ちゃんといっしょがいい』と言い出したために、姉妹ふたりを主役にした誕生パーティーが開催される運びとなったのだ。
希望が叶ったマーヤは無論、さくらの燥ぎっぷりも尋常でなく、ひと月も前から今日という日を指折り数えて待ち侘びていたのである。
しかし、白銀家の一員に迎えられた五月を誕生日にすると決まったユリアは、『私と一緒の誕生日にしよう?』と熱心なラブコールを送ったにも拘わらず、敢えなくマーヤにフラれてしまい、悔し涙に暮れるのだった。
※※※
『さくらちゃん! マーヤちゃん! ハッピーバースデー! お誕生日おめでとうッ!!』
家族と同居人が一堂に顔を揃えたリビングに歓喜に満ちた大音声が響く。
その祝福の中さくらとマーヤは、クレアお手製の特大バースデーケーキに飾られた十一本のロウソクの灯火を、ふたり揃って吹き消した。
その途端幾つものクラッカーが弾け、『おめでとうコール』のシャワーを浴びた仲良し姉妹は、喜びに満ちた笑みを弾けさせて歓声を上げる。
「ありがとぉ──ッ! さくら、すっごくうれしいですっ!!」
「あ、ありがとうございましゅ……あうぅぅ……」
ハイテンションのさくらと、テレテレのマーヤがお礼を言ってペコリと御辞儀をするや、参加者が一斉に拍手を打ち鳴らしてふたりを祝福した。
その後は皆から心尽くしのプレゼントが贈られ、クレアとマリエッタが腕を振るった料理を堪能しながら、それぞれが会話に花を咲かせる。
「さくらも六歳になったんだね。去年の誕生日は、ママと僕とさくらの三人だけだったが、今年はたくさんの人にお祝いして貰えて良かったね? マーヤのお祝いをするのは初めてだけど、こういうのは気に入ってくれたかな?」
長ソファーの真んなかに座る達也の右側を占拠し、大好きなハンバーグサンドを口いっぱいに頬張るさくらは、ニコニコ顔を縦に振って父親の問いを肯定する。
今は御馳走に夢中で、それ以外にその可愛らしい口を使う気はないらしい。
もう一人の主役であるマーヤはこれまた達也の左側に鎮座し、あむあむと小さな口で鳥肉の唐揚げを食べていたのだが、父親に問われて気恥ずかしかったらしく、プレゼントされたウサギのジャンボヌイグルミに顔を埋め、『あう、う、嬉しい。こんなの初めてだから……ありがとう、お父さん』と辛うじて聞き取れる声で礼を言うのだった。
「なんのこれしき。君達が喜んでくれるのなら、それが一番嬉しいよ」
口元を綻ばせた達也が、優しい笑みを浮かべてマーヤの頭を撫でてやると、漸くお腹が満足したのか、妹とお揃いの人形を抱いたさくらがグリグリと頭を押し付けて来るや、唇を尖らせて催促する。
「あ~~ん! マーヤばっかりずるいよぉ! さくらも良い子良い子してッ!」
「うぅ~~マーヤもぉ~~~!」
愛娘達のおねだりに心癒された達也は破顔し、二人纏めて抱き締めるのだった。
尤も、強面と畏怖される男がニヤケているさまは、傍から見れば滑稽でしかなく、周囲の者達は込み上げて来る笑いを必死に堪えるのに腐心しなければならなかったのだが……。
それを口にする剛の者は誰もいなかったのである。
◇◆◇◆◇
楽しくも賑やかな誕生パーティーも終わりの時を迎えた。
子供達は自室に引き上げたが、あの興奮冷めやらぬ様子では直ぐには寝付けず、遅くまでお喋りに興じるのは容易に想像できる。
その光景が目に浮かぶようで、達也は思わず頬を緩めてしまう。
そんな幸福感に浸っていると愛妻の朗らかな声が耳に入った。
「ありがとう。でも大丈夫ですよ。病気ではないのですから」
育ち盛りの子供達は食欲旺盛で、特に竜種のティグルと獣人のマーヤの食べっぷりは見事の一言に尽きた。
そんな訳でリビングのテーブルの上には、空になった皿や容器が山積みになっており、それを片付けていたクレアを気遣ったサクヤが、『ソファーに座って休んでいてください』と勧めたのだ。
だが、その心配りに感謝しながらも笑顔で固辞したクレアは、大きくなったお腹をものともせず、汚れた食器類をキッチンに運んでは、マリエッタと共に洗いものを片付けている。
身重の愛妻にばかり働かせる訳にはいかないと思った達也も、当然の如くに手伝おうとしたのだが……。
「あなたは大人しく座っていて下さいね。下手に手をだされて仕事を増やされると、皆さんにも迷惑ですから」
見惚れる様な笑みからは想像もできない極寒の声で愛妻から釘を刺された達也は、ソファーに鎮座して小さくなるしかなかった。
最近頓に磨きが掛かったと自負していた家事スキルだったが、熟練の主婦であるクレアから見れば、足手纏いレベル以外の何ものでもないらしい。
不器用な旦那様の御節介によって余計な仕事を増やされるなど、断固として御免被る……。
それは、その場に居た全員の偽らざる本音だった。
(へえ~~いつの間に家事なんか覚えたのやら? サクヤは兎も角、セリスも手慣れたものじゃないか)
容赦ないダメ出しを喰らって地味に落ち込んだ達也だったが、ベテラン勢に負けじと、手際よく後片付けを手伝うサクヤとセリスの殿下コンビの働きを目の当たりにすれば、驚きよりも感心が勝ってしまう。
同じ屋根の下で生活を共にする様になって早くも四か月以上が過ぎており、その間、彼らなりに新しい環境に慣れようと努力した結果なのだろう。
それは、マリエッタを含めた三人が、クレアや子供達から家族として受け入れられた証拠でもあり、達也は安堵すると共に心から嬉しく思うのだった。
白銀家に割り振られた新家屋は、移民船の都市部にあった大邸宅と比べれば簡素だと言わざるを得ないが、それでも大人五人と子供四人が生活するには充分過ぎる二階建ての瀟洒な洋館だ。
今回の移転に際し、新都市学園地区の幼年保育学校の学校長に任じられた由紀恵は、学校に隣接する土地に建設された自身の養護施設にその居を移している。
当然ながら、正吾や秋江と施設職員、そして共にバラディースにやって来た七人の子供達も白銀家を泣く泣く退去し、養護施設『新ルミナス教会』で新生活を始めたのだ。
賑やかな大所帯が一気に半分以下になり物寂しくもあるが、会おうと思えばいつでも会えるのだから感傷的になる必要もない……そう思う達也だった。
「さて就寝前に申し訳ないが、少しだけ話を聞いて欲しい」
片付けが終わった頃合いを見計らった達也は、リビングの応接セットに落ち着いた面々を前に話を切り出した。
隣にはクレアが座り、対面の長ソファーにはサクヤとセリス、そしてバーグマン伯爵夫人マリエッタが、やや緊張した面持ちで達也へと視線を向けている。
そんな中でも『精霊石』の巨大鉱床発見の報と、それを全面的にファーレン王国に譲渡する話が語られるのではないかと推察したサクヤは、今後の経済運営を見据えた有意義な話が聞けると期待したのだが、達也の口から飛び出した話は更に深刻で憂慮すべき内容だった。
「実は銀河連邦内の権力闘争の趨勢が見えて来た。想定通りとはいえ、残念ながらガリュード閣下の更迭は避けられそうにない……閣下を支持する非貴族閥の士官達の反発を抑える為、表向きは勇退という形を取り繕うだろうが……最後の抑止力が失われれば、そう遠くない未来に軍部はモナルキア派に掌握されるのは確実だ」
一拍の間を置いた達也は更に言葉を重ねる。
「恐らく奴らの次の一手は七聖国が牛耳る最高評議会を解体し、延いては、ランズベルグ皇国とファーレン王国の権威を失墜させ、要である両国をその地位から追い落とす……俺はそう睨んでいる」
サクヤだけでなくマリエッタまでもが不愉快な感情を隠そうともしなかったが、銀河連邦内の事情に疎いセリスは、何処か遠慮がちに達也に問うた。
「その貴族閥という連中は、リスクを冒してまで我欲を押し通すほどに愚かなのでしょうか? 寧ろ、大国を後ろ盾にして己の権力基盤を強化する方が格段に有益ではありませんか?」
「そうだね。確かに君の言うことは正しいよ。もしも彼らが真っ当な評議会改革を行い、連邦加盟国家に恩恵を齎すのであれば、何も文句はないのだが……」
銀河連邦という組織の腐敗ぶりを知るクレアとサクヤ、そしてマリエッタの三人は、一様に懐疑的な表情で首を左右に振る事で達也を支持する。
凡そ権力を欲し多数派に群がる者達が、崇高な志など持ち合わせている筈もなく、そういう愚昧な人間の寄せ集めがモナルキア派という形を為しているのだ。
彼らが求めるのは己の権勢欲と享楽のみであり、銀河系世界の安寧や弱者の救済ではない。
その邪な真実を知るだけに、彼女達はセリスの安易な見通しに頷けないのだ。
「残念ながら貴族閥の連中が目指すのは融和ではなく独裁だ。このまま手を拱いていては新たな悲劇を生みかねないからね……それだけは避けたい」
その決意を聞いたクレアが、間髪入れずに夫の真意を問うた。
「具体的には、何をなさるおつもりなのですか?」
「アルカディーナたちの引っ越しが完了するのを見届けてからになるが、極秘裏にファーレンとランズベルグを訪ねようと思っているよ……王家の方々には一時的にこの星に退避してもらうよう要請するつもりだ」
「そ、それはっ!? まさか我がランズベルグと銀河連邦の間で武力紛争が起こると御考えなのですか?」
驚愕して語気を荒げるサクヤに、険しい表情を崩さずに頷く達也。
「直ぐにという訳ではないだろうが、モナルキア派にとっての最終目的は、盟主を連邦大統領の座につけ全てを支配する……それしかない。その為にはランズベルグとファーレンが最大の障壁になるのは誰の目にも明らかだ。ならば万が一の事態に備えて於いても損はないだろう」
不本意な未来を想像して表情を青褪めさせるサクヤとマリエッタは言葉もない。
そんな彼女達に代わってクレアが微笑みと共に言葉を掛ける。
「事情は良く分かりました。此方の事は何も気になさらずに……アナスタシア様や皇王家の方々を首尾よく説得できるよう祈っています」
「本当に君には済まないと思っている……出産を控えた大切な時に傍にも居てあげられない……何時か必ず埋め合わせはするから許して欲しい」
そう言いながら達也は愛妻のお腹に手を添え、母親の胎内で息づく我が子を愛おしげに撫でた。
「大丈夫よ。今の私はあなたと出逢う前の私じゃないもの……素晴らしい子供達や素敵な方々が傍に居てくれるから何の不安もありませんわ。だから何も心配しないで。あなたはこの銀河系で今尚辛い境遇にある人々の為に全力を尽くして下さい。私の旦那様はそれができる人です……そう信じていますわ」
お腹に添えられた夫の手に自らの手を重ねて懇願すると、切なくなるような温もりが籠った言葉が耳元で囁かれ、クレアは喜びに表情を綻ばせてしまう。
「ありがとう、クレア。そして愛している……元気な子供を産んで欲しい。帰った時に君と赤ん坊を抱き締めるのを楽しみにして頑張って来るよ」
こうして達也自身がランズベルグとファーレンを極秘に訪問すると決まった。
乗艦は前回のランズベルク行の実績を買われて、詩織が指揮する次元潜航艦イー四〇〇“紅龍”と決まったのだが……。
いよいよ出航を明日に控えた五月中旬。
意外な来訪者がセレーネ星へやって来て白銀夫婦を驚かせたのである。
そして、ファーレン王国エリザベート女王の密使を名乗る彼らは、達也とクレアにとってとても因縁深い人物達だった。




