第50話:断固たる決意
「魔王ははっきり言って、今まで戦って来た魔物たちとは比べ物にならない程の強さと、膨大な魔力を持っています。隊長クラスの人間も、魔王との戦いで全滅しました。当時の私の兄も、魔王に殺されております。
今回は500年前の記憶のお陰で、被害は最小限に抑えられておりますが、ここからの被害は未知の世界です。生きられる保証は、低いでしょう。ですのでここからは、覚悟を決めた方のみ進む様にしてください。
500年前の戦いでは、魔王の強さと死への恐怖から、魔王に操られた一部の兵士が、仲間を攻撃してしまうという悲劇も起きておりますので」
ここまでは500年前の知識を元に、被害を最小限に抑えてきた。金龍と銀龍の倒し方を覚えていた為、前回の様な悲劇は免れたのだ。
でも、魔王との戦いは別だ。正直あの時、なぜ魔王に勝てたのか、私もわからない。彼の弱点など、ないに等しいのだから。とにかくもてる魔力を前面に引き出し、全力で戦うしかないのだ。
魔王は心の弱い人間を操る事が出来るのか、一部の兵士が魔王に操られてしまったのだ。そのせいで仲間同士が戦うという、悲しい事件が起きてしまった。
「もう一度言います。心が弱い人間は、魔王に操られてしまいます。死への恐怖に打ち勝ち、何が何でも魔王を倒したい、仲間を守りたい、そういった強い意志を持った人間だけが、魔王と戦う事が出来るのです。
ここからは、断固たる決意を持った人間だけが、踏み入れる事が出来る領域なのです。たとえここで待つ決意をしたとしても、誰もその事を責めたりしません。もし少しでも不安があるのでしたら、どうかこの地に留まり、けが人の手当てをお願いします」
再び兵士たちに語り掛けたのだ。
「アイリーン様のおっしゃられる事は、分かりました。皆、アイリーン様の言う通りにしよう。心に少しでも不安があるものは、この場に残りけが人の介抱を。命をなげうってもよいという者のみ、この先を進もう」
隊長たちも、私の意見に賛同してくれた。
「それでは参りましょう。もし途中で恐怖心が増してしまったら、引き返しても構いません。どうか無理をなさらない様に、お願いします。無理をして魔王に操られては、もともこもありませんので」
そう皆に伝え、洞窟の中に入っていく。500年前と変わらず、薄暗くて気味が悪い。
「魔物たちの姿がありませんね。もしかして、魔物たちはいないのでしょうか?」
「いいえ、恐ろしいほど多くの魔物たちが、この洞窟にいますわ。もう少し行った場所に、開けた場所があるのです。そこに魔王と一緒に、沢山の魔物たちがいます」
500年前、私の大切な親友や仲間、部下たち、そして私自身が命を落とした場所。もうすぐあの場所に着く、そう思うと、急に胸が苦しくなった。
怖い…もう二度と、あんな思いはしたくない。でも、逃げる訳にはいかない。
「アイリーン、大丈夫かい?体が震えているよ。500年前の事を思いだしたのだろう。この狭い通路を抜けると、魔王がいる開けた場所に着く。アイリーン、もし怖いなら君だけでも引き返してもいいのだよ」
私の肩を抱き、そっと呟くジルバード様。
正直怖いし引き返したい。でも、そんな事をしても、何の解決にもならない。何よりも、今度こそ私の手で、魔王との戦いを終わらせたいのだ。
そっとジルバード様の手を握った。
「大丈夫ですわ、覚悟は出来ておりますから。魔王を倒して、魔王軍に怯える世界をここで断ち切りましょう」
しばらく進むと、私とジルバード様の足が止まった。
「皆様、ここを抜けた先に、魔王がおります。どうやらその場所が、魔王の領域の様で、異世界の様な空気が漂った不思議な場所なのです。気を許すと、魔王に操られてしまいます。もし今、恐怖を抱いている方がいらっしゃるのでしたら、どうかここから先を進むのはお控えください」
ここを抜ければ、魔王と膨大な数の魔物たちが待ち構えている。甚大な被害が出る事は、確実だ。
だからこそ、最後の忠告をしたのだが…
「アイリーン様、既に覚悟は出来ておりますよ」
「ここまで来たのです。魔王を倒して、笑顔で帰りましょう」
どうやら皆、覚悟が出来ている様だ。
「最後まで野暮な事を申し上げてしまい、申し訳ございません。それでは皆様、気を引き締めて参りましょう」




