第48話:幸せな時間
「少し冷えてきましたね。そろそろ戻りましょう。明日の戦いに備えて、魔力を万全にしておかないといけませんからね」
「ああ、そうだね…」
すっと立ち上がり、寝床に戻ろうとしたのだが、なぜかジルバード様は私の手を握りしめて、その場から動こうとしないのだ。
「ジルバード様、どうかされましたか?」
「500年前、君は今と同じように、俺に笑顔を見せてくれた。魔王を封印した後の事を、嬉しそうに話していた。でもその後すぐ、君は命を落とした。血だらけでぐったりと倒れている君の姿は、今でも俺の脳裏に焼き付いて離れない。
アイリーン、俺は怖くてたまらないんだ。またあの時の様に、君を失うのではないかと…」
「ジルバード様…」
頭を抱えて震えるジルバード様を、そっと抱きしめた。
「ジルバード様、私は絶対に死にません!だなんて、無責任な事はいいません。現に500年前、私はあなたにそう言ったにも拘らず、命を落としたのですから…今回もどうなるか、正直わかりません。
それでも私は、魔王と戦わなければいけないのです。とはいえ、あなた様のお気持ちが少しでもやわらぐように、今日はずっと傍におりますわ。さあ、ここは冷えます。お寝床に戻りましょう」
「ずっと傍にいてくれるのかい?」
「ええ、もちろんです。さあ、参りましょう」
ジルバード様の手を握り、そのまま寝床に向かう。
「少し狭いですが、今日は2人で一緒に眠りましょう」
もしかしたら、今日がジルバード様の温もりを感じる最後の日になるかもしれない。それならせめて、愛する人の温もりを感じながら、眠りにつきたい。そう、彼を気遣うふりをして、私自身がジルバード様と一緒にいたかったのだ。
「本当にいいのかい?もちろん、手を出すつもりはないが…」
「ええ、もちろんですわ。さあ、明日に備えてもう休みましょう」
そっとベッドに横になると、おそるおそるジルバード様もベッドに入って来て横になる。そんなジルバード様に、ギュッと抱き着いた。
「ジルバード様の胸の中は、温かくて落ち着きますわ。今日はいい夢が見られそうです」
「それは俺のセリフだよ。まさかアイリーンの温もりを感じながら、眠る事が出来るだなんて。今日はぐっすり眠れそうだ。いっその事、このまま時が止まったらいいのに…」
時が止まったら…ジルバード様の言う通り、このままこの幸せな時間が、ずっと続けばいい。そう願わずにはいられない。でも、そんな事はありえない。
「ジルバード様ったら。さあ、もう休みましょう。おやすみなさい、ジルバード様」
「お休み、アイリーン」
こんな風に2人で抱き合って眠れるのは、今日が最初で最後かもしれない。そう思うと、なんだか眠るのが惜しくなる。この時間を、1分1秒でも長く感じていたい。
でも…
そんな私の願いも空しく、心地よい温もりと戦いの疲れからか、あっと言う間に眠りについてしまったのだった。
翌日
心地よい温もりを感じながら目を覚ますと、ジルバード様と目が合った。
「おはよう、アイリーン」
「おはようございます、ジルバード様。ごめんなさい、私、寝坊をしてしまったかしら?」
「いいや、まだ朝早いよ。俺が早く起きただけだ。もっと寝ていてもいいのだよ」
「いいえ、もう起きないと。朝日と共に、魔物たちが襲い掛かって来るでしょうから…」
すっと起き上がると、そのままジルバード様に後ろから抱きしめられた。
「今日は魔王のところまで行くのだよね。ねえ、アイリーン、君は死んだりしないよね…」
ジルバード様が、ぽそりと呟いたのだ。後ろから抱きしめられている為、顔は見えない。それでも彼の声は、悲痛な叫びの様にも聞こえる。
「ええ、もちろんですわ。今日全てを終わらせて、家族の元に戻りましょう」
魔王との戦いは、命がけだ。前世の記憶をもってしても、生き残れる可能性はそう高くはないだろう。それをジルバード様も、分かっているのだろう。
「さあ、参りましょう。私達の未来の為に」




