第55話:忘れていたあの時の気持ち
魔王の膨大な魔力が襲い掛かって来たのを、必死で止めた。確かに魔王の言う通り、今の私では魔王に勝てない。
私の持つ全ての力を出しているはずなのに、どうして魔王は顔色一つ変えていないのだろう。隣では必死にジルバード様も戦ってくれているのに。このままだと、ジルバード様の魔力も尽きてしまう。
不安と焦りが、一気に私の心を覆いつくしていく。
その時だった。
「アイリーン様、落ち着いて下さい!グリム様はご無事ですわ。私が必ずグリム様をお助けします。ですから、アイリーン様は魔王との戦いに専念してください」
そう叫び、すぐに兄の元に向かってくれたのは、ルリアン様だ。さらに
「アイリーン様、あなた様とジルバード殿下お2人に、これ以上ご負担をかけたりはしませんわ。私どもも微力ですが、援護させていただきます」
「カミラ様、お怪我はよろしいのですか?無理をなされたら…」
「ルリアン様が治してくださいましたから、大丈夫ですわ。それにこれしきの事で、倒れている訳にはいきません。そうでしょう?ミミア様、アイリス様」
「ええ、もちろんですわ。私は500年前、銀の龍にやられたせいで、早々に離脱してしまいましたから。今回こそは、魔王と戦いたいと思っておりましたの」
「あら、奇遇ですわね、私もですわ。アイリーン様、私たちも500年前の記憶、取り戻しましたわ。さあ、500年前の借りを返させていただきましょう」
「ミミア様、アイリス様も…ごめんなさい、私、弱くて…ジャンティーヌの様に、強くなくて…私では、魔王には勝てないわ…」
私はきっと、魔王には勝てない。だって、こんなにも弱いのだから…せっかく皆が私と共に戦ってくれているのに、どうして私はこんなに弱いのかしら?もう二度と、大切な人を失いたくはないのに…
「アイリーン様は弱く何てありませんわ。ジャンティーヌと同じくらい、強くて優しくて、素敵な女性です。とはいえ、アイリーン様だけに、これ以上負担をかけるつもりはありませんわ」
「そうですわ、皆で魔王を倒しましょう」
「皆で魔王を倒す?」
「ええ、そうですわ、魔王を倒して、皆で王都に戻りましょう。私、王都に戻ったら素敵な殿方を見つけますわ」
「私は、お菓子を思いっきり頬張りたいですわね」
「私は可愛い弟と妹たちを、目いっぱい愛でたいですわ。その為にも、こいつを倒さないと」
「俺も魔王を倒して、アイリーンと早く結婚したいな…」
「皆様、ジルバード様まで…」
皆の言葉が、私の心の奥底に眠っていた何かが一気にあふれ出した。
“魔王を封印する事が出来たら、両親や国中の人たちに、命を懸けて戦ってくれた戦士たちの話をしよう。そして彼らの弔いを、私の手で自ら行いたい。
無念の死を遂げた皆の為にも、魔王を封印して大好きな両親の元に戻ろう。今もなお、戦ってくれている人たちの為に、恐怖の中必死にこの地にいる、ギルド殿下の為に、無念の死を遂げた仲間たちの為にも。そして何よりも、自分自身の為にも
そうよ、ここで負ける訳にはいかない。この地に生きる人たちの為に、私は必ず勝つのよ“
500年前、悲しみと怒りに支配されていたジャンティーヌ、でもそんなとき、今にも泣きそうな顔で、必死に私を応援してくれているジルド殿下が目に入ったのだ。
その近くには、無残にも命を奪われたセレス、クレアナの亡骸も。
その時、なぜだか分からないが、急に悲しみや怒りがスーッと消えた。そして魔王を封印した後の未来のことが、一気に私の心を満たしだしたのだ。
「そうよ…悲しみや怒りの気持ちでは、魔王には勝てない。皆様、大切な事を思い出させてくださり、ありがとうございました。私は魔王を倒して王都に戻ったら、純白のウエディングドレスを着て、結婚式を挙げたいですわ。
それに皆様と一緒に、お茶を楽しみたいです。500年前の思い出話でもしながら」
それからもし私に子供が生まれたら、今日の事を話したい。立派に戦った仲間たちの話を、沢山したい。皆が頑張ったから、無事魔王を倒すことが出来て、今平和に暮らせているのよ。
もちろん討伐部隊だけでなく、王都で今も戦ってくれている全ての人たちのお陰で、平和な国が戻って来たのよって。
その為にも、今やらなければいけない事は!




